47 商談
「まあ……とても美しいわ」
私は大きな肖像画を見上げて、嘘偽りのない感想を言った。
その絵は私の背丈ほどもあるキャンパスに描かれ、美しい紋様を彫刻された枠で壁に掛けられていた。
青いヴェールを被った美しい貴婦人が、こちらを振り返っている。彼女の美しい顔がヴェールで半分隠されているのも、とても気になる要素だ。
どうして、美しいものを中途半端に隠してしまうのだろう……隠された部分が見たい。けれど、彼女は絵画の住人だ。
顔が全て見ることは、永遠に叶わない。
周囲に描かれた人たちの、目線の先も気になる。彼女のことを気にして見ているようで、その実見ていないように思えるからだ。
ただ美しいだけではなく、なんだか色々と考えてしまう。そういう意味でも、これは『名画』と呼べるのかもしれない。
「ええ。サラクラン伯爵令嬢、貴女のように美しいですね。気に入られましたか……?」
ジュスト……もとい、私の信奉者であるブラウン子爵はそう言った。
私は幼い頃からクロッシュ公爵家のラザールと婚約をしていたので、そう言った事は皆無と言って良いほど全くなかったのだけど、美しい貴族令嬢には信奉者がたくさん群がり、彼女の欲しい物を我こそがと買い与えようとする……らしい。
未来に婚約者となる人ならばそうは思わないけれど、ただ自分に好意を抱いてくれているだけの男性からの高価な贈り物を貰いたいかと問われれば、それは否だ。
高価な贈り物が欲しいからと、誰かを期待をさせるだけさせておいて、後に裏切るのも嫌だわ。
それは、私の個人の考え方であって、信奉されている令嬢たちにするなとは言えないけれど……愛憎が生み出す、まるで物語のような出来事を、噂で耳にし過ぎたのかもしれない。
「ふふ。そうね。それに、こちらに描かれた女性は、なんだか、先ほどお会いしたベイリー侯爵夫人に似ていらっしゃるような気もするわ……」
「おや。これは、お目が高い……! こちらの絵画を気に入られましたか……そうなんです。こちらは亡きベイリー侯爵が奥様と似ていると、特別にお買い求められたもので、購入されたオークションでは、かなりの高値となったとか」
私の言葉を受けて近づいてきた人物を見て、私とジュストはそれとなく視線を合わせた。
一匹目の狐がまんまと引っかかって来たのだわ。
先ほどトレヴィル男爵の傍に居たのを目撃した、にこにこと愛想の良い笑みを浮かべたふっくらとした中年男性だった。
……見た目優しそうなこんな男性が、ベイリー侯爵夫人を騙そうとする詐欺師の一味なの?
なんだか、人間不信になってしまいそうだわ。
「ええ。僕のお嬢様がいたく気に入られたようなのですが、そういった亡きベイリー侯爵の逸話のある絵画であれば夫人は手放さないでしょうね。とても残念だな……」
胸に手を当てて悔しそうな表情でジュストは言い、私は彼の演技の上手さを目の当たりにして、自分にはこれは出来ないと冷静に思った。
彼の義母のフィオーラ様も元女優だけれど、こんなにも上手く人に嘘をつけるのなら、確かにお金稼ぎが出来るわね。
「そういったことでしたら、僕が助けになれるかもしれません。僕はベイリー侯爵夫人の友人なのです。ベイリー領で商会を営む、ルブシャンと申します」
商人ルブシャンは右手を差し出し友好の握手を求めてきたので、ジュストはにこやかに微笑みそれに応えた。
私は無言のままで微笑み、ここでルブシャンと名乗った商人の嘘に気がついた。
貴族夫人は平民の商人を、決して友人になどと決して呼ばせはしない。
もし、隠れて親しい友人であったとしても、しっかりと線を引き、それを公にさせることはしないだろう。
「僕はブラウン子爵マイズルです。ルブシャン。僕は愛するお嬢様のために、こちらの絵を購入したいと考えております。君に仲介を頼んでも……?」
「ああ。もちろんでございます。ベイリー侯爵夫人には交渉は一任されておりますので……実は夫人は亡き夫との思い出の品を整理されようとされております。こちらの絵画もオークションへ運ばれる前ですので、ブラウン子爵は運が良いですね」
感じ良く微笑んだルブシャンは、絵画を見上げた。
妹オレリーが聞こえてきた情報による推理だと、彼らはベイリー侯爵夫人に取り入り必要な修復があるからと多くの絵画を預かるつもりなのだ。
