142話 特級大監獄・『冥渦』
――ウィンストリア市街から南西に離れた場所、市街地から隔離されるように幾つもの壁と警備を抜けた場所、まるで戦地を思わせる緊迫した空気に包まれたそこにあるのは特級大監獄・『冥渦』だ。
死刑、終身刑、またはそれに近しい超長期刑、ここに収監されているのはそんな凶悪極まりない犯罪者しかいない。
国教たるブラドライト正教の教義に抵触する『魔石の研究』、その罪を13度繰り返した大罪人。本来であれば確実に死罪は免れないその人物は、都度釈放されて、猶予期間を過ぎるとまた研究を行い逮捕されるのを繰り返しているらしい。
それだけでまともな人間でない事は十分に伝わる。
だが、それだけに心強い。おそらく『魔石食い』と言う禁忌に端を発するシーラの左手の不調。そんなものがまともな人間に判別できるとは到底思えないのだから。
俺とシーラが第一の門に近づくと、俺たちを視認した衛兵は武器を構える。
「止まれ!所属と目的を述べよ!」
魔導拡声器を震わせ、衛兵は声を張り上げる。4人一組が二組、合計8人の衛兵が俺とシーラに明確な敵意を向けている。
「どうする?」
シーラがチラリと俺を見上げて問う。どうもこうも、シーラの中にはどんな選択肢があるのだろう?
「ん?止まる。そして、所属と目的を述べる」
「ふーん。『三食おやつ付き』。目的……はなんだっけ?」
声を張るでもなく、隣にいる俺が聞こえるくらいの声でシーラは答えた。聞こえているのだろうか不安なので復唱するか。
「S級パーティ!『三食おやつ付き』のリューズとシーラだ。面会を希望する!」
手を挙げるようにしつつ、これ見よがしに透明な合金の腕輪を見せる。
衛兵は、『三食おやつ付き……!』と驚いた様子で俺たちのパーティ名を復唱して、面会の予定表かリストみたいなものをパラパラとめくる。
当然、面会の予定はない。俺たちが会おうとしているのは13犯の大罪人。そもそも面会など不可能な可能性が高い。
けれど、そんなものは関係ない。シーラの腕の不調をもうこれ以上後回しになんかしたくない。
「できるよな?」
両手を挙げながら短く端的に問う。答えは決まっている。
衛兵たちは少し間を置いて、高級貴族を出迎えるように武器を立て、足の踵を合わせて鳴らす。
「冒険者証の照合のみ、お願い致します」
「悪いね」
申し訳なさそうにそう告げて、俺たちは衛兵帯同の元第一門を過ぎる。
A級冒険者は伯爵級に匹敵する名誉と特権を得る。ならばS級は?当然それより上。侯爵級だ。つまり、冒険者ながら王族に次ぐほどの特権を持つのがS級冒険者だ。パーティ一つで軍に匹敵する戦力を持つそれを冷遇して他国に移られでもしたらそれは困るだろう。
偉そうで申し訳ないが、今に限ってはその特権をフル活用させてもらう。
門は全部で五つある。俺とシーラは入り組んだ城塞のような敷地を進み、『冥渦』を目指す。
「13犯のやついるだろ?そいつ、なんで処刑されないんだ?」
帯同してくれる衛兵に問いかけるが、衛兵は言いづらそうに口ごもる。まぁ、そりゃそうだよな。
「考えられるとこだと、強すぎて殺せないか、セレスティアみたいにおかしな【祝福】持ちか、あるいは……不老不死」
指折り数えながら可能性を挙げて、シーラに意見を乞う。
「シーラはどう思う?」
「別になにも。悪い事してないんじゃない?」
「わはは、そういう可能性もあるか」
灰色の石壁で仕切られた、まるで石棺のようなその空間に不釣り合いな俺の笑い声が響いた。
二つ、三つと門を過ぎ、四つ、五つと門を超える。ようやく到着したのが、ウィンストリアで最も厳重な監獄である、特級大監獄・『冥渦』。
四人の衛兵や看守、獄吏が相互に俺とシーラの身元を厳重に確認しながら、責任者三名の連判を以て俺たちの入場が許可される。
