スマートな用心棒とテーブルクロス、時々ジビエ肉
スマートな用心棒とテーブルクロス、時々ジビエ肉
「北の森から、魔獣の群れが接近しています」
ヴィンセントが静かにそう告げた瞬間、和やかだった道の駅『ポポロ』の空気が一変した。
テラスで帳簿をつけていたニャングルの猫耳が、ピンッ!と垂直に跳ね上がる。
「ア、アカン! 魔獣やと!? この新築の店がぶっ壊されたら、修繕費で大赤字や! キャルル、あんた村長やろ、早よ迎撃の準備せえ!」
「任せて! 私のアゴ砕き蹴りで、ミンチにしてあげる!」
キャルルが安全靴を鳴らして飛び出そうとするが、それをヴィンセントが手で制した。
「お待ちください、村長殿。あなたが全力で暴れれば、魔獣だけでなく広場の石畳まで粉砕してしまう。修繕費を気にするニャングル殿が泡を吹いて倒れますよ」
「う……た、確かに」
「それに、店の前を血の海にするわけにはいきません。セリアさんの美しい厨房が汚れるのは、私の本意ではないので」
ヴィンセントはそう言うと、厨房の戸棚から予備の『テーブルクロス』を一枚取り出した。
タローマン製の、純白で厚手な防汚加工済みの布だ。
「セリアさん。あなたはそのまま、安全な厨房で次の仕込みを続けていてください。……お客様の邪魔になる前に、外の『掃除』をしてまいります」
ヴィンセントは私に安心させるような微笑みを向けると、ふわりとテーブルクロスを片手に持ち、足音ひとつ立てずに店の外へと歩いていった。
「えっ、ヴィンセントさん!? 武器も持たずに布一枚で……!」
「アホや! いくらなんでも舐めプすぎるやろ!」
慌てて私とニャングルが窓から外を覗き込むと、森の奥から土煙を上げて接近してくる巨大な影が見えた。
「ブモォォォォォッ!!」
現れたのは、全身が岩のように硬い皮膚で覆われた巨大な猪の魔獣『クラッシュボア』の群れだった。
その数、ざっと十頭。鋭い牙には涎が垂れ、完全にハンバーグの匂いに理性を奪われている。あんな質量の塊に突進されれば、ログハウス風の店舗など一溜まりもない。
だが、ヴィンセントは群れの正面にただ一人、静かに立っていた。
「……腹を空かせているところ申し訳ないが、本日の営業は人間と獣人、魔族に限らせてもらっている。お引き取り願おうか」
もちろん、理性を失った魔獣が言葉を解するはずもない。
先頭の最も巨大なクラッシュボアが、ヴィンセント目掛けて猛烈な突進を仕掛けた。
「危ないっ!」
私が叫んだ瞬間。
ヴィンセントの金色の瞳が、スッと冷たく細められた。
同時に、彼が右手に持っていた純白のテーブルクロスが、まるで生き物のようにフワリと宙を舞う。
「――『闘気布術・白波』」
バチンッ!!
空気を切り裂く凄まじい破裂音が響いた。
ヴィンセントの膨大な闘気を流し込まれたテーブルクロスは、鋼鉄のような硬度と、鞭のようなしなやかさを併せ持つ絶対的な武器へと変貌していた。
布の一閃が、突進してくるクラッシュボアの巨体をいとも容易く絡め取る。
ヴィンセントが手首を軽くスナップさせると、数トンの質量を持つ魔獣が、まるで羽毛のように宙に浮き上がり、そのまま地面へと叩きつけられた。
ズドォォォォンッ!!
