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三十二幕 初戦の夜



 三月二十七日、夜。

 日が暮れる前に、(じょう)(らく)軍の攻勢は勢いをなくした。

 そのまま夜になる。

 夜間での戦闘はご法度だ。

 暗闇の中、城壁を駆け上るなど、正気の沙汰ではない。ただでさえ不安定な足場。城壁の上では(かがり)()が焚かれているが、そのせいで逆に、城壁自体は黒々と聳え立っているように見える。日中以上に、体勢を崩し、大怪我をする恐れがある。

 故に、上洛軍は攻めない。

 この夜はまだ。

 対する(けん)(じょう)軍も、圧倒的な数の差に屈せず初日をほぼ無傷で終わらせられたことに確かな喜びと自負を胸に抱いていた。

 ここからは持久戦であり、今はまだ余裕がある。余裕があるうちに休むべきだ。

 そのことから、僅かな常備兵を見張りとして城壁に待機させ、他の兵は休むことになった。

 兵たちが初めての大戦に疲れ果て、普段よりも早い時間に眠りについたその後も、彼らを指揮する将たちはまだ、長い夜を過ごさなければならない。



 「いったいどういうことか、説明をしてもらおうか、エン」

 「説明と、いわれましても」

 汧城政庁の一室。普段は(けん)(ちょう)である(えん)(こう)が詰める県長室にて、閻行、(えん)(えん)(えい)(しん)(もう)(こう)(ほう)(ぜん)が集まっていた。

 「俺はお前に、城壁を守れと、そう言ったはずだ。それなのになぜ、城外に打って出た」

 巨体である閻行が、まだ幼い少女といった体躯の閻艶を見下す。

 並の者であれば怯んでしまいそうなその圧を受けて、閻艶は小首を傾げて見せた。

 「しかし、父上。籠ってばかりでは勝てません。敵は大軍。遠からず、この城は陥落してしまうでしょう。それよりも、要所要所で敵の心を打ち崩す必要があると考えました」

 「それをなぜお前がやる。百歩譲って、お前がやるにしても、どうして事前に一言許可を取らなかった」

 「(はく)(おん)殿、(どん)(しゅう)殿は敵の主攻を迎え撃たねばなりませんでした。対する私の守備する城壁は、大きく戦況が動くこともないと感じました。よしんば動いたとしても、あるのは正攻法ではなく何らかの策。敵が動いたことを察知し、伝えるだけであれば私がいなくてもできます。そして、事前に父上に申し上げなかったのは、父上が反対するだろうと考えたからです。敵の出鼻を挫くのが目的であるのに、問答をしては機を逸します。私としましては、父上が西に私を配したのは、私の動きを予測してのものだと思っておりました」

 あまつさえ、はばからずにそんなことを堂々と言う閻艶。

 そんな閻艶に、閻行は歯ぎしりをすると周囲に助けを求める。

 「お前たちも、何か言ってやれ」

 そう言葉を受けた面々は、しかし、目を逸らす。

 「私には考えもつきませんでした。戦場の空気というものに気圧されて、お嬢様の為さるような正しい判断ができませんでした。もちろん! 危険なことです。もうやめていただきたい。ですが、私に何か対案があるかと言われれば………」

 衛軫はそう呟きながら項垂れる。

 (けん)(じょう)である衛軫は戦場での経験が少ない。殆どないと言っても過言ではない。彼にとっても初めての戦場であった。

 もちろん、県丞の地位についても勉強を怠らなかった衛軫は兵法書も(そら)んじる程に読み込んではいた。しかし、実際に部隊指揮をする立場になって、後から振り返ればどうするのが正解だったか自明の物事ですら、現場で指示を出すことができなかったほどだ。間違った指示を出さなくて良かったとすら思う。

 そんな衛軫からしてみれば、閻艶を責められようはずがない。

 「効果的っちゃあ、効果的ですぜ。これで奴ばら、愚直に城を攻めることができなくなった。いつ、どこの門が開いて突撃してくるかわからないって言うんですからねぇ」

 「私たちも出られれば良かったのですが、生憎と手が空きませんでした」

 彭全、毛洪も口々に閻艶を認めるような物言いをする。

 その事実に、閻行は頭を抱えたくなった。

 「少なくとも、数日は大人しくするつもりです、父上。こちらの攻撃に慣れさせず、また、敵が弛緩したのを見て突撃を敢行する。それを繰り返すだけで、敵は時間を浪費していきます。そうすれば、遠からず援軍がやってくるでしょう」

