未来を信じて
「ふ、藤原 啓泉を倒すだと!?……む、無茶だ!!あんな桁外れな力を持つ相手にどうやって立ち向かうと言うんだ!!」
青年の言葉を受けて、激しく取り乱すリーダー格の男性。
だが、青年は何の気負いもなく、平然とした様子で笑いながら答える。
「まぁ、アレがとてつもなくヤバイモンだって事くらいはこの国の人間じゃない俺らにでも分かるけどさ。……それでも、まぁ、今のアンタみたいに『このままで良いわけがない!』って気持ちもあるし、俺ら自身の目的のためにも、ここで勝負しない手はないんだわな」
「ッ!?なっ……し、しかし!!」
咄嗟に何か言おうとするモノの上手く言葉に出てこない。
男性がそうしている内に、青年達は佞臣のもとへと走り去っていく--。
”理”による圧倒的な権能を展開する藤原 啓泉。
誰も太刀打ちできないほどの強大な力だけでなく、啓泉自身の鮮烈なまでの在り方を前にして、皆が戦意を喪失する中--彼の前に姿を現した者達がいた。
「Merhaba」
「……貴殿らは?」
軽く驚いた様子で尋ねる啓泉。
彼が戸惑うのも無理はない。
様々な人種や立場の人間が集まった有志連合の中でも、彼らは異様さを放つ存在だったからだ。
啓泉の前に現れたのは、二人組の男性だった。
一人は自身の背丈以上もある大剣を背負った不愛想ながらも顔立ちの整った青年。
もう一人は軽薄そうな笑顔を浮かべながらも、眼光に鋭いモノを宿した二丁拳銃の使い手らしき青年だった。
この二人の青年は奇怪な事に、かつて滅んだはずのオスマン帝国の武装兵士を彷彿とさせるような戦闘服に身を包んでいた。
啓泉の”八百万”によって発動した全力の権能の中でも他のメンバーと違い、武器を難なく所持出来ていることからも、彼らが格好だけの存在でないという事が如実に伝わってくる。
トルコ語による挨拶と武装兵士の如き武装、そして、常人ならざる戦闘力の持ち主……。
それらの事柄から、啓泉は一つの結論へと思い至る--!!
「貴殿らは……かつて滅び去ったオスマン帝国の復権を目指す武装勢力だな?」
啓泉の口からもたらされた衝撃的な事実。
彼らの事を知らなかった有志連合のメンバーの中から、信じられないと言わんばかりに驚愕の声が上がり始める。
だが、それが正解だと言わんばかりに、軽薄そうな拳銃使いの青年が笑みを浮かべながら同意の意を示して頷く。
そんな青年とは対照的に、佞臣は心底白けた様子の眼差しで彼らを射抜く。
「ふん……おおかた”憎悪の極点王”による日本国内の混乱に乗じて、自分達の勢力拡大、あわよくばこの地にオスマン帝国を再興する腹積もりであろう?……盗人猛々しいとは、まさにこの事よな?」
「ハハッ、そういう事だ!!……アンタが立派でとてつもなくスゲー奴だってのは、肌感覚で何となく分かってる。だが、俺達にも『ネオ・オスマン帝国の建立』っていう野望がある手前、名を上げるチャンスであるアンタを前にみすみす何もしないまま縮こまっているわけにはいかねぇんだよな~!!」
軽くおどけるように言いながらも、その根底には確かな意思が込められていた。
そうして、二丁拳銃の青年は相方である大剣使いの青年へと呼びかける。
「そんじゃ、この世界の頂点に君臨する貴族様とやらに、派手にブチかましてやるとしますかね!……行くぞ、嵐!!」
「言われなくても分かっている、シャハル。……これより、『フジワラ ネイシンの討伐』を開始する……!!」
大剣使いの青年:嵐と二丁拳銃の使い手:シャハル。
中東からこの地に訪れた二人の戦士が、天上貴族にして最強の益荒男である藤原 啓泉へ向けて闘志を滾らせる--!!
