48 視線
私はジュストのすぐ後を歩いていると、偶然アレクセン・トレヴィル男爵と、ふと視線が合った。
妖しい……艶めかしいとも言える容貌。確か、先のトレヴィル男爵が異国の踊り子との間につくった子とされていて、その顔立ちなどは貴族たちの中でも異彩を放っているのだ。
ええ。確かに整っていて……なんだか、怖いくらいだわ。
あの時……オレリーと共にアシュラム伯爵邸へとやって来た時、それ以外には挨拶程度の短時間会っただけの人だけど、私たち貴族の令嬢たちの中では相当悪評が立っている。
外見は良いけれど、絶対に近付いてはいけない要注意人物。彼はそういう立ち位置に居る。
そんな事など知らない世間知らずの社交界へ出て数度のオレリーが、口車に乗せられて引っかかったのも無理はない。
トレヴィル男爵は私だとわかったのか、わかっていないのか、何事もなかったかのように目を逸らした。
「……ミシェル。どうしました?」
先を行っていたジュストは、目ざとく私が何かに気を取られたことに気が付いたようだった。彼は護衛騎士をしていた時から、背中にも目があるのではないかと思うくらいに背後の私が何をしているかを把握している。
「ええ。トレヴィル男爵と目が合ったの……私だと、わかったかしら?」
「ミシェルはサラクラン伯爵家の令嬢で、侯爵家の晩餐会に居ても何の不思議もありませんよ……僕に気が付かなければ、問題ないかと」
私は背の高いジュストを見上げた。髪の毛は綺麗に撫で付けられているし、普段はない眼鏡を掛けている。貴族令息や護衛騎士というより、なんだか、敏腕な執事のようにも見える。
「私から見てもいつものジュストには見えないし、トレヴィル男爵にはわからないかしら……それにしても、ジュスト。絵画を首尾良く購入することが出来たけれど、これからどうするの?」
私たちは予定通り、駄目な方の詐欺師ルブシャンから絵画を購入することが出来た。あの絵画を持ってきた先での彼らの行動そのものを証拠とすれば、トレヴィル男爵たちを捕らえることができるはずだ。
妹オレリーの希望はベイリー侯爵夫人を助けてあげたいと言っていたから、これで叶うはず。
「出来れば、他にも絵を買いたいですね……何が良いですか?」
「まあ……他にも?」
私は壁に飾られた絵画を見た。絵画の蒐集家として知られていたという、亡くなったベイリー侯爵のコレクションはとても多い。
なんなら、一日だけでは絵を見切れないかもしれない。まるで、美術館のような様相なのだ。
「とはいっても、買う振りだけですけどね……そうですね。何人か同じように絵画を購入したいですね。おそらくは、割り振りがあるはずなので」
ジュストはゆっくりと周囲を見回した。ベイリー侯爵家の持ち物だというのに、まるで我が物のように誰かに売り渡そうとするなんて……信じられないわ。
「とんでもない話よ。正直、こんなことが起こっているなんて、とても信じられないわ」
「ミシェルの言う通りですけどね……僕が観察したところ、トレヴィル男爵の周囲の人間が多くいるようなので、ベイリー侯爵夫人は上手く騙されているんでしょうね」
ジュストは馬車の中で見ていた書類に書かれていた人物も、それとなく確認していたらしい。
多くの人間が囲むように夫を亡くしたばかりの未亡人を騙そうとしているなんて……本当になんということなのかしら。
「何枚も絵画を買って、どうするつもりなの?」
「安い買い物ではないですし、現品引き渡しの日取りを確認する必要があります。受け渡しの日時を相談するのなら、それまでやりとりが必要となり……手紙はどこかから届けられるものですから」
意味ありげに微笑んだジュストに、私はちいさくため息をついた。
「ああ……絵画の受け渡しのやりとりをする誰かの居場所が、わかるってこと……? それならば、確かに探ることが出来るわね」
ジュストのしようとしていることを理解出来た。何枚かを購入する……それには、詐欺師たちが割り振られている……そこで、彼らと連絡を取る際に、誰であるかを探る。
そうすることが出来れば、一網打尽に逮捕することもできそうだわ。
「ミシェルはどうします? 別に詐欺師と関わる必要もありませんよ。ああいう人間は苦手でしょう。僕が上手くやっておきますので、ゆっくりと絵を見て回られては」
ルブシャンの存在で不快な気持ちになっていた私の気持ちを察したジュストは、そう言って提案してくれた。
ジュストはもしかしたら心が読めるのかと思ってしまうくらいに、私の気持ちを正確に言い当てる。幼い年齢からずっと一緒に居たからかと思っていたけれど、それは違う。
彼が私のことを愛して常に気に掛けていてくれたからだと、今ではわかっている。
「そうね……確かに彼らの言葉を聞いているだけで胸が悪くなりそうだから、私は絵を見ていることにするわ……」
ジュストは黙ったままで頷いた。ブラウン子爵として、私から離れていった。
元々晩餐終わりでは男女別で社交することになるので、私はお菓子やお茶が用意されている応接間へ向かおうと思った。
ジュストの位置を確認すると、彼は絵画を売りつけようとしている詐欺師の一人と話し始めているようだ。絵画の売買について、話を付けているのだろう。
そこで、歩き始めた私はトレヴィル男爵が近くに居ることに気が付いて驚いた。
「……アレクセン様」
「こんばんは。ミシェル様……オレリー様はお元気ですか。最近、連絡が取れなくて心配しているのですよ」
心配そうな表情になっているけれど……きっと、その理由をわかっている癖に。
私はどうしてもそこで、彼のことを睨んでしまった。
そんなことをしては良くないとわかりながらも、本当に我慢出来なくて。
本日は純粋培養令嬢竹コミ!11話更新日です~♡
とんでもないことを言い出した妹オレリーに、姉ミシェルは……という重要回ですので、ぜひぜひご覧下さいませ!(ページ下部にリンクあります)
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