41 涙
私たちはアシュラム伯爵邸へと辿り着き、ジュストは執事へサラクラン伯爵家へとオレリーを発見の知らせをすぐに送るように指示をしていた。
……オレリーが無事であることと、詳細な事情は後から知らせるので、とりあえず待っていてくれということ。
さきほどオレリーは『お父様に反対された』と言っていたけれど、一体何があったというの?
応接室へと落ちついた私たちは、正面へと座ったオレリーが、お茶をひと口飲むまで無言のままで彼女を待っていた。
「あの……お騒がせしてしまって、申し訳なく思っています。さきほど言ったように、私はお姉様から話を聞いてから、アレクセン様のことを知り……とんでもない男性だということは理解しております。だから、あの方と駆け落ちするようなことは決してありませんわ」
オレリーは淡々とそう言い、私はついこの前まで、甘えていた子が立派になって……と心の中で感動していた。
それにしても、熱しやすく冷めやすいとはよく言ったもので、すぐに上がった熱はすぐに冷めてしまうものなのかもしれない。
「オレリー嬢。では、何故、家出などをされたのです……?」
ジュストは核心の部分を早く知りたかったのか、家出の理由を率直に聞いた。私もそれが知りたいわ。
だって、アレクセン様とどうにかなりたい以外で、ほとんど家から出なかったこの子が家出する理由を、到底想像することが出来なかったからだ。
オレリーはそこで、わかりやすく表情を暗くした。
「その……二人も知っての通りアレクセン様の悪評を知る前に、私は彼と親しくしていました。今では絶対に、そんなことはしません……! あるお茶会で二人で話していた時に、見知らぬ男性が彼へと近づき……世間知らずの私には何もわからないだろうと思ってか、とんでもない事を話しはじめたのです」
「え?」
「とんでもないこと……ですか」
私は隣に座るジュストと、顔を見合わせた。彼だって不可解そうな表情をしていて、これまでに予想もしなかった方向へと転がっていく話に私も戸惑うしかない。
「彼ら二人はどうやら、最近亡くなったベイリー侯爵の未亡人への詐欺行為を企み、それがもうすぐに上手くいく……もちろん、話はそのままではありませんが、私が後からベイリー 侯爵のことを調べたところ、そういう話をしていたのだと理解出来たのです」
ベイリー侯爵が亡くなった話は、私も聞いていた。
馬車の事故で若くして亡くなり跡継ぎ息子も幼いままなので、どうするのだろうと社交界の噂話で聞いていた……こういう事態にはよくあるように一時的に親戚などが、当主代理を務めるのかしらと思っていたけれど……。
「私が家出をしたのは、被害者であるベイリー侯爵夫人へと事情を知らせるためです。彼女は今はタウンハウスには居なくて、領地へと帰られたそうで、辻馬車については、お姉様が使ったと聞いていたので……以前のお姉様と同じことをすれば、勝手に誤解をしてくれるだろうとも思いました。万が一、私がもし見つからなければ、トレヴィル男爵に調査が入るだろうとも」
「まあ! オレリー……どうして、私に言ってくれなかったの?」
私はそう思った。
確かにこの話を聞けば、お父様は嫁入り前のオレリーに深入りするような真似はさせなかっただろうと思う。
けれど、姉の私に話してくれれば、ジュストの手を借りることだって出来たのに。
「実は……お父様に言われたのです。無関係なのに、私が下手に動けば要らぬ恨みを買うだろうと、身内にも類が及ぶ可能性があると……それに、私が彼らから盗み聞いたというだけでは、騎士団は動かないだろうとも」
私がそこでジュストに視線を向ければ、彼はその通りだと言わんばかりに頷いた。
「そうですね。伯爵は合理的な判断をされたかと思います。すべてが思うように上手くいけば良いですが、侯爵家への詐欺行為であれば、数人は動いている可能性は高く綿密な計画が立てられているでしょうね……下手に動いてしまえば、まだ婚約者居ないオレリー嬢を、危険に晒すことになります」
ジュストは落ち着いた口調でそう言い、この子よりも世間を知る私も、それはそうだと思ってしまった。
アレクセン様と共に話を聞いたオレリーからの証言を得たと知られれば、下手に恨まれてしまってもいけない。
短期間だったとしてもアレクセン様に近い存在で居たことは、社交界でも既に知られていることだろうから。
「何故、お二人はそんな風に落ち着いていられるのですか!? 旦那様を喪われて悲しみにくれているというのに、その上に詐欺行為をされているなんて……信じられません。私はベイリー侯爵夫人を、助けてあげたいです」
キッパリと誰かを助けたいと言い切ったオレリーを見て、私は口を両手で押さえて感動してしまった。
オレリーはベッドの上で十数年過ごして、内面はとても幼い。
私はそう思って居た。
あまりにも病弱で誰かと交流することもなく心が成長する機会が、なかったのだ。それは、この子本人のせいではなかった。
……けれど、子どもっぽい正義感かもしれないけれど、誰かを助けたいという気持ちで家出しようとまで考えたのだ。
「オレリー……とても立派だわ。見ず知らずのベイリー侯爵夫人をなんとか助けたいと思ったこと、実の姉として誇りに思うわ……けれど、お父様とジュストの言葉もある方向から見れば、正しいのよ。貴族として家を守らねばならず、貴女のことも守らねばならない。冷たい判断だと思われているかもしれないけれど、家族を守るために大事なことよ」
「お姉様……」
オレリーはしゅんとして俯いた。
この子がしようとしたことは、正義感が暴走した子どもっぽい真似と言えばそうだった。社交界デビューの年齢でこの行動を取れば、誰にも褒めて貰えないはずだ。
あまりに軽率だと……そう言われてしまうだろう。貴族は素直で純粋なだけで、厳しい社交界を渡っていけない。
お父様やジュストが他家のトラブルに口を出すなというのも、人助けをしたつもりで責任を取れと揚げ足を取られてしまうことだってあるからだ。
懇意にしているならいざ知らず、おそらくは亡きベイリー侯爵は、父とあまり親しくはなかったのだろう。
けれど、私は素直に妹の成長が嬉しかった……オレリーはこれまでに、私の持ち物を欲しがり取り上げても、それに罪悪感を抱くこともなかっただろう。
自分勝手に生きていても許されるほどに、病弱で余命幾ばくもないと周囲は考えて居たからだ。
今のオレリーは自分のことだけではなく『誰か』のために動きたいと思い、それを実行にまで移した。
……ああ。なんだか、涙が出そうだった。
私の妹オレリーは、誰かの悲しみをそのままにさせないために、自分が立ち上がろうと……そう思えたのだ。