「ブ、ブギィッ!?」
地響きと共にクラッシュボアが気絶する。血は一滴も流れていない。完璧な気絶攻撃だ。
「な、なんや今の……!? 布切れ一本で、巨体を投げ飛ばしよったで!?」
ニャングルが窓にへばりついて叫ぶ。
だが、ヴィンセントの動きは止まらない。
彼は軽やかなステップで次々と襲い掛かる魔獣の群れの間をすり抜けながら、テーブルクロスを優雅に翻す。
絡め取り、足を払い、時に急所を正確に突く。
その動きはまるで洗練された舞踏のようで、一切の無駄がない。純白の布が弧を描くたびに、強大な魔獣たちが次々と地面に沈んでいく。
しかも、彼は店の敷地内(テラスや石畳)には一歩も魔獣を踏み入らせていなかった。
「……凄い。あんなに強いのに、力任せじゃない。とても綺麗で、スマートな戦い方……」
私は窓越しに、ヴィンセントの圧倒的な背中に見惚れていた。
一切の血を流させず、周囲の被害もゼロ。彼が「掃除」と言った意味がよくわかる。
ものの三分後。
十頭のクラッシュボアは、すべて村の敷地の外で綺麗に整列するように倒れ伏していた。
「……ふむ。これだけいれば、当分の食材には困りませんね。鮮度が落ちる前に、血抜きと解体だけ済ませてしまいましょう」
ヴィンセントは独り言のように呟くと、倒れている魔獣の急所めがけて、指先に集中させた闘気を放ち始めた。
それは魔獣が苦しむ暇すら与えない、一瞬の絶命と完璧な放血処理だった。
数十分後。
勝手口の扉がトントンとノックされ、ヴィンセントが戻ってきた。
彼の執事服には、シワ一つ、血の跡一滴すら付いていない。
「お待たせいたしました、セリアさん。掃除は無事に完了しました」
「ヴィンセントさん、お怪我は!?」
「ええ、全く問題ありません。それよりも……」
ヴィンセントは勝手口の外に置かれた、タローマン製の巨大な保冷ボックスを指差した。
「上質なジビエ肉が手に入りましたよ。クラッシュボアの肉は少しクセがありますが、あなたの腕なら素晴らしい料理になるはずだ。すでに血抜きと、部位ごとのブロック解体は済ませておきました」
私が保冷ボックスの中を覗き込むと、そこには素人目に見ても完璧な断面で切り分けられた、美しい赤身肉がぎっしりと詰まっていた。
「わぁっ……凄い! 筋の処理も完璧で、これならすぐに煮込み料理に使えそうです! ヴィンセントさん、解体までできるんですか!?」
「ええ。野営の経験が長かったもので」
私が感嘆の声を上げていると、背後からニャングルがフラフラと歩いてきた。
彼は信じられないものを見るような目で、ヴィンセントと保冷ボックスを交互に指差す。
「お、お前……あの狂暴な魔獣の群れを布切れ一枚で無傷で制圧した上に、そのまま野外で精肉業者顔負けの解体ショーやったんか……? バケモンや……顔の良いバケモンが執事服着とる……」
ニャングルがドン引きしているのに対し、ヴィンセントは本気で不思議そうな顔をした。
「バケモンとは心外ですね。店の前を汚さないように捕獲し、鮮度を保つために即座に血を抜いただけです。料理の前準備としては、ごく普通の工程でしょう?」
「普通なワケあるかい!! お前の常識とワイらの常識は根本からズレとんねん!」
「そうでしょうか? セリアさんも喜んでくれていますが」
「セリアは料理の事しか見えてへんからや!」
ニャングルの鋭いツッコミに、私は思わず苦笑してしまった。
確かに、彼の武力と闘気は規格外すぎる。それを「普通の仕込み」だと思って平然とやってのけるところが、彼の少し天然なところなのかもしれない。
(でも……)
私は、純白のままのテーブルクロスを丁寧に折りたたむ彼の横顔を見つめた。
わざわざ外に出て、血を見せないように倒してくれたのも。
私を怖がらせないように、すべてを「掃除」と呼んで片付けてくれたのも。
全部、彼なりの不器用で、限りなく深い優しさなのだ。
「ヴィンセントさん」
「はい、何でしょう?」
「お肉、ありがとうございます。これを使って、今夜はヴィンセントさんが一番好きな料理を特別に作りますね。……お店を守ってくれて、本当にありがとう」
私が真っ直ぐに目を見てお礼を言うと、ヴィンセントは一瞬だけ目を丸くし、それから少し照れ隠しをするように目元を緩めた。
「……あなたにそう言っていただけるなら、魔獣の百や二百、いつでも捌いてみせますよ。今夜のまかないを、心から楽しみにしています」
彼が優雅に一礼した瞬間。
「ずるい! 私もお肉食べたい!」
「ワイもや! 経理頑張っとるんやから、ワイにも肉食わせえ!」
キャルルとニャングルが騒ぎ出し、洗い場からはリーザの「まかない! まかない!」という合唱が聞こえてきた。
「はいはい、みんなの分もちゃんと作りますからね!」
規格外の用心棒と、賑やかな仲間たち。
道の駅『ポポロ』の日常は、今日も平和に、そして美味しく過ぎていくのだった。
第6話をお読みいただきありがとうございます!
ヴィンセントの見せ場回!
武器を使わず、タローマンのテーブルクロス一枚で魔獣の群れを圧倒する狂犬執事。その上、血抜きと解体まで完璧にこなすという最強のオカン力(?)を発揮しました!
本人は至って真面目に「普通の仕込み(天然ボケ)」だと思っているあたりが、ニャングルのツッコミを誘発しますね(笑)。
ヒロインに血の匂いや怖い思いをさせない、ヴィンセントのスマートで重い愛が伝わっていれば嬉しいです!
「テーブルクロス無双かっこいい!」「ニャングルのツッコミ助かるw」「天然バケモン執事最高!」と思っていただけましたら、
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