たまんネギの賢者モードと、初のお客様
たまんネギの賢者モードと、初のお客様
プレオープンから一夜明け、道の駅『ポポロ』は本格的な営業初日を迎えていた。
「さぁて、今日の目玉商品は何にしましょうか」
厨房で腕まくりをする私の前に、村長であるキャルルが「今日はこれだよ!」とドサッと麻袋を置いた。
袋の中から転がり出てきたのは、丸々とした立派なタマネギ……のような顔をした植物だった。
しかもそのタマネギ、器用に短い手足を伸ばし、ルナミス新聞社が発行しているちょっとセクシーなグラビア雑誌(エロ本)を熟読しているではないか。
『たまんねーなオイ! このページのお姉ちゃん、ゲヘヘヘッ!』
タマネギがオヤジくさい笑い声を上げている。
「…………キャルルさん、これは?」
「ポポロ村名物『たまんネギ』だよ! エロ本を読ませると極限まで甘みが増す変態植物さ!」
「アホか! 飲食店の厨房にそんな不衛生なモン持ち込むなや!」
朝から帳簿をつけていたニャングルが、ドン引きしてツッコミを入れる。
だが、私は元特級調理官だ。この程度のトンチキ食材で動揺してはいられない。
「なるほど、欲求が高まっている状態ですね。……では、これをこうして」
私はたまんネギの小さな手から、スッとエロ本を取り上げた。
『ああっ!? 俺のオアシスが!!』
「はい、没収です」
私が容赦無くエロ本をゴミ箱に捨てると、たまんネギは数秒間ワナワナと震えた後――スゥン、と表情を無にした。
『……あぁ、すべての煩悩が消え去りました。世の事象はすべて空。我が身の繊維を極限まで弛緩させますゆえ、どうぞ煮るなり焼くなり、お好きになさいませ……』
「おぉっ、すごい! 完全に賢者モードに入って、繊維が信じられないくらい柔らかくなりましたよ!」
「なんで喜んどるねんこの女将は!?」
ニャングルのツッコミを背中で受け流しつつ、私は素早くたまんネギをみじん切りにしていく。
今日のメイン食材は、昨日ヴィンセントがテーブルクロスで仕留めてくれた『ロックバイソン』の挽肉だ。
ロックバイソンの肉は旨味が強いが、筋張って硬いのが難点。しかし、この極限まで弛緩した『賢者モードのたまんネギ』をたっぷり練り込めば、肉の硬さを相殺できる。
魔導コンロに火を入れ、熱した鉄板に成形したハンバーグのタネを並べる。
ジューッ!という小気味良い音と共に、バイソンの野性味あふれる脂の香りと、たまんネギの極上の甘い匂いが広場中に弾けた。
「ソースは『ソーリーフ(ソースの味がする葉)』をベースに、醤油草とハニーかぼちゃの蜜で作った特製デミグラス風ソースです!」
焼き上がった分厚いハンバーグに、とろみのある漆黒のソースをたっぷりと絡める。
それをご飯(米麦草)の上にドカンと乗せれば、『ポポロ特製・賢者ハンバーグ弁当』の完成だ。
「原価計算……よし。このボリュームで銀貨1枚やったら、爆益やでセリア!」
ニャングルが算盤を弾いて目を輝かせる。
「あとは、お客様が来てくれればいいんですけど」
私が店先を覗き込むと、エプロン姿のリーザが「お弁当いかがですかー!」と声を張っているが、そもそも人通りが少ない。
すると、ヴィンセントがふと風の匂いを嗅ぎ、静かに目を細めた。
「……セリアさん。北西の国境方面から、レオンハート獣人王国の国境警備隊の小隊(約10名)がこちらへ向かってきています。夜通しの警備明けで、ひどく腹を空かせているようですね」
「えっ、匂いと足音だけでそこまで分かるんですか?」
「ええ。獣人は嗅覚が鋭い。リーザの呼び込みより、もっと『直接的』なアプローチをしましょう」
ヴィンセントは厨房から特大のウチワ(タローマン製)を持ち出すと、店の外に立ち、ハンバーグとソースの匂いが立ち込める煙を、風に乗せて北西の方向へパタパタと扇ぎ始めた。
ただ扇いでいるのではない。彼の卓越した闘気コントロールによって、匂いの粒子が一直線に警備隊の鼻先へと誘導されていく。
(わぁ……無駄な声出しはせず、相手の『嗅覚』を直接狙い撃ちにするなんて。すごく合理的で抜け目ない……!)
