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夜と月と星の道行き<2/3>

 成り行きでここまで一緒に来てしまったが、本来はルキルアの騒動の後、自分たちは単独で出立する心づもりだった。たまたま方向が一緒で、もろもろの条件が重なって、そのあともなんだかんだで人は増え、騒動を片付けつつここまで賑やかにやってきた。

 それが、三日後には本当に、別方向に向かうのだ。

「ユカ殿もそうだし、フォンセ殿もそうだが……ここから進む中で、皆それぞれ求めているものの答えに、より近づけるとよいな」

「ああ」

 うまい返事も思いつかず、グランはただ頷き返した。ルスティナはふと立ち止まって、体ごとグランに向き直った。

「私も、ランジュが……グランたちが自分たちの課題にどう区切りをつけるのか、立ちあいたかったものだ」

「……」

 グランが北西地区へ向かうのは、『ラグランジュの返品』という目的のためだ。

『ラグランジュ』は、『手にした者の願いを叶える』伝説の秘宝だか秘法として世の中に知られている。だが、その正体は『願いを叶えるための、試練や機会をもたらす』、疫病神のような存在だ。ランジュは、その『ラグランジュ』そのものなのである。

 この『ラグランジュ』自体が、古代文明の遺物であると思われるのだが、いったいどういった目的で持ち主を選んで、どういった理由があって「持ち主の願いを叶え」ているのかは今だ定かでは無い。

「願いを叶える」ために持ち主が動く、その動きに乗る必要が『ラグランジュ』にあるのかもしれない。ラグランジュそのものになんらかの目的があって、それに合致した願いを持っている者の前に、ラグランジュは現れるのでは無いか、というのが、先日揃った時に立てた推測の一つだった。

 だとしたら今までは、ルキルアとエルディエルの部隊とともにあることも、ラグランジュには必要だったのではないか。エトワールが現れたことで、両部隊の役目はエトワールに引き継がれた、と言うことなのかもしれない。

 グランも足を止めた。

 ルスティナは、ただ穏やかに微笑んでいる。残念とも寂しいとも、別れを惜しんでいるとも受け取れそうで、どうにもその下の真意が読みにくい笑顔だ。

「あ、えーっと」

 何か気の利いたことは言えないかと思ったが、なにも思い浮かばない。グランは自分よりわずかに背の低いルスティナをしばらく見下ろすと、なぜか詰まりそうになる喉を、平静を装って動かした。

「そ……それ、片方、くれないか」

「それ?」

 問い返され、グランは自分の左の耳たぶを触って見せた。ルスティナは少し考え、鏡を見るような動きで、自分の右の耳に触れた。銀色の簡素な耳飾りが指先に当たる。

「……これのことか」

「ああ。えーっと……」

「構わぬが」

 ルスティナは躊躇せず、右の耳飾りの留め具を外す。

「確かに、グランが使っても映えそうだな」

 言いながら一歩踏み出し、グランに手を伸ばす。さすがに驚いているグランの左耳に自分の手を添える。ひんやりした指先が、耳たぶに軽い違和感とわずかな重みを乗せた。

 戸惑うグランの顔を間近で眺め、ルスティナは満足そうに微笑んだ。

「やはり似合う」

「そ、そうか……?」

 その笑みを間近で見おろし、グランは気の抜けた笑みを見せた。

 もっと別ななにかを言いたかったような気がしたが、なんだかどうでもよくなってしまった。

 というか、特別なことなどなにも言わなくても、いいような気がしてきた。

 雑踏の中、行き交う者たちは、立ち止まった二人から距離を置いて行き過ぎていく。傾きかけた太陽の前を鳥がよぎり、風のような影が地面に尾を引いた。

「……そろそろ、戻るか」

「そうだな」

 グランの視線の先を追うように、ルスティナも顔を向け、体の向きを変える。

 再び肩を並べ、二人はゆっくりと歩きだした。


 離宮に戻ると、兵士達が天幕を張る庭では夕刻の支度が始まって慌ただしい。

 子供達は白龍の焚き火の側で、なにやら作り物をしている。ランジュもユカ達と一緒になって、色つきのひもを縒って布のようなものをこしらえていた。エレムはまだ戻っていないようだ。