 閻行は娘の言葉を聞いて唸り声を上げた。

 まったくもって正しい。

 今は少しでも時間を稼がなければいけない。

 閻行は、その手の中に書状を丸めて持っていた。

 内容は、『西方防御策不発』とのこと。そして加えて、『(かん)軍が(らく)(よう)より進発した』という情報だ。

 西方防御策が発令されなかったとあれば、当初想定していたよりも長い時間を耐えなければならない。

 その長い時間をどう稼ぐか。

 その答えを、閻艶は示しているのだ。

 書状の中身は誰にも教えていない。それでも、皆が最善を取って動いているのだ。

 閻行は、誰にも言うつもりはない。

 どちらにせよ、汧城の役目は、援軍が来るまでひたすらに耐えることなのだ。

 西方防御策の不発により思ったよりも長い時間耐えなければならないが、(かん)軍が既に進発したというのであれば、耐える時間は思ったよりも短くて済む。

 それであれば、閻艶が言うように、汧城が攻め気であると主張し、上洛軍の足止めを行い続けるのが最善ではある。

 「では、次の突撃は、俺が率いよう」

 「駄目に決まっているでしょう!!」

 「父上。ここはやはり私が率いるのが一番効率的だと思います。伯恩殿、呑集殿を動かすことはできますまい」

 「~~~~~~~~~~~」

 閻行は唸る。

 理屈としては、閻艶が正しい。

 毛洪、彭全を城壁から動かすのは難しい。そして、閻艶の突撃力は並大抵のものではない。以前から報告はされていたが、目の当たりにしたのは初めてだった。

 「しかしなぁ。カカに何といえばいいのか」

 そんな呟きに、閻艶が表情を曇らせる。

 「父上。母上にはどうか内密に」

 「無理だろぉ。内密にするには、お前、活躍しすぎだぁ」

 「うう………」

 端正な顔立ちで、父の圧にも負けなかった閻艶が、初めて項垂れたのだった。



 ―――同時刻。

 上洛軍本陣には攻城に当たっていた諸将が集まっていた。

 上洛軍大将・(へん)(しょう)

 根暗な二流役者・(かん)(すい)

 生真面目な民政家・()(ぎん)

 (きょう)(ぞく)の狂戦士・()(ぶん)(こう)

 羌族の(たい)(じん)(部族の長)・(ほく)(きゅう)(ぎょく)

 そして。

 彼らを招集した新国家樹立を目論む新しき王・(そう)(けん)

 錚々たる顔ぶれが一堂に会していた。

 もちろん、包囲を解くわけにはいかない。

 故に、兵はそのまま、城を包囲している。順番に休息を取り、決して汧城を自由にはしていない。

 集まった男たちは、皆一様に硬い顔をしていた。

 ―――否。

 ひとりだけその限りでない男がいる。

 (………………えー? なに? なんでこんなに空気が重いの? 空気って吸うものだよ? それなのに重さを感じちゃう。もしかして俺、何か特殊能力に目覚めたのか? 重力操作系かな。何それカッコいい。でも、主役は張れなさそう。いいとこ、ちょっと強い敵側ポジ的な? いやー参ったなー。俺には荷が勝ちすぎてるよ。役不足だよ。誤用だよ。正しくは役者不足だよ。ふっ。空気が重いと感じることを重力操作の特殊能力が目覚めたと仮定するなんて、我ながら面白いこと言ったな今)

 韓遂。(あざな)(ぶん)(やく)

