もう一つの戦い
「それでは、行くぞ……薄汚い逆賊よ!!」
「上等だ、このヘイト豚!!」
互いに聞くに絶えない罵倒を口にしながら、適切な間合いを測るかのように、広き玉座の間を疾駆する。
先に仕掛けたのは、王の方だった。
広間の下から轟音が鳴り響いたかと思うと、凄まじい衝撃とともに床を突き破り、禍々しい暗黒障気を纏った紫色の雷柱が顕現する--!!
「ッ!?」
すんでのところで回避したアカテンだったが、"憎悪の極点王"は雷を素手で握りしめたかと思うと、それを盛大に横へと薙ぎ払う--!!
「ウ、ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
雷の直撃を受けて、激しく絶叫するアカテン。
そんな彼を見ながら、嗜虐的な笑みを口許に浮かべる王。
「クククッ……どうだ、下賎な愚物よ。大言壮語を心の底から悔い改め、我に無様な命乞いをするというのなら、貴様を奴隷として生かしてやっても構わんのだぞ?」
断れば死があるのみ。
もはや、アカテンには屈服するより他に道はないかと思われたが……。
「へ、へへッ……そんなんだから、お前の言葉は軽いんだよ……!!」
苦悶のうめき声を上げながらも、強い意思を秘めた眼差しで"憎悪の極点王"を睨み返すアカテン。
一瞬何を言われたのか理解が追い付かない様子の王だったが、怒りを通り越した訝しげな視線でアカテンを射抜く。
「……貴様、山猿を気取るあまりどうやら頭の中まで退化してしまったようだな。……自分が置かれている状況が分かっていないのか?」
「……お前の方こそ仮にも王を気取っているくせに、自分が何を言ったのかも分からないのか?」
「……何だと?」
ふらつきながらも、それでも意思の力だけで身体を起こし、"憎悪の極点王"と呼ばれた究極の相手と真っ向から向き合うアカテン。
「お前はついさっき自ら俺を始末する、って言ったんだ。……それが何だ?俺が命乞いをしたくらいで奴隷にして生かしてやるだと?……トップに立とうとする奴が口にした事をそんなコロコロ簡単に変えて良いわけねぇだろ!!やるなら、有言実行してみやがれ!……お前がそんな体たらくだから、この国はお前が口にしていた"理想"とやらから程遠い"地獄"になろうとしてるんじゃねぇか!!」
「……王たる我を出来損ない呼ばわりするか、俗物……!!」
アカシック・テンプレートの発言を受けて、"憎悪の極点王"が激昂する--!!
「……この国が地獄に変わりつつある?それがどうした!?我は"平和"などという惰弱な甘言に毒されていたこの国の者達に覚醒と決意を促し、愚かな者、劣った者、ただひたすらに弱く卑劣なだけの者どもを淘汰し、そこから生き残った強く賢い者達が勝利を掴み真の繁栄と安寧を享受する事が出来るという未来を提示してやっただけに過ぎん!!……お前がこの現状を地獄と蔑もうが、全てはこの国の大衆が望んだ総意であると知れィッ!!」
並の者が前にすれば、あまりの迫力に絶命しかねない王の怒り。
だが、対するアカテンは追い詰められている側でありながら、どこまでも不遜だった。
「……へっ、この期に及んで笑かしやがる。……『強く賢い者達が生き残り真の繁栄と安寧を享受する』?……お前のもとでイキイキしていたのは、お前の権力や堕淫棲隷武の武力に媚びへつらうくらいしか能がないくせに、そんな自分の弱さから目を逸らすように、他の奴に平気で『死ね!』とか叫んで憂さ晴らしするような、卑怯で想像力も足りない弱虫共の集まりじゃねぇか!?」
それにな、とアカテンは続ける。
「問題がまったくなかった訳じゃないが、お前らみたいなのがはしゃぎ回る前の頃の方が、外国相手にむやみに戦争したり、国内で内乱が起こる事もなく、この国はよっぽど繁栄やら安寧って奴を謳歌しているように見えたぜ?……王を騙ったところで、てめぇなんざ口先で掠め取る事くらいしか能がない単なる詐欺師でしかねぇんだよ!!」
「……随分と吠えるな、賊風情が。威勢の良い言葉を口にしたところで、我に手も足も出ない貴様如きに何が出来る!?」
"憎悪の極点王"が手に握りしめた雷を鞭のようにしならせる。
そして、それを勢い良くアカテンへと振り下ろす--!!
