141話 怪物さん
「あっ、怪物さん。お帰りなさぁい!」
ダンガロを離れてから約ひと月。王都ウィンストリアに戻った俺とシーラはまずギルドを訪れた。三つある受付の向かって左を定位置にしている受付嬢・イズイは笑顔大きく手を振り俺達を出迎えてくれた。
受付台の前に立つ俺はちらりと隣のシーラを見る。
「怪物って。……なにやらまた物騒な異名貰ってんなぁ、お前は」
「ん?そう?」
まったく我関せずといった様子でシーラは生返事を返す。暢気なものだ。
「ビスカは元気でしたかぁ?私も久し振りに会いたいですねぇ」
ニコニコと笑顔でイズイは微笑む。俺を指さしながら。
「その指はなんだよ?」
「なんでしょうねぇ、怪物さぁん」
微笑みは意味ありげな含み笑いに変わっている。
「俺!?なんで俺がそんな呼ばれ方しなきゃいけないんだよ」
「んっふふふふ、自分の胸に手を当ててお考えくださぁい!」
指さしをやめたイズイは、満面のドヤ顔で自分の胸に手を当てて手を広げる。
「ダンガロの街の皆から、ビスカが昼夜問わず駆け回った報奨金500万ジェン!それを使って街に自分の銅像を建てると言う所業っ!今や、あなたを『生き恥』と呼ぶ人はもういません。あなたは……『承認欲求の怪物』と呼ばれていまぁっす!」
「不名誉すぎる!なぁ、本当に俺のせいか、それ!?どうせ一部始終知ってんだろ!?」
イズイは楽しそうにクスクスと笑う。
「そりゃもちろん」
テーブルに両手で頬杖をついていた右手の人差し指をピッと立てる。
「……失われた12年が、失った栄光が、彼を変えてしまったのです。癒えない渇きを満たし続ける怪物に!怪物に悲しき過去あり、ですねぇ」
そう言ってイズイは一人納得した様に頷いた。
「彼って誰?俺の知ってる人?」
と、挨拶代わりのそんなやり取りを終える。挨拶代わりの冗談、だよな。うん。イズイはそういうやつだ。
「さてさて、それはさておき。長旅お疲れ様でしたぁ。頼まれごと1件、進捗がありましたよぉ」
ようやく仕事モードになってくれたイズイさん。本来はかなり有能な仕事のできる子だ。
「お、マジで。助かるわ」
イズイはきょろきょろと周囲を見渡して席を立つ。
「ここで話すのもなんなのでぇ、裏行きましょ~」
弾むような足取りで受付を閉めてイズイは俺とシーラを奥へと手招きする。受付の裏手にあるのは以前も行ったことのある個室の会議室だ――。
会議室。テーブルには豆菓子とポップコーンと、飲み物が並ぶ。シーラの飲み物は最近のお気に入りである炭酸生姜水だ。
「お、シーラさん大人なの飲んでますねぇ」
「ふふ、当たり前」
シーラはそう言って得意げに気泡の弾けるグラスに唇を付ける。
「それ、大人か?」
久し振りの俺とシーラのやり取りを眺めてクスクスと笑いながら、イズイは分厚いファイルから何枚か書類を取り出す。
「ではでは、本題に入りましてぇ。お医者さんの件ですね。まず、以前セレスティア様から紹介されたキール様」
「あぁ、あのヤブな」
きっと苦々しい顔で俺が愚痴を漏らすと、イズイはなぜか嬉しそうにクスクスと笑う。
「ヤブって。一応セレスティア様の専属医でもあり、優秀な治癒士でもあるんですけどねぇ。多分、リューズさんの次くらいには優秀な方ですよぉ?医術と治癒術両方の知見があるあの方から見て異常なし、と言う事は可能性は二択」
イズイは指を二本立てて、神妙な面持ちで言葉を続ける。
「本当に異常がないか、……わからない何かが進行しているか」
俺は腕を組み、長く息を吐く。シーラは言った、『たまに力が入らなくなる』と。本当に異常がなければそんな事にはならないはずだ。
「魔石喰いが関係しているなら……、『禁術』らしいから情報も少ないよな。じゃあ、どうするか」
独り言のように呟き、イズイを見る。
「そういう意味でも、最初にキールさんに見せたのは英断でしたよぉ。治癒術の頂点リューズさん、医術の最高峰であり両方をハイレベルに備えるキール様、そして魔法の唯一点とも言えるセレスティア様。その三人が見ても何もわからない。つまり、レベルの話じゃない事が分かりました」
あのヤブ医者が実はすごい医者だとして、あいつが見ても分からないって事は他の医者に見せても無駄、って事か。イマイチ解せないけどな。
「残る選択肢はリスクを承知でアミナ様に視せて【解析】してもらうか、……魔石研究の専門家に見てもらうか」
「専門家……!?」
思わぬ単語が出てきて声を上げてしまう。なぜなら、『魔石の研究解析』は国教であるブラドライト正教の教義で禁忌なのだから。
――魔石は神の恵みである。それを解析しようとする行為は神の解剖を試みるに近しい不敬極まりない大罪である。
硬すぎて加工すら難しい魔石。本来シーラの行う魔石食いなど一発で禁忌に触れる大罪なのだろう。だが、セレスティアはそれを【祝福】によるものと嘘の情報を世に広めた。今になって思えばこの一手はかなり上手い。彼ら曰く、神の試練であるダンジョンを踏破して得た【祝福】によるものを、人が裁くなどとそれこそ不敬以外の何物でもないのだから。
つまり、魔石の研究は大罪である。よって、研究の専門家など居るはずがない。
「そ、そんなやつがいるのか?裏社会とか?闇ギルドとか?」
ゴクリと唾を飲みつつ問い返す。すると、イズイは得意げにファイルを開く。
「調べてみたら、……いるんですよねぇ。魔石研究による不敬・叛逆罪で起訴投獄される事13回。それでもなぜか処刑を免れている謎の人物がぁ!」
「前科13犯……って事か。マジかよ。なんで処刑されてないんだよ」
と、毎度の如く大人しいシルヴァリアさん。チラリと見るとポップコーンの皿は空になっていた。
「お、完食。どうだ?キャラメルとポップコーンって合うだろ?」
ヘラヘラと笑って問いかけると、シーラはムッと眉を寄せて俺を睨む。
「合いすぎて足りない」
「へいへい、味は?」
「全部」
「……かき氷で学んでないのかよ。味が混ざって最悪になるぞ」
「ん。じゃあ――」
顎に指を当てて、珍しくシーラは思案する。即断即決のシーラにしては珍しい姿に思わず笑ってしまう。
「じゃあ二つ。半分ずつにして!塩バターと、キャラメル」
指を二本立てて、嬉しそうにシーラはそう告げた。いつも通り、キラキラと瞳を輝かせながら。
会議室を離れて、厨房に向かう俺の足取りが弾んでいたのは、言うまでもないことだろう――。




