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第34話 鋼鉄の魔導師

 ゴルディアスはリーグレットがどんな衝撃にも耐えきれるように開発された対物理特化の防御型ゴーレムだ。


 それは彼女が「友達には長く生きて欲しい」という子供らしい願いと技術が込められている。

 故にアクラディーテの放つ氷結魔法とは相性が良い。

 氷結魔法は魔法ではありながらも、その指向性が物理的な攻撃手段に限られるからだ。


 アクラディーテの魔法はゴルディアスの分厚い装甲の前に砕ける。

 ゴルディアスは命なき存在だからこそ痛みを感じることはない。故に攻撃を受けつつアクラディーテに距離を詰めることが可能なのだ。


「これがゴーレム……古代にしか存在しなかった現代魔術で再現された魔装具の完成系」


 アクラディーテがゴルディアスの性能に冷や汗をかく一方でリーグレットはただ見守るばかりだ。

 なにせ彼女は魔法が使えないのだから……。

 それに彼女は今、ゴルディアスに魔力を注ぐ為に集中して、ゴルディアスにどう動くか脳を通して命令を飛ばしている最中だ。


 これは公表されたリーグレットとゴルディアス自身の弱点でもあり、当然彼女に深い恨みを持つアクラディーテは把握していた。

 だから女はゴルディアスからリーグレットへと杖を向ける。


「いくら無敵のゴーレムでも使役するお前は無力。おまえさえ倒して仕舞えば勝利はこっちのものよ!」


 そして放つのだ。氷結の魔女――アクラディーテ・リリベルタが追求せし究極の氷結魔法【絶戒零槍】を。

 マイナス200℃で構成される触れた瞬間にその体を凍てつかせ砕く槍がリーグレットの眼前に迫る。


 アクラディーテは要理を確信したように微笑んだ。

 だが――


「ゴルディアス」


 リーグレットがその名を呼べば、アクラディーテへの攻撃の手を止めて彼女の元へと瞬時に移動し始める。

 

 放たれた零槍を掴み取っては地面に突き立てるその姿……まごう事なき騎士のようである。

 主君であるリーグレットを護る命を持たない守護騎士――それがゴルディアス。


 だがその攻撃で止まるはずがないのがアクラディーテだ。

 彼女は零槍をインスタントスペルで放ち続ける。

 ゴルディアスは腕を交差させ降り注ぐ彼女の魔法を一心に受け止め続けるが……。

(このままじゃこっちから攻め込めない)

 それによく見るとゴルディアスの装甲に傷が入っていくのが見えリーグレットは眉を顰めた。

 恐らくアクラディーテの魔法による冷気で装甲が脆くなっているのだろう。


「あははは、そうよねぇ! お前という足手纏いを護るためにご自慢のゴーレムは防御に回るしかないわよねぇ! これで私は魔導師を倒せる……超えることができる! そうなれば私の実力を学会は認めざるを得ない! 私こそが魔導師に相応しいと!」

「そこまでして魔導師になりたい理由は……なんですか?」


 ゴルディアスの影からリーグレットは高笑うアクラディーテに問うた。

 彼女は興奮冷めやらない様子で魔法を放ちつつ答える。


「魔法使いが頂きを目指す理由なんて単純でしょう! 私の作り上げた魔法こそが至高であり、最強という事実を歴史に刻み込むこと! それこそが魔法使いの本懐!」


 ――分からない。リーグレットにはアクラディーテの言ってる言葉を真に理解することが出来ない。

 なぜなら彼女は魔法を使えないのだから。

 至高の魔法?

 歴史に名を残す?

