42 獲物
とにかく、詳しい事情を聞いたのちに、オレリーのことはアシュラム伯爵邸で預かることとなった。
詐欺の件は気になったけれど、サラクラン伯爵家の面々だってオレリーのことを気になっているに違いないと、ジュストが一時話を中断したのだ。
お父様に直接説明するために、ジュストはサラクラン伯爵邸へと向かった。私は客室にオレリーを案内したら、朝から迷いに迷っていたのは事実らしくすぐに横になって寝入ってしまった。
妹のあどけない寝顔を見て私はなんだか、胸に来るものがあった。
オレリーがこれまで、自分のことしか考えられなかったのは仕方ない。
この子には常に死の影が纏わりついていた。そんな極限状態のさなかで、誰かの気持ちを考えろと言われても難しいだろう。
病弱な女の子から、健康な女の子になった。いまは社交界デビューへ向けて交流の場に出ることもあった。
そこで学んだことで、オレリーは、それまでの自分を反省したのかもしれない。
……あの、アレクセン様に上手い言葉で騙されたこともそう。もう騙されたりしないとあの子が思ったのなら、それはこれから失敗しない学びに変わるのだ。
私が自室へと戻れば、ジュストはサラクラン伯爵家から帰っていて、着替えを済ませていた。
「……驚きましたね。ミシェル」
ジュストは整えられているベッドへと腰掛け、私へと微笑みかけた。
「ふふ。そうね。あの子は誰かを助けるために、家出をしようとしたのね。本当に驚いたわ」
彼の隣に腰掛け、私はジュストの顔を見上げた。
長年共に過ごした私にはジュストが喜んでいるのがわかる。なんだか、楽しそうな光が茶色の目に浮かんでいる。
「とても……とても、素晴らしいことですよ。今思えば、オレリー嬢は外の世界を知らなさすぎたのですね。姉ミシェルへの横暴な振る舞いは目に余るものがありましたが、何も知らなかったと思えば……いえ。まあ、許せる行いと許せない行いはありますがね」
ジュストはあの子に肉体関係を匂わされた時を思い出し、嫌そうな表情を浮かべた。
彼にしてみれば、あれは本当に許しがたかったのだろう。
「そうね。会わない間にあの子の中では、様々な葛藤があったと思うわ。この前に会った時は、アレクセン様のことを盲目的に信じていたけれど、今はもう違うもの。私から聞いた話が、気づきになったのかもしれないけど……ちゃんと学べたのね」
オレリーが学びたいと思わなければそれは決して出来ないのだから、あの子が成長しているということは間違いない。
私の言葉で調べてみようと思えたのなら、口の上手いアレクセン・トレヴィルの言葉よりも姉のことを信じてくれたのね。
それは、素直に嬉しいことだと思えた。
「それは、僕もそう思いますね……しかし、アレクセン・トレヴィルは、やはり立派な詐欺師だったんですね。この前に会った彼の様子もおかしいと思う点は、多々ありましたが」
「そうなの?」
確かあの時、アレクセン様はジュストが帰って来たとほぼ同時に席を立ち帰って行った。
おかしいと思う時間も、なかったように思うけれど……。
私が不思議に思ったことを察したのか、ジュストは苦笑いをして肩を竦めた。
「ええ。詐欺師は自分より頭の回転の良い人間は、騙せないと理解しております。彼には僕は、騙せません。そこが読めない詐欺師は詐欺師ではありません。万が一、運良く騙せたとしても後処理が難しいので、普通の詐欺師ならしないんですよ」
「後処理って……どういう意味なの?」
「もし、騙していたことが露見すれば、僕は彼を決して許しませんし、見苦しい誤魔化しにも応じたりしないでしょうね。どんなに重ねて嘘をつこうとしても、一旦疑わしく思えて仕舞えば意図が透けてしまうので圧を掛けようにも難しい。詐欺師アレクセン・トレヴィルにとって、僕は美味そうな獲物には、とても見えないということでしょう」
私の頭の中ではその時、森道を行く狐が大きな狼とかち合って、大急ぎで逃げていく光景が浮かんだ。
あれは……そういうことだったの。居ないはずのジュストが出て来て、慌てて逃げ帰ったのね。
確かに、嘘や誤魔化しでこのジュストを言いくるめるようなんて、至難の業だわ。私の知っている誰もが、それは出来そうにない。
「ふふふ。そうね。ジュストは美味しそうでは……ないわね?」
私が彼を見上げると、不意に顎を持たれた。顔が息が掛かるまでに近い。
「ああ。ミシェルもそう思われますか。良かったら、お試しになられます?」
息を付く間もなく距離をつめられて、私たちの唇は重なり合っていた。




