第6話 リーグレット8年ぶりの学園
王立イーリス学園。
イーリス王国には学舎が数多くあるがここ程名門校は存在しないだろう。
貴族社会、世界情勢、魔法に武術。ありとあらゆる技能をこの場所で身につける事が出来るので、卒業生は優秀な官僚やら王国軍の士官など名を馳せるものを多く排出されている。
入学もかなり難しいのだが、この学校の真に恐ろしいところは、ハイレベルな講義に着いて行けず単位不足による卒業が最も困難な点だというところだろう。
「そんな学校を8年も欠席したんですけどお嬢様? 着いて行けるのですか?」
「だ、大丈夫だよ……たぶん」
そんな学校の校舎を歩いていると隣のバレンタインが不安げに聞いてきた。
そう思う点も一理はある。
なにせ1日でも欠席すれば、次来た時にはもはや別次元の学習が待っているのがこの学園だ。
それを8年も、常人であれば泣いて自主退学を選ぶほどの差が生まれている事だろう。
だけどリーグレットはそんな事些細な問題であった。
屋敷に篭っている間に学生で身につける知識は全て身につけ終えた。
ただ不安があるとすれば実技系だろう。
虚弱体質故、剣術などの体を使う講義は正直ついていける気がしないのだが……。
(最悪、あの魔法を使えば良いよね)
とあまり使いたくない魔法を頭に思い浮かべていた。
「そんな次の授業ですが魔法基礎講座ですよ? 大丈夫ですか?」
「そ、そうなの?」
それはかなり困る。
なにせリーグレットは魔法を使えない。
魔力が無いわけではない。人並み以上の魔力は備わっている。これは天賦の才だ。
だが悲しいことにリーグレットは魔力回路が破綻してしまっている。
魔力回路――体の内に眠る魔力を各属性に変換して外へ放出する機能だ。
医者が言うにはこの溢れんばかりの魔力が魔力回路を焼き切ったとかなんとか。
治療は不可、回復魔法も受け付けないという。
詰みの状態という訳だ。
(講座だから実技はないだろうけど……もしもがあるからなぁ)
「じゃあ行ってくるね」
「お気をつけて……」
教室に入る時は従者とは離れなければならない。
なに分この学校の教育は機密なものが多いのだ。
いかに身内とは言えど、学生証がない者は教室に入ること自体許されないらしい。
そう……この中に居る生徒は皆が超人的な知識、武力を備えた天才たち。それも努力が出来る天才たちの集まりだ。
そんな教室の扉をガラリとリーグレットは開くと、一斉に皆がリーグレットに目を向けた。
学友と話し込んでいた人、授業の予習と教科書に目を向ける人、汗を垂らしながらこの授業について行けるか不安を抱えた人まで、全員がリーグレットを見てきたのだ。
「ねえあれって……」
「誰だ? 見たことあるやついるか?」
「さあ? 転校生じゃない? もしくは留学生とか」
「どっちでもいいわ。どうせ途中から来た子なんて講義についていけなくてすぐに去る事になるんだから」
そんな言葉の後にクスクスと聞こえる冷笑、いや嘲笑か。
皆がリーグレットの事を愚鈍な娘だと見ているようだ。
だがそれも仕方のない事だ。
リーグレットは久々の同年代の人を目の当たりにして正直それどころではなかった。
こわい……こわいのだ。
初めから失望されて、放置されるのであればまだ良い。
だが、虐められたり、笑いものにされたり、裏切られたりするのだけは嫌だった。
そんなプレッシャーを堪えつつリーグレットは空いてる席へと足を運ぶ。
因みに講義は各学年別で決められている。
普通の学校であれば各自が受けたい授業を選択するカリキュラム方式なのだが、この学園は言わば高官を産む為の学舎だ。
選択の余地などない。目指すは完璧。完全無欠の貴族なのだから全ての単位を取得するのは必然である。
席に着くと隣に座っていた学生がリーグレットから距離をとって反対側に詰めていく。
リーグレットの学校デビューは順風満帆とはいかないようだ。むしろ逆風だと言えるだろう、これから受ける授業的にも。
そんな事を考えながら頬杖を付いているとガラガラと教室の扉が開いた。
入ってきたのは厳しい初老の男、まあ見た瞬間に分かる。教師だ。
どうやら彼が魔法基礎学の教師なようだ。
「みんな席に着いているな。おっ。今回はアイアンガルド嬢も参加か……」
こちらを見てきたその教師に軽く会釈をして返す。
教師は彼女の正体を知らないはずだ。そんな彼がリーグレットを元から存在していたように呼んだ。
学園長側からなにか説明があったのだろう。
「では教科書561ページを開きたまえ。昨日の続きから行くぞ」
早速始まった。
リーグレットにとって復学初日だと言うのにお構いなしに昨日の話の続きときた。
これがこの学校で休む事は地獄と言われる点だろう。
体調管理と精神ケアは基礎中の基礎と言わんばかりのシステム。
大人になれば病気で休んでいる暇もないから仕方のないことだろう。
「ではここにある公式。複合魔法について……アイアンガルド嬢、幾つか例を挙げてもらおうか」
先生も人が悪い。
復学して知りもしないはずのリーグレットに試練を与えてきた。
だがこれは恐らく彼女をいじめる為のものではなく試されているのだろう。
それか思い知らせる為か。
リーグレットは席を立ち自身の記憶にある知識を披露する事にした。
「はい。複合魔法の例ですね。まずは炎と闇魔法を組み合わせた暗黒魔法。死霊術や暗殺術に用いられる魔法。それと水と風魔法の複合は氷結魔法です。先生は幾つかと言いましたが、複合魔法に数の限りはありませんよね? 組み合わせは無限、属性の配分、魔力量、指向性によってなんでも作り上げる事ができる。故にここで全部を答えている時間などありませんが……続けますか?」
「いや結構。なるほど、君は自宅でもかなりの学習を積んできたようだ。これで私の憂いは断ち切れたよ」
どうやら質問は終わりのようだ。リーグレットはホッと息を吐いて教科書に目を向ける。
そこに書かれていることはすでに頭の中に入っている。
魔法が使えないリーグレットにとっての魔法とは夢のような存在だ。
幼い頃から魔法書に目を通してきたから知識だけは無駄に備わっているという訳だ。
「調子に乗りやがって」
「あれぐらいなら私でも答えられるわ」
「見ろよあの勝ち誇ったような顔」
「大丈夫。この先あの子は必ず絶望するはずだから」
そんな声がリーグレットの耳に入ってくる。
みんな彼女の失敗を期待しているようでリーグレットは胸が締め付けられる。
そんな状態のまま講義は進んでいく。