 そんなものに何の価値があると言うのだろうか。


 彼女は知っている。この地位を目指した結果失った物を。

 彼女は今目にしていた。その頂きを目指す過程で身内すら不幸にしようとする悪辣な魔法使いを。

 だから、彼女は理解できないし、したくもない。


 魔導師になりたいというそれだけの為に、娘であるサリュースを不幸にしたり、人を殺したりするなんて認めるわけにはいかない。


「今の話であなたは魔導師に相応しくないことは理解しました」

「なに?」


 アクラディーテの目が鋭くリーグレットを睨みつけた。

 逆にリーグレットはゴルディアスの後ろからアクラディーテをまっすぐ見つめる。

 その瞳には少女と呼ぶには似つかわしくないほどの覇気を宿している。


「あなたは自分のためだけに魔導師を目指しているんですよね。それじゃダメなんです……。魔導師は世の魔法使いを正道へと導く為に存在するんですから……」


 成り行きでこの地位になったリーグレットではあるが、その責任は重く受け止めているつもりだ。

 でなければあの時、リーグレットを恨んで去っていったかつての友人に顔向できない。


 どうせ嫌われているのなら、突き詰めて嫌われるべきだ。惰性で魔導師をやっていては、かの友人の誇りはより傷つけられるのだから。


「アクラディーテ様……あなた言いましたよね? 最弱の魔導師を倒してあなたこそが真に魔導師に相応しいと証明するって」

「ええ言ったわ! それももうすぐ実現する。お前は私の魔法に抗う術などないのだから!」


 零槍の勢いが増した。

 絶え間なくゴルディアスの装甲に叩き助けられる魔法が霜となりゴルディアスの装甲を白く染め上げていく。

 絶体絶命。リーグレットの敗北に揺るぎない状況であるが、当の本人の顔はまだ絶望に染まってなどいなかった。

 

「では試してあげましょう」

「試す? 試すですって?」

「はい……あなたが私を倒せる程の高みにあるというのなら! 私を――鋼鉄を砕いてみせなさい!」


 ゴルディアス!――彼女は友人の名を叫ぶ。

 すると、彼女を守っていたゴルディアスが立ち上がり両手を広げて――分解した。

 四肢が飛び、割れた胴体がリーグレットの体を包み込む。


「な、なにを……」


 アクラディーテは今目の前で起こっている光景が信じられないものに見えた。

 彼女は魔法を使えないはず……。

 故に彼女から魔力が溢れ出ることはないのだ。

 だが今はどうだ……。リーグレットの体から莫大な量の魔力が渦を巻き屋敷の天井高くまで立ち昇っているではないか。


装甲化(ゴラム)


 リーグレットの囁くような言葉――アクラディーテにはそれが真に力のある魔の言葉――詠唱に聞こえた。

 

 リーグレットの体に分解されたはずのゴルディアスのパーツが取り付けられていく。

 

 そこにあったはずの少女は瞬く間に鎧を纏った騎士となり変わり、色が鋼色から漆黒へと染まった。

 そんな騎士が両目を赤く発光させてアクラディーテに向き、低い男の声が発せられた。

 

「鋼鉄の魔導師――マキア・リスタルテ。これよりアクラディーテ・リリベルタを裁定します」

「なにを……たかが鎧を纏った程度でッ!」


 アクラディーテが零槍を放つ!

 今まではなった魔法はゴルディアスの装甲に傷をつけているのを彼女は見ていた。

 だからこの攻撃は確実に通る! そう考えたのだろう。

 だが結果は――


「消えた!?」


 目の前にいた騎士の姿がアクラディーテの視界から消え失せた。

 放たれた彼女の魔法は部屋の入り口へ穿たれ、扉を虚しく凍てつかせた。


「どこ!?」


 目を凝らすだがどこにもあの騎士の姿はない。


「術式展開――」

「!!?」


 低い男の声が聞こえた。

 先程まで声を発す存在は自身とリーグレットだけなはずだ。

 

 アクラディーテはこの声がリーグレットと考え至った。

 背後を振り返ると右手から白い魔力の塊を宿している騎士――ゴルディアスを見た。


「反応速度F……落第点」


 その魔力の塊がアクラディーテの腹にぶつけられる。

 ゴゴゴゴッ!

 その魔力は回転しアクラディーテの服を螺旋状に引き裂いていく!


