大人のマリーシアと、完璧な罠(害虫駆除は静かに、法的に)
大人のマリーシアと、完璧な罠(害虫駆除は静かに、法的に)
深夜のポポロ村。
厚い雲が月を隠し、闇に包まれた道の駅『ポポロ』の周囲に、黒い外套を着た数十人の影が音もなく群がっていた。
ルナミスの裏社会で悪名を轟かせる傭兵崩れ、『黒蠍団』の面々である。
「……静かなもんだ。辺境の飯屋と聞いていたが、立派な構えをしてやがる」
頭目の男が、暗闇の中で残忍な笑みを浮かべた。
「いいか、野郎ども。狙うは女将のセリアただ一人だ。他の居候や用心棒が出張ってきたら、容赦なく斬り捨てろ。店は適当にぶっ壊して構わねぇが、火は放つなよ。レシピが燃えちまったらザイードの旦那から金がもらえなくなるからな」
下っ端たちが、下劣な笑い声を殺しながら頷く。
彼らは裏口と正面に分かれ、武器を構えながら店舗のテラスへと足を踏み入れた。
その、瞬間だった。
「――月影流、鐘打ちッ!!」
上空から降ってきた小さな影が、先頭を歩いていた男の顎に、重い一撃を叩き込んだ。
ゴワシャッ!という鈍い音と共に、大柄な男の体が宙を舞い、そのままテラスの外の土の上へと綺麗に落下して白目を剥く。
「な、なんだ!?」
「こんばんは、不法侵入者さんたち。深夜の営業はしてないんだけど!」
テラスの屋根から軽やかに飛び降りたのは、月兎族の村長・キャルルだった。
彼女はタローマン製の特注安全靴を鳴らし、暗闇の中で目を爛々と輝かせている。
「チッ、ただのウサギの小娘じゃねえか! やっちまえ!」
頭目の号令で、十人近い男たちが一斉にキャルルに斬りかかる。
「村長殿、店の備品とガラスは絶対に割らないように。セリアさんが悲しみますからね」
暗闇の奥――テラスの死角に置かれたイスから、極めて冷静で落ち着き払ったヴィンセントの声が響いた。
その声には、目の前の暴漢たちに対する緊張感が一切含まれていない。
「わかってるってば! アゴだけ砕いて、外に並べればいいんでしょ!」
キャルルがクラウチングスタートの姿勢から、100m5秒台という圧倒的なスピードで地を蹴った。
男たちの剣が空を切り、その直後には、安全靴による無慈悲な回し蹴りが次々と彼らの顎や鳩尾に炸裂する。
「がはっ!?」
「ぐべぇっ!」
キャルルはヴィンセントの指示通り、店の備品には一切触れず、男たちを的確に『テラスの外の土の上』へと蹴り飛ばし、綺麗に折り重なるように積み上げていった。
「ば、馬鹿な……!? 俺たちの精鋭が、たった一人の小娘に……!」
頭目の男が、ガチガチと歯を鳴らして後ずさる。
(ここは不味い……! 一旦退いて、態勢を立て直す!)
彼は懐から煙玉を取り出そうと、背を向けて森へ逃げ出そうとした。
「……おや。お客様、お帰りの際はお忘れ物のないように」
振り返った頭目の目の前に、いつの間にか銀髪の長身――ヴィンセントが立っていた。
一切の足音も、気配もなかった。まるで最初からそこに空間として存在していたかのように、自然に立ち塞がったのだ。
「ヒッ……!? ど、どけぇっ!」
頭目はパニックに陥り、猛毒を塗った短剣を抜き放ち、ヴィンセントの心臓めがけてヤケクソの突きを放った。
ヴィンセントは表情一つ変えず、スッと自分の首元に手をやった。
彼が身につけている、上質な紺色のシルクネクタイ。それを片手で引き抜き、闘気を流し込む。
「――闘気布術・黒蛇」
シュルンッ!と、ネクタイがまるで意思を持った蛇のように空を舞った。
それは頭目の突き出した短剣の刃に巻き付いたかと思うと、バキンッ!と鋼鉄の刃を飴細工のように粉砕。
そのままの勢いで頭目の手首から両腕、そして胴体へと凄まじい速度で巻き付き、男を完全に拘束してしまった。
「ぐ、ぎぎぎっ……! な、なんだこの布は!? 外れねぇっ……!」
「無駄な抵抗はおやめなさい。闘気で硬化したシルクの繊維は鋼より鋭い。もがけばもがくほど、あなたの頸動脈を切り裂くことになりますよ」
ヴィンセントの冷たく、絶対的な零度の声が、頭目の耳元で囁かれた。
頭目はその圧倒的な実力差と死の恐怖に、完全に心をへし折られ、膝から崩れ落ちた。
「よっしゃ、害虫駆除(物理)は終わったみたいやな」
ガチャリ、とテラスの魔導ランタンに明かりが灯った。
そこに現れたのは、コテコテの着物を着て煙管を吹かす猫耳の商人、ニャングルである。
彼は用意していたテーブルにどっかりと座り、机の上に『魔導通信石(録音機能付き)』と、分厚い羊皮紙の書類を並べた。
「さて、黒蠍団の頭目サン。ここからはワイの仕事、つまり『大人の交渉』の時間や」
ニャングルがニヤリと悪魔のような笑みを浮かべる。
「な、なんだお前は……! 俺たちをどうする気だ!」
