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第25話 こんにちはマーダーグリズリー

 なんとか間に合った剣術講義。

 この講義は4時間掛けて行われ、内容は王都近くにある森林へ向かい奥深くの遺跡にある置物をとってくると言ったものだ。

 

 持ち込めるのは剣と携帯食料のみ。

 各自、単独で向かうも良し、人と協力するも良しといったかなり自由な講義内容だ。

 

 だがここには魔物が出てくる。

 つまりこれを倒しながら奥へと進むわけだが、どうやらこの講義は森の中の魔物を間引くボランティアを兼ねているらしい。


 そんな協力が推進される今講義であるが、リーグレットはもちろん友人が1人も居ないので、1人で魔物と出逢わないようにゆっくり足音を立てないように進む。

 

 彼女に剣術は全く使えない。

 技術云々以前の話であって虚弱体質故に剣を振るえば恐ろしく疲れてしまうというわけだ。

 

 そんな彼女は魔物との遭遇を避けつつ草木を掻き分ける。どれぐらい奥へ進んだのだろうか、振り返るとスタート地点の広場なんてもう全く見えない。

 

 見渡す限り木に草に花だ。

 緑一色の光景にケタタタタと異様な鳴き声がこだましていて、恐怖心が彼女の身を震え上がらせる。


「グルルル」


 その時だった。

 木々の間の暗い影から出てきた魔物とかち合ってしまったのだ。

 それは熊のような見た目で猪のような牙を携えた見るからに凶暴そうな魔物――マーダーグリズリー。

 

 討伐ランクはDでこの辺りではよく出る個体として有名な存在。ブレイバーなら余裕綽々に倒してしまうこの魔物だが……。

 

 そんなマーダーグリズリーはリーグレットからしてみると「こんにちわ! 君を殺しにきたよ」と呟く死神にしか見えないわけで……。


「グガアアアアア!!!」

「ひ、ひえぇぇぇ〜〜! ごめんなさぁぁ〜い!」


 無駄な謝罪と共に踵を返し逃げ出すのだった。

 熊相手に背中を向けるのはまずいという知識は勿論彼女の知識には入っている。それに対処法も勿論。

 

 知識として入ってはいるが理性を保ちつつそれを実行に移せるかと言われると彼女の精神は弱すぎる。

 走る彼女の後ろからマーダーグリズリーが木々を掻き分けながら四足で追いかけて来る。

 

 あの巨体でどうしてこの速度が出せるのだろうか。

 走りながらリーグレットは妙に興味が湧いてきてしまう。

(ゴルディアスを四足歩行形態にすれば速度が上がるかも……)

 などと考えていると――


 ズワァ! とすぐ後ろから風圧がリーグレットの背中を叩きつけた。マーダーグリズリーがその巨腕を振るったのだ。

 

 あと少し速度を緩めていたら今頃輪切にされていただろうとリーグレットはマーダーグリズリーに一瞬振り返り生唾を飲んだ。


「おっふ……」


 あの爪で引き裂かれたら? そう考えただけでリーグレットはちびりそうだった。

 目の前はえらく伸びた草で足場がよく見えない。

 

 ここに来るまでに木の根を飛び越えてきた分、この先にも自然の障害物は当たり前のようにある事だろうことは確かだ。

 

 そんな中、この魔物を巻くことが出来るか?

 答えはすぐ出た。

(…………無理だよね)


 リーグレットは諦めて振り返り剣を抜いて構える、恐怖で震える刀身を抑えようと両手でぎゅっと柄を握りしめて。

 

 マーダーグリズリーは足を止めて二足で立ち上がし始めた。その大きさ……優に彼女の3倍はある。


「ガアアァ!!」


 などと観察しているとマーダーグリズリーが巨腕を振るった。

 鋭い爪が横薙ぎに払われたが、リーグレットは「ひゃあ!」となんとも情けない声を出しながら屈んで躱すことに成功した。

 

 だがマーダーグリズリーは彼女に考える隙を与えないと言わんばかりに巨腕を左右交互に振るう。

 

(守ってばかりじゃ……だめだよね!)

 マーダーグリズリーの攻撃を必死に避けると黒い体毛が薄く白い柔肌が見える腹が露わになった。

 

「でぇぇぇい!!」


 そんな無防備になった腹にリーグレットは全力で斬り込む! 大振りの一撃が決まったと思われたのだが――

 

 ガキンとなんだか鉄を打ちつけたような音と反動が彼女に反射して痺れる腕から剣を落としてしまう。

 

(か、硬いよ……)

 この腕がジーンと痺れる感覚に、世のマーダーグリズリーはこうも硬いものなのかとリーグレットは軽く絶望させられた。


「これは……大人しく逃げるに徹するべきだったかも……」


 勝てない……そう考えたリーグレットはまた走り出そうとしたその時。

 ピーーー。と笛のような音色が森の中に響いた。

 瞬間……ドシンドシンと左右後方から足音が聞こえてくる。


「ま、まさか!?」

「ガアアアッ!!」

「新手!?」


 森の茂みから飛び出したのは新手のマーダーグリズリー。それも2体。

(こ、これは……死ぬ?)

 そう想起させる光景にリーグレットはごくりと唾を飲んだ。


「いや……まだ!!」


 彼女の脳裏に浮かんだのは寮の部屋に1人残されたゴルディアス。

(あの子が言っているの……「僕を一人にしないで……」って……そうだよ、私があの子を見なきゃ! それに私はまだッ――)


「理想のゴーレムを作れてない!!!!」


 剣を構えて最初の1体に飛び掛かる。

 リーグレットは覚悟を決めて、ある魔法を使用する。

 魔法が使えないはずの彼女が使える【鋼鉄の魔導師】が作り上げた魔法。

(疲れるけどやるしかない! 私の作った身体強化魔法! 擬似ゴーレム操術を!)


 ***


「はぁ……はぁ……」


 息を切らしたリーグレットの前にはマーダーグリズリー3体の死骸が転がっている。

 普通に戦えば勝てなかった彼女がなぜ勝てたかというと……まあ反則技を使ったということだ。


 彼女はゴーレムを組み上げる時にそれを見つけた。

 ゴーレムの操作は脳に動かした動作をイメージして魔力を通じて動かすことができる。

 そこからヒントを経て開発したオリジナルの身体強化魔法――【擬似ゴーレム操術】だ。


 自分の体を直接動かすのではなく。ゴーレムを操作する時のように体内の魔力を直接作用させて、脳でイメージした動きをとらせるといったものだ。

 

 イメージさえ出来れば達人の様に動き回れることが出来るのだが――その反動が凄まじい。

 魔力の消費はもちろんだが、何よりキツイのは――


 

「いだだだだだ!!!」


 これだ。

 筋肉が引き裂かれそうな激痛。

 それもそうだろう。

 貧弱な体を無理やりに動かしたのだから……。

 

 例えるなら安物の人形に稼働域を超えた動きをとらせるとポキリと折れてしまう。そんな感じだ。

 リーグレットはひどい痛みに耐えつつ、さっき聞こえた笛の音に疑問を感じていた。


(あの笛の音が聞こえてから魔物が出現したよね……。偶然? 今は聞こえてこないけど、このままここでじっとしていればまた笛の音が聞こえて来るかもしれない……)

 

 もし笛の音で魔物をコントロールできるとなれば危険だと考えリーグレットは足早に奥へと進むのだった。

 

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