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第35話 今度こそ友達になりましょう

 全てが終わった頃の話だ。

 リリベルタの屋敷には立ち入り禁止の封鎖が敷かれ、王国軍と王立イーリス学園の警備隊が家宅捜査に踏み切り始めていた。


 グラハム達はすでに目を覚まして、目の前で繰り広げられている光景に唖然としていた。

 それもそうだろう。

 

 自分たちが火事で意識を失っていて、目覚めたら全て事件は解決していたのだから……。

 だがこの中で1人、アナンタだけは事件を解決した人物に目を向けていた。


 そんな彼女の視線に気付きつつ、リーグレットは顔を逸らすと、偶然軍に連行されるアクラディーテと老執事……たしかアングリーだったか。

 2人が目の前で歩かされていた。


 アクラディーテがリーグレットに一瞥するも、彼女の瞳に抵抗の意思はなく、ただ無気力な目をしていた。

 なにせ下に見ていた魔導師が遥か高みにいたのだから……。


「お母様……」


 そんな連行されるアクラディーテを見たサリュースが神妙な面持ちで呼んでいた。

 だがアクラディーテはそんな彼女に目もくれない。


「お母様……すみません……私が無能なばかりに」

「ええ……本当にそう……でも、仮にお前がことを成したとしても私が魔導師になれる可能性は皆無だと思い知らされたわ……。失望したかしら? 私、負けたのよ? 魔導師に……それも最弱と呼ばれる鋼鉄の魔導師にね」

「…………」


 アクラディーテの言葉にサリュースは何も答えない……いや答えられないのだろう。

 なにせあの強かった母がこんなにも自信を無くしているのだから。

 そんなアクラディーテはサリュースの前から引き連れられて馬車の中へ乗せられた。


 そんな2人を眺めつつリーグレットはアナンタとグラハムの元へ。


「あの……サリュースさんはこれからどうなるんですか?」

「母親のアクラディーテが貴族殺しの容疑で捕まったんだ。間違いなくお家お取り潰しだろうな。この国における貴族殺しは極刑だ……如何に高明な魔女であっても例外じゃないさ」


 グラハムがさも当然とそう言い切り、アナンタも頷く。


「サリュースに関しては親の指示、学生を守った点から情状酌量の余地があると見て在学は可能だが……辛い現実が待ってるだろうな。彼女の才は目を見張るものがあったが……少なからず彼女もアクラディーテの悪事に加担していたんだ。なにかしらの罰は免れんだろう」

「そんな……」

「残念ながらこれは魔導師でも覆らない事実だ。ただの学生(・・・・・)のリーグレットさんにはどうすることも出来ない」

「な、なにか手段はないんですか!? こんなの……あんまりですよ。サリュースさんはただ……お母様の言う通りに動いていただけなのに……」

「そうは言っても……」

「なぁ……」


 アナンタとグラハムは顔を見合わせてリーグレットの悲しげな顔に目を向けると、リーグレットは拳を握りプルプルと肩を震わせていた。


(魔導師っていっても知り合いを助けることができないなんて……)