「単なる火事場泥棒にしては、まっすぐな眼差しをしているが……だが、いたずらにこれ以上波乱をもたらすつもりならば捨ておくわけにはいかぬな!!」
涼やかな発言とは裏腹に、啓泉の闘気が爆発的に膨れ上がる--!!
「我がもとに集いし十の英傑達よ!!不遜なる輩に鉄槌を降すため、今一度我と”公武合体”をここに果たさん!!」
『手段を選ばずに情熱のままに進む姿勢、ってのはそこまで僕は嫌いじゃないんだけどね……!!』
『だが、世界を敵に回してでも真に成し遂げたい願望があるのなら俺達のように、それを己の力で示さなければならないのもまた事実……藤原よ、我が力を存分に振るうが良い!!』
展開した十の理と共に、英傑達の魂が啓泉のもとへと流れこむ。
かくしてここに、己の身で真の”公武合体”を果たした十の輝きを放つ平定神:藤原 啓泉が完全覚醒を果たした。
全力開放状態の”理”を己の肉体に内包したこの状態の啓泉は、まさに全能といっても良い権能を発揮できる存在になっていた。
「それでは、存分に行かせてもらうとしよう。若き戦士達よ……貴様等の大望が口先だけの戯言などではない事を証明してみせてくれ……!!」
(ヤオヨロズ、とやらをもとに外部に発揮されていた極大の力場が、現在ケイセンという個人の肉体に凝縮している……さしずめ、今のアイツは人間の形をした一つの宇宙みたいなモンだな……)
軽い笑みを何とか口元に浮かべながらも、冷や汗を流しながら啓泉の戦力を分析するシャハル。
何とか闘志を失くさないように己の闘志を奮い立たせている自分とは対照的に、不愛想な相方はどこまでも憮然とした表情のまま、それでも確かな意思を持って戦いに赴こうとしているようだった。
「いつも通り、俺が先陣切って奴のもとへ飛び込む……シャハルは援護を頼む」
「……へっ、言われなくても分かってんよ!!背中は任せろ!」
これまでの自分達の人生の中で最大の困難を前にしても、彼らはいつもの掛け合いをしながら戦場を駆け抜ける--!!
(フム、この状態の麿を前にしてもなお折れぬ意思を持つか……では、次に実力が伴っているか試させてもらうとしよう!!)
啓泉が右手を掲げると共に、”退廃の魔炎”が二人の戦士に降りかかる--!!
先程の”八百万”を有志連合の面々にも使用していたときと違い、啓泉は彼ら二人を明確な敵として認識している。
そのため、この何の加護もない状態で嵐とシャハルが致命傷を負うことになれば、文字通りそのまま命を落とすことに繋がるのだ。
このまま本当に何も為す術がないのなら、残される結末はただ一つ。
神に等しき権限を得た天上貴族が、不遜な逆賊を誅殺する--。
そして、運命はその通りの筋書きを描く--ことはなかった。
「ほぅ、多少はやるようではないか!……ところでそこに、烏帽子が落ちているようでおじゃるぞ?」
「「ッ!!」」
カッパドキアばりの巧みな詐術を仕掛けた啓泉に対して、一瞬驚愕の表情を浮かべたモノの、すぐに体勢を立て直す二人組。
啓泉の視線の先には、降り注ぐ猛火の中を突っ切ってこちらへ疾走してくる二人の戦士の姿があった。
服も所々焼け落ち、怪我を負っていることからも無傷……とはいかなかったようだが、彼らは炎を大剣で断ち切り銃弾で撃ち落としながら、啓泉を見据えながら前を踏みしめていた。
「”退廃の魔炎”はトルコの戦士であるカッパドキアが所持していた”理”……小手調べにとオスマン帝国の再興を掲げる貴殿らにぶつけてみたが、オスマンを名乗るだけにある程度対抗する術があったと見える……!!」
ならば、と口にするのと同時に、二つの理が同時に戦士達へと放たれる--!!
