裏取引される弁当と、おばちゃん配達網(オカン・デリバリー)の誕生
裏取引される弁当と、おばちゃん配達網の誕生
「……隊長。もう、限界です」
ルナミス帝国軍・最前線基地の塹壕。
青白い顔をした若い兵士が、胃袋を押さえながら地面にへたり込んでいた。
彼の足元には、ザイード次長が全軍に強要した新世代の兵站食『ゲロオムレツ』が転がっている。
「食え! 腹に何か入れなければ闘気が練れないぞ!」
「無理ですよ……! これ、一口かじっただけで靴下の腐ったような匂いが鼻に抜けるんです! 噛み切れないし、飲み込んだら胃の中で膨張して激痛が走って……さっき、第三小隊の連中も一斉に吐いてました」
隊長と呼ばれた男も、実は限界だった。
スライムの凝固剤で固められたこの黄色い塊は、物理的な攻撃を防ぐ土嚢の代わりにはなっても、決して人間の口に入れていいものではない。
「くそっ……! ザイードの野郎、前線の過酷さを知りもしないで、こんなゴミを送りつけてきやがって! これじゃあ、敵と戦う前に部隊が飢え死にするぞ!」
実際に、夜陰に乗じて部隊を抜け出す脱走兵が後を絶たない。
帝国軍の士気は、たった数日で完全に崩壊の危機に直面していた。
皮肉なことに、彼らを苦しめているのは敵の刃ではなく、自国の『不味すぎる飯』だったのである。
◇ ◇ ◇
一方その頃、道の駅『ポポロ』の広場には、今日もコテコテの関西弁と算盤を弾く小気味良い音が響き渡っていた。
「ガハハハッ! まいどありぃ! ほな、特製ハンバーグ弁当十個で銀貨十枚やな!」
猫耳商人のニャングルが、ホクホク顔で銀貨を回収している。
昨日のオープン以来、国境警備の獣人兵たちが口コミを広め、今日はさらに多くの獣人兵が店に押し寄せていたのだ。
「すまない、追加でもう五個頼めないか!? 部隊の奴らが『俺にも食わせろ』って暴動寸前なんだ! 昨日の夜なんて、この弁当一つが金貨一枚のレートで裏取引されてたんだぞ!」
「き、金貨一枚やと!? 原価の百倍やないか!」
獣人兵の悲痛な(?)訴えに、ニャングルの猫耳がピーンと立つ。
「セリア! このままやったら獣人軍の陣地で弁当戦争が起きてまうで! もっとガンガン作られへんのか!?」
「無理言わないでください。厨房のキャパシティには限界があります」
私はタローマン製の巨大なフライパンで、ロックバイソンの挽肉と賢者モードの『たまんネギ』をひたすら炒めながら答えた。
洗い場では、アイドル志望のリーザが「まかない! まかない!」と謎の歌を歌いながら猛烈な勢いで皿を洗ってくれているが、それでも人手が足りない。
「それに、彼らはお仕事中の国境警備隊です。毎日ここまで買いに来させるのは、彼らの本来の任務に支障が出ますよ」
私はフライパンをあおりながら、元・兵站局調理官としての思考を巡らせた。
「兵站の基本は『必要なものを、必要な時に、必要な場所へ届けること』です。お客様が来られないなら、こちらから届ければいい。定期的な配達ルートを構築しましょう」
私の提案に、ニャングルの商魂がバチィッ!と弾けた。
彼は煙管をふかしながら、ニヤリと悪代官のような笑みを浮かべる。
「……なるほどな。デリバリー・サービスっちゅうわけや。それならワイに任せとき!」
ニャングルはドンッと胸を叩いた。
「ポポロ村には、暇を持て余しとる力自慢のおばちゃん達がようけおる。彼女らをゴルド商会持ちで臨時雇用して、ロックバイソン便や魔導チャリを使った『配達部隊』を結成するんや! 名付けて『ポポロ・オカン・デリバリー』や!」
「おばちゃん達を配達員に……! 確かに、彼女たちなら村の地理にも詳しいし、ちょっとやそっとの荒くれ者でも口喧嘩で負けませんね!」
「せやろ? 注文の取りまとめと集金はワイが完璧にやったる。セリアはここで、質の高い弁当の大量生産に専念するんや!」
