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12.同じ町の空と地で<4/4>

「ああ、お一人なら、きっと心細いですよね。私は法具のこともあって、祖父からよく不思議な話を聞かされていました。周りも、自分では判らないながらも、そういうこともあるのだと思って受け入れていたようです」

「レマイナ教会が身近だと、法術師に会える機会もあるけど、きみはそういう環境では無かったんだね」

「はい、私の家があるのは、田舎の辺鄙な村です。たまにウカラから診療に来てくださる神官様もいるんですが、人手が足りないのかお忙しいようで、ゆっくりお話しする機会もなくて……。私が、自分の素養の可能性について聞くことができたのは、本当につい最近なんです」

「まだまだ、手助けが必要な区域があるってことだねぇ」

 レドガルが真面目な顔で呟く。

 小さな頃から、自分ですら持て余していたこの感覚を、すべてでは無いにしろわかってくれて、共感してくれる人がいる。世の中は広いんだ。

 フォンセの表情から硬さが取れたのを感じたのか、ミンユもレドガルもほっとした様子で視線を合わせている。レドガルはそこでふと、

「フォンセくんは、カーシャムの姉神と言われる女神ジェノヴァを知っている?」

「北の王国サルツニアが守護神として信奉している、片目の女神のことですか?」

 カーシャム教会の講話で得た知識を思い返しながら、フォンセは問い返した。

「カーシャムの神官が死の裁きの権限を持つのは、女神ジェノヴァからカーシャムが賜った力の反映であり、剣を扱うこと自体が神の力を扱うに等しい、だからカーシャムの神官に法術はないんだって、聞きました」

「ああ、カーシャム教会に通ってると、さすがに知ってるんだね。ジェノヴァって、レマイナ信仰全体の教義的には非公式に近くて、神学校でも一般教養程度にちょっと触れる程度なんだ。僕も、ラムウェジ様のお供をする前は、ほとんど名前を聞いたことがなかった」

 と、レドガルは記憶を思い返すように目を伏せて頷いた。

「伝承だと、サルツニアの宝剣ルベルクロスを飾る宝玉こそが、ジェノヴァの左目だって話だ。そのルベルクロスは、人の心から生まれた妖魔を断ち斬ることができるっていうよ。もちろんこの場合の妖魔っていうのは、人間の悪い心とか悪行とか罪とかを比喩的に現したものだという解釈が一般的なんだけど、……きみは実際に、法術のような力で、悪いものを追い払ってしまうんでしょう?」

「え、ええ、私の力なのか、剣の力なのかは未だに判らないのですが、悪い力の影響を受けている方から、それを切り離すという使い方は、できるようです」

「過去にあったかもしれないカーシャムの法術というものが、どういう奇跡を行っていたのかは僕には判らない。けど、神としてのカーシャムの役割を考えたら、『剣を用いて悪いものを断つ』という行使の仕方があったとも考えられるよね。

 ……そういえば聞いた話だと、遠い遠い東国の武人は、剣によく似た『刀』という武器を持っていて、経験を積んだ刀匠に打たれた刀は、魔を避けたり、あるいは魔を断ったりする力があるという伝承があるそうなんだ。優れた剣には、ものを斬る以上の力が宿っているというのは、東西を問わない共通の考え方なのかもしれないね」

