三十七幕 漢軍VS上洛軍
中平二年(西暦一八五年)。四月七日。
上洛軍と漢が興した討伐軍董卓部隊の両軍が一里(約400m)の距離を取って向かい合った。
漢軍の目標は汧城解放。
総兵力は一万五千。
本陣は董卓が指揮しており、六千の兵力がある。目標地点である汧城からは十里(約4㎞)の距離だ。
董卓率いる漢軍の陣容は中央に上級指揮官・華雄。字を練武。左翼に同じく上級指揮官・段煨。字を忠明。右翼に同じく上級指揮官・臧覇。字は宣高。
華雄が攻め気になっているためか、臧覇・段煨両将よりもわずかに陣が前に飛び出している。
三将の指揮する兵力はそれぞれ三千。
対する上洛軍も準備は万端だ。
汧城を包囲している部隊二万四千はそのままに、各城壁を攻めていた将を漢軍に当てるため派遣している。また、漢軍に当たる兵は上洛軍本陣から送られた。
中央に宋建麾下の将・英狼。字を黥布。左翼に羌族の大人(部族の長)・北宮玉。右翼に友人に巻き込まれた金城郡の計吏・韓遂。字を文約。
部隊それぞれが一万の兵力で横陣を布いている。
上洛軍の位置関係としては、汧城の西五里(約1㎞)の地点に宋建率いる本陣が四万六千の予備兵力と共に置かれており、そして、漢軍に相対している三将の陣は汧城の南で展開されている。
上洛軍左翼部隊。
両陣営が距離を取って睨み合っている。
両軍の兵が緊張感から震えだす中、動いたのは上洛軍の側だった。
羌族。雁の部族。大人。北宮玉。
彼は前線指揮官である李文侯に伝令を送った。
内容は。
『出ろ』
である。
それを受け取った李文侯は上半身裸のまま、裸馬に跨る。
「さぁ、偉大なる羌族の野郎ども。今まで退屈な城攻めばかりで鬱憤溜まってるだろ。今日は存分に、動けなかった不平不満をぶつけるぞ!!」
そう気勢を上げると、李文侯は最前線で駆け出した。周りの兵も一歩遅れる形で李文侯に従う。
ここに、上洛軍と漢軍の戦端が切って落とされた。
上洛軍右翼部隊。
突如として上洛軍左翼が気炎を上げて走り出したのを韓遂は見た。
「………………えー。なんかぬるっと始まった~。いやまあね。言葉戦してあとは確かに進軍するだけなんだけどさ。何が問題って、この三部隊を纏める人間がいねえんだわ。宋建の奴。何が『まずはそれぞれがそれぞれに動いてみよ』だよ。これで大敗したら目も当てられんぞ」
ぶつぶつと死んだ目で呪詛を吐く韓遂。
そこにまた更に歓声が上がった。
英狼の指揮する中央部隊だ。
左翼に負けて堪るかとばかりに走り出している。
「あーーーー。暴れん坊しかいない。え、これ、俺が軍監的立ち位置? 向こうはざっと、こっちの半数くらいか。負けはしないと思うけど、万が一はあるよなぁ。仕方ない。やれるだけはやるかぁ」
そう言うと韓遂は前線に伝令を送る。
「盾を構えて弓に気を付けながら進め。敵右翼が中央や左を支援しようとするなら襲いかかれるような距離を保つ。実際に襲いかかるのはこちらの指示を待ってからにしろ」
そうして、上洛軍左翼・李文侯が猛進し、中央・英狼が猛追して行く中、右翼・韓遂はゆるゆると行軍を始めたのだった。
漢軍右翼部隊。
臧覇は猛然と駆けてくる李文侯の部隊にため息を吐いた。
「や~れやれ。随分と好戦的な敵さんだぁ」
臧覇は歪に笑う。
董卓私兵団に古くから在籍している男だ。
羌族とは何度も并州で戦っている。
馬の使い方。走り方。その速さ。
全てが、迫ってくる部隊が羌族で構成されていることが見て取れた。
「な~ら、やることは同じだ。盾を構えなぁ」
臧覇が前線に伝令を送る。
そして、前線が盾を構えて密集陣形を取った直後。
馬と盾がぶつかり合う轟音が響いた。
上洛軍左翼突撃部隊。
李文侯は最前線でその光景を見た。
漢軍右翼の兵たちが密集し、そして盾を並べて構えたのだ。
縦に三段重ねられた盾の防壁。
迅速な防御陣形の構築だった。
(俺たちの突撃の前にここまで固めるか。これが羌族と戦い続けた軍!)
