第3話 リーグレット。学舎に到着しました。
店を出たリーグレットは王立イーリス学園の寮へと再び目指して、街を歩いていた。
さっきは酷い目にあった。カレーは堪能しきれないし、魔力を消費したせいでお腹は減っちゃうしで散々だ。
街の中にある時計塔にリーグレットは目を向けると時刻は14時を回っていた。
寮長殿と会う約束が15時だったはずだとリーグレットは記憶している。
リーグレットは父から受け取っていたメモ用紙を確認すると、『15時学園面会室』と綺麗な文字で書かれていた。
メモから目を離し学園へと続く道を歩いているとリーグレットにとってなんだか見覚えのある場所に出てきた。
(この道は……そうだ。入学式の時に通った道だ懐かしいなぁ)
レンガで舗装された広めの道の先にある噴水広場。
さらに向こうに進むと正門が見えてくるはずだ。
そうして歩いているとやはり見えてきた正門。
ただの正門であると言うのに、豪華絢爛な装飾。左右の柱には獅子と鷹の像がちょこんと乗っかってリーグレットを出迎えてくれているようだが――正門は固く閉ざされていた。
リーグレットは門に近づき、押してみるが開かず、引いてみても開かず。
まさかスライド式かと思いきやこれまた開かず。
(むむむ……。なんで? 今日が休みって訳じゃないよね?)
そう頭を悩ませていると――
「おーい」
どこからか男の声がリーグレットの耳に入る。
(これって……私を呼んでるのかな?)
そう考え、勘違いしては恥ずかしいと周りに誰かいないか確かめてしまう。
「おーい! 君だよ、君〜」
周りには誰もいないことからこの声は自分を呼んでいるのだとリーグレットは確信した。
振り向くと、こっちに駆けてくる赤と黒の軍服姿の男。
見た目は優しそうで……いや気弱そうって感じだろうか。そんな男がリーグレットの前で息を切らして立ち止まった。
「な、なんでしょう……か?」
「あー。君? ここには何の用だい?」
(用って……ここは学園……だよね? 用もなにも普通に登校してきたんだけど……)
「わ、わわ、私、ここの……生徒で……」
久しぶりの家族以外の対人会話で吃ってしまう。
さっき店では普通に声が出せたと言うのに、これは商売かプライベートかの違いだろうか。
何かしらの体裁がないとうまく話せない事実に少しリーグレットは気が滅入ってしまう。
そんなリーグレットの言葉を聞いた男は息を整えて姿勢を正した。
「そうですか。で、では、おほん。学生証を提示してください」
(学生証?)
学生証の存在は理解している――が、それはあくまでマキア・リスタルテの学生証であって、現在偽りの身分のリーグレット・アイアンガルドの物は存在しない。
だからリーグレットは寮へ向かえば新たな学生証が貰えるものとばかり考えていたのだが――
(い、今必要なの? え、ど、どどど、どうしよう)
「君ここの生徒なんだよね?」
挙動不審なリーグレットに警備員の男は疑いの目を向けて始める。
当然だろう。学生と言ってすぐに証明できないのならそれは嘘をついていると同義なのだから。
「はい……訳あって8年ぶりに登校したんですけど……」
だがリーグレットはそんな疑いの眼差しに気付かずに正直に話した。
なぜ気付かなかったかと言えばリーグレットは人の目を見て話す事が大の苦手で男の目など一切見ていなかったからだ。
「8年前だったら貰ってるはずですよね?……入学式の終わりに……。それがないとここを通せないんですよ……何分ここ最近は物騒ですので……」
(そ、そんなぁ。寮長から新しい学生証が貰えるんじゃないの? 持ってないと入れなくて、新しいのは学園の中で……え、え〜!!?)
「まさか……持ってない?」
警備員の男の声が一層低くなったのに気付いたリーグレットは萎縮してしまう。
「はい……今は……」
「君……まさか嘘をついてるんじゃないだろうね」
「嘘だなんて、そんな――」
(ついてないついてない! でもそれを証明する物ないし……そうだ!)
リーグレットは最も単純な答えを思いついた。
むしろ何故こんな簡単なことに気づかなかったんだと心の中で自責する。
「あの……寮長さんを呼んでください……そうすれば――」
「寮長? 寮長に客が来るなんて報告は受けていないんだよ。まったく……居るんだよなぁ。君みたいな嘘つきが生徒を装って学校に入って、貴族様と繋がりを持とうとする輩がさ」
頑張って絞り出した言葉は聞いてくれなかった。
(ど、どうしようこのままじゃ約束の時間に遅れちゃうよ)
「た、大変ですね……それで……寮長さんを――」
リーグレットは相槌を打ってしまうと――
「君のことを言ってるんだよ! きーみ!」
警備員の男に強く言い返されてしまった。
「ふぇっ!? わ、私ですか!?」
リーグレット。今日1番の声が出た。
(久しぶりの外で、不埒者と疑われるなんて……なんでぇ〜)
「君が貴族の子で、ここの生徒なら学生証は肌身離さず持っているはずだ。それがないと言うことは……」
どうやらリーグレットは酷く誤解されてしまっているようで、もうどうしようもないようだった
「無いならとっとと帰ってくれ!」
警備員の男がリーグレットの体を回して背中を突き押した。
「い、痛い!」
ドンッと背中を突き押されてしまったリーグレットは膝をついて擦り剥いてしまう。
幼少期、友達と遊んで転んで以来の外傷に思わず涙が溢れた。
それなのに警備員の男はムッとした様子で腕を組んで仁王立ちだ。
「帰りたまえ! まったくこれだからチンピラは困る。にしてもこんな女の子までもが……世も末だ」
帰れと言われて大人しく帰るわけにはいかないとリーグレットは涙を拭いて立ち上がる。
そして握っていた鞄を開き腕を隙間に突っ込んだ。
「き、君? なにを……。武器を下ろしなさい!」
鞄から武器を出すと思った男は警棒を伸ばしてリーグレットに構え始めた。
だがリーグレットは止まらない。
(ここまで来たんだ。お父様をこれ以上悲しませない為にも、これから学生生活を取り返す為にも……こんなところで諦めるわけには……いかないの!)