「物語でも、特別な剣が勇者を導いたり、王を選んで国の命運を左右したりしますね!」

 ミンユがぱあっと声を弾ませる。

「そ、そう言われてみれば、そんなお話もありますね、身近なものとして考えたことは無かったですけど……」

 まさか、自分の話から、こんな風に会話が膨らむとは思わなかった。こんな風に話を聞いてくれる人たちがいるとも、今まで考えたことは無かった。

 戸惑い以上に楽しさが増して、フォンセは身を乗り出し、二人の話に耳を傾けた。


 ※ ※ ※


「だからさ、あのガキが誰かに手首を引っ張られて路地裏に連れ込まれるのが、ちらっと見えたんだよ」

 仏頂面で肘をテーブルにつき、グランは何故か不機嫌そうにそっぽを向いている。

「あの人混みでよく気がつきましたね……」

「どうも、ご協力感謝します」

「うるせぇよ」

 衛兵のうちでも、そこそこ階級が上らしい中年の男が申し訳なさそうに声をかけるが、グランは仏頂面を隠そうともしない。エレムは苦笑いで頭を下げる。

「しょうがないですよ。あの場に来て、とっさに状況を把握なんてできないです。皆さんの判断は的確です」

手順書(マニュアル)通りにしかできねぇ堅物野郎ばっかりだ」

「グランさん!」

 グランはふんとそっぽをむいている。

 衛兵の詰め所の、ついたてで仕切られた一角である。さっきイグシオと来た裏手とは違い、こちらは職務中の事務員や兵士たち、訪れる旅人や町の住民たちもいて賑やかだ。

 通報を頼んだ市民がどう伝えたものか、連れだってやってきた衛兵達が警棒片手にまず取り囲んだのは、子供二人を干物のようにぶら下げたグランだった。

 エレムがとっさの機転で、『その人はこの子を助けてくれたんです!』と叫ばなければ、グランは子供二人を抱えたままの条件(ハンデ)戦に突入していただろう。

 そしてあの状況で男に意識があったら、被害者面をされて更に面倒なことになっていたと思われる。幸い男は目を回したままだった。

 乱闘は避けられたが、今にも殺されそうな勢いで泣き叫ぶ子供達に事情を聞けるわけもない。当然衛兵らの不信感は拭えなかったため、グランは囲まれて詰め所まで同行を求められることになった。詰め所まで来たら、朝方、イグシオと一緒だった衛兵がたまたまいたことで、やっと待遇が改善されたのだ。

「あの状況で、泣き叫ぶ子供を抱えた傭兵が、全く善意の第三者だって思わないですよ。しかも側に人が倒れてるし」

手順書(マニュアル)通り平等に現場の人間を確保するなら、お前だって同じような扱い受けなきゃおかしいだろ! なんで俺ばっか極悪人扱いだったんだよ!」

「僕はどう見たって、怪我した子を介抱してる図だったでしょう!」

「そういう思い込みがだめだって言ってんだろ!」

「まぁまぁ、お二人ともお手柄だったんすから」

 ひょいとついたての陰からイグシオが顔を出した。扱いに困った様子だった衛兵が、ほっとしたように場を譲る。

「やぁ、耳が早いですね。面倒になりそうなら名前を出そうと思ってたんですが」

「朝一緒だった衛兵(ヤツ)が、知らせに来てくれたっすよ」

「もう十分面倒だ」

「そうっすよね、ちゃんと埋め合わせさせるっすよ」

 イグシオは軽くかわすと、他の兵士を追い払った。助かったとばかりに、グランの相手をしていた衛兵がいそいそと離れていく。

「殴られてた子は医務室で手当してるっすよ。大きな怪我はなさそうっす。ほかの子供達も、別室で食事させながら話を聞いてるっす。状況によっては、しばらく保護して、今後を考えることになると思うっす」

「そうですか、よかったです」

「ああいう手合いは、痛めつけても、動けなくなるような怪我はさせねぇよ、大事な商売道具だからな」

「グランさん、なんてことを」

「いや、たぶんその通りっす」

 イグシオは肩をすくめる

「あの伸びてた男は、子供達を使ってスリやら盗みやらをさせる集団の、下っ端みたいっすね。あの界隈の住人の話だと、時々子供を連れて飯を食わせてるらしくて、しばらくするとその子供が入れ替わるらしいんっすよ。どっかから、下働き名目とかで連れてきた子供を、一時的に面倒見る役目じゃないっすかね。組織的になにかやってそうな匂いがするんで、本腰入れて調べるように手を回しておくっす」

「子供を利用した犯罪組織、ですか……。いつまでもなくならないものなんですね」

 エレムは残念そうに呟くと、ふと気づいた様子で、

「グランさん、あの場に飛び込んだとき、『人命を優先した結果だ』なんて言ってませんでした? 僕は子供達が危険だったからって意味だと思ったんですけど、今の話だと、子供達の命に関わるような乱暴はされないって判ってたような……」

「あぁ、それは……」

「あ、いらしたっす」

 グランたちが話す側で、立ったまま様子を見ていたイグシオが、ついたての向こうに笑顔で手を上げた。逆に、ざわついていた詰め所がなぜか一斉に静かになった。

「いらした? 誰が」

「お二人とも、自分の素性を説明するのに、ルキルア軍の名前を出したっすよね? 当然別のヤツが裏を取りに行ったすよ」

「ほんと、手順書通りの仕事する奴らだな」

「手順を踏むのは大事なことじゃないですか……ああ」

 そっぽを向いたままのグランを諫めようとして、エレムは何を見たのか、ほっとした様子で笑顔を見せた。

「お忙しいのに、煩わせてしまってすみません」

「いや、使いの兵士に、身元引受人が必要と言われたのでな」

 聞き慣れた声に、グランがぎくりと表情を固め、ぎこちなく顔を上げる。

 詰め所の職員が、衛兵が、一斉に立ち上がり敬礼する中、ルキルア軍白弦騎兵隊総司令ルスティナが、穏やかな笑顔で二人を見返した。

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