噂の道の駅は、帝国兵のオアシス(相席なら大盛りです!)
噂の道の駅は、帝国兵のオアシス(相席なら大盛りです!)
ルナミス帝国軍・最前線基地から数キロ離れた深い森の中を、数名の男たちが息を潜めて進んでいた。
彼らはボロボロの外套を羽織り、一見するとただの旅人や行商人のように見える。だが、その外套の下にはルナミス帝国軍の軍服と、魔導ライフルが隠されていた。
「班長……本当にこんな森を抜けた先に、美味いメシ屋なんてあるんですか?」
「ある! 獣人軍の陣地から漏れてきた噂だ。ポポロ村にできた『道の駅』ってところに行けば、信じられないくらい美味いメシが食えるらしい」
彼らは、ゲロオムレツの悪臭と不味さに耐えかね、夜陰に乗じて陣地を抜け出してきた帝国軍の兵士たちだった。
胃袋は限界まで縮み上がり、口の中には常に靴下の腐ったような後味がへばりついている。もはや愛国心や軍紀よりも、「まともな飯が食いたい」という生存本能が彼らを突き動かしていた。
「見ろ、あれだ……!」
木々の切れ間から、ポポロ村の広場に建つ温かな光に包まれたログハウスが見えた。
煙突からは、醤油草の焦げるような香ばしい匂いと、出汁の深い香りが風に乗って漂ってくる。
「うおぉぉ……! なんだこの匂い、腹の虫が暴れ出しそうだ!」
「行くぞ! 金なら全員で出し合えばなんとかなる!」
彼らは外套のフードを深く被り、逃げ込むように道の駅『ポポロ』の扉を開けた。
カランコロン、と澄んだベルの音が鳴る。
「いらっしゃいま――」
厨房から声を掛けようとした私の言葉は、途中でピタリと止まった。
「……てめぇら、帝国の犬か!!」
「ヒッ!?」
店内のテラス席で、ポポロ弁当の夜食を頬張っていた獣人兵たち(非番の国境警備隊)が、一斉に立ち上がったのだ。
どんなに外套で隠そうとも、鋭敏な嗅覚を持つ獣人兵たちには、彼らに染み付いた帝国軍の火薬と『ゲロオムレツ』の悪臭が誤魔化せるはずもなかった。
「なっ、獣人軍!? なぜこんな所に……!」
「チッ、罠か! 構えろ!」
帝国兵たちが外套を翻し、隠し持っていた魔導ライフルをガチャリと構える。
獣人兵たちも即座に武器を抜き、店内の空気は一瞬にして一触即発の極限状態に陥った。
「ア、アカンアカンアカン!!」
レジの奥からニャングルが悲鳴を上げる。
「店の中でドンパチやられたら、ガラス代と修繕費で大赤字や! キャルルは!? あかん、あのウサギ、今日は奥で爆睡しとる!」
ニャングルが算盤を盾にして震える中、私の隣から、ふわりと影が動いた。
「……店内での抜刀は、ルール違反ですよ」
いつの間にか、ヴィンセントが両軍の真ん中に立っていた。
彼の金色の瞳は冷酷な捕食者のそれへと変わり、手には純白のナプキンが握られている。
一切の武器を持たない彼から放たれる、息が詰まるほどの圧倒的な『闘気』。それに当てられ、獣人兵も帝国兵も一歩後ずさった。
ヴィンセントの腕がわずかに上がり、そのナプキンが鋼の刃へと変わろうとした――その瞬間。
「ストーップ!!」
私は厨房からタローマン製の巨大な木べらを持って飛び出し、ヴィンセントの前に立ち塞がった。
「セ、セリアさん!?」
「ヴィンセントさん、ちょっと待ってください! 怪我人が出ます!」
「ですが、彼らは帝国の……」
「待って。私が話します」
私は木べらをドン!とテーブルに突き立て、殺気立つ兵士たちをぐるりと見渡した。
「あなたたち! ここをどこだと思ってるんですか。ここは戦場じゃありません、ご飯を食べる『道の駅』です!」
私の怒声に、屈強な男たちが一瞬ビクッと肩を揺らす。
「帝国の方、お腹が空いてるんですよね?」
「そ、それは……ゲロオムレツしか食ってなくて……」
「獣人の方も、せっかくの美味しいご飯の途中で武器なんか出したら、ご飯が冷めちゃいますよ!」
「うっ……し、しかし女将さん、こいつらは……」
「いいですか、私の店でドンパチやるなら、両方とも出禁です。ご飯は一生出しません!」
その言葉に、両軍の兵士が「それだけは勘弁してくれ!」というような絶望の顔をした。
「でも!」
私はニッコリと笑って、彼らに提案した。
「武器をしまって、そこの大きなテーブルに『相席』するなら……今日のメニュー、全員分『大盛り』にしてあげます。おまけの小鉢もつけちゃいます!」
「……大盛り」
「……おまけの小鉢」
帝国兵と獣人兵が、ゴクリと唾を飲み込む。
数秒の沈黙の後。
「……おい、銃を下ろせ」
「お、お前らも剣をしまえ。女将さんを怒らせるわけにはいかないからな」
チャキ、カシャン、と音を立てて、すべての武器が兵士たちの懐へと収まった。
