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第2話 リーグレットとカレーライスの恨み

 名前が決まるとマキア改めリーグレットはすぐに屋敷から出る事になった。

 手には鋼色のケース鞄。この中にはリーグレットの荷物の全てが入っている。

 

 父はどうやら王立イーリス学園の寮にリーグレットを住まわせるよう既に申請してくれていたらしい。

 そんなリーグレットは今、従者が操る馬車に乗り込み王都を目指していた。

 

 馬車に揺られること30分。リスタルテの領地は王都から近い分、馬車での移動は苦ではなかった。

 リーグレットが寮に入るのも正体を隠す為に必要な事だと父は言った。

 

 当然の事だ、偽名を使っているのにリスタルテの屋敷から登校しているのがバレたらお終いなのだから。

 その時、ぐぅぅぅ。と洞窟に潜む竜の唸り声のように腹が鳴った。

 

(そう言えば昨日の夜からまだ何も食べていないや)

 リーグレットはゴーレムの改良作業に没頭するあまり食べることを忘れてしまっていて、空腹はすでに限界を超えていた。


「す、すみません、少し1人で歩いてきます」


 リーグレットは馬車を操る従者にそれだけ告げて揺れる荷台を立ち上がる。

 

「お、お嬢様!? なにを――」


 リーグレットが馬車の荷台で立ち上がると従者の男が驚いた様子で振り返ってきた。


「じゃあまた後で」

「そんな! あなたは鋼鉄なんですよ!? 1人で王都に入ると――」

「その名前は一旦さよならしたわ。今の私はリーグレット・アイアンガルド。間違えないでね」

「それはそうですが……あっ! これがないと――」


 従者の男が最後に何か言おうとしたがリーグレットはその言葉を聞くよりも前に荷台からぴょんと飛び降りて地面に着地してみせる。

 幸い馬車はそれほど早く走っていないおかげで着地は無事に出来た。

 

 リーグレットは馬車に目を向けるとカタカタと止まらず道の先を走り続けて、反対側を見ると別の馬車が道を進んできていた。


 こんな人々が行き交う往来で馬車を止めるわけにはいかないのだろう、従者は焦りを顔に浮かべつつもどこか止まれそうな場所を見渡しているようだった。

 そんな彼には申し訳ないとリーグレットは思うが。


(ごめんなさい。せっかく新しい自分になったのだからこの足で街を歩いてみたいの)


 リーグレットの服、ポケットに突っ込んでいた小袋を開けると銀貨数枚入っていた。

 父が持たせてくれたお金だ。

 

(これを使って食事にしよう。いつも屋敷で出てくる料理ばかりだったから珍しい物が食べたいな……)

 そうしてリーグレットは目の前に広がっている王都へとスキップで向かうのだった。


 ***


「美味しい……」


 そうしてやって来たこの王都イーリスはどこも活気で溢れ、美味そうな匂いも漂っていて、どこでお腹を満たそうか悩んだ挙句、選ばれたのはここ『森の木陰亭』だった。

 

 少し街を散策していると、静かな場所を求めたくなったリーグレットの目にちょうどここが目に止まったのだが、これが大当たりだった。

 料理は美味いし、なにより静かだった。

(最高……。にしてもこのカレーライスは本当に美味しすぎる)


「はぁ……」

「お父さん……大丈夫?」

「いや……この店ももうお終いかなと思ってな……」


 この店のマスターだろうか、それと看板娘らしき少女が深刻そうに話していた。


「そんなことないよ、お父さん! お父さんの料理は王国1なんだから! これからだよこれから!」

「だけどなぁ……店を開いて1ヶ月……客も全く来ないし、借金は嵩むしで……」

「お父さん……」


(可哀想……こんなに素敵なお店なのに……)

 夢中になってカレーを食べ進めていると気づけば空になっていた。

(お腹はまだ空いているし……。ちょっとぐらい贅沢しても良いよね?)


