天上の煌き
「相手が天上貴族だろうと怯むな!!……一人である以上、必ず隙はある。我々民衆の力で特権階級から勝利を掴み取るんだ!!」
「そうだ!!……例えどれほど強大な権能を持っていようと、そんな事でみんなの意思を塗りつぶして良いわけがない!」
連合に集った者の中から、そのように仲間達を鼓舞する声が上がり始める。
連合の有志達は国や立場、慎重派・過激派の垣根を超えて、目前に現れた藤原 啓泉という強大な存在に立ち向かうために、みなブラックロッジから押収した魔道具や、足りない者は近くから武器になりそうなモノを手にしながら、闘志を滾らせて天上貴族と対峙する。
--国籍や人種、宗教や思想が違う。そんなことくらいで、ともに隣で生きていく事が出来たかもしれない”誰か”を迫害するような事があってはいけない。--
例え、難しい話を簡単に説明出来るほど賢くなくても。
例え、堕淫棲隷武や佞臣ほど強い力を持っていなかったとしても。
例え、どこかでやり方を間違えてしまう事があったとしても。
『簡単に人を傷つける事がまかり通る、今の風潮は間違っている!!』と感じたからこそ、自分達は手を取り合ってここに集まったのだ--!!
それは”憎悪の極点王”や天上貴族が掲げる絶対的な権威や、堕淫棲隷武がもたらす暴力などからは、遥かにかけ離れたところから芽生えた確かな決意。
そんな最初の気持ちを思い出す事が出来たから、自分達は怯えることなく前を向いていける……!!と有志達は己の心を奮い立たせていた--。
「……権威や武威によって誰かに命じられたわけでもなければ、褒賞を目当てとした欲望でもない。……緩やかながらも強靭さを兼ね備えた横の繋がり……これが”絆”か!!これが結束の力か!良い、実に良い!!」
活力を漲らせながらも緊張した面持ちの有志連合とは対照的に、啓泉はただただひたすらに歓喜の声を上げていた。
数の脅威など意にも解さずに、敵対しているはずの自分達を何の衒いもなく称賛する眼前の天上貴族……。
それだけで、この青年が尋常な存在でない事が伝わってくる。
啓泉は警戒心を跳ね上げた面々に構うことなく、高らかと昂揚した様子で告げる。
「ならば、我等も全力で応えねば無礼というもの……なぁ、そうは思わぬか?」
啓泉が誰にともなく、そのように語り掛ける。
眼前の有志連合の面々に向けた言葉ではないようだが、それならば、彼の背後にいるブラックロッジの工房職人達への叱咤のつもりなのだろうか……?
否、その答えは信じられない光景として彼らの前に顕現する--!!
『思わんよ。私の心情としては、むしろ貴様のような既得権益に立ち向かおうとしている民衆の方を支持してやりたいくらいだよ』
『弱い奴が何人揃おうと雑魚は雑魚……そんな奴等相手に俺達の手を借りようとは、天上貴族も遂にヤキが回ったのか?藤原ァ……!!』
啓泉の背後に、ぼんやりした人影らしきモノが浮かび始める。
それらは輪郭を形作りながら徐々に全身から輝きを放ち始め、やがて完全な人の姿へと変化した。
その数は--十名。
皆一様に男性だった。
あどけない表情をした少年から、ノリが軽そうな若者、厳格そうな青年や闇社会の雰囲気を纏った者など様々だったが、全員が尋常ならざる雰囲気を纏っていた。
驚天動地の現象が眼前で繰り広げられたが、有志連合が驚愕の声を上げたのはそれだけが理由ではない。
彼らは、この地に顕現した十名に対して強い衝撃を受けていた。
「あ、あぁ……か、彼は!!我が国の裏社会を取り仕切っていた伝説的マフィアの上海ではないか!!」
「あれはソヴィエトの意思を受け継ぐ執行者:ウラジオストク!!……彼の力も藤原が取り込んだ、というのは本当だったのか……!?」
「う、嘘だろ!?藤原と敵対関係だった東京禁愚までいやがる!!……一体何が始まっちまうんだぜ!?」
変幻自在の魔術師--マンチェスター。
柔らかい物腰の裏に激情を秘めた英雄--ミケーネ。
