第20話 リーグレット、距離を置かれる
事件を受けてからというもの学校の敷地に入れる人間は完全に学生だけになってしまった。
外の人間による貴族殺害の疑惑があるのだからこの対応も当然と言えば当然なのだが、これには学生貴族はかなりご立腹な様子だった。
なにせ従者を連れ歩くことができなくなったのだから。
貴族の多くは身辺回り、スケジュール管理などを従者に任せていた分、今この状況に置かれた今、無力な学生が量産されていたというわけだ。
講義の無断欠席に、忘れ物の多発、体調管理や身嗜みの劣悪化などなど問題をあげ始めるとキリがないほどだ。
そんな阿鼻叫喚の状況に置いて知名度がグンと上がった人物もいる。
それはあの事件の英雄であるサリュース・リリベルタだ。
元々才女として有名だったが、あの事件でサラマンダーの脅威から学生達を守った事実が拍車をかけた形になったというわけだ。
中には眉唾物の話もあるが……。
サリュースが巨人の腕を召喚してサラマンダーを叩き潰したやら、地面に大穴を開けたとか。
(私の……事だよね、それ)
そんなサリュースと共に事件を納めたはずのリーグレットはと言うと――
「リーグレット・アイアンガルド! また課題の未提出とは舐めているのか!」
魔法史の講義中、教師から席を立たされ説教を受けていた。
眼鏡をかけた巻き髪の女性教師はこの学校で、最も規律に厳しいクレイラー教諭だ。
以前講義で出された魔法史における最も尊敬する人物についてレポートを纏めろと言う課題をリーグレットは忘れていたのである。
なにぶん、ここ数日は事件の調査に奔走しすぎていたので課題の存在など記憶から消えてしまっていた。
クレーラー教諭の叱責を受けて小さくなるリーグレットは、小さな声で返した。
「い、いえ。舐めては――」
「ならなぜ課題を提出しない!」
「そ、それは――尊敬する人がいない……から?」
(あ……これはまずいかも……)
言ってから気づく。これは反論に他ならないことを。
リーグレットは恐る恐る顔を上げるとクレイラー教諭の肩がプルプルと震えていた。
このままではまずいとリーグレットは小さな頭をフル回転させる。
「そ、そうですね〜……強いて言えば……古代のゴーレム……とか?」
「リーグレット・アイアンガルドッ! 講義が終わるまでそのまま立ってなさい!」
「え、えぇ……なんでぇ……」
クスクスと周りが笑う。
その中にはサリュースも席に座っていたが、リーグレットが目を向けるとあからさまに逸らされてしまう。
「またあの引き篭もりがやらかしたわ」
「ざまぁないわね。勉強する気がないのなら早く去ればいいのに」
「それに比べてサリュースさんは素晴らしいわね。今回の課題は1人だけでいいのに4人のレポートを出したなんて……」
「えぇ……さすがアクラディーテ様の子だわ……」
周りの学生が言う通り確かにサリュースのすごいと言う言葉に尽きる。
勉学は常に学年トップ。実技も敵無しで、1学年で唯一高位魔法を使用できるのだから。
(それに比べて私は魔法が使えないゴーレムマニア……)
だが、サリュースはそんな周りの言葉に険しい顔になっていた。それは誰も気づけない変化だが、彼女はこの評価に納得がいっていないようだった。
***
「サ、サリュースさん!」
講義を終え、リーグレットは廊下を1人歩くサリュースを追いかけて、震える声を絞り出した。
そんな彼女の声に気付いてくれたようでサリュースが長い黒髪を靡かせて振り返る。
「なんです?」
「あ、その……特にこれといった用はないんですけど……」
「なら気安く声をかけないでくださいます?」
声を掛けたは良いが、いざ対面すると緊張してしまう。
それにサリュースのリーグレットに向ける眼差しは冷めているように感じて尚のこと言葉を紡げないでいた。
「わ、私と友達になってください!」
だとしても彼女は恐怖を押し殺し言葉を紡いだ。
それは8年間声に出す事がなかった言葉「友達」だ。
リーグレットはどうしてもサリュースと仲良くなりたかった。
なにせ、あのサラマンダーを協力して退けたからだ。
あの時感じた安心感……リーグレットはこの人なら裏切ることはないと考えたのだ。
それに自分と違って凛としていて、高潔で、自分にも厳しい。
リーグレットにないものを全て持っている彼女……。そんなサリュースと友達になりたかったのだ。
だが――
「私はあなたのような人と仲良くするつもりはございませんわ。馬鹿がうつりますので失礼」
「あっ……待って」
リーグレットは手を伸ばすがサリュースは踵を返して去ってしまった。
なんだかあの事件から一気に冷たくなったような気がする。
あの事件を共に潜り抜けた彼女はどこにいったのだろうか……そう寂しく思いながらリーグレットは伸ばした手を下ろした。
「リーグレットさん!」
「ひゃぁあ!!?」
