46 到着
「あら。ジュスト?」
もうそろそろ目的地だからと私が準備を整えていれば、ジュストは前髪をすべて上げて撫で付け始め、馬車の中に置いた荷物の中から眼鏡取り出してかけた。
そうすると、ジュストはふわふわとした茶髪が特徴的なので、パッと見、まるで彼ではない人のように思えるのだ。
変装……? とは言っても、彼を良く知っている人であれば、すぐにわかってしまう程度のものだけど。
「僕はジュストではありません。サラクラン伯爵令嬢。ブラウン子爵ですよ。貴女が絵画に興味があるので、収集家として有名な亡きベイリー侯爵邸を訪ねるのです。良い絵画があれば、僕が購入して贈り物にしても良いですね」
腕のカフスの確認をして、私に向けて笑みを浮かべるジュスト……いつも通りの彼と言えばそうだけど。
「……今の私の趣味は、絵画鑑賞になっているのね?」
美しい絵画を見るのは好きだけど、それを目的に長距離の移動をすることはない。これは、そういうことにしましょう……という確認だ。
「ええ。芸術的な物がお好きな僕のお嬢様らしく、高尚な趣味でよろしいではありませんか」
とは言っても、私の趣味というと可愛いらしいリボンの収集程度。髪に付けたりと何かと使用するので、何処かで好みのリボンを見掛ければ買ってしまい集める癖が付いてしまった。
ジュストも私のリボン収集の趣味は知っているので、折々にプレゼントしてくれた。
本来の主従であれば、あまりないことかもしれないけれど、リボンは高くてもそこまでの金額ではないので、私も気にせずに受け取っていた。
……そういえば、私が落ち込んだ後に、良くくれていたかもしれない。
「そうね。私は絵画鑑賞が大好きなサラクラン伯爵令嬢よ……ベイリー侯爵夫人と会話で絵画の話が出た時には、よろしくね」
絵画鑑賞が趣味なのに、専門用語なんて何もわからないのだ。そうなったらそうなったで助けるように言えば、ジュストは恭しく頷いた。
「ええ。お任せください。サラクラン伯爵令嬢。そのために、僕はここにおりますので」
折良く、馬車が停まりベイリー侯爵家へと辿り着いた。
そして、この馬車はジュストがわざわざ借りたサラクラン伯爵家のもの……紋章を確認されると面倒なので、そうしたんだろう。
「それでは、お嬢様。お手を……」
そういう演技なんだろうけれど、誰かが私たち二人を見れば、貴族令嬢とその崇拝者……という構図よね。
必要ある演技だとわかってはいるけれど、なんだか……変な気分だわ。
◇◆◇
「……ようこそ。いらっしゃいました。サラクラン伯爵令嬢。ブラウン子爵」
私たちはまず主催であるベイリー侯爵夫人へ挨拶をした。とても美しい女性だ。
喪が明けていないので黒い喪服だけど、そつなくこの場を取り仕切ろうとしている……けれど、なんだか頼りなく今にも消え入りそう。
なんだか、私の妹オレリーの未来の姿のようにも思えてしまうのだ。
「オレリー嬢に少し似ていますね。トレヴィル男爵の好みでしょうか」
私とそっくりそのまま同じことを思ったのか、ジュストは私に耳打ちをして来た。
「そのようね。儚げな印象の美しい女性だわ。亡きベイリー侯爵も彼女を一人遺すのは、不本意だったでしょうに」
いままさにハイエナたちが寄って来ているのだから、それは間違いないと思う。
「ああ。確かにそうですね……僕はミシェルの方が魅力的に思えるので、特に美しいとは思いませんでしたが」
「……言いすぎよ」
顔を近づけてそう言ったので、私は少し距離を空けた。そんなわけはない。私だって自分の容貌については、ちゃんと理解しているのだ。
別に悪くないと思うけれど、特別に良いというわけでもない。そのようなことは。
「いえいえ。僕はミシェルの方が好きなのです。あの女性のような状況になっても、ミシェルは強がり落ち込まないでしょう。そういうところも魅力的なのです……一人にさせてはいけないと、僕は思いますから」
貴族位を得たジュストと一緒に居ると、たまに自分が女神か天使になったのかかもと思えることがある。
前は揶揄ってばっかりだったけれど、それはいろんな準備が整うまで、結ばれるわけにはいかないと思っていたからだ。今は既に私たちは双方の両親にまで許され、婚約している。
「……それは、か弱い女性に思うものではないの?」
私はそう思って居た。保護欲をそそるような、小動物のような女性。自分こそが守らねば……そう思える存在。
「主体性のない女性は、僕はあまり好きではないですね。ミシェルのように、何がしたいこれがしたいと仰っていただける方が僕は好きです。多少わがままな女性に振り回される方が好きな男性も多いものですよ」
ジュストは片目を瞑ったので、私は頬を膨らませた。
「私はわがままではないわよ」
「ええ……ミシェルは自分を優先して欲しいという気持ちをずっと堪え、妹のためにすべてを譲ってきましたので、まったくわがままではないですよ。なので、僕の前ではわがままで居て良いんですよ」
ジュストは見慣れない眼鏡の真ん中を押し上げてそう言った。軽い変装なのに、なんだかジュストではない人のように見える。
そうだ。私は家族の前では『聞き分けの良い娘』を演じていた。オレリーは身体が弱くて可哀想だった。だから、あの子を自分より優先しても良いと。
いま思うとジュストはそんな私を揶揄っては怒らせては、どうにかして蓋をしていた感情を発散させくれていたのかもしれない。
「……あ」
私はそこで、見覚えのある背中を見付けた。トレヴィル男爵だ。
派手な夜会服を着た彼は数人の男性を笑い合っていて、いろいろと知っている私の目には犯罪集団に思えてしまった……もしかしたら、無実の人も居るかも知れないけれど。
「居ましたね。なんだか面白くなるくらい、調査書の通りの連中と居ます」
ジュストは私の視線の先を辿り彼らを見て、肩を竦めた。どうやら、あれが今夜のジュストの獲物で合っているらしい。
「どうやって、近付くの?」
「もちろん。あの中の一人と話し、ミシェルが喜ぶ名のある絵画が欲しい富豪の子爵の振りをします。どうしてか人は一度騙せると思った人に、この先騙されるとは思えないものなのですよ。向こうの意図さえわかっていれば、それはそれは簡単なことなのですが」
ジュストは顎に手を当てて眼鏡の奥の目を細め、詐欺師たちを見定めまずは誰を標的にするか決めているようだった。
「まあ、騙された演技をするの?」
ジュストは肩を竦め、私の背中をポンと叩いた。
「ええ。僕は哀れな被害者の振りをするんですよ。そして、確実な証拠を握り機会がくれば、すべてを明かすんです。あちらが悪いので、何の言い訳も出来ませんね。僕は完全なる被害者なので」
なんだか危険なような気もするけれど、ジュストがそう言うのなら、勝算ありなのだろう。
「……それって、逆上されたりしないの?」
元護衛騎士ジュストに貴族として生きてきた彼らに何かをされるとはとても思えないけど、追い詰められたら何をするかわからない。
「ああいった人を下に見て詐欺を企む連中は、プライドだけはやたらとお高いので、高慢な性格が邪魔して、自分が犯したミスをすぐには認められないんですよ。僕が綺麗に騙し返したところで、現実を受け入れられず虫の息になるだろうから、そういった危険は気にしなくて大丈夫ですよ」
にっこりと微笑んだジュストは私の背中を押して、壁に掛けられた絵画の方へと歩みを進めた。