「がっ!? こ、これは――」

「術式――螺旋魔導。ただ魔力を回転させてぶつける私が開発した無属性魔法の1つです」

「魔法!? お前は魔法が使えない筈じゃ――」

「それは私が人間の姿の時の話……今の私はゴーレムですので」


 リーグレットは腕を捻ると螺旋魔導が炸裂した。

 

「あああああああーーーー!!?」


 炸裂した衝撃でアクラディーテの体が吹き飛ばされる。

 だがこれで終わるほどアクラディーテは弱くはない。

 飛ばされた体を自身が放つ水魔法の壁で受け止め堪えた……が途端口から血が溢れ出した。

 腹には風で斬り刻まれたような痕が痛々しく残っている。


「どう……いうこと?」


 リーグレットが言った言葉の意味がアクラディーテには理解できない。

 人間がゴーレムになるなど不可能なことだ。

 ゴーレム事態古代の遺産であり現在まで解明されていない技術なのだから。


 リーグレットがゴーレムになるなどあり得ない話である。

 あり得ない話ではあるのだが、アクラディーテは考えに至ってしまう。

 理解出来ない物を理解した存在……それが魔導師なのだと。


「魔法理解もF、落第ですね」

「F、Fって馬鹿にしないでよッ!」


 アクラディーテは懲りずに零槍を放つ、それしか彼女は縋り付ける魔法がないのだろう。

 これまで人生の殆どを捧げてきた魔法なのだから当然だ。

 

 そんな魔法をゴルディアスは防御も、回避もせず真っ向からぶつかり一歩ずつアクラディーテの元へと歩き始める。


「このぉぉーー!!」


 アクラディーテが両手を掲げて一際巨大な零槍を召喚し……投げ飛ばした。


「これは流石に無傷では済まないでしょう! 舐めた態度をとるからお前は死ぬのよ!」


 アクラディーテ渾身の魔法がゴルディアスの胸に激突し――砕けた。

 零槍の方がだ。

 音を立てて、まるで床に落としたグラスのように割れて消えたのだ。


「そんな……」

「分かっていないようですから、私からあなたへ一つ講義を行いましょう」


 低い男の声にアクラディーテは汗が流れ始めた。

 彼女の――人生の集大成が、ゴルディアスを傷つける事なく、寧ろ涼しい声を聞くほどまでの余裕を見せつけられているのだから。


「ゴーレムを使役する上での私の弱点はあなたの考えた通り私本体の脆弱性にあります。それは私が魔法を使えない存在ゆえに起こる必然」

「そ、そうよ! それなのになぜお前が魔法を――」

「では聞きます。このゴルディアスは、なにで稼働してると思いますか?」

「なにって……それは魔力じゃ――あっ」


 アクラディーテは気付いた。

 魔法が使えないということは魔力を外に発する手段がないということ。

 

 であるのに、なぜ彼女はゴーレムを使役できているのか……。つまり彼女は体の内側の魔力を外に流す手段を備えていたということに。

 リスタルテは鉱山が豊かにある土地だったと彼女は記憶している……故に行き着く答えが。


「魔硝石……」

「正解です。魔硝石はそれ単体では使い物になりません。ただ生物から魔力を吸い取り砕け散るだけの鉱石です。私はこれを素材にゴルディアスを作り上げました」

「そうか、そういうことなのね!? お前は……自分の体を――」

「はい。私は、私の体をゴルディアスの動力源にして、代わりに魔力回路を得たというわけです」


 つまり彼女はゴーレムを纏うことで、1人の魔法使いとして再誕したのだ。

 あの時アクラディーテが目にしたリーグレットの魔力は今、彼女が自在に操れるようになった姿であり、自身の魔法が通じないのは――


「はは……魔力の障壁だけで私の魔法が防がれてるって事なのね……」

「そういうことです。つまりあなたに万が一……いいえ兆が一勝ち目はないんですよ」


 アクラディーテは力無く膝をついた。

 目の前には彼女に近づいてくるゴルディアスの姿が――


「勝てない……勝てるわけがない……。これが最弱ですって? 次元が違う……これは悪い夢? そうよこれは悪い夢なんだわ」


 アクラディーテをゴルディアスは冷たい眼差しで捉える。もはや彼女に戦意など感じなかった。

 

 アクラディーテの体の周りを体動していた魔力は、歪に捻じ曲がっていた。

 

 それは彼女の精神状態が正常でない証……。

 勝負はついた……だからリーグレットはアクラディーテにこれだけを告げる。

 彼女が一番聞きたくないであろう言葉と現実の厳しさを。


「アクラディーテ・リリベルタ。あなたは魔導師の基準を何一つ満たしていません……よって不合格です」

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