第32話 リーグレット、リリベルタの屋敷に殴り込む。
魔導師には守らなければならない責任が3つある。
魔の探究――時代を切り開く新しい発想を常に求めよ。
脅威の排除――力無きものを守る盾のなり、矛となれ。
魔の導き――魔法が正しくある為に、正道へと導く先達者となれ。
***
リーグレットは目の前に構える荘厳で大きな屋敷の前に佇んでいた。
ここは王都内でも1位2位を争う程の力ある貴族、リリベルタの屋敷、入る為には約束を取り付けていなければ入れないのだが彼女はそんなのお構いなしに屋敷の門へと近づいていくのだが。
「こらこらお嬢さん。ここはリリベルタ様のお屋敷だ。許可がないと通すことは出来んぞ」
そんな彼女を当たり前のように門番が止める。
さすが氷結の魔女ともなると屋敷に門番が付くらしい。
そんな門番はリーグレットを招かれざる客人と見て接触してくるのだが――
「すみません。私はアクラディーテ様に用があるんです」
リーグレットはいつも以上に落ち着いていた。
普段の彼女であれば声をかけられただけで動転してしまうのだが、今は仕事と割り切っているので、多少のコミュニケーションで動じることはない。
彼女は今、なりきっているのだ【鋼鉄の魔導師】に……仕事モードの自分に。
「用だって? 君みたいな子供が? はっはっは。冗談はいけないよ? 君みたいな子が当主様と面会できる立場にあるだなんて――」
「これ」
信じて貰えないようなので、リーグレットは門番に杖の紋が刻まれたバッジを見せてやった。
門番がそれを見ると、みるみる内に顔が青ざめていく。
それもそうだろう。さっきまでただの子供と思っていた少女が提示したのはこの世界でたった5つしか存在しないはずの魔導師の証なのだから。
「ま、ままま、まど、魔導――」
「しー……」
叫びそうになった門番にリーグレットは人差し指を立てて静かにするように促すと、門番は慌てて口を手で抑えてはコクコクと頷いた。
(ここじゃ人の目があるから……出来るだけ目立たずに解決したいんだよね……)
バレンタインには学園生活よりも魔導師としての責任が大事と言い張ったのだが、出来ることなら学園生活も諦めたくはない。
だから彼女は可能な限り人目のつかない方法で、誰にも気づかれないように事を納めようと決めたのだ。
(我ながらワガママだよね……)
そう思いつつ、リーグレットは門を開き中へ入っていく。
そんな彼女の後ろ姿を門番はさも恐ろしいものを見るように見つめては見送った。
リーグレットは扉を開く。
重くて硬い扉は鍵が掛かっていないようで力一杯押せばなんとか開くことが出来た。
屋敷の中はというと青で統一された空間だった。
流石氷結の魔女と呼ばれる屋敷だけあると思った。
この青い空間から連想されるのは氷か水なのだから。
余程自身の魔法に自信があると見える……。
(私もこんな感じで自信を表した方がいいのかな?)
と思いつつ一歩中へ足を踏み入れたその時だ。
「それ以上はご遠慮くださいお客人」
老年の男の声がリーグレットの耳に入ってきた。
辺りを見渡すと、声の主は目の前の階段の上から降りてくる燕尾服に身を包んだ老人から聞こえたようだった。
その老人がゆっくりと、綺麗な所作でリーグレットの元へ近づいてくる。
「こんにちわ。突然の訪問申し訳ございません。アクラディーテ様はご在宅でしょうか」
仕事モードの際に自然と話せるように暗記した定型文をリーグレットが告げれば、老人が一礼したのちに答える。
「失礼ながらお答えすることは出来かねます。なにぶんこのご時世物騒ですからな」
「はぁ……そうですか……」
リーグレットは老人の手に目を移した。
その手は腹の前で組まれているのだが、何か違和感を感じ取ったのだ。
「申し訳ありませんがお引き取りを……」
「お断りします。私も仕事でここに来ましたので……」
「では――」
老人はリーグレットが反応出来ないほどの速度で肉薄し彼女の頭を掴もうと手を伸ばした。
リーグレットというと間抜けなように真っ直ぐ老人の姿を見つめるばかりだ。
「ここで排除させていただきますよッ!」
老人の手がリーグレットの頭を掴もうとしたその時だ。
バチン! と電気が走ったような衝撃が彼の手を襲い、慌てて距離を取っていく。
「な、なにが……」
老人には今何が起こったのか理解できていないようだった。
それもそうだろう。