 彼だけが、集められた理由を正しく理解していない。

 なぜか。

 それは、彼の攻囲部隊だけが、無傷であったからだ。

 「宋建殿。何も今夜集めなくても」

 諸将が(くるま)()に座ったところで辺章が声を上げる。

 「被害を確認せねばならない。明日からの対応も、まだ決めかねているだろう」

 辺章が諸将を見渡す。

 北宮玉、李垠も顔をしかめながら口をつぐんでいる。

 口をつぐむということは、大筋において、辺章に異論はないということだ。

 「戯けたことを申すな、道化よ。今宵集めずしていつ集めるというのだ。初日を超えて、貴様たちが感じたことを、愚直に(つまび)らかにするがよい」

 その言葉に、辺章、李垠、北宮玉が黙る。

 黙っているので、仕方なしに韓遂がそろりと手を上げた。

 誰かが話し始めないと、場が停滞してしまう。意味のある停滞ならばそれもいいが、意味のない停滞は韓遂の苦手とするところだ。単純に気まずい。空気も不味ければ雰囲気もマズい。味はしなくてもそんな気がするから不思議なものだ。

 「あー、じゃあ俺から。汧城は想定通り、徹底抗戦の構えですね。汧城常備兵のみならず、あの数は民兵もかなりいます。汧城の規模だと常備兵は千五百から二千。民がだいたい一万いない程度でしょう。ということは敵兵力は概算で約一万。しかも、俺の担当していた城壁の守備隊の動きからして、しっかりと策を弄されることに警戒している様子。敵指揮官に油断なく、結果として当初の想定よりも堅い城、という印象ですね」

 韓遂の言葉に四将は押し黙る。宋建が唯一頷いた。

 「二流役者よ。ならばお前はあの城をどう攻める?」

 問われた韓遂は嫌そうな顔をしながらも思案を始める。

 韓遂。

 流れに流されて国家に反逆を起こす上洛軍に身を置いているが、それ故に求心力はまるでない。彼が上洛軍に協力するのは、あくまで家族と、自身の命を守るためだ。少なくとも自覚的な理由としては。

 「………………そうですねぇ。いっそのこと攻めない、というのはどうでしょう」

 「ほう?」

 「いや、こちらは攻城しているわけです。だから敵兵が一万に膨れ上がっている。だから攻めにくくなっている。ならば、攻めるのはやめて、とっとと(けん)(すい)を渡り、()(ほく)(へい)に深入りしましょう。もたもたしていると(かん)の討伐軍が派遣される恐れがあります。最悪の場合、汧城をようやく落とし、汧水を渡った直後に(かん)軍に襲われれば、こちらは背水の陣です。汧城からしてみれば、少しでも時間を稼いで、俺たちをここに足止めしたいでしょう。そんな敵の思惑に乗ってやる理由はありません」

 そんな、汧城の決死の覚悟をあっさりと否定するような策を、韓遂は当たり前のように言ってくる。

 強い相手にどうやって勝つのか、ではなく。

 強い相手は無視をして少しでも目標に近づくべき。

 その意見に、宋建は笑みを深くする。

 『強にしてこれを避ける』。

 (そん)()にも載っている誰でも知っている文言だ。少なくともこの場にいるような者ならば。………いや、李文侯はわからないが。

 要するに、敵が強ければ、戦いを避けて目的を達成するべし。そういうことだ。

 しかし、いざ戦場に身を置くと、いざ、戦闘が開始してしまうと。

 人は簡単に戦うのをやめることはできない。

 有史以来。

 否。

 有史以前より。人間に限らずすべての生き物が。

 このままでは共倒れだと頭では理解していても、矛を収められない事態はいくらでも、それこそ、数えきれないほど起こってきた。

 だからこそ。

 戦時下で、しかも、戦場に身を置く人間の身で、その提案をしてくること自体、韓遂の非凡さを表している。

 しかし。

 正論は時として破却される。

 組織が戦うことで統一している中、冷静な、正しい意見を言うことは、弱腰、軟弱さの表れと謗られる傾向にあるのもまた事実だ。

 韓遂のことを、白い目で見る将が増えていく中、しかし、韓遂の性質を理解する男がこの中にいたことが幸運だった。

 「また君は。そんな前提を崩すようなことを」

 辺章。(あざな)()(いん)

 上洛軍の大将に担ぎ上げられた男だ。

 この軍団の中で、韓遂が唯一、気を許して話せる相手でもある。

 本人は決して認めないだろうが。

 「あ? なんでだよ。思ったより堅い。で、俺らはこの城を落とすことが目的じゃない。あくまで目的は洛陽への到達だ。この城を落とすにも相応の犠牲は覚悟しなきゃいけない。その犠牲を払う価値が、この城にあるとは思えないんだが」