巧みな詐術で相手を翻弄する”帽子屋”--カッパドキア。
悲壮なる決意と共に断罪の意思を宿した者--ペルセポリス。
いくつもの戦場を渡り歩いてきた歴戦の傭兵--ミュンヘン。
資本主義社会の体現者--ハリウッド。
大陸裏社会の支配者--上海。
厳粛なる秩序の執行者--ウラジオストク。
啓泉と敵対してきた不倶戴天の宿敵--東京禁愚。
そして、終焉をもたらす最強たる破壊の化身--ニューデリー。
いずれも各国を代表するような稀代の英傑揃いである。
かつて、各国を渡り歩いて彼らと死闘を繰り広げた啓泉は、彼らの生き様の証ともいえる”理”と共に、彼らの魂そのものを受け継いでいたのだ。
肉体を失ってなお、自身のもとに集結した十の意思に対して啓泉が鷹揚に問いかける。
「フム、麿の意見に同意を示す者はおらぬか……ならば、ここに集いし貴殿らは如何なる道を彼らに指し示すつもりかね?」
啓泉に理を託そうとも、それは自分達の意思まで完全に譲り渡したわけではない。
その事を理解しているからこそ、啓泉は彼らに一方的に命令するのではなく、確認という形で問いかける。
一歩間違えば、ここで有志連合と共に叛逆の風を呼び込む愚行だが、啓泉の眼差しには何ら億した様子は見られない。
それは彼らを信じている、と言うよりも、如何なる結果であろうと受け入れる!といった藤原 啓泉という青年の並外れた器を現しているようであった。
……それに対して、英傑達が出した答えは……。
『一時的なモノだろうとせっかく復活出来たのに、ボクが大人しくしたりするわけないじゃん!……今日はめいいっぱい楽しんじゃうぞ~~~ッ!!』
『……クククッ、この程度の連中に手をこまねくようになるとは天上貴族とやらも語るに落ちたな!……藤原よ、この”東京禁愚”たる”俺に作った貸しは高くつくぞ……!!』
『啓泉には賛同しないが、助力はしてやる』--英傑達はみな、それぞれ自分達の理由で啓泉に協力する意思を示した。
それらを聞き届けながら、啓泉が深く頷く。
「良いだろう……それでは、この世界に我等が歩んできた軌跡を示そうではないか!!」
刹那、啓泉が右手を大きく宙へと広げる--!!
「--展開せよ!!我が”理”、八百万!!……ここに一世一代の饗宴を催すとしよう……!」
啓泉の呼びかけに応じるかのように、英傑達から託された理が一斉に発動しただけではなく、本来の所有者であった彼らの魂にまでも極限状態の覚醒を促していた。
これこそが、啓泉の保有する”理”--”八百万”。
本来なら、互いに打ち消し合うがために複数保有する事が不可能とされる”理”すらも、相殺させることなく全力状態で互いの特性を引き出しながら、共存させることが出来る奇跡の”理”である--。
……だが、奇跡のような存在であろうと、それは何の対価もなしで展開できるような万能の代物ではない。
内部に保有する理が強大かつ質量が多くなればなるほど、この”八百万”の許容量にも限界が近づく。
”理”とはその所有者の在り方そのものを示した存在と言っても過言ではないモノであり、理の消滅はその所有者の死亡では済まない”存在の消滅””という結果にまで直結する事になるのだが……。
(……なれど、ここで臆するようでは”天上貴族”たる者の名折れぞ--!!)
自身の呼びかけに呼応し、それに対して最高の形で応えた英傑達の意思に報いるかのように、啓泉も全身に力を滾らせながら極限以上に開放した”八百万”で彼らの全力に応じる--!!
”真夏の夜の夢”--。
”原初の大海原”--。
”悪徳の栄え”--。
”二元論”--。
”神々の黄昏”--。
”夢の新天地”--。
”天地開闢”--。
”唯物史観”--。
”欲望渦巻く街”--。
--そして、宇宙すら破壊する事が可能と言われている最強の理:”世界の終焉”--。
これら十に連なる理が、かつての所有者たる英傑達の魂と共に天変地異と化してこの場に顕現を果たす--!!