「すみません……おかわりください」

「はいよ〜。ほれアンナ。おかわりを頼めるか?」

「う、うん」


 リーグレットの元にやって来た少女――アンナに空いた皿を渡してリーグレットは水を飲みつつおかわりが来るのを待つ。

(にしてもこんなに美味い店なのに人が来ないのもおかしいな。立地もそんなに悪くないし……なんでかな?)


「お待たせしました。森のカレーのおかわりですよ。お客さんいっぱい食べてるんでサービスで大盛りにしておきましたから」

「あ、ありがとうございます……」


(と、とんでもない量が来ちゃったなぁ……)

 食べ切れるか不安になるほどの山盛りのカレーライスを前にリーグレットは不安になる。

 腹ペコとはいえそこまで大食漢ではないのだ。不安を抱えるのも当然と言える。

 

「ごゆっくり」


 マスターの笑顔にぎこちない笑顔で会釈してカレーを口に運び始める。

(うん……でもやっぱり美味しい)

 これなら食べ切れるかも……リーグレットがそう思った時だった。

 カランカランと木鈴が静かな店の中に鳴り響く。


「いらっしゃ――あんた達は!?」

 

 お客さんかな? と思われたが、なにやら柄の悪そうな2人がズカズカと店に入ってきてはマスターの正面のカウンターにどかっと座りだした。


「よおオヤジ。貸してた金の返済日が近づいてきたぜ? どうだ金は用意できたか?」

「い、いや……」

「んだとゴラァ! 金が用意できなきゃ俺たち困るんだよなぁ」


 なにやら険悪な空気だ。

 リーグレットは横目でチラリと見るとチンピラの1人、赤モヒカン男がマスターにガンくれていてマスターはしどろもどろといった様子。

 

 せっかくの飯が不味くなってしまうから目の前でのいざこざはやめてほしいと思う。

 リーグレットが横目で見ていたのをアンナに気付かれ、儚げに笑って頷いてくれた。

「すみません」そう言ったのだろう。


「お、お金はちゃんと返します……ですのであと少し! もう少し期間を伸ばしてもらえないでしょうか」

「おいおい聞いたかチャンスよ。このオヤジ、金が用意出来ねぇからって約束の期間を延ばせとさぁ」

「聞いた聞いた。それはいただけねぇよなぁアウト〜」


 チャンスとアウトという名前のチンピラのようだ。

 いかにもなモヒカン姿ににリーグレットは重い息を吐いた。


「残念だがオヤジ……延期は出来ねぇ。金を貸すときに延期話だって言ったよなぁ?」

「そ、そうですが……」

「金がないならこの娘を売れば良いだろうが、へへ。田舎者の癖に上玉じゃないか……。娘が体で払ってくれれば借金はチャラにしてやるぜ?」

「い、いや……」


 アンナがアウトに胸を掴まれて小さく悲鳴を上げた。

 その光景にリーグレットは少し不快になったけれど……他所の事情だ。自分には関係ないと不安に感じつつカレーを口に運び続ける。


「そ、それは無理です! 娘だけは勘弁してください!」

「あぁん!? だったら金を用意しろよ? 500万きっちり!」

「そ、それは……」

「だったらガタガタ言ってねぇで娘を差し出せよほら!」

「いやぁぁぁぁーー!」

「ひっ!」

 

 アンナの悲鳴にリーグレットは驚き、音の元に目を向ける。そこにはアンナがアウトに腕を掴まれ振り解き逃げ出していた――がチャンスに行手を遮られてしまっている。

(皆……私がここに居るのを忘れてるの……かな?)


「逃げんなよ! 俺たちが相手してやっから……な?」

「む、娘に触るなっ!」


 マスターがアンナを守ろうとチンピラ2人に向かったが――チャンスがマスターを殴りつけて吹っ飛ばされた。


「お父さん!?」

「ちっ。くせぇオヤジだぜ……。こんなしみったれた店に客なんて来ないんだからさっさと娘を渡せって言ってんだろ」


 どかっと鈍い音。

 そしてアンナの「やめてぇ」と叫ぶ声。

 思わず耳を塞ぎたくなる喧騒にリーグレットの虚弱な胸が苦しくなる。


「む、娘は……」

「左腕なクソジジイ!!」


 ダンッ! と一際大きな打撃音。

 そして飛んできたマスターの大きな体がリーグレットの机……いやカレーを吹っ飛ばした。

 そう……吹っ飛ばしたのだ。

 ガラガラガッシャーン!