そして彼らは、恐る恐る同じ大きなテーブルにつき、気まずそうに視線を逸らしながら「相席」を果たしたのである。
「よーし! それじゃあ、熱々の特製ご飯をお持ちしますからね!」
私は意気揚々と厨房へ戻った。
背後で、ヴィンセントが呆れたような、それでいて深い感嘆の溜め息をつくのが聞こえた。
「……驚きました。私の闘気よりも、あなたの『大盛り』という一言の方が、平和的で確実だ。あなたは、本当に底知れない女性だ」
「ふふっ。お腹が空いてる時に、ご飯の恨みは怖いですからね」
私が本日用意したメニューは『肉椎茸と米麦草の醤油草炊き込みご飯』だ。
タローマン製の巨大な魔導圧力釜の蓋を開けると、もうもうと立ち上る湯気と共に、醤油とキノコの焦げた極上の香りが厨房いっぱいに広がった。
『肉椎茸』は、肉のように分厚い食感と、キノコ特有の強烈な旨味(グアニル酸)を併せ持つ奇跡の食材だ。それを、出汁を吸ってふっくらと炊き上がった『米麦草』と混ぜ合わせる。
大きなお茶碗に山盛りにし、刻み海苔をパラリと散らして、彼らのテーブルへと運んだ。
「お待たせしました! 大盛りです!」
帝国兵の班長が、震える手で箸を持ち、炊き込みご飯を口に運んだ。
もきゅ、と肉椎茸の弾力を噛み締めた瞬間。
「――ッ!!」
班長の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「うっ、美味ぇ……! なんだこれ、肉なのかキノコなのか分からないけど、噛むほどに旨味が溢れてくる……! ご飯一粒一粒に醤油の甘辛い味が染み込んでて……俺、生きてて良かった……!!」
「うおおおんっ! 母ちゃーん! もう消しゴムみたいなオムレツ食わなくていいんだー!」
屈強な帝国兵たちが、男泣きしながらご飯を掻き込んでいく。
その凄まじい食べっぷりに、相席していた獣人兵たちも思わず毒気を抜かれたようだった。
「……おい、帝国兵。こっちの串焼きも食うか? 女将さんの串焼き、絶品だぞ」
獣人兵の隊長が、ふと自分の皿から三徳鳥の串焼きを差し出した。
「い、いいのか……? すまない、俺たちの国が、あんな不味いゲロオムレツを開発したばかりに……」
「気にするな。前線の兵士にメシの決定権はねえからな。食え食え、今日は休戦だ」
敵対しているはずの二つの国の兵士が、一つのテーブルで涙を流しながらご飯を分け合っている。
武器ではなく、「美味しいご飯」がもたらした奇跡の光景だった。
「はぁ〜……寿命縮むか思たけど、結果的に客単価上がっとるな。セリア、恐ろしい女将やで」
ニャングルが胸を撫で下ろしながら算盤を弾く。
「見事な采配でした、セリアさん」
ヴィンセントが私の隣に立ち、そっと私の肩を労うように叩いてくれた。
「あなたは、たった一杯の炊き込みご飯で、一つの戦地を平定してしまった。……やはり、私の主は最高だ」
彼が向ける金色の瞳には、もう完全に「惚れ直した」と言わんばかりの熱い色が宿っている。
「そんな大袈裟なことじゃありませんよ。私はただ、お腹を空かせた人にご飯を食べてもらいたかっただけですから」
私が照れ隠しに笑うと、帝国兵たちが空になった茶碗を高く突き上げた。
「女将さん! 俺たち、絶対にまた来ます! いや、もう帝国軍なんて辞めて、この村に移住したいっす!」
「ありがとうございます! いつでも来てくださいね!」
道の駅『ポポロ』は、国境を越え、種族を超え、ついに敵国である帝国兵にとっての「オアシス」となったのだ。
しかし、この「帝国兵のオアシス化」という事態は、帝都でふんぞり返っているザイード男爵の耳に届くのも時間の問題だった。
私の知らぬところで、不穏な影が道の駅へと迫りつつあった――。
第8話をお読みいただきありがとうございます!
ついに帝国兵がポポロ村の道の駅に到達しました!
敵同士である獣人兵と帝国兵が店内で鉢合わせるという一触即発の事態を、女将セリアが「店内で争うなら飯抜き!相席するなら大盛り!」という鶴の一声(と食欲)でねじ伏せました(笑)。
肉椎茸の炊き込みご飯で男泣きする帝国兵たち。美味しいご飯は、どんな武器よりも平和的で強力な外交カードですね。
ヴィンセントの好感度もさらに爆上がりしております!
しかし、帝国兵がポポロ村の常連になったことで、いよいよあの「ゲロオムレツ推進派」の元上司・ザイード男爵が動き出します……!
「相席大盛りは強すぎるw」「肉椎茸美味しそう!」「ヴィンセントの過保護モードすき」と思っていただけましたら、
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