李文侯は巨大な矛を振り回して防御陣形を崩そうとする。
しかし、びくともしない。
(馬の速度の乗った俺の一撃を耐えやがるのか)
後続の兵が続々と駆けてくる。止まることはできずに李文侯は一度後退することを選んだ。馬の脚は止めない。寄せては返す波のように、横陣を布いた漢軍に二度、三度と突撃を繰り返す。
それでも崩れない。
漢軍が焦れて追い打ちをかけようとすれば、そこが穴になる。そうすれば李文侯は一気に敵陣を崩せるはずなのだが、健気にも漢軍は羌族の突撃を耐え続けていた。
上洛軍左翼後方。
北宮玉は李文侯の突撃を受け切っている漢軍をつぶさに見た。
「なるほどな」
嘲笑しながら呟くと、北宮玉は移動を始めた。
上洛軍中央部隊。
「やぁれやれ。猪突ってるなぁ。さぁすが騎馬民族。鬱憤溜まってたのかねぇ。なら援護してあげましょ」
英狼の指揮する部隊は歩兵が主だ。というより、羌族部隊が異様だ。
歩兵という概念がないかのようにほぼ全ての兵が馬に乗っている。
普通は違う。
指揮官は馬に乗る。その方が戦場を俯瞰して見れるので指示が出しやすい。
「右側を厚くしろ。敵部隊に左を援護する余裕を与えるな」
そう指示を出して、英狼の指揮する中央部隊も漢軍中央にぶつかった。
こちらはごく当たり前にぶつかり、押し合い、乱戦になる。
(! おいおい。あちらさん、見たとこ三千ってところだろ? こっちは三倍以上だぞ!?)
英狼は瞠目する。
漢軍中央部隊は、上洛軍中央部隊をがっちりと受け止めていた。
というか。
見間違いだろうか。見間違いであってほしい。
上洛軍の兵たちが宙に吹き飛んでいる。
「………………はぁ?」
その原因はすぐに分かった。
大槌を構えた男が、それを振るうたびに、兵が吹き飛んでいるのだ。
「わーははははは。だーははははは。どうりゃぁ。『豪鉄雷来』!!」
巨大な金槌のような大槌だ。異様なのは槌の部分だけで人の背丈ほどはあるということだ。その質量は如何ほどのものか。それにぶち当たれば、それは人も飛ぶだろう。しかしそもそも、その質量の物を振り回す男の規格外ぶりが問題だった。
「はっはぁはぁ。世界は広ぇなおい」
英狼は好戦的な笑みを浮かべてその男に向かって剣を叩きつけた。
漢軍中央部隊。
華雄の指揮する中央部隊は今回の戦いにおける主攻の役目を担っていた。故に、その部隊も精兵で構成されている。
董卓麾下で最も攻撃力の高い華雄が指揮官となり、指揮下の兵も三千の董卓私兵団が割り当てられている。前年の黄巾の乱の終結から今までの約半年。董卓私兵団は実戦に即した形で調練を繰り返してきた。
都度、指揮官を交代して行われるその実践訓練は、兵たちを否応なく成長させた。なにせ、華雄が指揮する部隊とも、何度も矛を交えたのだ。
華雄は戦の勘所がずば抜けている。
もっとも攻めるべき時に、もっとも攻めるべき場所へ向かう。
しかし、欠点として、華雄は部隊指揮がうまくない。『攻めろ』と『退け』しか指示がない。自然と、華雄の部隊に配属された兵たちは思考停止で上官に従うことができなかった。
なぜ攻めるのか。どのように攻めるのか。
華雄自身にすら言語化できないそれを、華雄麾下の兵たちは模索し続けなければならない。
「だーっはっはっはっはぁ! なんやなんや、敵さんが小枝のように飛んでいきよるわ!!」
華雄の大槌『鉄槌』が、人間の重さを感じさせないかのように振るわれ、その度に敵兵が宙を舞う。
そこに。
剣が叩きつけられた。
「おん?」
