夜と月と星の道行き<1/3>
形式上の手続きを終えて三人が外に出ると、昼過ぎの太陽が空の青を柔らかに変えはじめていた。
衛兵の詰め所は、ほかにも公的な建物が並ぶ大通りの一角にある。官報板を確認に来る旅人を当て込んだ飲食の屋台も多くあるが、衛兵の目に触れやすい場所のためか、賑やかなりに秩序があった。昼時の混雑も過ぎたようで、人の流れも穏やかだ。
エレムは外に出るなり、妙にわざとらしく声を張り上げた。
「僕、レマイナ教会に顔を出してきます。エトワールさんの件でいろいろお世話になったので、ご挨拶をしてきます」
「なら私も……」
「いえいえお二人は先に戻ってください、せっかくなので慌てずごゆっくり」
言いかけたルスティナを有無を言わせぬ笑顔で遮って、エレムはそそくさと場を離れていった。
「エレム殿は、いろいろと気遣いの人だな」
「いや、あれは……」
変な気を回しやがって。エレムを見送るルスティナの横顔を見ながら、グランはなんとも言えず頭を押さえた。
ルキルア軍白弦騎兵隊総司令ルスティナは、皓月将軍の異名通り、剣や槍を扱う姿は戦女神とまで評される。銀色の外套を羽織った美しい上級将官の姿に、今も道行く者が男女問わず歩く足を緩め、すれ違った者は自分がなにを見たのか確かめようと、改めて振り返る。
「白弦は市街の警備が主な任務だから、やはり貧困層の子供達が直面する問題に度々触れることがある。黒弦は、街道の巡回の際に、置き去りにされたり、大人とはぐれてしまった子供達を保護することがままあるという。この近辺は、街道の交差地でもあるし、ルキルアとはまた違った事情の子供達が多いのであろうな」
「ああ……そうだろうな」
人の目を集めることに慣れているルスティナは、多少のことでは動じない。歩きながら詰め所の話の延長を呟くルスティナに、グランが当たり障りなく頷いた。
「して、グランはなぜ連れて行かれる子供を、わざわざ追いかけようと思ったのだ? 普通なら、親に叱られて連れられていくところなのだろう、程度の判断をするのではないか」
ルスティナはグランに視線を向けると、いきなり突っ込んできた。グランは虚を突かれた気分で、苦笑いを口の端に浮かべた。
「……離宮を出てからも、ずーっと誰かに見られてるような気がしてたんだよ、空を飛ぶ生き物が、遠くから獲物を観察してるみたいな?」
「ほう」
「歩いてて、その気配が急に強くなったから、思わず見上げたら、建物の隙間からあいつが……エトワールが連れてるアシオってヤツが、遠くからものすごい勢いで屋根伝いに走ってくるのがちらっと見えたんだ。でも、見てるのは俺の方じゃ無かった。あいつの視線の先に見当をつけて周りを見たら、たまたまあの子供が引っ張られてるのが見えたから、やべぇなって追いかけた」
「アシオ殿は、子供が乱暴される気配を察知して、止めに入ろうとしたということか?」
「止めに入るっつーか、ありゃ仕留める気だったな」
「ふむ」
状況を想像しているのか、ルスティナは顎に手を添えて首を傾げた。
「しかし、アシオ殿に会ったとは、エレム殿は言っていなかったが」
「あいつが下に降りてくる前に、屋根の上でフォンセが蹴り倒してた」
「蹴り……?」
フォンセまで話に登場するとは思わなかったらしく、ルスティナは目をぱちくりさせている。
「……アシオ殿は、もともとグランを追っていたとしても、フォンセ殿はたまたま通りかかったのであろうか?」
「本人に聞かないとなんとも言えねぇな。なんで屋根の上にいたのかも判らねぇ。まぁ、上で止めてくれたのは助かった」
「なかなか状況の整理が難しいが、グランはアシオ殿を止めるために、騒動に介入した形になったのか」
「これから嫌でも一緒に行く予定のヤツに、出発前から厄介ごとを起こされても困るんだよ」
「そうか」
何故か不機嫌そうに吐き捨てるグランを、ルスティナは穏やかに目を細めて見返した。
「グランはそうやって、自分のためといいながら、いつも誰かを助けているのだな」
「そういうんじゃねぇよ」
正直、グランは自分のために動いているだけなのである。実はいい人なのねみたいないわれ方は、どうにも不本意だ。
グランの面白くなさそうな表情に、ルスティナは余計におかしそうに口元を緩めた。それでも、それ以上は深追いせずに、
「アシオ殿は、特殊な訓練を受けている子供だと聞いた。どういういきさつなのかは判らないが、精霊を連れていることも、なにか関わりがあるのかも知れぬ」
山岳地帯の国々は文化が独特とは言え、エトワールの話し方だと「国の方針で子供を訓練している」ような様子では無かった。なにか事情があって「特殊な訓練を受けさせられていた子供」をエトワールが保護した、と解釈するのが妥当だろう。
「……大陸全体が荒れていた時代、貧しい国では、安価で従順な働き手として子供を利用していた例が多数見受けられる。戦争で疲弊した国では、子供達を都合よく教育したり、あるいは脅したりして、戦力として使っていた例もある。アシオ殿の出自はよく判らぬが、武器まで持っているとなると、やはりなにかしら事情がある子供なのかも知れぬな」
アシオがあそこで気配を膨らませて近づいてきたのは、子供達を助けるため以上に、あの男を狙っていたのだろうと思われる。しかし、自分たちが介入したところであっさりいなくなってしまったから、因縁のある相手だったわけでもなさそうだ。
子供達を都合よく利用する大人に過剰に反応したのかだろうか。それを簡単に殺意に変換したのは、アシオ自身だけの問題なのか。アシオが連れているという、フクロウの精霊が関わっているように、グランには思えるのだ。
クロケの連れているフェリルは、クロケの意思や感情に連動して動いたりもするようだが、フェリル自身はその他大勢の人間に対し、良くも悪くも特別なものは無いように感じる。精霊とのつながりが濃いと、感情のつながりも深くなるのだろうか。
もちろんグランはフェリルと話をしたわけでも無いから、ただの印象でしか無いのだが。
「……まぁ、あいつはエトワールの連れだからな、あいつの素性やらは俺はどうでもいい」
「そうか」
意外にあっさりと、ルスティナは頷いた。
「アシオ殿はグランには敵意を見せると聞いたが、エトワール殿下を襲ったのが古代施設の衛士であったのと関わりがあるのであろうか?」
「たぶんな」
『ラグランジュ』の持ち主であるグランは、古代文明の残した各施設では、管理権限保持者として扱われる。アシオがグランのことを『あいつらと同じ匂いがする』と評したのは、『ラグランジュ』を介した古代遺跡とのつながりを、ほぼ本能的に察知しているからだと思われた。
それにしては、ランジュ自身や白龍の特異性に気がついた様子が無いのが、不思議と言えば不思議だった。まぁ面倒が少なくていいのだが。
「ヘイディア殿まで同行されるとは予想外であったが、これも縁というものなのだろう。逆に、我ら(こちら)の帰り道は寂しくなりそうだが……」
「あ、ああ」
そういえば、そういうことなのだ。