まるで、ダンジョンのように、アリの巣のように、地下深くに監獄は広がる。13犯のそいつがいるのは他の囚人と完全に隔離された特別独房。ひんやりとした空気が湧き上がる階段を、灯を持った衛兵の先導で俺たちは地に向かう。
厳重な物理錠と、複合した魔導鍵。分厚い鋼鉄の扉は、仄かに光を発すると、怨嗟の声を模したかのような低くも耳に障る音を上げながら開いていく。
前科13犯、死刑囚・囚人番号1039番。それがこの部屋の主だ。
「1039番!」
専属の看守が威圧的に声を張り上げて主を呼ぶ。
光の当たらぬ独房は思ったよりも広く、闇の奥から返事が返る。
「はいは~い」
およそこの空間には似つかわしくない気の抜けた声。それは少女の声だった。下手したらシーラよりもさらに年下の、あどけない少女の声。
「今回お迎え早くない?別にいいけどさ」
暗がりの中からひょっこりと顔を出したのは、目の覚めるようなピンク色の髪の少女だった。小柄で、髪を編み込んだ少女は、何よりもその顔の左側をまっすぐに貫く三本の線が目に飛び込んでくる。――それは罪人の証である刻印『魔導紋』。施術箇所の魔力を乱し、魔法を扱えなくする枷だ。
1039番と呼ばれた少女は俺を見て丸い目をさらに丸くする。
「ありゃ、違うじゃん。誰、おじさん」
シーラは少女を指さし、困り顔で俺を見る。
「リューズ。ヤバくない?顔に落書きはヤバいよね?」
「あ、あぁ……ヤバいはヤバいんだけどさ」
「だよね。やっぱり」
己の感覚の正しさを頷いて確認するシルヴァリアさん。少女はその様子を見てあきれ顔で小ばかにしたように、これ見よがしにため息をつく。
「はぁ?なんなのこいつ。バカ過ぎない?」
「は?私は馬鹿じゃない」
一瞬でシーラにスイッチが入ってしまうが、ここではさすがにマズイ。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよシーラさん」
「あいつが悪い」
少女は憮然とした表情で俺を指さして看守に問う。
「それで?このおじさんが代理?出ていいの?」
「いや……、この方々は『面会』とのみ伺っているので……」
言いづらそうに口ごもりながら看守が答え、その返答に少女は驚き目を見張り、その奇異の目を俺に向け、声を上げる。
「はぁー?イミフすぎ。その為にわざわざこんなとこまで来たの!?」
いまいち話が見えない。俺は苦笑いで、小さく手を挙げ二人に聞いてみる。
「あ、あのー。なんか俺が希望すれば出られる風に聞こえるんですが」
看守は口を噤む。だが少女は気にせず答える。
「そりゃそうでしょ。その腕輪、S級冒険者でしょ?侯爵級が身元引受けるって言ってるのを、木っ端役人が止められる訳ないじゃん」
「え。そう言うもん?」
「そーよ?それに――」
少女はチラリとシーラの左手を見て、まるで憐れむような視線を向けたあとで、挑発的な視線を俺に向けて言葉を続ける。
「何のために来たのかは大方察しがついたけど、こんなところでそんな話が出来ると思ってるほど――馬鹿じゃないでしょ?」
その視線と、表情と、言葉を聞いて、迷う理由なんてあるはずが無い。
俺は間を置かず、力強く頷く。
「そうだな。出ようぜ。看守さん、手続きよろしく」
ニッと笑うと、少女は嬉しそうに笑いパチパチと手を叩く。
「わーい、決まりっ。服持ってきて、服!」
少女はその場で無造作に囚人服を放り脱ぐ。その小さな身体には、至るところに漆黒の魔導紋が刻印されていた。それは彼女が13度犯した罪の証。
「あ、そうそう。あたしペリコ。ペリコ・パラキート。よろしくね、おじさん」
差し出された衣服に着替えながら、ペリコと名乗る少女は人懐っこい笑顔でそう言った。