「どうもこうもあらへん。建造物侵入、強盗未遂、威力業務妨害。ゴルド商会の顧問弁護士立ててキッチリ訴えさせてもらう。賠償金はざっと金貨五百枚ってとこやな」
「ご、五百枚!? 払えるわけねえだろ!」
「払えんのやったら、シーラン海の『マグローザ漁船』に乗せて借金返済ツアー(ドナドナ)や。あそこの船内通貨はK、ケツフキのKやで。一生チンチロリンしながら海の上や」
ニャングルの非情な宣告に、頭目の顔面が恐怖で蒼白になる。
マグローザ漁船といえば、一度乗ったら二度と生きて帰れないと言われる伝説の闇労働船だ。
「ま、待ってくれ! 俺たちはただ雇われただけだ! 依頼主がいるんだよ!」
「ほう? 依頼主がおるなら話は別や。そいつの情報をゲロって、証拠の品を提出するなら、特別に見逃したってもええで?」
ニャングルがカマをかけると、頭目は震える手で懐から一枚の密書を取り出した。
ヴィンセントがそれを検め、ニャングルへと渡す。
「……なるほど。ルナミス帝国軍需省の紋章と、ザイード男爵の署名入り前払い金証明書ですか。裏仕事の証拠に自分の印を残すとは、あの男も随分と愚かな官僚だ」
ヴィンセントが密書を見て、冷ややかに鼻で笑う。
「ガハハハ! こりゃ完璧な『外交カード』の出来上がりや! これがあれば、帝国軍の上層部を直接脅して、ザイードを社会的に抹殺できるで!」
ニャングルはホクホク顔で密書と魔導通信石の録音データを回収した。
「ヴィンセント、こいつら(黒蠍団)はどうする?」
「ちょうどいい。獣人王国の国境警備隊に引き渡しましょう。彼らはルナミスのお尋ね者を捕まえた功績になりますし、私たちは掃除の手間が省ける。彼らのお弁当のツケと相殺すれば、実質タダです」
「エグいな、お前! ワイよりよっぽど商売人やんけ!」
ヴィンセントはクスリと笑い、シルクのネクタイを回収して首元に結び直した。
一切の血を流さず、店の備品にも傷一つつけず、敵の黒幕の不正証拠まで完璧に押さえる。
武力と、法務・経済が噛み合った、あまりにも完璧で無慈悲な迎撃だった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
私が気持ちよく目を覚まして一階の店舗に降りていくと、すでに店内はピカピカに磨き上げられ、爽やかな朝の空気に包まれていた。
「おはようございます、ヴィンセントさん」
「おはようございます、セリアさん。よく眠れましたか?」
エプロン姿のヴィンセントが、すでに厨房で温かいハーブティーを淹れて待っていてくれた。
いつもと変わらない、穏やかで優しい彼の笑顔。
昨夜、誰かがやってくるかもしれないと言っていたけれど、外を見ても一切の争いの跡はない。
「あの、昨日の夜は……何もなかったんですか?」
私が不思議に思って尋ねると、ヴィンセントはハーブティーのカップを私の前に置き、フッと少しだけ目を細めて微笑んだ。
「ええ。ほんの少し、羽虫が飛んできたので『害虫駆除』をしただけですよ。おかげで、これからの商売がうんと楽になる“お土産”まで手に入りました」
「お土産……ですか?」
「後でニャングル殿から報告があるでしょう。さあ、まずは温かいお茶で目を覚ましてください。今日も、あなたの素晴らしい料理を待っているお客様がたくさんいますからね」
彼の深く落ち着いた声と、完璧なエスコートに、私はホッと胸を撫で下ろした。
(ヴィンセントさんがいれば、どんなことがあっても安心ね)
彼らが裏でどのような「大人のマリーシア(したたかさ)」を発揮したのか、この時の私は知る由もなかった。
だが、この日の朝を境に、私を追放したザイード男爵の運命は、完全に終わりのカウントダウンを始めることとなるのだった。
第10話をお読みいただきありがとうございます!
ついに黒蠍団が襲来しましたが、キャルルとヴィンセントの圧倒的な武力(完全な舐めプ)の前に一瞬で鎮圧されました。
さらにニャングルのブラックな法務・経済コンボ(マグローザ漁船行き)により、あっさりとザイードの不正の証拠をゲット!
大人のしたたかさが全開の、完璧な防衛戦でしたね。
そしてセリアは何も知らず、ただぐっすり眠って清々しい朝を迎えるという……。
ヒロインの平和な日常を絶対に守り抜くヴィンセントの過保護っぷり、いかがでしたでしょうか?
次回、いよいよ三国全てのVIPが道の駅にやってきます!
「ヴィンセントのネクタイ剣かっこいい!」「ニャングルの脅しがえげつないw」「セリアの平和な朝にほっこり」と思っていただけましたら、
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