リーグレットはすでに仕事モードなのだ。それ即ち――
彼女が鋼鉄の魔導師として力をすでに行使しているということなのだから。
「あー。すみません。今攻撃したんですよね?」
なんだか申し訳なさそうにそう言ったリーグレット。
老人にはそれがとても恐ろしい化け物が話し言葉にしか聞こえないようで、顔が引き攣っていた。
「攻撃した理由を聞いてもよろしいでしょうか? なんの理由があって、どういう展開を予想して、炎の魔法を私に放とうとしたのでしょうか?」
「!!?」
老人は後ろへ飛び下がりさらに距離をとった。
彼は魔法を放とうとしたが、放てなかったのだ。
だから彼女が彼の魔法の正体に気づけるはずがない。気づける道理がない。
だが彼女は言ってのけたのだ。
彼の扱う魔法が炎であると。
そんなことができる人間……魔法使いはそう多く存在しない。
魔法の解析は魔力の流れから、構築術式に属性を判別しなければならない……つまり放たれる前から魔法を言い当てることなんて不可能なのだ。
出来たとしても放たれた魔法を見た瞬間が最速だろう。
そんな化け物じみた事ができる存在など……この世に数人しか存在しない事をこの老人は知っていた。
なにせ彼も魔法使いの端くれなのだから。
「魔導師……」
彼女から笑顔は消えない、なんだったらすごく笑顔で可愛らしい娘にしか見えない。
だが老人はそんな彼女が怖くて仕方なかった。
今目の前にいる存在はこの世の頂に位置する魔法使いなのだから。
「で、答えは?」
「答えるはずがないでしょう! 鋼鉄の魔導師!!」
幼い魔導師は5人の中でもたった1人だけ。故に彼はその正体に気づく。
鋼鉄の魔導師は魔導師の中でも最弱。
そう思い、自分の魔法でも彼女を倒せると判断したのだろう。
彼は放つ。激しくも神々しい炎の波動を。
その炎がリーグレットに浴びさせられようとしたが……霧散した。
「は……」
霧散した事実が理解出来ず。老人は動きを止めて目を見開いた。
今彼は全力で魔法を放ったのだ。
今まで長い研鑽の末に身につけた炎の魔法を……その最奥の極意を叩き込んだはずだった。
それが……音もなく霧散した。
その事実を受け入れられないようだった。
そんな老人にリーグレットは真っ直ぐ歩いて近づいていく、さっさっさ、と。まるで実家を歩くように自然にだ。
「今の私に魔法は効きませんよ? 厳密に言えば炎の魔法が効かないだけなんですけど」
「炎の……魔法がだと……?」
「はい。あなたですよね? 警備隊詰め所を燃やした犯人」
「な、なぜそう思うのかね?」
「魔力です」
「ほぉ。これまたおかしな事を言ってくれる。あなたは魔法が使えないはず。魔力察知は目を通した魔法故、あなたには使用不可能なはずでは?」
これは誰もが知る程度の話である。
だが彼女は答える、それは老人が予想だにしなかった答えを。
「あー。それは自分の目を使ってないからですね」
「自分の目……使っていないだと?」
「はい……私が魔力を感知するために使ってるのは――」
そう言ってリーグレットの体から小さな人形が飛翔し始めた、それはまるでグレムリンのような形をした人形であった。
その人形の目が赤く発光していることに老人はようやく察しがついた。
「ゴーレムか……」
「正解です。正しくはゴレムリンちゃんです。私はこの子を通して魔力を察知できますので」
「ならなぜ私の魔法が通用しないと? それもそのゴーレムの効果だというのですか?」
「はい。あの詰め所を焼いた犯人がまた炎を魔法を使用するのは分かりきっていたので予め対策しておいたんですよ。聞きたいです? 聞いても理解出来ないと思いますけど……」
「ダァイ。ダァイ。オールマス・ダァイ」
老人は首を振った。
なにやらゴレムリンは恐ろしい事を言っているが、リーグレットはこの恐ろしいゴレムリンを撫でてにっこり微笑んでいる。
彼女の言葉から、この老人には彼女に勝つ手段が一切ないという事が明らかになった……なってしまった。
「で、どうします? まだ抵抗するのであれば本気でお相手しますけど……」
「降……参です……」
絶望した老人は膝をついて負けを認めた。
これが魔導師……彼女は一切魔法を使う事なく、事前準備だけで彼を制したのだった。
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