無抵抗に身体を丸めた状態のまま、何度も身体を雷の鞭で叩きつけられる中--アカテンはうずくまって頭を抱えながら王へと叫ぶ--!!
「へっ、決まってんだろ?俺は山賊なろう小説の先駆者なんだ!!……山賊らしく、詭弁じゃなく力尽くで"憎悪の極点王"からこの国を奪い取ってみせらぁ!!」
「……その意気や良し。だが、力なき虚勢がどこまで持つか見ものだな……!!」」
「ッ!?グアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?気持ちイィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
激しき雷撃の鞭による応酬が、アカテンの肉体と精神を蝕んでいく--!!
~~魔導具工房・『ブラック・ロッジ』~~
アカテン達が”憎悪の極点王”と戦っているのと同じ頃、ここでも一つの大きな戦局が動こうとしていた。
魔導具工房・『ブラック・ロッジ』。
良質な魔導具や魔導書を作り上げることで有名な『ブラック・ロッジ』だったが、現在この工房の前には人情商店街の住人達などを始めとする国内の良識的な人々や、この国に暮らす多国籍の外国人達からなる有志連合が押し寄せていた。
「『ブラック・ロッジ』は”憎悪の極点王”と結託するのをやめろー!!」
「怨嗟を招く呪詛を社会にばら撒くような行為を許すなー!!」
有志連合の抗議を受けて、『ブラック・ロッジ』の工房長が頭を抱える。
「ヒ、ヒエ……まさか、こんな事になるだなんて!!」
有志連合が糾弾するとおり、『ブラック・ロッジ』は怨嗟を招く呪詛に賛同していなかったものの、変わりゆく時代でも人々が生き残れるようにこれまで以上に有用で高品質な魔導具や魔導書を制作するために、”憎悪の極点王”から与えられた強大な魔力をもとに商品を改良し、人々に適正な価格で提供することに成功していた。
ブラックロッジが製造してきた魔道具や魔導書によって、混沌の様相を呈してきたこの国でも無事生き残れるだけでなく、以前のような社会活動を維持している人達も大勢いたのだが、昨今のアカテン達”HEAPS”による反・”憎悪の極点王””ともいえる勢力の台頭によって、ブラックロッジのような”憎悪の極点王”と関わりがあった企業や工房などが王の走狗としてやり玉にあがるようになったのだ。
(クソッ、もともとは”憎悪の極点王”みたいな存在を持て囃し始めたのは、この国の大多数の人間じゃないか……!!なのに、何故儂らが王のもとで甘い汁すすりながら国民を騙くらかしてきたことになるんだ!!)
それでも本意ではなかったとはいえ、自分達が王の強い影響下に置かれていたのは紛れもない事実であり、また商売である以上は多くの人達を敵に回すのは得策ではない、と判断した工房長は深く陳謝する。
王が台頭する前から不景気の厳しい時代を生き抜いてきた人情商店街の面々からは、工房長の苦悩が分かるのか「謝っていることだし、許してあげたら……」という意見が出始め、多くの人達も賛同し始めたのだが……。
「いやいや!みんな何甘っちょろい事言ってんの!一度、”憎悪の極点王”に媚びを売ったような奴等なんだから、この先もまた同じような判断をしない!なんて保証はどこにもないっしょ?」
「口先だけでどれだけ謝ろうが、例え今後はそういう商品を作らない!って言ったところで説得力皆無なんだから、コイツが自殺したりこの工房がぶっ潰れるまで、とことん追いつめちゃいまちょ!追いつめちゃいまちょ♡」
有志連合の中の一部の過激に先鋭化した者達が、工房長へと詰め寄る--!!
「ウ、ウググッ……や、やめてくれぇ~!!そんな事をしたら、工房職員が路頭に迷うだけでなく、この社会から今まで以上に自由な気風が失われてしまうんじゃ~~~!!」
「うるせー、クソジジイ!!お前等ブラックロッジの連中はこの社会に健全な市民意識を根付かせる礎として、ここで絶対悪の象徴としてひたすら無様な最期を迎えるんだよ!」
過激派によって、工房長の首が絞め上げられ工房内が破壊され始める。
工房の職員からは悲鳴や怒号が上がり、過激派の暴走を止めようと他の有志連合が止めに入り、乱闘騒ぎまで起き始める始末。
その光景を朦朧とする意識で観ながら、工房長はぼんやりと考える。
(せ、誠意を込めて謝っても駄目なのか……?例え”憎悪の極点王”がいなくなろうと、こんな奴等しか残らないのなら、既にこの世はお先真っ暗じゃないか……!?)