「受けてみるが良い、”真夏の夜の夢”!並びに”欲望渦巻く街”!!……これらを前にどう出る!?」
故郷のイギリスにおいて”魔術師”の異名で恐れられていた少年:マンチェスター。
日本で天上貴族の権威を脅かすほどの権勢を誇っていた支配者:東京禁愚。
幻想へと誘う風と相手を傲岸不遜に撃ち貫く雷、彼らが所持する”理”が嵐とシャハルへと押し寄せてくる--!!
その光景を目撃しながら、もはやこれまでか……!!と有志連合の面々に緊張が走る。
……だが、彼らはこのような猛攻を前にしても怯むことなく、決死の形相を浮かべながら突き進んでいく--!!
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
シャハルが魔弾で風を打ち破り、嵐が裂帛の気合いと共に雷を両断する--!!
……そうして、障害を突破した二人の戦士は半ば熱に浮かされたようにがむしゃらに前を走り続けた。
眼前に何か人影らしきモノが見えてくる。
最初はその相手が誰なのか分からなかったが、瞬時にそれが自分達が立ち向かうべき”宿命”の存在である事に気がつく--!!
「フジワラ、ケイセン……!!」
これまで、感情を露わにすることがなかった嵐が、叫びと共に獰猛な笑みを浮かべながら大剣を啓泉の首元に突きつける。
ここに来るまでに失くしてしまったのか、シャハルも一丁だけになった拳銃を啓泉の眉間に突きつけて睨む。
だが、そんな彼らを前にしても啓泉は動じた様子を微塵も見せていない。
大した脅威ではない、と言わんばかりに、啓泉はおもむろに問いかける。
「それでは、答え合わせと行こうか。……貴殿ら、如何にして我が権能を踏破する事が出来たのかね?」
その問いに答えたのは、息も絶え絶えで軽口も叩けなくなったシャハルではなく、まだ喋る気力と大剣を振るう余力を残した嵐の方だった。
淡々とした語り口ながらも、確信を込めた様子で嵐が言葉にする。
「……フジワラ ケイセン。アンタは文字通り神に匹敵する強さを持った存在と言っても過言ではないだろう。どれだけの戦闘力があったとしても、権能を何一つ持っていない単なる人間の俺達がアンタに正攻法で挑んでも到底勝つことは出来ない。……ゆえに、俺達はアンタがどのような本質の”神”なのかを見極める必要があった」
「フム、なるほどの。……それで、貴殿らの見立てでは、麿がどのような存在と映ったのかね?」
その言葉を引き継いだのは、嵐ではなくシャハルであった。
多少調子を取り戻した彼は、息を切らせながらも軽い笑みと共に啓泉へ返答する。
「アンタの本質は”移り気なる者”だ。十もの自分とは違う在り方を容認する包容力。戦友の想いを受け継ぎ、異世界の女神との約束を胸に秘めながら、上に立つ者として無辜の民のために奔走する姿。……なるほど、これじゃアンタを単なる”特権階級”って位置付けただけで思考停止しているような有志連合の方々じゃ敵わないわけだ!!……とてもじゃないが、アンタは厳格な”絶対権威”とやらに縛られただけの貴族様なんかには見えないぜ?」
シャハルが言った通り、藤原 啓泉という存在を突き動かすのは、世を統べる天上貴族としての矜持と戦友から受け継いだ想い……そして、果たすべき女神との約束である。
彼は生まれついての”天上貴族”であると同時に、自身の力で最強に昇りつめた”益荒男”であり、また、アイドルの演武を好む”俗物”的な側面も持っていた。
天上の世界を知り、人の浮世を儚み、生死の境を彷徨い地獄を知る--この規格外の平定神には、どこまでも”三位一体”という言葉がついてまわっていた。
そんな彼という存在の本質を”移り気なる者”として、言い表したシャハルの評は納得すべきモノがあるだろう。
シャハルに続いて、嵐も自身の意見を口にする。
「……少なくともアンタはこの世界や人間ってモンが一つの言葉や思想で縛り続ける事なんか出来ない、って事を理解している。……それがアンタ本来の性格なのか、天上貴族っていう支配者としての考え方なのかは知らないが、そういう”いい加減”ともいえる在り方は俺達オスマン帝国の戦士にとって相性が良かった」
「オスマン帝国……ふっ、やはりそういう事か……!」
オスマン帝国では国教として唯一神を崇める宗教を採用していた。
そのため、厳格であり多宗教に対して排他的であったかのように思われるかもしれないが、異教徒や異民族に対しては『他の宗教の神様は呼び方が違うだけで、自分達が信じているのと同じ神様』というスタンスのもと、納税の義務を課したりはしていたが、信仰・言語、並びに裁判権などの自由を認めたりすることによって、多種族・他宗教が共存する社会を実現していた。
そのような気風を受け継ぐオスマン帝国の遺児ともいえる彼ら二人の戦士は、藤原 啓泉という神にも等しき超越者が繰り出す多彩な”理”に対しても、常人からは到底真似できないような適応力と対応力で乗り切る事が出来たのである--!!