「あなたがここを守る仕事をしてるのは分かります……ですが、私もひ、引くわけにはいかないんです!」
リーグレットが鞄から腕を引くと両手には鋼鉄の装甲が纏われていた。
そんな彼女の決意を受けた警備員男はごくりと息を飲む。
「え、えー……。もしかして力づくで押し通る気かい?」
「私はここの学生なんです。学園に入るのに、なぜあなたに妨害されないといけないのでしょうか……。すみませんが……押し通らせてもらいます!」
リーグレットは鞄を放り投げて警備員の男へ飛び掛かる。
男は警棒で立ち向かおうと阻むが、そのひ弱な少女が山猿の如く飛び掛かるとは思っていなかったようで反応が少し遅れてしまっていた。
「ちょ、ちょちょちょ!!」
「ごめんなさい」
「いやぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」
昼過ぎの学園正門前にて、そんな警備員の男の情けない悲鳴が響き渡るのだった。
***
「ねえ聞きました? 先程校内に不審者が侵入したらしいですわよ?」
「まあ恐ろしい。最近増えましたわよね不審者。こんな状況では街に出てお茶会なんて遠い未来のお話ですわ……」
校内を歩いていると、女生徒たちがそんなことを話していた。
(す、すみません! その不審者私なんです……)
そんな不審者は自分の事であるとも分かっていたからより恐ろしい話だと身を縮こませた。
警備員の男は大人の男の人故リーグレットからしてみれば恐ろしい存在であったが、戦ってみると力は大したことなかった。
まあリーグレットの持参した魔装具を相手に警棒で最後の最後までリーグレットを中に通すまいと意地を見せられたのは正直は驚かされた。
だが結果リーグレットは勝利し、こうして校内へと足を踏み入れる事ができた。
学生証を手に入れたら後で謝りに行こうと心に誓って。
「ねえ。不審者のことだけれど、あの子の事じゃありません?」
「まあほんと。あの子この学園の制服を着ていないわ……早く警備の者に通報いたしましょ?」
などとなんだか私の方を見てくる女学生2人。
(ま、まずいまずいよ! もうバレちゃった)
「わ、わわわたしはここの生徒で――」
女生徒たちに向かってリーグレットは自分の話を聞いてもらおうと必死に声を絞り出した。
絞り出したのだが、女学生2人はまったく信じていないようでそれはそれは鋭く冷たい瞳をリーグレットに向けた。
「ここの生徒ですのに学生服でない辺りが嘘が見え透いていますのよ! だれか〜だれかぁ〜」
「ちょ!」
このままではまた警備員の人たちが来てしまうだろう。
リーグレットは慌てて鞄の中から護身用に用意しておいたスプレーを取り出し、声を上げ始めた女性の顔面に噴射し始めた。
これもリーグレットが自作したマインドコスモスという花の成分から抽出した睡眠効果のあるスプレーだ。
人体に影響はないが、その匂いを嗅ぐと意識を失ってしまうほどの睡魔に見舞われるため護身用として持っていたのだ。
そんなスプレーの効果は抜群なようで、女生徒はフラリと地面に倒れ伏してしまう。
「ターリア!? ターリア!!? いやああああああーーーー!!」
バタンと気を失った女学生――ターリアの姿にもう1人が絶叫し始めてしまう。
リーグレットは残るもう1人にもスプレーを吹き掛け気絶させた。
(こ、これで良し。ごめんなさいごめんなさい)
倒れた2人にお辞儀をしていると――
「不審者発見! 不審者発見!!」
「Bブロックにて例の不審者を確認した! 直ちに集合し取り押さえろ!!」
「あっ」
あっという間に警備員の大群に囲まれてしまった。
その中の1人、服が他の警備員とは違って偉そうな男がリーグレットの前に出てきた。
警備の隊長だろうか?
「あー。そこの不審者大人しくすれば痛い目を見ずに済む。諦めて私に着いてくるんだ」
「わ、私は不審者じゃ! ありま……せん……」
「ん? どうした? なんて言ってるか聞こえないぞ?」
あまりにも人数が多すぎた。
人慣れしていないリーグレットにとってこの人から注目を浴びるプレッシャーは炎で炙られるような拷問に近い。
「まあいい。お前、そこの2人に何をした」
顎で促された先には気を失った2人の女生徒がいる。
「こ、これは……仕方なくですね……」
「あのね? 仕方なくで人を気絶させる人間はもれなく危険なの。わかる?」
「は、はい……」
「認めたな……取り押さえろ」
後ろに控えていた警備たちが一斉にリーグレットへ向かった。
「あ、やっ――」
貧弱なリーグレットは警備員の男衆に取り囲まれ腕に手枷を付けられ、かなり乱暴に警備員の詰め所へと連行されるのだった。
(私、ここの生徒なのに……)
リーグレットは思った。
やっぱり学校は恐ろしい所だと。
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