武力と経済に続き、ニャングルの手によって『物流』の壁すらもあっさりとクリアされてしまった。
これこそが適材適所。私は彼の優秀な頭脳に心の中で拍手を送った。
「……お見事な連携ですね」
店先の騒ぎが一段落した頃、外回りの見回りを終えたヴィンセントがテラスに戻ってきた。
彼は私の手から重いフライパンをスッと受け取り、代わりに冷たい陽薬草のお茶を手渡してくれる。
「ありがとうございます、ヴィンセントさん。国境の様子はどうでしたか?」
「ええ。少し風向きが変わりましたね」
ヴィンセントは風上――帝国軍の陣地がある方向へ視線を向け、スッと目を細めた。
「レオンハート獣人軍の陣地からは、活気に満ちた闘気と美味そうな匂いが立ち上っています。一方で、ルナミス帝国軍の陣地からは……絶望的な疲労と、酷い腐臭が漂ってくる」
「……ゲロオムレツのせいですね」
「はい。どうやら帝国軍は、自国の粗末な兵站によって自滅の道を歩んでいるようです。このままいけば、脱走兵が大量に出るのも時間の問題でしょう」
ヴィンセントの金色の瞳が、冷徹な分析官の光を帯びる。
「……セリアさん。あなたの作る料理は、ただ美味いだけではない。軍隊の士気を根本から操作し、戦局すら左右する『戦略兵器』になりつつあります」
そう言うと、彼は私を見つめ、フッと柔らかい笑みをこぼした。
「ですが、ご安心を。あなたがどれだけ巨大な影響力を持とうと、どれだけ敵のヘイトを買おうと……私は絶対に、あなたの厨房を守り抜きます」
彼の大人の余裕を感じさせる低い声が、私の耳元をくすぐる。
有能で、抜け目がなくて、でも私のことだけは絶対に傷つけないと誓ってくれる相棒。
その広くて頼もしい背中を見ていると、自然と胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……頼りにしていますよ、私の最強の用心棒さん」
「ええ。お任せください」
ヴィンセントが紳士的に一礼した、その時だった。
彼のピンと立った銀色の獣耳が、わずかにピクリと動いた。
「……どうやら、セリアさんの料理の『威力』が、少し遠くまで届きすぎたようですね」
ヴィンセントの声色から、ふっと優しさが消え、研ぎ澄まされた刃のような冷たさが混じる。
「北の森の奥から、複数の巨大な足音が近づいてきます。飢えた野犬……いや、魔獣の群れですね。ハンバーグの匂いに釣られたのでしょう」
「ま、魔獣!? どうしましょう、店を閉めた方が……!」
「その必要はありません。あなたはそのまま、次の仕込みを続けていてください」
ヴィンセントは自分の首元に巻かれた、上質なシルクのネクタイにスッと指をかけた。
「お客様の邪魔になる前に……少し、外の『掃除』をしてまいります」
一切の武器を持たないはずの彼から、底知れない圧倒的な闘気が静かに立ち上る。
それは、道の駅『ポポロ』を狙う者に対する、狂犬執事の容赦ないおもてなしの始まりだった。
第5話をお読みいただきありがとうございます!
帝国軍がゲロオムレツの悪臭と不味さで自滅していく中、ポポロ村ではニャングルの機転により『おばちゃん配達網』が誕生しました!
これで獣人軍への安定したお弁当供給ルートが完成。まさに飯テロによる経済・軍事支配の始まりです(笑)。
そして、ヴィンセントのスマートな分析と甘い誓いの直後……匂いに釣られて魔獣の群れがやってきてしまいました!
武器を持たない彼が、一体どうやって魔獣を退治するのでしょうか!?
「ゲロオムレツの自爆っぷりが最高!」「オカン・デリバリー強そう!」「ヴィンセントかっこいい!」と思っていただけましたら、
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