 「俺たちが包囲を解けば、汧城は、俺たちの背を狙い撃つ。そうなれば危険だろう?」

 韓遂の弁に辺章が返す。しかし、韓遂は辺章が何に悩んでいるのかわからない、といった具合に顔をしかめた。

 「いや、それならそれで都合がいいだろ。籠城しているから民兵も加わって一万弱の兵力になっちゃいるが、それは籠城戦が民兵でも参加できる戦場だからだ。舞台を平野の追撃戦に移してみろ。民兵は使えない。汧城が保有しているいいとこ二千の兵力が突撃してくるだけだ。対するこっちは十万の大軍。しかも、追撃してくることを予想している。なら、返り討ちだろ」

 韓遂の言葉にそれまで難しい顔をしていた辺章たちがハッとした表情になる。

 確かに。

 それならば。

 平野では数の差がもろに出る。

 もし仮に敵が突撃を敢行してきたとしても、難なく敵を討ち果たすことができるだろう。

 上洛軍にも被害が出るかもしれない。

 しかし、攻城戦を続けるよりも遥かに死傷者は少なくなるはずだ。

 韓遂の正しさに諸将が飲み込まれて―――。

 「それがそうもいかんのよなぁ」

 ―――いく直前。宋建が割り込んだ。

 韓遂の力量を見た。

 他の将は、韓遂に及ぶべくもない。

 韓遂の武器を見定めた宋建は笑みを深くする。

 「見事な舌鋒だ。二流役者よ。役者らしく良い武器を持っている。しかしだな。ことが一般的な戦場であれば、お前の言っていることは正しく、百の理があるのだがな。こと今回に限っていえば、それが最適とも言えないのだ」

 「………というと?」

 「そも、今回の招集はこの汧城。この汧城こそが、想定外の堅城であることが問題なのだ」

 「汧城が堅城っすか。冴えてますねー、宋建さん」

 「ふむ。合いの手は結構だ。この新しき王が冴えているのは当然のこと。この口から奏でる言の葉が、小気味よく聞こえるのも、王として、臣民に言葉を届けるための最低限の資質だ。存分に褒め称えてよい、と言いたいところだが、会話の途中でそれをされれば、愚鈍な臣民には新しき王の痛烈な言葉が響かなくなってしまう故な。弁えてもらいたいところだ。二流役者よ」

 茶化すな、と言われた韓遂は「はいはい」と肩を竦める。

 「それでなんであったか。そう。今宵、貴様らを集めた理由だ。二流役者は知らぬだろうが、東、南、西では難事が起こっていたのだ」

 「難事?」

 そういえば、と韓遂は昼間の戦闘を思い出す。

 両脇が、つまり、韓遂の担当している北側城壁の左右。東側城壁と西側城壁が何やら騒がしかった。城を攻囲して初日だ。まだ本格的な動きはないはず。そう思っていたのに予想が外れたと思ったものだ。

 しかし。

 「難事よ。東の城門が開け放たれ、城内から五百ほどか? 騎馬隊が突撃を敢行した。東の攻囲軍を半ばまで貫き、方向転換をして南に向かい、南の予備部隊を真っ二つに貫いて西に向かい、西の予備部隊に襲いかかって混乱させ、混乱のどさくさに紛れて城内に撤退していった。そんな、とんでもない猛者が、あの城にはいるのだ」

 「………………………………………………は?」

 絶句する。理解を拒む。

 しかし、韓遂が見渡すと、他の将は韓遂とは異なり苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 「………事実だ」

 韓遂の視線を受けた辺章が頷いて見せた。それで韓遂は口をあんぐりと開ける。

 「そのような猛者がいるのだ。こちらが撤退し、奴らが追ってきたとして、二千の兵力。今日の四倍の兵力で、その猛者が我が軍の後方に迫れば、損害は軽微とは言えんだろう」

 「こ、こちらの被害は? あっちにはどれだけ被害を?」

 「調査中ではありますが、こちらは百名ほどの重軽傷者。対して、あちらには被害はありません。少なくとも、死者は、出さなかったようです」

 「―――――――な」

 李垠の報告に、韓遂はようやく、諸将の認識に追いついた。

 化物が、汧城にはいる。

 「そんな城をこの先包囲すると? そうなれば、敵はまた何度も出撃して、その度に兵は恐怖を植え付けられる。そうすれば、十万の兵力があったとしても、烏合の衆にしかならんぞ」