「もっとも、『相性が良い』などと口にしたが、貴殿らにとっては麿と言う存在が厳格で融通の利かないモノであった方が都合が良かったのではないかな?……そうすれば『共生不可能な異端』という存在を倒すために、唯一神の加護のもとに麿を両断出来たやもしれぬぞ?」
「へ、へへっ……流石にお見通し、ってわけかい……!!」
バツが悪そうに苦笑を浮かべるシャハル。
仮に啓泉が自身の思想のみに固執するような存在だったのならば、万が一の可能性ではあるが--その綻びを突いた嵐とシャハルに敗れ去る可能性があった。
『全力を出すし容赦もしないが、その魂の在り様は認める』--数多の英傑達と死闘を繰り広げ、自身の力で名実ともに人の上に立つ存在へと己を昇華させた藤原 啓泉が相手だったからこそ、嵐達は啓泉の粗捜しではない形で、どこまでも等身大の自分が出せる全力のみで向き合わざるを得なかった。
そして、二人は全力の果てに当然の結果へと至る……。
「グハァッ……!!」
二人の猛き戦士はほぼ同時に吐血した。
よく見れば、全身から噴き出したかのように血が流れ始めている。
考えれば、無理もない話である。
彼らが言った通り、例えどれほど優れた戦闘能力や武術を持とうとも、”神”に等しき領域へと到達した藤原 啓泉を単なる人間に過ぎない嵐とシャハルが正攻法で打ち破る事は出来ない。
そして前述した理由から、嵐達は藤原 啓泉を前に、自分達の力だけを頼りに『正攻法』で挑まざるを得なかったのである。
人に過ぎたる存在に立ち向かった代償は、決して安いモノではなかった。
権能を振るったうえで尚余裕が有り余っている様子の啓泉に対して、嵐とシャハルの二人組は力なく倒れ込む結果となった。
「……」
啓泉が無言のまま、手に持っていた鉄扇を黄金の輝きを放つ長槍へと変化させていく--。
これこそが佞臣の所持する神滅魔導具:日緋色金。
あらゆる形状に変化出来るこの奇跡の宝具は、現在手向けの聖槍として力及ばず破れ去ろうとしている戦士達の身体を貫こうとしていた。
「……何か、言い残す事はあるか?」
「……いや、俺達は夢に向かって全力でやり切った!!それだけで充分さ!」
「……」
シャハルは屈託なく笑い、嵐は憮然とした表情のまま無言で応じる。
そんな彼らに対して、啓泉は「そうか……」とだけ呟くと、聖槍を振るいあげようとした--そのときである!!
「豆腐屋、お待ち!!」
スクーターに乗った一人の老婆が、高速で迫ってきたかと思うと、勢いよく半液体状のモノを啓泉へとぶちまける!!
