旅は道連れ トラブルには巻き込まれ ⑦
朝を迎え、朝食を作る兄の手伝いをしていると、レオンさんがレーゲンを肩に乗せ、右手に狩ったばかりの兎を持ち歩いてくるのが見えた。
「ほら、小次郎ちゃん。ちゃんと顔を洗って」
兄の『生活魔法』で出した水を盥に溜めて顔を洗う小次郎と姉は、レオンさんの右手に耳を掴まれている兎に「ひっ」と短い悲鳴を上げる。
朝から血抜きされたばかりの兎を見るのは、精神衛生上負荷がかかると思うが、橘家はそんなワイルドな生活に慣れなければいけない。人として安定した暮らしを手に入れるために、この世界では冒険者というパワー勝負の職業のランクを上げる必要があるのだから。
「……ということで、毛を毟り解体します」
チャッキーンとナイフ片手に兎と対峙する私と、無言で兎の処理をする兄。レオンさんは難しい顔でパンが焼けるのを見守っており、姉と小次郎も悲壮な顔で兎を見つめている。
「き、菊華ちゃん? そんなに無理をしなくても兄さんに任せればいいと思うの……」
「ぼ、僕はやる」
「お姉ちゃん。昨日、決めたでしょ? 冒険者として頑張るためには、森での野営やダンジョンに泊まり込みでアタックすることに慣れなきゃいけないの! その間の食事は保存食か自分で討伐した魔物を解体して食べるのよ? こんな兎如きに臆している場合じゃないわ!」
キラーンとナイフを掲げて……いざ、入刀!
「あ、菊華。そこ、骨があるから気をつけてな」
普段と変わらない兄が憎いっ。この手に伝わる肉の感触……うっ、辛い。
「き、菊華ちゃん。僕がやるよ?」
きゅるるんとした小次郎に、持っているナイフを渡したい衝動に駆られるが、ここは大人として譲れない。
「い、いい。大丈夫よ。それより、お姉ちゃんと小次郎はお兄ちゃんの解体をちゃんと見て勉強してよ」
特に姉よ。スプラッター映画をお菓子を食べながら見れる極太神経のくせして、目を瞑るでない。
こうして、にぎやかな朝が始まった。
改めて……これから冒険者としてランクを上げることにした橘家です。目標はCランクで、できれば安全平和な街に前の世界で住んでいた規模の土地家屋を手に入れたい。そんな、ささやかな野望を持っております。
「キッカ。あまり、ささやかではないぞ。街に持ち家があるのは金持ちだ」
「わかってますよ。あれでしょ? 田舎なら持ち家も当たり前だけど、治安のいい街だったら平民には無理なんでしょ?」
だいたいは貸家や集合住宅の賃貸住まいらしい。そもそも、トイレやキッチンが共同だったり、お風呂がないのが普通だったりするものね。でも、そんな生活水準では橘家は困るのよっ!
「とにかく土地と家を手に入れたら、希望どおりにリフォームして水回りも魔道具でこれでもかってぐらいに快適にしないと……」
「そうだよなぁ。電気ケトルやコンロ。レンジにオーブン。フードプロセッサーとかホットプレートとか欲しいよなぁ。ああ、洗濯機と乾燥機も。掃除機とか……魔道具あるかな?」
「テレビは無理かしら? ラジオとか? 配信でもいいのだけど。アニメとかゲームとか、魔道具でそれらしいのはないの? アイドルとか声優とか芸能はどこまで進んでいるの? この世界、流石に劇場はあるわよね?」
「……菊華ちゃんたち、口から欲望がボロボロ零れてるよ?」
小次郎の指摘に、私たちはハッ! と両手で口を塞いだ。しまったーっ! レオンさんがいるのに、前の世界を彷彿とさせる言葉を洩らしてしまったーっ!
「……キッカたち、俺の知らない魔法でも詠唱していたのか? ちっとも理解できない言語だったが?」
無表情で首を傾げるイケメンに、私たちは愛想笑いをして誤魔化した。そうです。この言葉はあなたたちには理解不能な、私たちの国の言葉です。方言みたいなものです。だから……忘れてください。
「コホン。では改めて。レオンさん……超初心者の私たちでも安全に挑戦できるイルブロンの街のダンジョン、その攻略方法を教えてください」
橘家一同、レオンさんに深々と頭を下げてお願いしま~す。
「……イルブロンの街のダンジョンは街の近くに二つ。森の中に一つある。厄介なのが、森にあるダンジョンはランクが低いが、その森に出没する魔物の中には高ランクな魔物もいるってところだ」
それって、ダンジョンに辿り着く前に魔物にエンカウントしたらアウト……。じゃあ、じゃあ他のダンジョンは?
「レオンさん。他の二つのダンジョンはどうです?」
「ふむ。一つは街の東側にあるタワー型のダンジョンだ、下層は比較的弱い魔物が出るからアオイたちでも大丈夫。ただ、上層階はDランクからCランクの魔物が出るし、ボス部屋の魔物は強い」
ゴクリ。ボス部屋の魔物って他のフロアの魔物より一段階強い。まあ、だからボス部屋って呼ばれているんだろうけど。ただ、問題は「勇者」である小次郎がボス部屋に入ると、さらに強い魔物が出ることなんだよねぇぇぇぇっ。
「もう一つは北側にある城型のダンジョンだが……。ここはお勧めしない。かなりドロップ品もよくレベル上げもしやすい場所だけどな」
レオンさんはここでため息を吐いてから憂い顔で言葉を吐きだした。
「ドラキュラが支配するアンデッド系モンスターが巣食うダンジョンなんだ……」
ひええええっ、アンデッドってゾンビとか? いやいやいや、却下です! 却下ーっ!