華雄は当然のようにそれを防御して、剣の持ち主を見る。
「は。とんでもねえ堅さだな。でも、余裕をこくには、力不足なんじゃねえか?」
その男の軽口に、華雄は獰猛な笑みを浮かべる。
「おっほほほぉ。なんや、骨のあるやつが出て来ぃよったな! ほなら名のろか。董仲穎私兵団。第一将。華練武や」
「名乗られたからには返すのが礼儀だな。新王・宋建の矛。『猛禽』英黥布だ!」
ここに、猛将二人の激突が幕を開けた。
漢軍左翼部隊。
段煨が指揮する部隊だ。
右翼、中央共に戦端が開かれた。漢軍と上洛軍の部隊が激突するのを見て、しかし段煨は動けない。
上洛軍右翼・韓遂の部隊が段煨の部隊の前で静止しているからだ。
距離は一里(約400m)ほど。
中央や右翼に救援を送ろうとすれば、その横腹を突かれてしまいかねない。
ならばやることは一つだ。
「敵右翼を撃破の後、中央に加勢に向かいます。進軍!」
鬱陶しい小蝿を打ち破った後に、遊軍となる選択。
しかし。
段煨が兵を進めると、敵右翼はゆっくりと後退を始めた。
「な、い、いったい何を考えて―――」
段煨は困惑の表情を浮かべた。
上洛軍右翼部隊。
その指揮官である韓遂は敵軍が困惑したかのように中央へ兵を向けようとしたのを見た。
「あ―ダメダメ。それはやらせない」
韓遂は『前進』の指示を出す。
それで、敵左翼―――『段』の旗が揺れている部隊が動揺したようにこちらに向き直った。
「段。ねぇ。段さんよぉ。武力衝突なんて怖いことやらないで、このまま睨めっこしてましょうや」
韓遂は卑屈そうな笑みを浮かべながら、段煨の部隊に付かず離れずの距離を保つ。
こうして、韓遂は戦わずして敵部隊のひとつを足止めしてみせたのだった。
上洛軍左翼部隊。
北宮玉は後方で李文侯が何度目かの突撃を敢行しているのを見た。
つぶさに見た。
十分に見た。
それで十全だった。
「鐘を鳴らせ」
北宮玉の指示に、傍にいた兵が小さな金属の塊に鉄の棒を打ち付ける。
カーン。カーン。カーン。
甲高い鐘の音が戦場に響いた。
それを受けて李文侯が戻ってくる。
「旦那。敵は堅い。さすがは并州を守ってただけある。騎馬隊の突撃をものともしない」
「李文侯。お前はそう見るか。だがな。両射手の私兵団はあそこまで脆くない。俺が率いる。ついてこい」
そう言うと、北宮玉は馬を駆けさせた。
騎兵をまとめ、三列になって一点突破の陣形を組む。前後に長い突撃陣形だ。
そのまま、漢軍右翼部隊の、中央からわずか左にずれた箇所に突っ込んだ。
漢軍右翼部隊。
指揮官である臧覇は、上洛軍左翼部隊が突撃陣形を形作るのを見た。
(あのまま一点突破を狙う気かい。後ろにそらすのは厄介だ)
「受け止めるよ!!」
そう指示を出した臧覇だったが、敵の進路を見て顔を青くさせた。
(あそこは)
臧覇の部隊は千五百の董卓私兵団と千五百の洛陽徴兵組で構成されている。
私兵団の兵に比べて洛陽で徴兵された兵たちは練度に劣る。
特に、騎馬隊の突撃を受け止めるという点においては、董卓私兵団の兵は漢国内でも随一の練度を誇る。そんな兵と洛陽で徴兵された練度の劣る兵を混ぜてしまえば、部隊は運用できなくなる。
だからこそ、臧覇は私兵団兵と徴兵兵を分けて配置した。
華雄の支援ができるよう、華雄の動きに慣れている私兵団兵を中央寄りに配置。徴兵兵は外側に配置して激戦区に近寄らせないよう配慮したのだ。
北宮玉が一直線に向かっている先は、徴兵兵の配置されている箇所だ。
(何度かの突撃だけで、こちらの弱いところを見抜いたのか!?)
