誘う歌声
エイムたちは装備を整え、宿屋を出発した。
店主は何度も引き止めようとしたが、二人の決意は揺らがなかった。
しばらく歩くと、目的の森が視界に入ってきた。
近づくほど、鬱蒼と茂る木々が重くのしかかり、奥から滲み出すような不穏さが肌を刺す。
「……まさに、何かが潜んでいそうだな」
シラセは額に汗をにじませ、小さく呟いた。
「……うん。気を付けて進もう。念のため、小人たちも起こしておくね」
エイムは人形の小人を三体手に取り、祈るようにマナを注ぎ込んだ。
淡い光に包まれた小人たちは命を宿し、警戒するようにエイムたちの後ろへ並ぶ。
こうして、一行は静かに森の中へと足を踏み入れた。
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どれほど時間が経っただろうか。
緊張を保ったまま、二人は慎重に歩みを進めていた。
風に揺れるフェイロンドの葉が、鈴のような細い音をたてる。それだけが、深い森の静寂にかろうじて彩りを添えていた。
単調な景色が続く中、ふと違和感が耳に触れたのはその時だった。
「……今の、なに?」
立ち止まったエイムが、眉を寄せる。
しかし周囲には変化の気配がない。二人は再び歩き出した。
ただ、その“聞き慣れない音”は歩を進めるほど、少しずつ確かに大きくなっていった。
「……声……?」
エイムの呟きは震えていた。
それは、女性の声のように聞こえる。
「……ああ。聞こえるな」
シラセの声も、どこかぼんやりしている。
「慎重に進もう」
「……ああ……」
その時、シラセの内側で、何かが鈍くよどんだ。思考が霞むような、妙な心地よさ。
警戒の言葉を発するべきなのに、なぜかそれを口にできない。
むしろ、声の方へ近づきたい――そんな誘惑すら芽生えていた。
エイムもまた、周囲への警戒に集中しており、シラセの異変に気付けなかった。
やがて、その声が複数の女性の歌声であることがはっきりする。
「……なんてきれいな歌声……」
思わず漏らしたエイムの感嘆。
その響きは現実離れしていた。誘うようで、優しくて、しかし底に冷たさが潜んでいる。
ふと彼女がシラセを見やると――
シラセの目は虚ろに淀み、倒木を避けることすら忘れ、道でもない茂みへとひとりで進み始めていた。
「え、シラセ!?どうしたの!?」
「……行かなきゃ……行かせてくれ……」
その声からは感情が抜け落ち、まるで操られているかのようだった。
エイムは一瞬で理解する。
“魔法の歌”だ。シラセは引き寄せられている。
「ダメ!戻って、シラセ!!」
必死に腕を掴むが、シラセは呟きを繰り返しながら歩みを止めようとしない。
「くっ……! ピーちゃん、乱暴になるけど、手伝って!! いまはシラセを離さなきゃ!」
「ピー!!」
エイムのブーツが淡い光を放つ。
同時に、ピーちゃんがシラセの腕を掴み、風を巻き起こしながら後方へと引き寄せる。
「一気に行くよ!!」
一陣の疾風のように、一行は一目散に歌声の射程から抜け出した。
歌声が遠ざかるにつれ、シラセは徐々にもがくのをやめ、ついには力が抜けたように立ちすくむ。
「……あれ。俺、どうして……?」
「覚えてないんだね。歌が聞こえてから、シラセ、完全におかしかったよ……!」
「操られたみたいに、歌声の方へ行こうとしてたの…」
「……え、そんな……」
シラセの顔に青ざめた後悔が浮かぶ。
「エイム、わるい……また俺……」
「仕方ないよ。相手が何なのかも、まだ分からないし……。でも、このままじゃ危険すぎる。一度戻って、対策を――」
その時だった。
森の奥から、ザッ……と草を踏みしめる音が聞こえた。
一定の間隔で、確実にこちらへ向かってくる足音。
気付かれた。
エイムもシラセも息を呑む。
茂みが、ゆっくりと揺れた。
二人は身構えながら、近づいてくる影を、見つめるしかなかった。
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