「ッ!?こ、これは!!」
啓泉が驚くのも無理はない。
それは、ぐつぐつに煮立った麻婆であった。
戦場に不釣り合いな物体が突然出現した事に軽く驚きつつも、啓泉は権能とも呼べぬ純粋な気力をぶつけ、迫りくる麻婆を消滅させる。
啓泉に代わって驚愕の声を上げたのは、死を覚悟したはずのシャハルであった。
「ユ、ユンおばさん!!アンタ、こんなところで何してんだよ!?」
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。豆腐屋お待ち!!……どうもこうもないさね!アタシ等が始めた事にアンタら若いのを巻き込んじまったから、助けるために急いで家から煮立った麻婆を取ってきたんさね!」
絶体絶命の二人の戦士のもとに駆け付けたのは、人情商店街で『豆腐屋お待ち!』の愛称で親しまれている豆腐屋の女店主:ユンおばさんであった。
見れば彼女だけでなく、嵐達以上に無力ともいえるはずの人情商店街の面々が、二人を庇うように立ちはだかり、それぞれのやり方で強大な啓泉へと立ち向かっていた。
「ウ、ウオォォォッ!!コイツ等に何かしようってんなら、魚屋の俺が相手だコラッ!!」
「まったくだ!!……俺達よりもは遥かに若いうえに日本と縁もゆかりもないはずの外国人が、ここまで俺達のために立ち上がってくれたんだ!ここで生きてきた俺らが任せっぱなしでどうする!!」
立ち向かってくる彼らの攻撃を軽くいなしながら、(自分にとっての)僅かな気迫をぶつけ次々気絶させていく啓泉。
自分が圧勝した相手である嵐やシャハルより遥かに劣る戦闘力のまさに一般人であったが、彼らの言動から違和感を覚える。
……彼らのこの必死の庇いようは、単なるイデオロギーの合致などを超えた深い繋がりだ。
次々気絶させていく中で、佞臣は最後に自分と嵐達の前に立ちはだかっていた煙草屋の老婆に尋ねる。
「……貴殿らが頼んだ、とはどういう事なのかね?」
現在の啓泉は人の姿をしただけの天災、とも言っても過言ではない存在である。
そんな彼を前にして震えながらも、老婆は答える。
「あ、嵐ちゃんとシャハルちゃんには、以前物騒な通り魔が暴れ回っていたときに、一緒にソイツを撃退した事があるんだよ!!……それで、二人が腕っぷしが強い事をアタシ等は知っていたから、この集まりで何か物騒な事が起こりそうだったら、止めてくれるようにアタシ等人情商店街のみんなで無理言って、この子らについてきてくれるように頼んだんさね!」
老婆が涙を目じりにいっぱい浮かべながら、事の真相を述べる。
--嵐とシャハルの二人組は、『ネオ・オスマン帝国の建国』という夢を叶えるために、漠然と各地を旅する生活を送っていた。
そして、辿り着いた日本において嵐達は、たまたま通り魔行為を引き起こそうとしていたナード系青年に出くわしたのである--!!