臧覇は慌てて救援に向かおうとするが、矛先の向いた徴兵兵が混乱して辿り着けない。
(まずい。これはまずい)
臧覇の感じた通り、致命的な状況だ。
北宮玉が右翼を分断し、孤軍となった徴兵兵を刈り取るというのであれば、状況は悪いがまだ挽回の余地がある。
しかし。
北宮玉率いる上洛軍左翼部隊は臧覇の陣を抜け切ると、そのまま漢軍の背後に回り込んだ。
漢軍本陣と漢軍攻撃部隊の間を駆け抜けていく。
「へ、兵を纏めろ! 敵左翼を追うぞ!」
臧覇が声を上げた時、本陣で銅鑼が鳴った。
上洛軍左翼部隊。
(両射手の私兵団がここまで軽いわけがない。道すがら徴兵した兵で水増しでもしたか)
董卓私兵団の精強さを直接知っている北宮玉は、李文侯が突撃を繰り返す中、敵兵の一部が騎兵の勢いに押されて体勢を崩しているのを見た。
もちろん、陣形に穴が開くほどの崩れではない。
しかし、盾がわずかに動いていた。
董卓私兵団であれば、騎兵の突撃に対して盾が動くことはない。不動の城塞のようにびくともしないはずだった。それに妙なのは槍を繰り出してこないこと。
董卓私兵団の怖さは、盾で馬を止め、盾の隙間から槍を繰り出すことで突撃した方に被害を出す戦法を用いることだ。
それをしてこないので妙に思っていた。
そして観察に徹したのだ。
大方、攻防一帯の陣形を布くことで練度の劣る箇所が崩れることを嫌がったのだろう。防御に徹していれば大きく崩されることはない。
その判断は間違っていない。弱い箇所を見抜かれ、一点突破を受けさえしなければ。
臧覇の部隊を縦に両断した北宮玉は、臧覇部隊の殲滅ではなく、もっと大きな勝利を目掛けて走り出した。
(左翼で勝ってもこの戦、優勢にはなっても勝利ではない。それよりも、この一戦で勝敗を決めてしまおうではないか。なぁ、両射手・董仲穎)
そのまま、まるで挑発するかのように北宮玉は漢軍本陣の前を横切る。
右翼部隊が抜かれることを予想していなかった董卓本陣は今更のように出撃体制に入っている。
歴戦の古強者だからこそその事実を肌感で読み切った北宮玉は邪魔が入らないうちに目的の地に到達した。
漢軍左翼。
段煨が指揮する部隊の背後である。
漢軍本陣。
董卓は臧覇が指揮する右翼部隊が、北宮玉に見事に抜かれたのを見た。
「こちらに来るか?」
董卓が防備を固めようと手を上げる。そこに。
「中級、下級指揮官組~。準備をしてくださ~い。兵三千の部隊となって羌族軍に対応してくださ~い。総指揮は文才くん。副官は整修。頑張ってね~」
李儒が董卓の下知よりも前に兵たちに指示を出していく。
「それから銅鑼係さ~ん。銅鑼を鳴らしてくださ~い。旗係さ~ん。宣高殿に敵中央を後ろから突いてもらいましょ~う。まずは~。敵の悪手を利用して~、敵に冷や汗をかいてもらいま~す」
そんな李儒の指示を聞いて、董卓は上げていた手を下げた。
「ジュジュ」
「はいはい~?」
「儂はいつ出ればいい?」
「タク様が出る~!? こんな緒戦で~? 意味のない出陣を総大将がするのはおやめください~。タク様は、そうやって、座ってればよろしいですよ~」
たしなめられた董卓は苦笑しながら床几に腰掛けた。
漢軍本陣遊軍部隊。
「だぁ! とりあえず危急の事態だ! 編成は向かいながらやる! それぞれ、兵四百を率いてついてこい!!」
董卓私兵団中級指揮官・胡軫が声を上げながら馬を手繰る。
「文才くん。敵は一万。どう動くつもり?」
胡軫の副官を任された楊定が馬で追随しながらそう尋ねる。
