140話 報酬の有意義な使い方
俺とシーラは無事S級初依頼を達成する事が出来た。もちろん、これは俺たちの力だけで達成したとは言い難い。ビスカが街中を駆け回って支援者を募り、ミゲイロ料理長の協力無くして成り立たない依頼だったのだから。
とは言え、報酬を貰わないなんて選択肢は無い。それはビスカの努力も意気も無為にする行為だ。
「てなわけでシーラさん。街を出る前に何か有意義な使い道あるかな?」
街に貰った恩は街に還す。四日間滞在したダンガロを発ち、ウィンストリアに帰る前にとシーラに問いかける。すると、先を歩くシーラはピタリと立ち止まり振り返る。黒い髪が揺れて、灰色に近い瞳はじっと俺を見る。
「ある。いい?」
確信に満ちたその瞳、内容を聞くのは野暮以外の何者でもない。俺はニヤリと口角を上げて頷く。
「あぁ、任せるわ」
――その判断を俺は少し後で呪うことになる。
シーラは明確な意思を持って街を進み、目抜き通りへと向かう。進む先はダンガロ一の――いや、大陸でも屈指の名店『ル・リオン・エール』だ。
「ねぇ。ミゲ、呼んで」
時刻は営業時間前。店先の掃除をしていたサービススタッフに、ぶっきらぼうに呼びかける。『ミゲ』と言うのはミゲイロ料理長の事で間違いないだろうが、いつの間にそんな呼び方してたんだ、お前は……。
「お、シーちゃん。おはよう」
若いサービススタッフは聞きなれぬ呼び名でシーラを呼び、ひらひらと手を振る。だが、それはシーラの求める反応ではなかった様子で、腕を組み、眉を寄せて苦々しい顔で言葉を放つ。
「いーから。ミゲ。呼んで。早く」
「はいはい、わかったよ」
青年は『しょうがないなぁ』といった様子で、店内へと入り料理長を呼びに向かう。
「料理長~、シーちゃんがお呼びですよー」
しばらくして慌ただしい足音がしたかと思うと、一拍置いて勢いよく扉が開く。
「おぉ、シルヴァリアさん!それにリューズさんも!どうされました?あ、お食事でございますか!?」
「違う」
短く端的に答えると、シーラは収納魔石を開き、そこから無造作に札束を鷲掴みにして取り出す。
「これ。これで作って」
言葉足らずな要求にミゲイロさんは困惑する。だが、俺にはしっかりと伝わっているぞ。シーラは街の人をこの店に招待するつもりなんだ。その為に報酬を使う。確かにそれは有意義な使い方だよなぁ。
本当にシーラは成長したよなぁとしみじみ感傷に浸っていると、要領を得ないミゲイロさんに痺れを切らしたシーラは不機嫌そうに札束をドサっと店の前に置き、それを人差し指で示す。
「だから作って。ここに。リューズと私の銅像」
「バカすぎる!感動を返して!?」
つい目抜通りで大きな声を出してしまい、シーラは怒りを孕んだ冷ややかな視線を俺に向けてくる。
「私はバカじゃない」
「いやいや、仮に違ったとしても限りなくそれに近いものがあるだろ。言っただろ?自分で銅像作るなんてろくなやつじゃないって」
シーラは一瞬考えてプイッとそっぽを向き、再びミゲイロさんを見る。
「私は作らない。作るのはミゲ。わかった?」
「……また屁理屈を」
だが、その建前であればミゲイロさんが断れば話は終わりだ。俺は内心安堵の息を吐く。だが、現実はそう甘くなかった。
「それは名案ですな!お二人の銅像を店の前に……その様な栄誉に預かれるとはっ!」
ミゲイロさんは両手を大きく広げて心からの感動を全身で示す。無理矢理や押し付けでは無い。心からの賛同だ。
「マジか」
「それでは、この階段の左右でいかがでしょう!?右にリューズさん、左にシルヴァリアさん!ははは、こんなに心強い銅像はありませんよ!」
自画自賛して笑うミゲイロさん。その笑顔は次の瞬間に凍りつく。
「は?」
その重圧は昨日笑い合ったサービススタッフ全員もその場で動けなくなるに足るものだった。蛇に睨まれた蛙でもこうはならない。
シーラは威圧的にミゲイロさんに顔を近づける。
「馬鹿にしてる?なんで離す」
「そ……そそそそうですな!おっしゃる通り!ではこの階段の右に二人並んだ銅像を……」
シーラはジッとミゲイロさんの目を見ながら、自身の立つ場所を指差し示す。それは階段のど真ん中。
「もう一度言うね?私は、『ここ』、って言った」
……流石にそれは営業妨害なんてもんじゃ無いだろ。邪魔すぎるにも程がある。
「おいシーラ。百歩譲って銅像はいいとして、場所はもう少し折れようぜ」
ポンとシーラの肩を叩き、苦笑いで助け舟を出す。シーラは少し悲しそうに振り返る。
「リューズは任せるって言った。嘘だった?」
「う……、いや」
そう言われてしまうと何も言えない。
「そ、そう言えばさ」
すまねぇ、ミゲイロさん。俺には話を逸らすことしかできない。時間を稼ぐからあとは頼む。
「俺と来た時が初めてって感じじゃなかったけど、シーラは一人でこの店来たことあるんだよな」
俺の問いにシーラは『何を今更』とばかりに小さくため息をつく。
「当たり前」
「だよな。なんでここ選んだんだ?」
今にして思えば間抜けな俺の問い。シーラは自分の鼻を指さして得意げに答える。
「決まってる。一番いい匂いがしたから。私は匂いはわかる」
一切の味を感じないシーラも匂いはわかる。どこで食べようが、何を食べようが何も感じないシーラが選んだ店。
パン!と勢いよくミゲイロさんは自分の右腿を叩き、涙目でりょうてを広げる。
「私の覚悟が足りませんでしたァ!シルヴァリアさん、ここに建てましょう!この階段の真ん中から!街を見守ってください!」
店の入り口へと至る階段。そのど真ん中に並ぶ銅像を想像する。なんとシュールな光景か。
「街?見るのは店。わかる?こっち向きね」
シーラは店を指差す。
俺もミゲイロさんもキョトンとしてしまう。
「え?店を見る……って事は、背中はこっち?」
俺は目抜通りを指差す。
「リューズ。顔の反対は背中。当たり前」
階段のど真ん中に、通りに背を向けた銅像。……マジで?
ようやく要求の伝わったシーラは満足げにミゲイロさんに笑いかける。
「ポーズは任せるね。ふふ、また来るのが楽しみ」
その笑顔に抗えるはずがない。
「任されましたァ!」
――街の人100人が善意で出資した資金を使って、自らの銅像を建立させた自己承認欲求の怪物。そんな噂をリューズが耳にするのは、王都に戻ってからのことになる。
二人はダンガロの街を離れて、王都への帰路についた。