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
「おじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
啓泉と英傑達の叫びと共に、天から雷や業火の雨が降り注ぐだけでなく、津波や魔法陣、地面を突き破って大量の武器などが出現する、というこの世のモノとは思えない光景が広がっていた。
眼前の出来事に対して、信じられないとばかりに有志連合は狂乱に陥り、ブラックロッジの工房職員達は完全に動揺するだけで対応出来ないでいた。
「う、ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!もう、駄目だぁ~~~ッ!!」
「クソッ!!普段口先でどれだけ”優雅”を気取ろうが、所詮コイツも暴力で弾圧してくる権力者に過ぎな、い……?」
阿鼻叫喚の悲鳴を上げていた有志連合の中から、次第に戸惑いの声が上がり始める。
”理”が展開した強大な権能は、武器を持った彼らを男女の区別なく吹き飛ばしていくが、空中で見えない膜のようなものに受け止められたかと思うと、彼らは誰一人傷つくことなく地面へとゆっくり降ろされていく。
何が起こったのかと呆然とする有志連合の面々。
そんな中で、この連合の発足を呼びかけたリーダー格の男性はいち早く事態を理解していた。
(……まさか、藤原 啓泉が”八百万”の理とやらを用いて、敵対しているはずの我々まで救ったというのか!?)
啓泉の”八百万”の理は、打ち消し合う定めにある理同士ですら共存させることが出来る理である。
啓泉はそれを用いて英傑達の魂や理だけでなく、敵対する意思を示す有志連合の面々をも共存可能な存在として認識し、武器だけを破壊しながら彼らを傷つけることなく戦意喪失させることに成功したのである。
だが、認めたくないことだが、その在り方はまるで……。
困惑する有志連合を前に、啓泉が涼やかな表情とともに独り言のように語り始める。
「信じられない話かもしれぬが、実は麿は以前に”女神”と呼ばれる存在に出会った事があっての。……今わの際にいた麿は彼女から転生して異世界とやらを救ってほしい、と頼まれたのだが、『侍武!曙光!!』の演武があったため、その誘いを良しとしなかった麿は女神殿の勧誘を断ったのだよ」
群衆から驚きの声が上がる。
人を超えた神ともいえる存在を前にして断り、無事で済むモノなのか、と。
有志連合の面々にとっては、”憎悪の極点王”の支配にようやく決起し始めた自分達よりも先に、特権階級ともいえるはずの眼前の青年が叛逆の意思を示していた……という事実に驚嘆を禁じ得なかった。
事実、その選択の結果として、啓泉は女神と死闘を演じる羽目になり、現世への帰還を目指しながら自身の存在が消滅する寸前にまで追い込まれる事態となった。
だが、女神との間に残ったのは禍根ではなく、和解の意思であった。
辛くも勝利を収めた啓泉は、女神の『異世界転生』という自分とは異なる在り方に称賛の意思を示した。
そのような彼に対して、異世界転生を司る女神が問いかける。
『……じゃあ、もしも侍武!の饗宴が全て終わったら……私のもとで、転生してくれる?』
その言葉に、自分は何と答えただろうか。
あぁ、確か--。
「『自身の世界をおざなりにした状態で他の世界に干渉するなど、世界を統べる天上貴族として不実に過ぎる。--ゆえに、麿がこの世界を救済し尽くすか、破壊し尽くしたそのときにまた会うとしよう--』麿はそう言って、女神に別れの言葉を送ったのでおじゃる……!!」
そんな啓泉の返答を聞いた女神はクスリ、と苦笑を浮かべつつも、『……貴方なら、不思議とそう遠くない内に実現してしまいそうな気がするわね』と口にして、彼を現世へと見送った。
あのときの誓いが今も胸の中にあるからこそ、藤原 啓泉という男は、終末を迎えつつあるこんな世界でも立ち続ける事が出来る--!!