「突撃あるのみ」
「おバカ。本当におバカ。死ぬわよ?」
「じゃあ、整修。なんかあんのかよ」
楊定はため息を吐くと、後ろを振り返った。
「下級指揮官をうまく使いましょ。この子たちも育ってきてるわ。うまく動いてくれるでしょ」
言われた下級指揮官組の少年たちは、顔を引きつらせながら頷いたのだった。
漢軍左翼部隊。
指揮官である段煨は後方からの報告を受けて顔色を青くしていた。
報告はこうだ。
「後方から羌族の部隊がこちらに向かって進軍をしてきています!!」
悲鳴のような声。
それだけで、段煨の周りにいた兵たちにも動揺が広がる。
(羌族の部隊? それは確か、右翼の宣高さんにぶつかっていたはず。それがこちらに来たってことか? それとも新手? いや、いやいやいや)
浮かんだ疑問を即座に振り切る。
段煨の後方は董卓の本陣が置かれている。
別動隊がいたとして、董卓の本陣を無視してこちらに攻撃を仕掛けることはないはずだ。段煨は後方を仰ぎ見る。丘の上で『董』の旗がいまだ翻っていた。本陣は襲われていない。
(いやなんで!? 仮に宣高さんの部隊を羌族が抜いたとして、なんで本陣じゃなくこっちに来るんだ? 何が目的だ?)
段煨は知る由もない。
北宮玉が、董卓に対する鬱憤を晴らすため、漢軍の前線部隊を完膚なきまでに叩こうとしているなど、当然思慮の外だ。
それでも対応しなければならない。
(敵右翼は今のところ動く気配なし。とはいっても、いつ動き出すかわからない。前後に意識を向けなければ)
段煨は即座にそう判断し、指示を出す。
「円陣を組みなさい! 私兵団は外周を、徴兵兵は内周を! まずは敵騎馬の突撃に耐えることからです! ひとつずつやっていきましょう!」
段煨の指示に、恐慌状態に落ちかかっていた兵たちが一縷の望みをかけて陣形を整え始める。
千五百の私兵団兵が大きく円を作り、その内部に残りの千五百の徴兵兵が予備兵力として待機する。
その陣形を整えきった直後。
北宮玉率いる上洛軍左翼部隊が段煨部隊の外周に接敵した。
上洛軍左翼部隊。
北宮玉が指揮する騎馬隊が漢軍右翼部隊の背後に殺到した。
しかし、すんでのところで陣形は整えられてしまっている。
(ち。韓殿は何をやっていた。陣形を整える隙を与えず、攻勢に出ていれば、突撃一回で壊滅させられたものを―――!)
円陣を作った漢軍右翼部隊は盾を構え、そして盾の間から槍を突き出してきてこちらの騎馬を狙ってきている。
北宮玉が良く知る、董卓私兵団の動きだ。
これをされると、並の兵では抜けなくなる。
北宮玉は并州にて『雁の部族』と呼ばれる部族を率いる大人だった。
雁の部族の構成部隊は六百名と多くはない。しかし、精強だった。
今回の戦では、雁の部族は連れてきていない。彼らは并州北部から動くのを嫌がった。まるで、負けて逃げるかのようだと。そんなことは許容できないと。
結局、北宮玉は雁の部族を捨てた。
古くから付き合いのあった宋建からの誘いを受けて、北宮玉と側近三名だけが宋建の反乱に参加している。
(遊牧民族の誇りを忘れて、土地に拘泥する奴らは、邪魔なだけだ)
北宮玉はそう感じている。
大国の弱い所を啄み、難敵を避けるのは当然の行いだった。
それが何の因果か、并州とは全く異なる土地で、董卓と北宮玉は干戈を交えることになった。
(兵力が同数であれば、向こうに軍配が上がったがな。此度は兵力は圧倒的にこちらが上。ようやく、お前との因縁を清算できるな、董仲穎)
この物語の主役は、自分である。
