第30話 アクラディーテの怒り
「アクラディーテ様。お嬢様がどうやら捕まってしまった様でございます」
王都イーリスにあるリリベルタの屋敷にて老年の執事の声がアクラディーテの耳に入った。
その事実はすでに思う当たっていた。何故なら娘であるサリュースが時間になっても屋敷に戻って来ないのだから。
アクラディーテはいつも彼女に命じていたのだ。
私の命令は絶対。従わぬ者に魔法を指導する価値などないと。
サリュースはアクラディーテの魔法に憧れを抱いているようだった。それもそうだろう、なにせ彼女は王国最強の魔法使いであり魔導師に最も近いとされているのだから。
そんな存在を親に持つ子など憧れて当然。
故に従順であった。素直であった。才能も実力も確かだった。
(あれは私が育てあげた物だ! 成果だ! なのにただの教師に見つかってしまうだなんて……)
アクラディーテは窓の外を眺める目を細め、書斎の席に座り、彼女の目の前に立つ執事アングリーに言葉を返す。
「なら娘は捨てましょう。まったくここまで計画を練ってきたというのにあれのせいで全て台無しだわ」
「承りました。ではどの様に処理いたしましょうか」
「そうね……任せるわ。ただ一つ条件を付けるとすれば……跡を残さないようにしっかりと消しなさい。子など、また新しく産めば良いだけのこと」
アクラディーテは自身の美貌に自信があった。
それだけでない、魔法の技術も高いのだから言い寄ってくる男に困ることはない。
一応この屋敷にも夫と呼ばれる存在はいるにいるのだが、ただの子を成すためだけの種馬だ。
この計画を破綻させたサリュースは、産んだ子の中でも最高傑作だった。だがそれはあくまで魔法の分野でのことであって工作には向かなかったということだろう。
愚図な子供など必要ない、故に捨てると彼女は決めたのだ。
「では事故に見せかけて処理いたしましょう」
執事アングリーは一礼しこの部屋を出ていく。
アクラディーテの命を実行に移すのだろう。
そうなればサリュースの命は今日限りのはず。
(それにしても忌々しい)
執事アングリーが部屋を出た後、アクラディーテは、サリュースのことを考えると、同時に思い起こされる惨めな記憶があった。
何十年と研鑽を積んだ魔法の技術が学会に求められず、サリュースと同じ歳の子供が……当時8歳で魔導師になったという事実にアクラディーテは美麗な顔を怒りに染め上げる。
屈辱だった。悔しかった。腹立たしかった。
(私の研鑽がたった8つの子供に追い抜かれることなんてあり得ないというのに)
聞けば【鋼鉄の魔導師】は魔法も使えない上、戦闘経験が皆無の雑魚ではないか。
(それが何故……。何故魔女と呼ばれる私がそんな子供より劣ると言われなければいけないの!)
そう考えだすとアクラディーテは右手に魔力を込めて部屋の本棚に水槍として放った。
突き刺さり、水槍がバシャリと音を立てて床をを濡らす。本棚には大穴が空いていた。
それはまるでアクラディーテの決して埋まる事のない充実感を表している様に見えた。
腹立たしい、あぁ、腹立たしい。
(私が魔導師と……【鋼鉄の魔導師】と直接戦えば実力を思い知らせられるのに!)
勝てる自信しかない。むしろ負ける道理がない。
だが、魔導師を倒したところで自身が成り代われるといった条件がないのだからアクラディーテはただただ学会の、魔導師の人間が憎くて堪らず、部屋に魔法を放ち憂さ晴らしをするのだった。
***
ギルドを出たリーグレットはバレンタイン、ガゼルと共に目を通した資料を手に学園へ戻る道中であった。
向かう先は警備隊の詰め所、そこにアナンタ、グラハム、そして身柄を保護されている筈のサリュースがいるはずだ。
「この証拠があれば逮捕に踏み切れるよね」
「そうですね。魔物を呼び寄せる笛の素材のリストにと鍛治工房に作らせた誓約書、そしてエインズワース他数名の貴族との関係の裏も取れましたし……」
資料の中で驚きだったのは被害者であるエインズワース以外、あの自慢会に参加していた貴族達とリリベルタ家との関係だ。
主に関わっていたのは当主であるアクラディーテなのだが、どうやら彼女はこの貴族達にただならぬ恨みを抱いていたようだ。
理由は分からないまでも魔法使い間での聞き取り調査によればアクラディーテの魔法研究の妨害、誹謗中傷等があたらしい。
アクラディーテはその場ではやり返さずともいつか果たす復讐の時を待ち続けていた可能性が浮上したのだ。
結果エインズワースの次期当主であったトロンは死亡、そのほかの貴族の子息も意識不明の重体となり、アクラディーテの復讐は魔導師に至るまでのついでに達成されている。
邪魔者の排除と目標の達成。
アクラディーテの目的はこの二つだったというわけだ。
「ここからはお嬢様の出る幕はございませんね」
「うん……あとは警備隊に任せるよ。これでやっとモヤモヤが晴れた〜」
正門を潜り校内を歩いていると何やら学生達が慌ただしく行き交っていた。
何かあったのだろうかとリーグレットとバレンタインは顔を見合わせていると。
「おい聞いたか? 火事だってよ」
「おいおいサラマンダーの次は普通の家事かよ。この学園のせ消防設備はどうなってんだ?」
「知らねぇよ。しかも燃えた場所は警備隊の詰め所らしいぞ? どうせタバコかなんかの不始末だろ」
警備隊の詰め所という言葉を聞いたリーグレットは妙な胸騒ぎが込み上げた。
まさかと思い彼女は駆け出す。
バレンタインが「お嬢様!」と呼び止めようと叫んだがあの女は止まる事はなかった。
リーグレットが警備隊詰め所に辿り着くと石造の建物であるはずなのに建物全体を覆うほどの炎がこの辺りを焼いていた。
周りには学生の野次馬達が興味深そうに燃える詰め所を眺めていて誰も助けようと動く様子はない。
リーグレットは近くの学生に詰め寄るように声を掛けた。
「ここが燃えてからどれぐらい経ちましたか!」
「は、はぁ? 誰だお前……」
「早く教えてください!」
彼女の真剣な表情に押されてか学生は「数分前だけど……」と気圧されながら答える。
(数分前……ならまだ間に合う!)
リーグレットは内ポケットに入れてあったゴレムリンを取り出し首を押し込む。
瞬間ピーーーッ! と音が辺りに鳴り響き、目の前の学生は「なんだ」と耳を塞いだ。
リーグレットはそんな学生達の事など無視して燃える詰め所の前へ向かう。
空から飛来した騎士……ゴルディアスが着地した。
周りが不審がってこのゴルディアスに目を向けるがリーグレットは構わず命令する。
「ゴルディアス! 中にいる人全員助けて今すぐに!」
「了解」
低い男の声でそう答えたゴルディアスは建物の入り口から中へ駆け込んでいく。
リーグレットはただ祈るばかりだった。
(お願い……みんな無事でいて……)
ここまで読んで頂きありがとうございます!
もし面白いと思って頂けたら
評価とブックマークをして頂けると励みになります。
よろしくお願いします!




