第13話 リーグレットの命を持たない友達
サリュースはリーグレットの腕を力強く引いた。
この場から一人で逃げればいいのに、そうさせまいとするのは彼女が貴族としての矜持だろう。
貴族の大半は保身に走る輩が殆どだが、ごく一部、稀に『力ある貴族は弱き命を助けよ!』とまるで演劇団のような家訓を掲げる家庭が存在する。
「早く行きますわよ!」
「だ、だけど……」
死にたくはないが、見た事もない魔物をこの目に、この脳に焼き付けたいと思うのはリーグレットの探究心か好奇心かだろう。
そんな浮ついた彼女の言葉を聞いたサリュースはギリッと歯を食いしばる。
「サラマンダーが見たいだなんて言ってる場合でなくってよ! そんなの図書室の本でいくらでも見れますからー!」
「そうですけど……そうなんですけど」
でも見てみたいのだ。
本にある情報など、書いた本人にしか知り得ない体感情報なのである。つまりそこに書いてあるものはリーグレット自身が感じた物とは全くの別物。
彼女は自身の肌で感じたいのだ。
この目に焼き付け、この炎の苦しさを呼吸を通して感じ、脳に焼き付けたいのだ。
そんなリーグレットとサリュースさんはまるで綱引きのように腕を引っ張り合っていた。
そうこうしてる内に天井に燃え広がった炎が赤から白へ移り変わり、シャンデリアや天井をどろりと融解し始めた。
炎の火力が上がったのだ。
にしても不思議な話だとリーグレットは思う。
あのサラマンダーはまだ孵化して間もないというのに、どうしてここまでの火力を出せるのだろうか。
火の手が回り学生達を飲み込んで火だるまにしていく。
何人かは自前の魔法で逃れることが出来ているが、残る何人かはそのまま燃えて動かなくなった。
「まずいですわ!」
サリュースさんが手を掲げる。その可憐でプルッとした唇が魔導の言葉を唱え始めた。
「麗らかなる蒼き聖水よ……今ここに満ちたまえ」
完全詠唱。
魔法はそのまま魔法名を唱えて放つ短略詠唱と言葉の力を重ねて放つ完全詠唱がある。
言葉の力はイメージの幅を広げる。
これが長ければ長いほど威力を増すのだが、反面――長い詠唱になる分隙が生じ、何の魔法を使うか知られてしまい、更には一文字ごとに消費魔力が増えるというメリットよりもデメリットの方が多いのだ。
「だけど今なら――」
そう今の相手は魔物……サラマンダーであり人間ではない。完全詠唱による魔法割れの心配はない。
あるとすれば、この無防備な状態を襲われる可能性と魔力切れぐらいだ。
だからこそ彼女は迷わず放つ、水属性最高位の魔法を!
「タイダルウェイブッ!」
完全詠唱を終えたサリュース。
彼女の華奢な腕の前からドバッと大量の水が溢れ出し、まるで蛇口を一気に捻ったように水がこのホール内を満たしていく。
「ギャシャァァァァ!!」
サラマンダーの体が水により体表温度を一気に下がり、苦痛の声を上げた。
リーグレットとサリュースにはそんなサラマンダーの姿を人混みで捉えられないが、この鳴き声で確実に効いていることだけは理解する。
火だるまになった人たちが水に飲まれ火が鎮火していく。炎が弱まりこの火事の源……四大聖霊の1体。サラマンダーの姿をようやく2人は捉えた。
赤い鱗に覆われた体。
四足を地に着けたまるでトカゲのようなシルエット。
そしてタイダルウェイブを受けてなお燃え続ける頭部の炎。
燃え続けているだけじゃない。
タイダルウェイブをこのサラマンダーは絶え間なく溢れる炎で蒸発させているようだ。
蒸発した水がミストとなって辺りを白に染めていく。
熱を持った蒸気は肌に纏わりつき、酸素を重くさせ2人の不快感を募らせていく。
「あ、あつい……」
「だけど止めるわけにはいかないでしょ!」
サリュースがタイダルウェイブを止めた瞬間このホールは再び火事に見舞われることになる。
彼女はそれを分かっていて、魔法を行使し続ける。
「なんとか……しないと……」
サリュースの顔が青ざめていく。
魔力が切れかかっているのだ。
学生のみでこれ程の水を生み出す高位魔法は彼女の魔力を瞬く間に枯渇させていく。
「私が……ここにいる人たちを守らないと!」
何が彼女をそこまで駆り立てる……。
何の責任があって自ら死に向かおうとする?