通り魔の青年はこれまで社会の底辺を這いまわってきたことにより、ゴキブリの如き身体能力を身に着けるまでになっており、歴戦の戦士である嵐とシャハルをもってしても苦戦する相手であった。
そんな彼らを『凶悪な帝国主義を目覚めさせようとする存在』として恐れ、遠巻きに見ていた人情商店街の面々や外国人観光客だったが、傷つきながらも周囲の人々を巻き込まないようにして戦う彼らの姿に心打たれた結果、協力して通り魔を撃退した末に、彼を改心させることに成功したのである。
「……あのとき、誰もが怖くて動けなかった中でアタシ等の事を助けようとしてくれたのは、天上貴族や憎悪の極点王なんかじゃない、嵐ちゃんとシャハルちゃんなんだ!!……アンタがどれほど強くて、どんな想いを背負っていようが、この二人の命を奪わせたりなんかしないよ!!」
そこまで言って気力が尽きたのか、佞臣が気を当てるまでもなく、老婆はへたり込んで気絶した。
「……」
老婆の横を通り過ぎながら、啓泉が二人のもとまで辿り着く。
「……卑劣な火事場泥棒のはずなのに、随分と皆から慕われておったようだな、貴殿ら。……何故、最初から正直に言わなかった?」
本心を見せない淡々とした口ぶり。
それだけに下手な解答をする事を許さない気迫というモノが、如実に感じられた。
それに対して、シャハルが苦笑を浮かべながら答える。
「……ばあちゃんが言っていた事なら気にしなくて良いぜ?集会で起きた物騒な事はアンタが真っ先に止めていたし、更にアンタが独白した時点で大半の連中は戦う気力を失っていた。……そこから先、俺達がアンタに挑んだのは純粋に名を売りたいっていう下心からなんだから、それに無関係な商店街のみんなを巻き込むわけにはいかないだろ?」
「……それに、素直じゃないのはアンタもだろ、フジワラ ケイセン。……だから、アンタは最初に”堕淫棲隷武”を自分だけで倒したんじゃないのか?」
「……!!」
嵐の発言を聞いて、啓泉は初めて意表を突かれた表情を浮かべていた。
統治者としては、”堕淫棲隷武”を有志連合、ブラックロッジ双方共通の敵として認識させ、自分が少し手を貸しながら討伐させて場を丸く治めるのが最適解だったかもしれない。
だが、世界各国の英傑と渡り歩き、異世界転生の女神と死闘の末に生還を果たした啓泉だからこそ、本音でぶつかり合えわなければ分かり合えないモノがある事も分かっていた。
うわべだけの和解をしたところで、それは一時的なモノに過ぎない。
真に和解するには互いの腹の内まで曝け出す必要がある、と判断した啓泉は、この場に置いて邪魔者である”堕淫棲隷武”を排除し、集った者達が真に手を携え合えるように、まずは自分から本気と本音でぶつかり合う事を選んだのである。
「……」
啓泉は再び感情を映さない瞳になったかと思うと、再び聖槍を彼らへと向ける。
「……貴殿らよ、この成熟した文明社会において、何故新しい国家の建立を望む?そこに何の価値がある?」
--この問いにだけは、何があってもふざけて答えるわけにはいかない。
シャハルがこれまでに見せなかった真剣な面持ちで、啓泉へと答える。
「成熟した文明社会、ね。……なら、なんで世界でも有数に発展しているはずのこの国で商店街のみんなが『不景気』とやらに苦しんでいるんだ?アイツみたいに追いつめられて通り魔に走ろうとするヤツが出てくるんだ?……今既に存在している社会ってヤツがあぁいう人間達を救わないって言うのなら、過去の遺物にすがりついてでも、今を生きている俺達が新しい居場所を作らなくちゃ駄目だろう……!!」
嵐が変わりない憮然とした表情ながらも--強い熱情を瞳に宿しながら答える。
「……俺は自分のような境遇の人間を生み出すこの世界が憎くてたまらなかった。だから、誘ってきたシャハルと共に誰もが自由に生きられる理想の居場所を捜し歩いたんだ。……だけど、世界を渡り歩いて分かったのは、どこにもそんな都合の良い居場所はないって事だけだった……滑稽だろ?色んなモノを失ってようやく、理想のモノは自分の手で掴み取るしかないって結論に気づくような愚か者なんだよ、俺は……!!」
「だが、それでもその夢に命を懸けるだけの価値がある、と思ったのであろう?貴殿らは。」
これまでから一転、柔らかな表情を浮かべながら答える啓泉。