 魔を導く? そんなものよりサリュースを助けられる力が欲しい。

 そうリーグレットは考えるが……現実問題、そんな幼稚な願いなど叶うはずもなく。

 リーグレット達は学園へ戻ることとなった。


 ***


 アクラディーテ逮捕から数日。

 彼女には予想通り死刑が求刑され、リリベルタ家は取り潰しとなった。

 更にはアクラディーテが開発した氷結魔法の権利は魔導学会に委譲され、彼女の魔法は皆の魔法になってしまった。


 これは魔法使いからすれば今までの研鑽を根こそぎ没収されるも同然であり、死よりも辛い刑らしい。


 そんなリリベルタ家の嫡子であるサリュースはただのサリュースとなり、退学までの数日を学園で過ごしていたのだが……周りの見る目が以前のものとは違っていた。


「おい見ろよ……犯罪者の娘だぞ」

「うわっ、ほんと。よくもまあこの学園にまだ居れるよなぁ……俺だったらさっさと退学して誰も知らない場所に引っ越すぞ」

「そう言うなよ。あいつにもう引っ越すだけの金はないんだから。まあ? 見た目だけは一級品なんだし体さえ売れば生きること自体、苦じゃないかもしれないけどな」

「ははは。ひっでぇ……。まあそうなったら俺が買ってやるよ、5万でな」

「やっす。そんなん買うぐらいならババアが残した魔法の権利買うわ」


 サリュースはそんな学生達の侮辱と侮蔑の視線に耐えながら校内を歩いていた。

 以前は英雄……今は犯罪者の娘。

 彼女の周りに数多くいた友人は皆が敵と成り果てた。

 彼女は孤独だった……。だが、これは自分が招いたこと。

 そう考えると自然と諦めがつくのだ。


 そんな彼女の前にリーグレットが心配そうな顔を浮かべながら待っていた。

 彼女の立つ場所はサリュースが次の講義へ向かう道中な為、仕方なく近寄ることになる。


「サリュースさん……大丈夫……ですか?」

「大丈夫? 今の私を見て本当にそう思う?」

「い、いえ……」


 リーグレットは俯いた。

 サリュースは悪気があって言ったわけではないのだが、リーグレットの言葉が先ほど耳にした侮辱の言葉の延長にあるような気がして自然とそう答えてしまったのだ。


「そんな顔をしないでちょうだい。私が辛くなるのは仕方ないことでしょ? だって私も罪を犯したんだもの……生きていられるだけまだありがたいわ……。それに最後にお母様を止めてくれた鋼鉄の魔導師様には感謝してるのよ」

「なんで……ですか? 鋼鉄の魔導師がお母様を殺したようなものじゃないですか……」


 リーグレットは今になって後悔し始めていた。

 思えばもう少し穏便に解決できたのではないか? と。

 だが、魔導師として責任から逃げるわけにはいかなかった。だから彼女は心を鬼にして身柄を軍に引き渡したのだが……その結果……サリュースは孤独の身となったことに引け目を感じているのだ。


「ごめんなさい……」

「なぜあなたが謝るのです? あなたは鋼鉄の魔導師でもないただの学生でしょうに」

「あうっ」


 サリュースがリーグレットの横を通り過ぎていく。

 彼女はリーグレットが鋼鉄の魔導師だと知らない。だからこの反応は当然なのだが、リーグレットの心は痛むばかりだ。

 そんな彼女はサリュースと顔を合わせることができず俯き続けていると、見かねたサリュースはため息をついた。


「あなたも言いたいことがあるのなら言ってくれても構いませんことよ」

「え?」

「まわりの学生同様、言ってもいいと言ってるんです。それにあなたは私を咎める理由は十分におありでしょう? これまで話すら聞かなかったのですから……」


 言って俯くサリュース。

 この際だから正直に嫌ってほしい、そういった心境なのだろう。

 その気持ちはリーグレットにも痛いほど理解できる。

(私も魔導師になった時はそうだったから……)

