届かぬ刃
ピーちゃんに掴まり、シラセの体は宙へと舞い上がる。
その小さな翼に宿る力は限界に近く、ピーちゃんの顔には苦悶の色が浮かんでいた。それでも――必死に羽ばたき続けている。
「がんばれ! そのまま、バジリスクの頭上まで!!」
「ピ、ピィィ……!」
ゆっくり、だが確実に高度は上がっていく。
地上では、いまだバジリスクと幻影のガルムがにらみ合いを続けていた。
(今、俺たちはあいつの視界の外――! 二度とない好機だ。絶対に仕留める!!)
風を切りながら、シラセとピーちゃんは空高く舞い上がり、ついに巨体の真上に到達した――その瞬間。
キィィィイイイイイイイインッ!!!!
幻影のガルムが、耳をつんざく音と共に口を開いた。
黒い閃光が奔り、バジリスクの頭部へ直撃する。しかし、それは幻。肉体を傷つけることはできない。
バジリスクの瞳がわずかに細まり、違和感を覚える。そして凝視したその巨狼の姿は、わずかに揺らぎ、透けはじめていた。
刹那、バジリスクはその正体を見破り、幻を睨みつけた瞳をそらす。あたりを警戒するように、蛇の首がゆっくりと巡った。やがて幻影の巨狼は霧のように掻き消える。
(……まずい! 気づかれた!! エイム……!)
思わず叫びかけたシラセの目に映ったのは、固く目を閉じるエイムの姿だった。
その肩には小人の人形が三体、ちょこちょこと動きながら騒がしく言葉を交わしている。
(そうか……! ピー助だけじゃない。エイムの『目』は――!)
「びっくりした!? 今のは私の幻!!
それに、体も回復した!! まだ終わりじゃないよ!!」
叫びが戦場に響く。バジリスクの視線が一気にエイムへと引き寄せられ、巨大な蛇が再び臨戦態勢に入った。
(今しかない! エイムが注意を引き付けている今――!)
シラセははるか上空から、空いている左手に意識を集中させた。思い描くのは巨人の大剣。あの怪物を真っ二つにするほどの、重く、固い刃。
――一撃で決めろ。
――数秒でいい、持ちこたえろ。
注ぎ込め、ありったけを!!
凝縮されたマナが左手に奔流となって集い、一瞬の閃光がほとばしる。
瞬間。
視界を覆うほどの巨大な剣が姿を現した。シラセの体からガクンと力が抜ける。大量のマナを一気に消費し、意識すら遠のきそうになる。それでも、必死にピーちゃんの足を握りしめた。
そして――大剣は重力に従って、落下が始まる。バジリスクめがけ、稲妻のような自由落下。
ズゥゥウウウウンッッ!!!!
地響きと共に、巨剣は大蛇の後頭部へ深々と突き刺さった。
「ギィィヤァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」
大気を震わせる絶叫。
バジリスクの頭が地に叩きつけられ、大剣の重みで地面にはりつけとなる。その巨体は狂ったようにのたうち回っていた。
だが――切断には至っていない。骨は鋼鉄よりも硬く、首を落とすことができなかったのだ。
「そんな……!足りないのか……!」
握る手に力が入らない。大剣は直立を保ちながらも、暴れる巨体の振動で、わずかに傾きはじめる。このまま傾き、抜け落ちれば、再びバジリスクは自由となる。
「……あと一歩……届かない……」
霞む視界の中で、シラセはうめくように言葉を漏らす。
そして――
ズルリ、と。
ピーちゃんの足を握っていた手が、力尽きて滑り落ちた。
次の瞬間、シラセの体は地面へと真っ逆さまに――墜ちていった。
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