 クロケは勝手に酒を飲み、その側ではコルディクスがクロケになにやら小難しいことを話しかけていたが、クロケは全く聞いていない。コルディクスも、特に聞いて欲しいと思っているわけではないようだが、端から見たら人形にでも話しかけているようで痛々しい。

 ヘイディアとリオンは、エルディエルの滞在する建物に戻ったようだ。エトワールとラムウェジも姿が無かったが、事情を聞きに近寄ってユカに捕まっても面倒なので、グランは知らん顔でルスティナと一緒に塔に向かった。

 塔に入るとすぐ、エスツファ付の兵士数人とフォルツが、通路の端で台帳を開いて何やら額を付き合わせていた。

「こんな時間に台帳の確認か、なにかあったのか?」

「あー。ルスティナ」

 フォルツは眉を寄せ、なんとも言えない顔で、くせの強い自分の髪をかき回している。

「さっきまでオルクェル殿が、エスツファの旦那に会いに来てたんだ。アルディラ姫が、最後の夜はここでみんなと一緒に食事をしたいとだだをこね……ご希望遊ばしているとかで」

「おや」

「きっと、元騎士殿やエレム殿との別れが名残惜しいのだろうなぁ。床に転がってジタバタしかねない勢いで迫られたとかで、あの御仁もご苦労だよ」

「あーいーつーはー」

 フォンセのことだとか、グラン達の今後のことだとかでいろいろ配慮を見せていたから、ちょっとは成長したのかと思ったら、最後の最後でこれである。やはりあいつは変わらない。

 口元を引きつらせるグランとは対照的に、ルスティナは思慮深く目を細める。

「で、エスツファの旦那の提案で、ここでの最後の夜に、姫をお招きして夕食会風にしようかという話になったんだ。日持ちしない食材の整理も必要だから、ちょっと豪華にしてもいいんじゃないかって言われて、急遽在庫の確認をしていた」

「こちらに来ていただけるなら、子供達も挨拶の時間をとれるな。ユカ殿たちにも、よい区切りになるだろう」

「そんなことを旦那も言っていたよ。姫にはなんだかんだで、いろいろなことに尽力いただいたからなって。ほんとは本国に帰ってから、改めて御礼の場を設けようと思ってたみたいだけど」

「皆が揃っている今の方が、姫も楽しいだろう」

 どいつもこいつも理解がありすぎる。多方面に突っ込みが追いつかず、言葉も出ないグランの背後から、今度は別の兵士が声をかけた。

「閣下、今エレム殿が戻られたんですが、レマイナ教会のお客人を数人連れて来られていて……夕刻まで庭に滞在させて欲しいって言っておられるのですが」

「おや、改まってどうしたんだ?」

「ここに来るのは初めての者ばかりなので、一応許可を頂きたいとのことです。」

「エレム殿は真面目だなぁ」

 言いながら、フォルツはルスティナに視線を向ける。あからさまに、俺忙しいんだよな、という顔である。

「エレム殿の知り合いであれば、私が顔を見に行こう。フォルツ殿、いつも急な仕事を任せて済まないな」

「ほんとだよ」

 本心がそのまま口から出た様子で、フォルツは肩をすくめ、台帳を指さしながらの会話に戻っていった。

 一応こいつ、エスツファのじゃなくて、ルスティナ直属の部下じゃないのか? ちらりと疑問がよぎるが、ルスティナは雑な対応を特に気にした様子も無く、踵を返そうとした。その動きをふと止めて、ちらりとグランを見やる。

「グランも行かぬか、エレム殿がわざわざ連れてきたのだから、なにか特別な話があるのかも知れぬ」

「行くよ、ほかにすることもねぇし」

 投げやりに答えるグランに、ルスティナは笑みを見せた。その左の耳で、銀色の耳飾りが燭台の光を受けて輝いた。

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