そして、そのまま闇市へと運び入れ、トレヴィル男爵は悪徳商人を紹介してしまっただけの、何も知らない哀れな被害者を演じることになる。
けれど、彼らにしてみてもジュスト演じるブラウン子爵のような金持ちが、絵画を即金で購入してくれた方が嬉しいのだ。
なぜなら、ベイリー侯爵夫人が騙されてしまったと気がつくのが早ければ、闇市からの多額の金が入らなくなる可能性がある。
現金ならばすぐに利益になるし、足がつかない。そういった意味で、とても助かるらしい。
「ああ。そうなのですか……! とても嬉しいです。では、早速ベイリー侯爵夫人にお礼を!」
「ままま! 待ってください。ベイリー侯爵夫人には、私が代理でお礼を。ブラウン子爵は、お気になさらず」
私はジュストがルブシャンをからかったことをわかっていたので、思わず噴き出しそうになり口を慌てて片手で押さえた。
危ない危ない。ジュストは詐欺師を騙そうとしているのだから、それを私が台無しにしてはいけないわ。
「……ですが、確かに喪も明けきらぬうちに財産を整理したとなれば、ベイリー侯爵夫人が悪く言われてしまう可能性がありますね。このことは……他言無用の方がよさそうですね」
周囲を見回し声を抑えてそう言ったジュストに、目に見えてルブシャンは顔を明るくした。
言って欲しいことを先んじて言って貰えたから、とっても嬉しいのね……すごくわかりやすい。
なんだか、可愛く思えてきてしまうわね。
「ええ! ええ。その通りでございます。流石、ブラウン子爵はわかっていらっしゃる……こちらの絵の価格は、このような感じになります」
彼は胸ポケットから小さな手帳とペンを取り出し、サラサラと書いた数字をジュストに見せていた。
私への贈り物……ということになるので、金額がわかってしまうといけないのね。商人らしい行動だわ。
「サラクラン伯爵令嬢に喜んで貰えるのであれば、お安い金額ですね。それでは、こちらの絵は、いつ頃取りに伺えば良いですか?」
「ああ。それでは、私が三日後にそちらに届けに参りましょう。こちらに住所をいただけますか」
ルブシャンの手帳にジュストはサラサラと文字を書き付け、にっこりと微笑んだ。
「……ミシェルへの贈り物ですので」
「それはそうですね……! かしこまりました。では、料金もその時に……」
浮かれた様子のルブシャンは、私とジュストからそれとなく離れた。美味しい獲物がかかったと、報告に行くのだろう。
実際には、その逆なのだけど。
「……あんなにも考えていることがわかりやすいなんて、本当に彼は詐欺師なの?」
「ふふふ。僕のお嬢様は、良くわかっていらっしゃる。あれは、駄目な方の詐欺師ですね」
「だって、商人が貴族夫人を友人と呼ぶなんて……そんなこと、ありえないわ」
ルブシャンが貴族であれば、貴族の私の前で、それを口にしてはいけないことに気がついただろう。
「……まあ、普段適当な嘘ばかりついているので、もう嘘と本当の境がわからなくなっているのかもしれませんよ。不必要な言葉を口にしない人間は、言動に一貫性がありますが、ああいう人間は少し話すとボロを出すものです」
ジュストはそう言って微笑んだけれど、私はトレヴィル男爵やルブシャンの企んでいることを考えるだけで吐きそうな嫌悪感で胸が一杯になった。
悲しみに暮れる女性から、大事な思い出の品を奪い取り金を稼ごうなど……信じられないわ。
「そんな人は……誰か信じられる人なんて、いるのかしら」
私はそう思った。嘘ばかりついていて、周囲も詐欺師ばかり。自分だって、誰も信じられなくならないかしら。
「どうでしょうね……たとえ、周囲全員信じられなくなっても、彼自身がそれを招いているので、まったく同情に値しませんよ。現にミシェルの傍には、あのような愚劣な人間はおりません。僕だって同じです」
ジュストは何の感情も見せずそう口にして、青いヴェールの女性を見上げた。
彼女は意味ありげに、顔を半分隠している。周囲の人たちは彼女を気にしているようでいて……その視線を、向けてはいない。
本日は純粋培養令嬢竹コミ!10話更新日です~♡
美しすぎるバスルームシーンやギャップあるやや情けないジュストをぜひぜひ楽しんで欲しいです♡(ページ下部にリンクあります)
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