 リーグレットは魔導師になった当時、皆が見下しているだの、馬鹿にしているだの憶測で物を言うようになった日のことを思い出してしまう。


 正直にそんなことはないと言っても信じて貰えなかった悲しさと辛さはよく覚えている。

 だったらもう最初から嫌われようと、魔導師である内は強くあろうと努めることにしたのだ。

 それがアクラディーテとの戦いの際に見せたリーグレットの気丈さ。


 誰からどう思われようが一切気にしない自分を守るための人格だ。

 それはきっと目の前のサリュースも同じ境地に辿り着こうと決めたのだろう。

 でもそれはとても寂しいものだと先達であるリーグレットは知っている。

 その先に待っているのは無限に続く孤独だということを……。


「言って……いいんですか?」


 リーグレットの言葉に震えるサリュース。

 だが彼女は逃げない。これは自分が犯した過ちの代償なのだと覚悟しているようだった。

 そんな彼女にリーグレットは正直な気持ちをぶつける。


「私と……友達になってください」

「は?」


 サリュースはまさかそんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。

 この後に及んでまだリーグレットがそんなことを言い出したのだから、理解できないものを見るようにサリュースはリーグレットに目を向けていた。

 だがそんなサリュースにリーグレットは続ける。


「あなたの気持ち……痛いほど分かるんです。わ、私も……昔はそうだったから……」

「昔そうだったって……あなたに私の何が分かると言うのです。私は犯罪者の子供で性格の悪い女なのよ?」

「確かに性格は違うし立場も違います。ですけど分かるんです。今あなたが辛くて誰かに助けて欲しいと思っていることも」

「だ、誰が……そんな……」


 サリュースは言い切れなかった。図星を突かれたのだろう。

 そして自分の本心に気づいてくれた彼女に縋りたい……そういった気持ちが恐らく彼女の口から否定の言葉を紡がせまいとしたのかもしれない。


「だから私が今度はあなたを助けます! サラマンダーの炎から守ってくれたのですから今度は……私が!」

「あなたに……何ができるって言うんです……」

「言えません。それにうまくいくかも……ですが信じてください。私……友達を裏切るようなことはしたくありませんから」


 リーグレットの真っ直ぐな、少し緊張で目が潤んだ瞳にサリュースは息を飲んだ。


「だから……私と友達になってくだしゃい!」


 肝心な場面で噛んでしまい顔を真っ赤にするリーグレット。

 そんな彼女の姿にサリュースは緊張の糸が解れたのか、吹き出して笑い出してしまう。


「あははは。大事な言葉で噛むだなんて鈍臭い子ですわね」

「す、すいません……」

「でも……ありがとう、嬉しいわ。こんな私でもまだ友達になってくれる人がいるだなんて……でもなんであなたはそこまで私と友達になりたいのかしら」

「あなたの魔法が……凄かったから……。魔法を使うあなたがすごく楽しそうだったから……です」


 魔法実践講義、リーグレットがペアを組めなかった時だ。

 彼女はその時、離れた場所から氷結魔法を唱えるサリュースの姿を傍目から見ていた。

 

 その時に見えたのは純粋に魔法を楽しむ彼女の笑顔。

 他の学生とは違う。

 魔法で成り上がるとか、歴史に名を残すといった野心など微塵も存在しない無垢な笑顔がそこにはあった。


 理由はそれだけ……でもそれがなんだか自分と同じようなものだとリーグレットはサリュースに親近感を抱いたのだ。


「好きなことに打ち込む時って楽しくて時間の流れを忘れちゃいますよね?」

「ええ。前にも言いましたけど、初めはお母様から教えられた水魔法を扱うだけで楽しくはなかった……ですけど、魔法の知識が身につくたび、試してみたいことの幅が広がった瞬間――私の中で魔法というものが色を放ち始めたのです」


 そう語るサリュースの瞳は一層輝いて見えた。


「あの原理を使えば水魔法はどうなるのか、火と水は相性が悪いというけれど熱湯が現実でも存在するのだから組み合わせるのもありなのではないか? そう考え出すと夢中になってしまうのです……まあその愛する魔法を私は裏切ってしまったのだけれど」

「裏切ってなんかいませんよ」

「え?」

「サリュースさんは魔法を裏切ってなんかいません。だってあなたはその大好きな魔法でみんなを守ろうとしたじゃないですか」

「あれは……そうしなさいとお母様が言ったからで……」

「でもサラマンダーの時に見た真剣な顔に悪意は感じませんでした。ただ必死にみんなを守ろうとする顔をしていたのを私は見てます」


 人は限界を迎えた時、素の自分を曝け出すものだとリーグレットは知っている。

 きっとサリュースも母の束縛に抗おうと無意識のうちにそんな顔を浮かべてしまったのだろう。


「だから私はそんなサリュースさんとお友達になりたいんです。大好きなものに正直で、嘘をつかないあなたと」

「いいんですの? 私なんかと……」

「あなただから良いんです。だからもう一度言います。私とお友達になってください」


 リーグレットは手を差し伸べる。

 それをサリュースは握ろうとするが踏ん切りがつかず手を引っ込めようとしたが――リーグレットがその手を取った。

 サリュースは驚きを浮かべたが、目の前のリーグレットは笑顔だった。


「これで私とサリュースさんは友達です! だからここからは任せてください!」

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