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第36話 リーグレットとあの男

 確証はない、だがリーグレットにはサリュースの今置かれている状況を打開する考えが一つだけあった。

 だから彼女は近くにいるはずであろうあの男の元へと向かう。

 彼は予想通りすぐそばに居た。

 リーグレットとサリュースが見える廊下の曲がり角に。


 何故気づけたかというと答えはゴレムリンを通した魔力感知と、今までの違和感。

 いつも彼はタイミングが良すぎる現れ方をしていた。

 

 偶然によるものとばかり思っていたリーグレットだったが、それが疑問に変わったのは間違いなく、女学生にいじめを受けた時だろう。

 そんなリーグレットは廊下の角を曲がると――


「やあリーグレットさん。偶然だね」


 彼――そこに居たのはバルトレーンだ。

 さも偶然出会したように挨拶をしてくるがリーグレットはサリュースと話す前からゴレムリンを通して周りの魔力を感知していた。

 

 この男はずっと側に居たのだ。

 校内でも、外でも……ひいてはリリベルタの屋敷でも。

 彼は見ていたのだ。

(バルトレーンさんは私が鋼鉄の魔導師だってもう知ってる……。アクラディーテ様と戦ったあの場を見ていたはずだから)

 

 彼はリーグレットに気づかれないように常に魔力を極力消して隠れていた。

 だから彼女は一切の油断せずにバルトレーンと向き合う。


「偶然……違いますよね? あなたはずっと私の後を追いかけてたのはもう気づいてますよ」

「おっと……気づかれちゃったか……」

「帝国の留学生がただの生徒である私を追いかける理由はそう多くないでしょう……あなたは私の正体を知っていますね?」


 今にして思えば彼の発言の節々に違和感があった。

(まるで私――マキア・リスタルテという人間を知り尽くしたような物言いからして間違いなく正体に気付いている)

 ぱちぱちぱちとバルトレーンは手を叩いた。まるで正解者を讃えるかのように。

 

「すごいよ。さすが鋼鉄の魔導師マキア・リスタルテだ」

「やっぱり……あなたは最初から私が魔導師だと気付いていたから接触してきたということでしょうか」

「そう! じゃないとただの生徒であるはずの君に話しかけたりなんてしないよ〜」


 ただの生徒なら話しかけたりしない……そう言った彼にリーグレットは少し恐怖を感じ始めた。

 

「あなたは……なぜ私に接触したんですか? どこで正体を? 私が魔導師だという公開された情報は名前だけのはず……」

「まあそれは我が国の情報部の優秀さあってのことだよね。でも君に近づいたことに国は関係ない。ほんとだよ?」


 信じてと言わんばかりにバルトレーンが言ってきたが、それを易々と受け入れるはずもなくリーグレットは少し距離を置いた。


「あー。これは嫌われちゃったかな……」

「あたりまえですよ。どこの世の中につけ回されてプライバシーを覗き込む男の人を好きになれるんです?」

「それもそうだ」

「で、本当の目的は? 私に何をさせるつもりなんですか?」


 魔導師に近づく人間の考えることなどそう多くはない。

 その殆どは魔導師の力を借り受けたい、もしくは国に招きたいかだ。

 

 そして彼は帝国の留学生。

 まず間違いなくリーグレットの身柄を帝国へ目ねこうとする算段なはず。

 そうリーグレットは考えたが……帰ってきたのは予想にもしない答えだった。


「好きなんだ」

「へ? ……えっ、えぇ!!?」

「僕は君という人間の話を聞いた時に憧れてしまったんだ! だってそうだろ? ほぼ同い歳の女の子が。魔力も持たないハンデを背負いながらも、魔導師に昇り詰めたんだからね」

「あ、あう、あぅ……」


 過呼吸を起こした犬のような声しか出せないリーグレットの手をバルトレーンが掴み上げ目を輝かせながらリーグレットの目に合わせてくる。

 その瞳の輝きときたらまるで憧れを前にした子供のようだ。


「好きです。ずっと会いたかった。会って話してみたかった。そして少しだけ話して確信したんだ。僕はこの人と結ばれたいとね」

「そ、そんにゃ……わたしはまだあなたの事……」

「僕のことなんか知らなくていいよ! これから知ってもらえたら嬉しいけどね!」


 言葉を返す暇を与えてくれない。

 しかもやっと出せた言葉に対して彼は先読みしたかのように即答で答えを返してくるものだからリーグレットの頭は混乱する一方だ。

 

 混乱……それと照れか。

 彼女はこれまで恋愛なんて自分に縁のないものだと思い込んでいた。

 

 いたにも関わら、今こうして熱烈な言葉を向けられて胸がドギマギしているのだ。

 だがしかし! と彼女は顔を振るう。

 今はそんな話よりもサリュースについてだ。

 真っ赤な顔を両手で叩いて意識を取り戻す。

 

「あ、あの!」

「ん? なんだい?」

「お、おお、お願いがあるんですが!」

「うん良いよ。なんでも聞いてあげる。大好きな君のお願いなんだからね」

「ひゃぅ……」


(お、押されちゃダメ……ちゃんと言わなきゃ。気をしっかり持って私!)


「サ、サリュースさんを帝国へ留学させていただけませんか!」

「サリュースさんをかい? それまたどうして」


 知っているはずなのに聞いてくるあたり彼は意地悪だ。

 だが、この場で頼れるのは彼だけだとリーグレットも考えているので、煩わしいが答えてやる。


「彼女……この学園で居場所がないんです。みんなから見放されて……でも彼女は魔法が好きで……もっと輝く力があるはずなんです! だから――」

「だから彼女が最も輝ける場所へ移してあげたいってことかな?」


 そうだ、とリーグレットは頷く。

 バルトレーンはニヤリと笑い「なら」と口を開く。


「良いけど条件がある」

「条件……ですか……」


 予想していたことだ。自分にできることならなんでもするつもりだ。

 ただ……ただ。恋愛関係のお願いとなると少し怖い面もある。

 

 リーグレットはそこのところ純情な乙女なのだ。

 屋敷で大事に父から育てられてきた箱入り娘なのだ。

 そんな彼女は身構えつつバルトレーンの次の言葉を待つ。


「そっ。条件……それはね〜」


 ごくり……勿体ぶったように言葉を焦らすバルトレーンの口を直視するリーグレット、その顔は真剣そのものだ。


「君も帝国の学校に留学すること! これが条件だよ!」

「え……それだけ?」


 リーグレットは呆気に取られてしまった。

 

「うん、それだけ。なにか不思議かい?」

「え、だってあなたは私のことが……す、すすす、す、好きで! お嫁さんにしたいとか……そんな事を言われるとばかり……」

「はっはっは。正直いえば今すぐにでも君を貰いたいところだけど、さっきも言ったでしょ? 僕のことをこれから知ってもらいたいって。だから帝国で一緒に学校に通おう! それが条件……それ以外はお断りだ」


 その条件なら――

 リーグレットは迷わずに答えを返した。


「受けます! 帝国の学校に私留学します。だからサリュースさんも――」


 バルトレーンはニヤリと微笑む。


「もちろんさ。おいで帝国に。君とサリュースさんが最も輝くことができる帝立魔導機関――オクレンブルグへ」

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