彼の大人のマリーシア(したたかさ)に、私は思わず感心してしまった。
数分後。
「ハッ、ハッ、ハッ……!!」
舌を出してヨダレを垂らした犬耳や狼耳の獣人兵たちが、フラフラと匂いに釣られて広場に吸い込まれてきた。
「な、なんだこの狂暴力的な匂いは……!?」
「腹が減りすぎて幻覚を見ているのか……?」
戸惑う彼らの前に、ヴィンセントが完璧な執事の礼をとって進み出た。
「幻覚ではありませんよ、国境警備隊の皆様。夜通しの任務、お疲れ様でした。ここは道の駅『ポポロ』。美味くて温かい『特製ハンバーグ弁当』が、今まさに焼き上がったところです」
「ヴィンセント特務大佐!? な、なぜ貴方様がこのような辺境でエプロンを……!?」
「私はただの用心棒です。さあ、テラス席へどうぞ」
ヴィンセントの有無を言わせないエスコートにより、獣人兵たちは吸い寄せられるように席へついた。
私はすかさず、熱々のハンバーグ弁当を彼らの前に提供する。
「いただきます……ッ!!」
隊長らしき犬耳の青年が、ハンバーグにかぶりついた。
その瞬間、彼の耳がピンッと空を突き刺した。
「う、美味ぇぇぇぇッ!!」
隊長は涙をボロボロと流しながら叫んだ。
「なんだこの肉は!? ロックバイソン特有の臭みが全くない! それどころか、口の中でホロホロと崩れるほど柔らかい! 濃厚なソースの旨味と肉汁が、米に染み込んで……たまらん、止まらんぞ!」
「美味い! 美味すぎる! 俺たち、昨日までカチカチの干し肉かじって警備してたのに!」
獣人兵たちは無我夢中で弁当を掻き込み、あっという間に空にしてしまった。
「女将さん! これ、持って帰る用にあと3つ……いや、部隊の奴らの分も合わせて20個頼む! 銀貨ならいくらでもある!」
「ワイの分も頼むで!」
「あ、ありがとうございます! すぐにご用意しますね!」
予想以上の爆買いに、ニャングルの算盤が火を吹くような勢いで弾かれ始めた。
「ガハハハ! まいどありぃ! ヴィンセント、あんたの集客能力ハンパないな!」
「私はただ、風向きを少し変えただけですよ。彼らの胃袋を掴んだのは、セリアさんの腕です」
ヴィンセントは涼しい顔でウチワを片付けながら、私に優しく微笑みかけた。
「見事ですね、セリアさん。これで彼らは、この店の虜だ。最初の『太客』を獲得しましたよ」
「はいっ。食べてくれる人が笑顔になるのは、やっぱり嬉しいです」
獣人兵たちは両手いっぱいに弁当を抱え、「ここは俺たちのオアシスだ!」「明日も絶対来るからな!」と尻尾を千切れんばかりに振って帰っていった。
この日、道の駅『ポポロ』の特製弁当の噂は、レオンハート獣人王国の警備隊の中で爆発的に広まることとなる。
そしてその噂は、やがて敵国であるルナミス帝国軍の耳にも届くことになるのだが……それはまだ、少し先のお話である。
第4話をお読みいただきありがとうございます!
エロ本を読んでいた「たまんネギ」が賢者モードになり、極上のハンバーグ弁当が完成しました!(笑)
ヴィンセントの闘気を使った「匂いの直接誘導」というスマートな集客により、見事に獣人警備隊の胃袋を掴み、初の大口顧客を獲得です!
ニャングルの算盤も絶好調ですね!
この「ポポロ弁当」の存在は、ゲロオムレツで苦しむ帝国軍にどのような影響を与えるのでしょうか……?
「たまんネギの賢者モード、笑った!」「ヴィンセントの集客が有能すぎる!」「ハンバーグ美味しそう!」と思っていただけましたら、
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