苛烈さ、怒り、悲しみ、諦念……そして、憎悪。
最初は社会的な正義感や国籍・人種が違う大切な隣人を守ろうという善意のもとに多くの人達が集まったにも関わらず、現在この場所はそれらから最も程遠い阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
”王”が手を降すまでもなく、自分達で感情のままに潰し合いを始める人間達。
そのような負の想念に満ちたこの場に、引き寄せられるようにこの場に接近してくるモノがいた。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッン!!ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
轟音を響かせながら、とてつもない衝撃と共に漆黒の異形が姿を現す。
……その数、およそ九体。
”王の剣”たる最強の暴力兵器:”堕淫棲隷武”であった--。
彼らの姿を前にして、立場を問わず集まった皆が一様にパニックへと陥る--!!
「キャアァァァァァァァァァァァァァッ!!だ、堕淫棲隷武が襲ってきたわ!!」
「何てこった……僕達はここで終わりだってのか!?」
どれだけ気高き志があったとしても、この場にいるのは彼らに対抗するほどの力を持たない単なる一般人に過ぎない。
このまま為す術もなく、理不尽なほどに圧倒的な暴力を前に命を刈り取られるしかないのか……という絶望が人々を覆い尽くそうとしていた--そのときである!!
「……ッ!?」
最初は誰も、突然何が起きたのか分からなかった。
この場に出現した堕淫棲隷武九体、それらの上半身が徐々にずれ始めたかと思うと、ズルリ……と音を立てて、地面へと落下していったのだ!!
一瞬のうちに、上下に斬り崩され残骸と化した堕淫棲隷武。
呆然とする人々の前に、このような光景を一瞬で引き起こしたと思われる一人の人物が、堕淫棲隷武達の残骸を優雅な足取りで通り過ぎながら姿を現す。
「コココッ……何やら、麿がおらぬところで随分と面白そうな事をしているでおじゃるの」
「ッ!?あ、貴方は!!」
ブラックロッジの工房職員から驚愕の声が上がる。
彼だけではない。
口にしないまでも、誰しもがこの人物がこの場所にいる事が信じられない、といった表情で眼前の人物を見つめていた。
その青年は、時代錯誤ともいえる平安貴族を彷彿とさせる衣服を身にまとっていた。
普通ならば、痛いコスプレで済ませられるかもしれないが、扇を優雅に仰ぎながらこの惨劇の跡地には似つかわしくないのほほんとした表情をその流麗な顔立ちに浮かべながら、気品を感じさせる足取りで近づいてくる姿から、隠し切れない彼の底知れない実力と滅多な事では動じない胆力の片鱗らしきモノが伝わってくる。
彼こそが、天上貴族の末裔にして数多の”理”を有する稀代の益荒男--藤原 啓泉 その人である事は誰の目から見ても明らかだった。
動揺する彼らに近づいた啓泉はピタリ、と足を止めたかと思うと、この場の喧騒などどこ吹く風と言わんばかりに、悠々と口上を述べる。
「コココッ……初めてお目にかかる、麗しき平民諸君。ご存知の方もおられるかもしれないが、改めて名乗らせてもらうとしよう。……麿こそが、藤原 啓泉!この日ノ本に君臨する天上貴族達の末裔たる者にして、この世界の命運を握る益荒男なり……!!」
「クッ……な、何て迫力なんだ!!これが天上貴族!」
「気圧されるな!!人類が培ってきた民主主義の絆は、誰が相手であろうと断ち切れるモノではない!!」
「そ、そうよ!!堕淫棲隷武を倒したからって、私達の前に立ちはだかっている以上、彼だって”憎悪の極点王”と変わりがない邪悪な独裁者よ!絶対に許してなるものですか!」
「そうだ、そうだ!」という声が、民衆の間から上がり始める。
どう対処したら良いのか分からず、工房長をはじめとするブラックロッジの面々はオロオロするばかりだったが、啓泉は彼らを庇うように民衆の前に立ちながら、口許を優雅に扇で隠し「コココッ……」と笑う。
「良いだろう、それでは天上貴族の末裔たる者として……貴殿ら、在野の者達がどれほどの存在なのか、存分に見せてもらうとするかの……!!」
堕淫棲隷武という脅威が去ろうとも、人の闘争の歴史が終わる事はないのか。
今ここに、天上貴族と市民による有志連合の対立が勃発しようとしていた--。