 韓遂の言葉に、幕舎内の全員が悔しそうに下を向く。

 否。

 「なればこそ、かの城を落とし、件の猛者を降せば、我が軍に憂いはなくなるということだ。時間がかかるやもしれぬが、それでも、この城を看過することはできなくなった」

 (かん)軍が近づいてきている。

 攻囲中の城は攻め落とす必要がある。

 時間切れが迫る中、難問を突き付けられた。

 韓遂が顔を引きつらせる中、宋建が愉快そうに、挑戦的に、口の端を釣り上げた。

 「な? 難事であろう?」

 その言葉に、韓遂は頷くしかなかった。



 上洛軍の軍議は続く。

 「今後のことを話し合う前に、ひとつ言いたいことがある」

 辺章が声を上げた。

 韓遂はその様子を見て少し驚く。

 辺章が自分の意見を言うというのが珍しく感じたからだ。

 意見を有さないわけではない。

 しかし彼の意見は、大体が場の空気を読んだ上での最善策を提示しようとする傾向にある。

 決して、今のように、誰かを睨みつけながら発言をするような意見を持つ男ではなかったはずだ。

 その視線の先には、羌族の武人・李文侯がいた。

 「戦場であのような軽挙妄動。状況が状況であれば処断もあり得る動きだ。李文侯殿」

 睨みつけるだけでなく、噛みつくようにそう言う辺章。そんな昔馴染みに、韓遂は目を白黒させながら周囲に助けを求める。

 「な、何があったんですか?」

 「ふむ。この新しき王でが見ていた限りであれば、たしかにそこな李文侯、と言ったか。裸族の武人は汧城から出てきた奇襲部隊を追撃していたように見えた」

 「ま、まあ、追撃は必要、ですよね?」

 韓遂の同意に、辺章が歯を食いしばる。噛みつくのを必死に耐えるように。

 「まあ、必要であったかどうかは今は議論を差し控えようか。問題というならばそうだな。西の攻城部隊。道化の予備部隊に敵奇襲部隊が突っ込んだ際、そこな上裸人の部隊は止まることなく追い続けた」

 「………………それ、は」

 「まあそういうことだ。道化は、上裸族の部隊と激突するのを避けるために、危険を承知で敵部隊と衝突するのを避けた。道化としては、一言言ってやりたくもなろう」

 「急に二陣と三陣を動かして、李文侯殿を避けなければならなかった。一陣を退かせるわけにもいかなかった。結果として、前線が混雑し、不要な怪我人が大勢出た。敵にやられるのならばまだしも、味方のせいで怪我人が出たことは許容できない。李文侯殿。何を考えておられたのか。何か申し開きがあるなら言ってもらいたい」

 「………………」

 李文侯は黙っている。

 そして、北宮玉も黙っているのを韓遂は見ていた。

 (………こういう時に黙ってる親玉かぁ)

 そうは思うが、そんな視線を向けられているとは北宮玉も夢にも思っていない。

 しばしの間があり、李文侯が大きくため息を吐いた。

 「まったくもって、申し開きのないことだ。すまないことをした、と思っている。馬に乗れない攻城戦。それに不満を持っていたつもりはなかったんだが、しかし、馬を使って標的を追う状態になって、他の何よりもそれを優先してしまった。後から振り返れば、下策だっていうのはわかる」

 「我ら羌族は、馬と共に暮らす民族だ。(かん)を攻めることもあったが、やはり攻城は苦手だ。もっぱら村落を狙い、防衛に来た(かん)軍と野戦で戦う。そうやって生きてきた。耐える戦いに、まだ慣れていない」