そんな自負が、北宮玉にはあった。
前を走っていた騎兵が漢軍の円陣から伸びた槍に付かれて落馬している。
(ち。数は多くても、練度が足りん。やはり、湟中義従胡なぞに甘んじる軟弱者共では歯が立たんか)
心中でいら立ちを吐きながら、北宮玉は長刀を振りかぶった。
馬のスピードを乗せた北宮玉の一撃。それは、精強なる董卓私兵団の防御陣形を容易く破壊した。
その瞬間。
「敵襲―――――」
北宮玉の背後で、そんな報告がなされ、同時に、北宮玉が破壊した防御陣形が、破裂したかのように兵を吐き出した。
漢軍遊撃部隊。
「ギリギリで間に合ったな! 李。まずは一撃目。割って入れ!」
「おうさ!」
胡軫の号令に、李蒙が兵四百を率いて羌族部隊に横撃を仕掛ける。
一万の軍勢に対してたったの四百で攻め込んでくるとは思わず、羌族部隊は驚愕に包まれた。それでもすぐに立て直して、哀れなる寡兵を蹴散らそうとして、
「第二撃。第三撃。第四撃、第五撃。全員突っ込め!!」
樊稠、周毖、王方、牛輔。
それぞれが横に長く伸びた羌族部隊を分断するために割って入る。一万の騎馬隊は、いつの間にかおよそ千二百ずつに分断され、それぞれが指揮官と連絡もつかないまま、小集団となって戦うことになってしまった。
一度勢いの殺された騎馬隊はその真価を失う。
割って入った下級指揮官組は盾を構えて騎馬隊の進行を妨害していた。激しい衝撃が彼らを襲い、それでも、董卓私兵団として鍛え抜かれた対騎馬歩兵部隊は羌族の騎馬隊を止めた。僅かな時間だ。しかしその時間が値千金の結果を生む。
そして数を減らした羌族部隊先頭部分に、胡軫率いる千の兵が突撃する。
ちょうど時を同じくして、北宮玉が漢軍左翼の防御陣形を吹き飛ばした。
防御陣形の内側で、徴兵兵たちが突撃体制に入っているのにも気づかずに。
分断された北宮玉の突撃部隊は、その数を四千にまで減らしていた。
その四千の兵が、前から漢軍右翼部隊徴兵兵千五百の、後ろから漢軍遊撃部隊私兵団千の挟撃を受けた。
局所的に、数の差が埋まり、北宮玉は咄嗟に横に馬首を巡らすことで衝突を避けてその場を逃れるしかなった。
想定外と想定内。
漢軍と上洛軍の初戦は、両者損害極小という結果に終わった。
北宮玉が漢軍の裏に回った結果自由になった臧覇も英狼指揮する上洛軍中央部隊の背後を取るための動きを見せた。
華雄と打ち合っていた英狼はそれを目ざとく見つけると、すぐさま兵を引いて臧覇の裏取りを阻んでみせた。
漢軍が邪魔になって北宮玉の動きに気づくのが遅れた韓遂は、漢軍右翼部隊を挟撃する機を逃し、逆に北宮玉が漢軍右翼と遊撃部隊に挟撃される結果を招いてしまった。不意を打てなかった北宮玉も歯ぎしりをしながら兵を引くことになる。
こうして、圧倒的な数の差を見せつけながらも、上洛軍は漢軍を打ち破ることはできなかった。
しかし、漢軍側にも苦しい事実が露呈した。
上洛軍。寄せ集めではあるし、連携もうまくない。
それでも、兵の練度。将ひとりひとりの能力。
どれをとっても、前年の大乱・黄巾の乱を優に超える精強さであるということだ。
民兵とは異なる、戦に慣れた者たちが集った軍団。
決して舐めてかかってはいけない難敵であるということが、わかったのだった。
軍団戦じゃ~~~~。
描写がころころ変わってわかりづらいけど、上洛軍から見たら漢軍左翼は臧覇。漢軍側から見たら漢軍左翼は段煨になるんですよね。
韓遂 英狼 北宮玉
〇 〇 〇
〇 〇 〇
段煨 華雄 臧覇
って感じです。