その真意を問いかけようと顔を上げようとした二人だったが、今度は人情商店街の面々を除く有志連合の者達が、過激派・穏健派を問わず啓泉を取り囲もうとしていた。
「こ、これ以上、まだ彼らに何かをするつもりなら僕達が相手だ!!」
「そ、そうよ、そうよ!貴方にどんな大切な想いがあったとしても、これ以上やるなら私はこの先の人生、何があったとしても、藤原 啓泉という存在を軽蔑するわ……!!」
「……例え”民主主義”とは異なる思想を持っていたとしても、彼らは私達のために立ち上がった味方だ!!ここで彼らを見捨てて、何が結束だ!!何のための民主主義なんだ!!」
そのようなリーダー格の男性の掛け声と共に、有志連合の面々が二人を助けようと集まり始める。
呆然とする嵐とシャハルを背にしながら、啓泉は満足げな笑みを浮かべて有志連合へと背を向ける。
「ここで民衆を不必要に敵に回すのは為政者として得策ではないし、何より風流ではないの。……貴殿らの『新たなる国家の建立』という野望を諸手を振って歓迎する事は出来ぬが……その日が来る事を楽しみにしている」
そう言い残しながら、その場を後にする啓泉。
……結局この場で勝利を収めたのは、天上貴族としての権威や帝国主義の復活でもなく、民衆の結束と絆だった。
強大すぎる脅威が去った事に沸き立つ民衆を尻目に、嵐が珍しくはにかんだ笑みを浮かべながら、啓泉の背中を見送る。
「何だよ。……アンタこそ、やっぱり『権威の化物』なんかじゃなかったんだな」
横でニマニマと笑うシャハルと共に、嵐は集まった人々によって緊急の治療を受けることとなった--。
藤原 啓泉との死闘の果てに、本音で語り合うことの大事さを学んだ有志連合やブラックロッジの面々は、一方的な断罪や謝罪だけではない互いの主張を語り合い、ときにはぶつかり合いながらも、互いを理解し合う結論へと落ち着いた。
これにより、ブラックロッジは”憎悪の極点王”と完全に決別、以後は人々をむやみに傷つけるような商品作りや営業行為をしない事を決意し、有志連合も工房に対して賠償、並びに補修を行うこととなった。
だが、そのような結末を知ることなく先へ進む啓泉の表情は浮かない。
見れば彼は顔面蒼白となりながら、嵐達と同じように吐血していた。
「ハァ、ハァ……彼らの熱意に当てられたとはいえ、麿も少し加減をしなさすぎたようでおじゃるな……!!」
人の身には過ぎたる”神”ともいえる存在に、立ち向かい盛大に敗れ去った嵐とシャハル。
だが、その高すぎる代償を支払うことになったのは彼らだけではない。
人の身に過ぎたる力に向き合うことになったのは、藤原 啓泉も同じだからである--!!
普段の啓泉は、八百万の理のもと機能を停止している十の理を内包している。
だが、今回は全力で開放状態にしたそれらの理だけでなく、かつての所有者達の魂までも完全覚醒した状態で、自身の肉体に押し込めていたのだ。
一歩間違えれば、命を落としかねない無謀な賭けであったのは事実であり、成功したうえで啓泉はこうして自身の肉体に深刻なダメージを負うこととなったのである。
「……どうみても、ここまでしなくても勝てた相手ではあったが、ちと無茶をしすぎたようでおじゃる……!!だが、今彼らを抑えられるのは麿しかおらぬ……!!」
現在、堕淫棲隷武の軍勢は、突如起きた謎の兵力の離反により、数を減らし国連軍や検非違使達の活躍によって、その数を減らしつつあった。
だが、それとは別に国内各地では今回の有志連合のような動きが活発化し、暴動にまで発展するケースもあった。
これを放置すれば、例え”憎悪の極点王"や堕淫棲隷武達を駆逐出来たとしても、日本国内は未曽有の危機に陥る。
そう判断した啓泉は、人手を割くことが出来ない戦場から兵を離脱させないために、たったの一人で国内各地の暴動を鎮めていたのである。
先程の顛末がどうなったのかは分からないが、それでも和解と理解の意思を彼らがいた方角から感じ取り、深く安堵する。
「……まだ、こっちもやるべき事がまだまだ残っているでおじゃるが……あとは任せたぞ、アカシック・テンプレート……!!」
そう口にしながら、藤原 啓泉は次なる死地へと赴いていく。
藤原 啓泉関連の話が長すぎた……!!猛省!
次回は本当にアカテンと"憎悪の極点王"の最終決戦です!