サリュースの背中を眺めていると背後からいきなり声を掛けられ驚きぴょんとその場を跳ねてしまう。
リーグレットは振り返ると、声を掛けたのはバルトレーンだった。
そんな彼は息を切らして涙目になった彼女に手を合わせた。
「ごめん。そこまで驚かせるつもりはなかったんだ」
謝ってくれたが、愉快だといった様子で顔が微笑んでいる。
話しかけてくれた事実がなんだか嬉しいのだが、こうも不意打ち気味に声を掛けられると、ただでさえ弱い心臓が止まってしまうというものだ。
「で、そんな寂しそうに立ってなにしてたのかな?」
「いや……」
言われリーグレットは廊下の先を歩くサリュースに目を向ける。
サリュースの周りには学生達が集っていてさっきとは打って変わって笑顔が見える。
(楽しそう……)
「彼女……たしかサラマンダー事件から学生達を守ったサリュース・リリベルタさんだっけ?」
「はい……あの人と友達になりたかったんですけど……どうやら私は嫌われてしまってるみたいです」
「ふぅん……嫌われてる……ねぇ?」
不思議そうにリーグレットに目を向けるバルトレーン。
リーグレットにだってなぜ嫌われているかわからない。
あるとすれば彼女が学業に対してあまり真面目ではないという所だろうか。
なにせここで学べる知識はとうの昔に獲得しているのだから面白みに欠けているのが理由だろう。
「私とサリュースさん……性格が合わないんでしょうか……」
「あ〜……確かに合わなさそうではあるよね。君みたいな天才とは」
直接的すぎる言葉にリーグレットはグサリと胸が痛んだ。
そんな彼女の様子に気づいてバルトレーンは「ああ! ごめんごめん!」と今度は必死に謝る。
「別に悪気があったわけじゃないんだ。許して?」
「そ、そうですか……」
と言われても傷ついた心はそうすぐには回復しない。
そんなリーグレットにバルトレーンは真面目な顔で続ける。
「たしか君は彼女がサラマンダーの猛威から学生を守った現場に居たんだったよね?」
「はい……」
「そこで現れた謎のブレイバーに助けられたんだったっけ?」
「そう……ですね」
どうやらゴルディアスに関する噂も少しは出回っていたようだ。サリュースの活躍に隠れている程度のレベルだろうがなんだか嬉しく思うリーグレットは少し口角が上がる。
「彼女、あの事件からみんなにこう言われてるんだって『助けが来なくてもあの氷結の魔女の娘なら倒せたはずなのに』って」
「氷結の……魔女?」
聞き覚えのない言葉にリーグレットは首を傾げる。
そんな彼女にバルトレーンは「あれ? 知らない?」と逆に首を傾げられた。
「彼女のお母さんだよ。氷結の魔女。魔導師に今一番近い魔法使いだ」
「魔導師に……一番近い」
つまりかなりの実力者ということ。
サリュースの実力は母親から学んだものだとはリーグレットも考えていた。その名が有名であることも。
魔導師になる為には実力を示し、功績が認められ、魔を導ける知識を兼ね備えている必要がある。
サリュースの母――アクラディーテはその力を備えているというわけだ。
「そんな母を持つ故に悔しかったんじゃないかな? 誰かに助けられた事実が」
「な、なんでですか?」
「それはそうでしょ〜。今まで磨いてきた魔法の技術を発揮する前に倒されちゃったんだからね。もしあの場で彼女がサラマンダーを討伐していたら彼女の母は娘を強く育て導けた功績から魔導師になれた可能性があるんだしね」
その言葉を聞いてリーグレットは気が遠くなった。
(私が……ゴルディアスで倒したから? サリュースさんは自分で倒したかったって言ってたし……お母様の為に戦うはずの場を……それを私が奪った?)
「どうしたのリーグレットさん? 顔色が悪いよ?」
リーグレットはハッとすると心配そうに彼女の顔を覗き込むバルトレーンの姿が目に入る。
慌てて首を振って大丈夫である事をアピールした。
「だ、大丈夫です……」
「そう? でも彼女も大変だよね」
バルトレーンは廊下の先……もう見えなくなったサリュースの方へ目を向ける。
「ほら彼女、そんな偉大な魔法使いが身内にいるわけでしょ? だからどうしても比べられてしまうんじゃないかな。親はもっと凄かった。それに比べて……ってね」
「そんな! サリュースさんは間違い無く天才です! あの歳で複合魔法の……高位魔法を使えるんですよ」
「だとしてもだよ。仕方ない話だよね。まあ彼女はそんな周りのプレッシャーに負けず努力で認めさせたんだから凄いよ」
「そう……ですね」
そう言ってリーグレットも見えなくなったサリュースの面影を廊下の先に見るのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
もし面白いと思って頂けたら
評価とブックマークをして頂けると励みになります。
よろしくお願いします!