「お父さぁぁぁんッ!」


 降ってきたのはマスター……。

 下にぶちまけられたのはリーグレットが美味しく食べていたカレー。

 最後の楽しみにと取っておいたごろごろチキンがマスターの頭に乗っかっている。

 

「わ、私のカレー……」


 これほど悲しい事があるだろうか……。

 リーグレットは涙目でコロンと床に落ちるチキンを眺めていた。

 

「ギャハハ! 見たかよチャンス。あの吹っ飛びようを」

「ああ見た見た。えらく景気のいい吹っ飛び方だったなぁえぇ?」

「お父さん! いやぁぁーー!!」


(……怒った)

 リーグレットには許せない事が幾つかある。

 その一つはご飯を粗末にする事だ。

 それをこのチンピラ達は目の前でやってのけたのだ。リーグレットはどうしても我慢ならなかった。

 隣に置いていた鋼鉄の鞄を開きその隙間に手を突っ込む。

 

 するとガシンガシンと音を立てながら鋼鉄の装甲がリーグレットの腕に張り付いた。

 席を立ったリーグレットは騒ぎの渦中へ歩み始めると、そんな彼女に気付いたチャンスとアウトが睨みを効かせた。


「なんだ? こんなしけた店に客がいたのか?」

「静かすぎて気付かなかったぜ。にしてもお前……貧相な体してんなぁ」


 などと言いながらリーグレットの残念な体を見てくるチャンスとアウト。

(不快……でも今1番不快なのは――)


「ねえ?」

「なんだぁ?」

「なんか文句でもあるのかよ?」

「私のカレー……」

「カレー?」

「あぁあのゲロみたいな料理のことか。それがどうしたよお嬢ちゃん?」

「私のカレーに謝って!」


 今1番不快なのは美味しいカレーライスを粗末にされた事だ。

 リーグレットはその華奢な腕に似つかわしくない重厚な装甲を纏った腕を振り上げる。


「へ……」


 そんなリーグレットを見たチンピラ達が素っ頓狂な声を上げた。

 2人ともリーグレットの腕についた鋼鉄のガントレットに目を奪われているようだった。


「な、なんだよ、おま――」


 チャンスが言葉を紡ごうとしたその顔面――鼻頭から口に固く冷たい鉄の拳が激突した。


「ぶべらっ!?」


 リーグレット渾身の一撃……全力でぶん殴りつけた。

 

「チャ、チャンス!! な、なにすんだこの――」


 アウトが吹っ飛ばされたチャンスからリーグレットへ顔を向けると――

 キュイィィィン!!

 リーグレットの両手――鋼鉄の手から光り輝く何かが一点に集まっていくのを目にしてしまう。


「へ?」

「私の――」

 

 魔の抜けた声を漏らしたアウトにリーグレットは両掌から高音を発しながら青い光を収縮してチャージし続ける。

 アウトがその光が自分の体を吹っ飛ばす者だと理解し駆け出そうとするまでそうかからなかった……が。

 

「カレーライスに謝って!!!」


 手のひらに集められた光は熱を発し、出力となって背を向けて駆け出したアウトへ放たれた。

 これはリーグレットが作り上げた武装――魔装具の1つ――エーテルバスターだ。

 

 ドゴオオオオオオオオン!!!!

 爆音と衝撃が店内を大きく揺らした。

 リーグレットの目の前には店の壁に大きな穴を開けて、街の向こうまで地面を抉った跡が湯気を立てながら残っていた。アウトを街の遥か彼方へと吹き飛ばしてやった跡だ。


「ご飯の恨みは怖いんですよ!」


 リーグレットはスッキリしたが、より空腹が増してしまった。体内の魔力を消費すると空腹が増してしまうのである。

 これではせっかくの良い気分が台無しだとリーグレットは大きくため息を吐いた。

 

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