「異世界の女神殿にそう言った手前、麿はこの世界の代表たる天上貴族として、言葉を違えるわけにはいかぬ。……ゆえに、今一度誓おう!この世界が滅ぶことがあったとしても、それは”憎悪の極点王”などという者の意思ではなく、麿の絶対的な権威のもとによって行われるべきである、とな……!!」
そんな衝撃的過ぎる啓泉の過去と決意を聞かされ、有志連合、ブラックロッジを問わず、群衆の間から嗚咽する声が聞こえ始めていた。
「せつな~~~い!!ようやく解かり合えたはずの男の人の背中を黙って見送らなきゃいけなかった女神様の心境を思うと、とっても可哀想~~~!!」
「な、何が”絶対的な権威”だ、藤原 啓泉!!……今も協力してくれているそいつらが”天上貴族”なんていうチャチな肩書きのために力貸してるように見えてんのか!!女神様との約束のどこに”権威”なんて無粋なモンが入り込む余地があるんだ!?……アンタに力を与えてくれているそういうモンこそが、”絆”ってヤツじゃないのかよ!!」
有志連合のメンバーである男性が、声を枯らさんばかりに想いを叫ぶ。
彼が指摘する通り、かつての”理”所有者たる英傑達は、誰かの命令に易々と従ったり権威にへりくだるような聞き分けの良い性分をしている者は誰一人いない。
啓泉を含め”理”を所有する彼らは、他者から見れば歪ともいえる狂気を秘めながらも、己の信念のままに自身の在り方を貫き通していた。
その在り方は最期を迎え--こうして、その生を終えた後ですら色あせることなく彼らの中で息づいている。
そんな彼らの鮮烈な輝きを見せられたからこそ、人の在り方と呼ぶにはあまりにも痛ましい姿であろうと、誰一人として”英雄”から目を逸らす事は許されない。
そして、そんな彼らの想いや在り方を背負っていく藤原 啓泉の悲壮な決意を目の当たりにしたからこそ、有志連合の面々はこの青年に敵意を向ける事が出来なくなっていた。
「英傑達の想いや俺達の命だけじゃなく、異世界の女神様との約束まで……藤原 啓泉!!アンタがどんだけ偉大で強かろうと、自分一人で何でもかんでも背負いすぎだろう!!」
「……こんなずっと前から誰かのために戦い続けてきた人に刃を向けるなんて……私には、出来ないよ………ッ!!」
メンバーの中から、戦士喪失の意思を示す声が上がり始める。
その光景を前にしながら、連合の中心的な男性が唇を噛みしめる--。
(そうじゃないだろ……!?だからこそ、本当にそう思うのなら、あの男の在り方を許しちゃいけないんじゃないのか……!!)
眼前で十の理を鮮やかに展開している天上貴族を見据えながら、内心で悔しさとともに呟く。
(私達は、あぁやって誰かに責任や犠牲を強いるような真似が許せないからこそ、立ち上がったんじゃないのか!?……天上貴族だろうと益荒男だろうと、藤原 啓泉という一人の存在を”英雄”として持て囃して、彼一人だけに世界の重要な決定や負担を押し付けてどうするんだ!!)
本当にこれが正しいのか。
”憎悪の極点王”の支配だろうと”天上貴族”の献身であれ、そのような一人の存在に全てを任せたり押し付けることが間違っている、と感じたからこそ、自分は声を上げ始めた。
なのに、今の自分は言うべき事が山ほど胸中で渦巻いているのに、一つも言葉として口に出せないでいる。
それが、悔しくてたまらない。
年甲斐もなく目じりに涙を浮かべながら、再度歯噛みする。
(誰かに押し付けるだけなのが間違っている、と感じたからこそ、僕達はこうして結束する事が出来たはずだろう!!……なのに、何でこうなるんだ!?……僕たちの、人類が歩んできた”民主主義”の力は、こんなモノなのか!?)
だが、藤原 啓泉という存在を前にして何も言えなくなっているような自分では、権能や”理”を持ち出すまでもなく、彼に対抗する事は出来ない。
このまま、何もせずに佞臣に”憎悪の極点王”との決着などを全て委ねるしかないのか……と男性の心に諦めの色が見え始めたそのときだった。
突如、彼の右肩が叩かれた。
男性は憔悴した顔でそちらへ振り返ったが、そこにいた人物達を見て驚愕した表情に切り替わる。
もっとも、それは希望といった前向きな感情ではなかった。
彼らに対して、男性はこの場に現れたばかりの啓泉に向けていたような表情を向ける。
だが、その視線も意に介さぬ様子で、青年の一人が口を開く。
「そう邪険にするなよ、オジさん。民主主義の下では、どんな思想を持とうと平等のはずだぜ?」
「ふざけるな!!君達が仲間、だと!?……『民主主義の破壊者』の間違いだろう!!……そんな君達が、一体私に何の用なんだ!?」
まぁまぁ、と宥めながらも、剣呑な雰囲気を眼光の奥に宿しながら、青年が軽く答える。
「決まっているだろ?……手も足も出ないアンタ等に代わって、俺達があの『フジワラ ケイセン』ってヤツを倒してやるんだよ」




