49 想定内
「おかげさまで、妹は元気ですわ……おかしいですわね。何か伝言があれば、私が承りますわ」
私はトレヴィル男爵へにっこりと微笑んでそう言った。もし、妹に用があるなら、用件をここで私に話してみろと言いたいの。
オレリーは本当に世間知らずだけれど、色々と露見してしまったこの人には、二度と関わらないと両親にも誓っている。
別に近しい付き合いもないのだし、オレリーにしっかりとした婚約者が居れば、この人と関わることなんて二度とないはずよ。
あの子の未来の旦那様はサラクラン伯爵を名乗るだろうし、下位の男爵家は本来、誰かからの紹介もなければ伯爵家の人間へと話掛けることも出来ないのだ。
経験の浅い妹にはわからないと思って舐めてかかっていただろうけれど、姉の私は違うのできっちり線引きさせていただくわ。
男爵家の貴方と伯爵家に嫁ぐ私では、階級が違うっていうことをね。
貴族という階級社会で上の階級に逆らえばどうなってしまうのか、彼だってよくわかっているはず。
「ああ……怖い。すっかりと嫌われてしまったようで、悲しいですよ。ミシェル様」
胸に手を当てて悲しそうな表情をしても、私は騙されないわよ。オレリーったら、こんなにわかりやすい人に騙されたの?
「あら……そう見えてしまったかしら。なんだか、お恥ずかしいわ」
彼の言葉を否定せずに、私は微笑んで首を傾げた。
言っておくけど、私は顔の良いジュストが幼い頃からずーっと傍にいるんだから、少々顔が良い程度の男性になんて騙されないわよ。
心の中で舌を出して、キッと睨んだ。私は貴方のことが、嫌いなの。
これで、ちゃんとわかってもらえたかしら?
「お連れの男性は、アシュラム伯爵のお知り合いですか?」
……本人よ。
私は思わず言いそうになって、手に持っていた扇を広げた。危ない危ない。せっかく変装しているのよ……!
私には一目瞭然の変装だったけれど、トレヴィル男爵にはわからなかったらしい。眼鏡があると人相は、変わってしまうものね。
ジュストと何度か会って見知っている人でないと、すぐには見分けがつかなかったのかもしれない。
「ええ……知り合いよ」
ジュスト本人が自分を知らないわけはないので、私は素知らぬ顔で頷いた。
「おや。トレヴィル男爵ではないですか。お久しぶりですね」
そこで、ジュストは眼鏡の真ん中に手を当てながら、私たちの元へとたどり着いた。
「……! アシュラム伯爵ご本人でしたか! しかし、招待状には」
「招待状も確認できるほど、ベイリー侯爵夫人と親しいのですか? どうして、僕の招待状がアシュラム伯爵ではないと、知っているのですか? 不思議だな。気になるのでぜひ説明してください」
目を白黒させるトレヴィル男爵と、余裕の笑みを浮かべて彼の疑問に間髪を入れずに言葉を重ねるジュスト。
私はさりげなくジュストの背後へと移動した。庇うように立ちはだかり、身長の差もありトレヴィル男爵は、なんだかさっきより小さく見える。
「そっ……それは、ベイリー侯爵夫人も侯爵を亡くされて、大変な思いをなさっているので」
「そうですか。ああ。先ほどの疑問に答えておくと、僕の母トリアノン女侯爵の従属爵位のひとつなので、僕が使っても特に問題ありませんよ。もし、何かご不安に思われることがあれば、どうぞ義母へとお問い合わせください」
ジュストは微笑みがらトレヴィル男爵へ、一歩近づいた。彼は後ずさり、私はまるで狼が狐を追いつめているように思えた。
これで怯んでしまうトレヴィル男爵程度が、常に余裕を崩さないジュストに敵うはずもないのだわ。
私はまだ好意ある方に揶揄われていただけだけど、本当に……ジュストって、意地悪なんだから。
言ってほしくないこと、つついてほしくないことを、わかった上で言ってくれるわよ。
「トレヴィル男爵、僕の婚約者に何かご用でも? 良かったら、代わりにお聞きしますよ。まだまだ時間も早いですし、煙草でも吸いながらゆっくり話でもしますか」
「いえ! それでは、僕はここで失礼しまう」
トレヴィル男爵は前回と同じように、尻尾を巻いて逃げていってしまった。逃げ足がすごく早い。私もなんだか感心してしまった。
「……ジュストだって、バレてしまったわね?」
順調に詐欺師を騙していたけれど、これでブラウン子爵だとわかってしまった。
「構いませんよ。焦れば焦るだけ、向こうが下手を踏んでくれると、僕は嬉しいですね。おそらくは、僕らへ売るはずの絵画をどうすべきか相談するはずです。順当なところで、今夜ここにいる間にベイリー侯爵夫人が、やはり売る気はなくしたと僕へ言ってくるはずです」
ジュストは肩を竦めて、私へと向き直った。いつもとは違う彼に、どうしても胸は高鳴った。
眼鏡をかけた彼は、ジュストであってジュストではないようだもの。
「それを、すぐそこにいるベイリー侯爵夫人に確認すれば、走って逃げるしかなくなって、あいつらは終わりです。これが、一番に早く済みますね」
「え……私と離れたのって、もしかして……そういう展開にするために?」
私は思わず、半目になってジュストを見た。
彼はいつも通り、すべて計算通りですよ……みたいなしたり顔をしている。
「さあ? 僕はどっちでも、良かったですけどね。あの詐欺師どもが、絵画を届けにきたところで捕らえても……けど、この展開の方がさっさと決着がついて、それはそれで助かります」
「ジュスト。けど、今夜さっきのルブシャンが今夜、売買は成立しないと言いに来なかったらどうするの。それに、絵画を売りにこなかったら……」
私はそれが気になった。ジュストはまるで決定事項……みたいに言っているけれど、そうはならない可能性だってあるはずなのに?
「ええ。それはそれで、やりようがありますので問題ありません。ここに姿を晒している時点で、彼らはもう終わりです……それに、ミシェルのお願いでもありますからね。まさか、彼もオレリー嬢と関わったからとて、僕がここまで出てくるとは思っていなかったでしょう」
『可哀想なベイリー侯爵夫人を助けてほしいと』いう妹オレリーの願いを叶えたくて、私はジュストへとそれを実行して欲しいと頼んだ。
……そうね。普通ならば、あり得ないはず。
トレヴィル男爵だって、この可能性は絶対に、想定外のはずよ。
本日は純粋培養令嬢竹コミ!12話更新日です~♡
一件落着したはずなのに……!?という気になる展開になっております。ぜひぜひお読みくださいませ!(ページ下部にリンクあります)
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