リーグレットには理解できなかった。
彼女は8歳の頃からは自分のためだけに生きてきた。
他人の存在などいつかは裏切りに変わる。そう思い、全てを否定し生きてきた。
だが今、リーグレットの目の前に居るサリュースはそんな彼女と真逆だ。
人の為にと力を振るう……。
「なぜあなたがそこまでするんですか?」
「見捨てられるはずないでしょう。私には彼らを守る力があるのですから!」
「力……」
やはり理解できない。
そこまでして何の得があるというのだろうか。
メリットとデメリットを天秤にかければデメリットが大半を占める状況。
助けたとしてその先に待つのは薄い言葉の賞賛だけだ。
もし守りきれず皆を死なせてしまったら?
半端に力を振るった君が周りから「お前が弱いから!」と罵られるだけだろう。
「わかんない……」
「理解できなくて結構! ほらさっさとお逃げなさい!」
その時、サラマンダーの炎が勢いを増してサリュースの華奢な体を吹き飛ばした。
「きゃっ!?」
「サリュースさん!?」
炎がサリュースに迫り、倒れながらもサリュースは魔法を放ち続けていた。
その光景がリーグレットにはゆっくり動いていくように見えた。
(もしこのまま彼女を見捨てたら?)
いや見捨てるべきだ。どうせ助けたところで何の得にもならない。
(だけど――本当にそれでいいの?)
もしここで助ければ何かが変わるかもしれない。
(私の人生でもしかしたら何かが色づき始めるかもしれない)
気づけばリーグレットの体は動いていた。
サリュースの前に立ちサラマンダーと対峙していたのだ。
「リーグレット・アイアンガルド?」
サリュースの放たれた水が足首まで浸かる程になっている。
(凄い魔力量……どれだけの研鑽を積めばこれだけの魔力を……)
だけど、このまま炎を水で中和していてもサラマンダーを退けることはできないだろう。
ならここは何としても攻勢に出るしかない。
そう思い、リーグレットはポケットからゴレムリンを取り出した。
「お逃げなさい!」
そんなサリュースの言葉を無視してリーグレットはゴレムリンの電源を入れて首を押し込む。
ガチ。と音が鳴ると同時、ピーーッ! と耳を劈く音がホール中に鳴り響いた。
「な、なにが……」
瞬間、窓が大きく割れてホール内へ飛び込んでくる大きな影。
「騎士?」
サリュースは目の前に突如現れた騎士をただ見上げていた。
鋼色で重厚で存在感のある騎士甲冑のような鎧がリーグレットの前に降り立ちサラマンダーの炎を両腕を交差させて防いだのだ。
「ゴルディアス」
リーグレットはその騎士の名を呼んだ。
それに呼応するようにゴルディアスは立ち上がり構えを取る。
目の前の魔物を脅威と認識したのだろう。
リーグレットも目の前のサラマンダーを見据える。
すると彼女の視界に映るサラマンダーに円形がロックされた。
ゴルディアスと視界が共有されたのだ。
ロックされたサラマンダーの魔力数値が表示される。その数値……5000。
通常人間の魔力量が1500に対して3倍以上。
「頼むね。ゴルディアス」
「ゴルディ……アス……」
それがあの騎士の名だろうか。
サリュースが呆然と呟いた。
ゴルディアスはリーグレットが8歳の頃から作り始め、改良を重ねた未完であり傑作――友人だ。
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