 李文侯の謝罪に続く形で北宮玉が李文侯をフォローする。

 (………………はぁ? はあぁぁぁ? 民族でくくるなっていうスローガンなんじゃないんスかね。なのに悪い点は民族性だから許せって? おいおいおいおい。随分なダブルスタンダードだな、おい)

 韓遂はため息を吐く。

 辺章は悔しそうに納得をする。

 李垠は侮蔑の表情を向けている。

 そして宋建は。

 「貴様ら羌族が、そこで止まるのか、それとも、歩を進めるのか。せいぜい見物してやる。愚物らしく、この新しき王を楽しませるがよい」

 そう言った。

 そう言って、韓遂を見た。

 韓遂は肩を竦める。

 (へいへいわかりました。王様の言う通りにしますよ、と)

 その代わり。

 「で、どうするんですか。明日の布陣は。変えるんですか? それとも今日のままですか?」

 「ふむ。ならばどうであろう。そろそろ、この新しき王の手勢も戦場に投入したいと思うのだが」

 「なるほど? じゃあ、どこと交代します?」

 「交代というよりはな。いうなれば、副官として王の手勢を貸し出そうというのだ。もちろん、いらないのであれば断っても構わない。しかし、戦場において、優秀な副官は何にも勝る宝だ。新しき王は、そう思うのだがな」

 そう言うと宋建は立ち上がり、幕舎の外に声をかける。

 「『忠犬』、『猛禽』、『語り部』、『偽善者』。来い」

 呼ばれて入ってきたのは、どれも若々しい盛りの男たちだ。―――否、ひとりだけ少女がいる。

 「この者らは、新しき王の手勢だ。此度の乱を想定し、以前から集めていた幹部候補たちだ。この者らを、それぞれの部隊に貸し与える。うまく使うがよい」

 そう言った。

 そう言ったが、ひとりの青年が進み出る。

 「宋建様」

 「なんだ、『忠犬』。直言を許す。申せ」

 「ありがとうございます。俺は宋建様の護衛を命じられています。別の部隊に向かえば護衛の任を果たせなくなってしまいます。なのでどうか、別の者に行かせることをご再考ください」

 「………………」

 『忠犬』に噛みつかれた宋建が押し黙る。

 そこに。

 「もし、(せい)(ちゅう)殿が辞退をなさるのであれば、代わりに推挙したい者がいるのですが。如何でしょうか、宋建様」

 韓遂と同じくらいの年齢の男が進み出る。

 「ふむ。『偽善者』よ。許す。推挙してみよ」

 「は。(ちょう)(はく)(えい)はいかがでしょう」

 「『頑固者』か。奴は戦場に向かん。違うか?」

 「向かなくても、こなす男だとは思っております」

 「………………まあよい。友を売り込みたいお前の気持ちもわかる。この新しき王も『忠犬』の代わりに『我が友』を送り出そうと思っていたところだ。しかし、『頑固者』でも十全にこなしはする、か。ん? おお、貴様らにはまだ説明していなかったな」

 宋建はそう言うと、入ってきた者たちから視線を切り、改めて韓遂たちに向き直った。

 「『忠犬』、『猛禽』は武勇に強く、『偽善者』、『頑固者』は指揮能力が高い。『語り部』と『我が友』はどちらも高水準だ。故に、誰が入れ替わっても問題はないであろう」

 「いや、一気に多い多い。人増えすぎて誰のこと言ってんのかわかんねえって」

 「ふ。まあ、よいではないか。その内わかろう。武勇が欲しいか、指揮能力が欲しいかだ。とはいってもある程度の提案はあるがな」

 「提案とは?」

 北宮玉が訪ねる。

 「南には、指揮官が必要であろう。西も、兵力が多い。指揮官を送ろう。北と東は大きくは動くまい。武勇の者と、器用な者を送る。個人の相性を鑑みれば、南には『頑固者』を、西には『偽善者』を、北には『語り部』、東には『猛禽』だ。とりあえずは、数日、この編成で当たってみよう」

 「また敵が出てきたらどうする?」

 「そのための指揮官増員だ。とはいえ、数日は出てこんだろう。敵の強襲策は、『いつ来るかわからない』という点が最大の強みだ。これで連日仕掛けてくるようならば、この戦、思ったよりも早く終わろうよ」

