黎明
シラセは驚愕していた。
(俺たちが魔法を使えることを、一瞬で見抜いた!?
肩にピー助が乗っているエイムはともかく……俺は何の予兆も発してないぞ!?
こいつ……ただものじゃない……!)
思考より先に、身体が動いていた。
シラセは反射的に槍を具現化し、すでに戦闘態勢を取っていた。
「ほう、驚いた……なんたる具現化速度。
得体のしれない相手との戦闘を想定し、間合いの取れる槍を選んだことも――まあ及第点じゃな。」
「お前、何者だ!!」
シラセが叫ぶ。
エイムも身構え、ブーツにマナを込めて、いつでも駆け出せるようにしていた。
「……なるほど。そちらのお嬢さんは魔法道具を扱うのか。
凝縮されたマナの流れが見えるのう。
肩の鳥人形――それが、お嬢さんの魔法のようじゃな。非常に珍しい魔法じゃ。」
「てめぇ……質問に答えないなら……! 答えさせるまでだ!」
シラセが飛びかかろうとした瞬間――。
突風が二人の間を駆け抜け、次の刹那には、老人の姿が掻き消えていた。
「な……!?」
空気が止まる。
あっけに取られた二人の背後から、穏やかな声が響く。
「いやぁ、すまんの。
久しぶりに若い魔法使いに出会ったものでな……つい少し舞い上がってしまった。
敵ではない、安心してくれ。」
目の前から消えたはずの老爺が、いつの間にか背後に立っている。
二人は一瞬で“格の違い”を悟り、息を呑んだ。
「……おじいさん、あなたはいったい……何者なんですか?」
エイムが恐る恐る口を開く。
「ほっほ。名乗るほどの者ではないわい。
まあ、魔法に関係する仕事をしておるだけじゃ。
ところで、君らは旅をしておるのかね?」
急に柔らかい口調へと変わった老爺に、二人は戸惑いつつも、エイムが答えた。
「は、はい。私たちは、魔法都市フィオルナを目指しています。」
「ほう、なるほど! 魔法を学ぶ者ならば、一度は訪れてみたい場所じゃな。
あそこにはこの時代を代表する名高い魔法使いが、数多くおるからのう。」
老爺は目を細め、懐かしむように言う。
「おい、爺さん。こっちの話ばっかじゃなくて、あんたのことも言えよ! 不公平だろ!」
「ふむ、若者らしい血気盛んな物言いじゃのう。
あまり多くは語れんが、わしも少しばかり“調査”の旅の途中でな。」
柔和な口調の奥に、鋭い眼光が一瞬だけ走る。
その圧に、二人は自然と背筋を伸ばした。
「……さて、お二人さん。
わしも魔法を使う端くれとしてな。少しばかり“老人のお節介”をさせてもらえんかの。」
「え……あの……なんでしょうか?」
エイムは恐る恐る尋ねる。
「なあに、ちょっとした助言じゃ。特に――おぬしだ、若いの。」
「は、俺? 一体なんだよ……」
シラセが警戒を解かぬまま、眉をひそめる。
「お主の魔法の具現化速度、見事じゃのう。
それに、その魔法……もしやお主、守護英雄の末裔か?」
シラセはぎくりとし、観念したように息を吐いた。
「……ああ、そうだよ。よくわかったな。」
「魔法に携わる者であれば、気づかん者の方が少ないじゃろう。
しかしお主、実に“惜しい”のう。」
「惜しい……?」
「ああ。お主、具現化の速度が速すぎる。それゆえ、マナの消費が無駄に多い。」
「マナの……無駄だと?」
「ふむ。やはり分かっておらんか。
お主は基本的な魔法理論を学んでおらぬのじゃな。
無理もない、そういう教育の場が少ないからのう。」
「……もったいぶってねぇで、早く言えよ。」
虚勢を張りながらも、シラセの目には興味が宿っていた。
「よいか。魔法とは、体力と同じじゃ。
道の向こうまで歩くのと、全力疾走するの――どちらが早く疲れるかのう?」
「そりゃ、全力疾走だろ。」
「うむ。そして魔法もそれと同じ。
お主のように一瞬で具現化すれば、それだけ膨大なマナが一気に消費されるのじゃ。」
シラセの脳裏に、戦いの記憶が蘇る。
バジリスクとの激闘――大剣を具現化した直後、身体を押し潰すような重みを感じた。
あれは、まさにマナの急消耗だった。
「おそらくお主の具現化速度は、すでに“音”と同等。
かの守護英雄をも凌ぐほどじゃろう。
だがな――いつでもその速度で具現化しておったら、マナがいくらあっても足りん。」
電撃が走るような感覚が、シラセの胸を貫いた。
それは長年抱えてきた悩み――“マナの持続力の弱さ”の答えそのものだった。
「察するに、音速での具現化がお主の“普通”になっておる。
だが、それは最適ではない。
力とは、速さではなく“均衡”に宿る。
よく考え、鍛錬を重ねるといい。」
シラセは黙って拳を握りしめた。
「さて、次はお嬢さんじゃな。
お主の魔法は、美しく――そして少し、哀しい。」
「そ、そうでしょうか……?」
「ああ。そしてその小鳥からは、不思議な力を感じる。
魔法ではない、もっと根源的な……温かな力じゃ。
わしにもその正体は分からんが――きっとお主にとって大切な存在じゃろう。
大事にするんじゃ。」
「ありがとうございます……」
「ふむ、わしからの話は以上じゃ。
老人のお節介に付き合わせて悪かったのう。」
「あの! どうして、そんな話をしてくれたんですか?」
エイムが恐る恐る尋ねた。
「わしはな、人の“マナ”から、その者の本質を見る。
お主たちのマナは、まぶしく、そして温かかった。
だから、つい声をかけてしまったというわけじゃ。」
そう言って、老爺はゆっくりと振り返った。
背を向けながら、穏やかに手を振る。
「また会える日を楽しみにしておるよ。――ほっほ。」
その背中は、風に溶けるように遠ざかっていった。
「……何者なんだろう、あのおじいさん。
でも、悪い人ではなさそうだね。
それに、きっとすごい魔法使いだよ!」
エイムは首をかしげながらも、どこか嬉しそうに笑った。
シラセは無言のまま、老爺の背を見送る。
握り締めた拳の中で、一つの確信が、新たに芽生えていた。
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