 そう言うと、宋建は酒を持ってこさせた。

 「まずは親睦の宴といこう。飲み、語らい、互いを知れ」



 韓遂は、早々に席を立つ。

 そして、宋建のもとに向かった。

 「宋建。羌族組に対して何か手を打たなくていいのか?」

 「………ほう? 二流役者よ。また何か面白い筋書きでも思いついたか?」

 「いや、そういうわけじゃないんだが。確かに、騎馬隊は攻城戦に向かない。野戦では強いのは確かなんだが」

 「だから、攻城戦から奴らを外せ、と?」

 「あ、いや」


 「なにやら面白い話をしている」


 韓遂と宋建の話に割って入る声がある。北宮玉だ。

 「(かん)(ぶん)(やく)殿だったよな。我々羌族のことまで考えてくれているようでありがたい限りだ。しかし、我ら部族のことは我らでなんとかする。ほっておいてもらおうか」

 その言葉に、韓遂の悪い目つきがさらに細められる。

 「………はあ? いやさっきも思ったんだけど、あんたら羌族はさ。いちおう、少なくとも形式上は、(かん)民族として認めてもらいたい。羌族の地位向上を、(かん)民族の基準で行いたいんだよな?」

 「………それは」

 「だったら、あんたらの問題を、あんたらの中だけで完結させるな。民族の性質だから仕方ない、ではなく、その民族の性質をどうやって(かん)に売り込むか。それが大事なんじゃないのか? 理解されないと嘆くのではなく、まずはあんたらから、壁を取っ払えよ」

 「………………」

 「ふ。二流役者は随分と優しいことだ。新しき王も同じ意見だ、北宮玉。しかし、新しき王は二流役者のように親切に忠告などはするつもりはなかったがな。お前たちが失敗するのであれば、それはそれで致し方ないと、そう思っていたところだ」

 「宋建。あんたも、王だって言うなら、自分の臣民以外にも懐の深いところを見せても罰は当たらないと思うんだがな」

 「国ができ、基盤が安定し、国内が保たれれば、国外に目を向けることもあろうがな。今の時点で何もかもを拾おうとするのは、傲慢にもほどがあろう。新しき王は、これでも分を弁えている」

 「新国家樹立を目論んでる奴が言っていいセリフじゃねえ………」

 「分を弁えているからこそ、新しき王になるのだ」

 「さいですか」

 「俺たちが、どうできるというのだ」

 それまで黙っていた北宮玉が、口を開く。

 その目は、新たな境地に揺れているようにも思えた。

 「攻城戦で俺たちは役には立てん。経験が乏しすぎる。分を弁えるというのであれば、それこそ、俺たちに構わず、城を攻めるべきだろう」

 「うーーーーん。それだと、あんたらの地位はいつまでも上がらない。かといって、騎乗したまま城を攻めるっていうのもな。ああ、それでだな、宋建。ちょっと(おう)(こく)に戻ってていいか?」

 「王国に?」

 「(たん)(きょう)(だい)に話があるんだ。何か、いい装備なり道具なり、何かがあれば羌族の戦い方も変わるかもしれない。まあ、無かったら無駄足なんだが」

 「――――――」

 北宮玉は韓遂を呆然と見る。

 何か、(もう)(ひら)きそうな、しかし、まだ何かが足りないような。そんなもどかしい気持ちが北宮玉を襲っていた。

 「ふむなるほどな。では行ってくるがいい。しかし、明日の朝には間に合えよ? 北宮玉。貴様も同行するがよい。実際に使う者の意見も大事であろうからな」

 「あ、ああ。わかった。………韓文約。我が部族のこと、考えてくれて、礼を言う。ありがとう」

 礼を受けた韓遂は顔をしかめる。

 「いやだから。同じ軍だから。部族とか関係ないから。わかんないかなぁ」

 韓遂の鬱々とした言葉は北宮玉には届かず、闇に溶けていった。

まーた新キャラが続々出てくるってさ。

忠犬、は前からちらちら出てたかな。

猛禽、語り部、偽善者、頑固者、そして我が友ときたもんだ。

頑固者に関しては張伯英という名前が出ました。

いちおう史実の人ですが、当てられたらすごいよマジで。

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