40 あの時
不安そうに佇むオレリーは身内の欲目かもしれないけれど、とても可愛いらしい。珍しい色合いも相まって、なんだか、人形めいた女の子だ。
ほとんどがベッドの上だったとは言え、貴族として生まれ育った育ちの良さはどうしても隠せず、平民の服を着ているものの平民では決してない。
馬車窓から見て取れた通り、周囲からも『自分たちとは違う異質な存在』として、それとなく気にされているようだ。
ここでどうしても、考えてしまう……私も家出した時、あんな様子に見えていたのかしら。
こうして客観的に見ると、なんだか気恥ずかしいわ。あの時の私は平民へ完璧に変装していたつもりだったけれど、オレリーを見てそれは勘違いであったことに今になって気がついてしまった。
そして、はたと気が付いたのだ。
サラクラン伯爵家の面々だって、家出をしたオレリーを探し回っているはず。それなのに、無防備とも言えるあの子をまだ見付けられていないの……?
「……サラクラン伯爵家の皆は、オレリーを見つけられなかったのかしら?」
私は隣を歩くジュストに聞けば、彼は軽く肩を竦めて答えた。
「ああ。ミシェル。今が何時だと思っているのですか? オレリー嬢が早朝に邸を抜け出したのなら、サラクラン伯爵家の面々は、ここは既に探して終わり、現在は違う場所を必死で探しているでしょう。それに、オレリー嬢もここに辿り付くまで、余程苦労されたのかもしれませんね。随分と疲労していらっしゃるようです」
先を歩くジュストはそう言ったので、私は距離が近くなったオレリーをまじまじと見た。
確かにジュストの言った通り、辻馬車乗り場にたどり着くまでに、相当疲れてしまっているようで、オレリーは顔色が悪いようだ。
「あ……本当だわ」
「オレリー嬢からすれば、一人での外出は初めてで大冒険でしたでしょうし……ここまで来られたのが奇跡に近いかもしれませんね」
……けれど、それだけ疲労しても立っていて大丈夫になったのだわと、私はなんだか感動してしまった。
だって、あの子は幼い頃に余命宣告だって受けていたのだ。命の危険があるのだからと寝たきりにならざるを得ず、楽しいはずの子ども時代を病に苦しんで過ごした。
そんなオレリーを両親は甘やかして……私だって病弱な妹と健康な姉である自分の立ち位置は、幼い頃から理解していたつもりだ。
けれど、たとえ疲労していたとしても、しっかりと自分の足で立ってふらつき倒れてもいない。
オレリーは本当に……健康な女の子になったのだわ。
特効薬を開発してくださった、ジュストのお父様ドレイク様のおかげであるし……それをしてくれと頼み込んでくれた息子のジュストのおかげで、どうかあの子を助けてくださいと、幼い頃に幾度となく願った私の願いが叶ったのよ。
「……オレリー!」
早足で近づいた私が声を掛けると、オレリーは驚きの表情で顔を上げた。
「お姉様! どうして、ここに?」
オレリーは驚いたはずみに持っていた荷物を落としてしまい、サッと機敏に動いたジュストがそれを持ち上げた。
一歩後ずさってにっこりと微笑んだジュストを見上げて、オレリーは無言のまま睨んでいた。
……ええ。入念に用意をした荷物がなければ、どこにも行くことは出来ないものね。わかるわ。
大事な荷物を取り上げられてしまった、その気持ち。
「どうしてって……オレリーのことを探していたのよ。まさか、家出までするなんて……トレヴィル男爵は貴女のことを幸せになんてしないわ。あの人は、オレリーの運命の相手でもないのよ」
小さくため息をついた私はオレリーに近づき、腕を軽く掴んでそう言った。
アレクセン・トレヴィル男爵を取り巻く悪評。それは、彼が誰かに恨まれたり妬まれたりして流される程度の、そんな程度の甘い噂話ではなかった。
私は家族として、そんな悪党から大事な妹を守りたい……そういう姉の気持ちは落ち着いて話せば、恋に盲目となってしまったオレリーにも理解してもらえるはずだ。
「お姉様。何か勘違いをされています。アレクセン様が私を騙そうとしたことは知っています!」
「……え? 知っている……ですって?」
オレリーの思わぬ言葉を聞いて、私は思考停止してしまった。視界の中にあるジュストだって、珍しくとても驚いた表情をしている。
どういうこと? オレリーはトレヴィル男爵との関係を反対されたから、家出したというわけではなかったということ……?
「お姉様とこの前にお話しをしてから、私だってアレクセン様について詳しく調べたんです……! 確かに、お姉様の言った通りに、とんでもない人でした。それに……その、私……聞いたんです」
そこでオレリーの声は徐々に小さくなったので、私はジュストへ視線を向ければ彼は胸に手をあて心得たように頷いた。
「お待ちください。この先は、込み入った話になりそうですね。とりあえず、場所を移しましょうか。オレリー嬢……これは大事なことなので、先んじて確認させていただきますが、今回はトレヴィル男爵との駆け落ちを企んだ……そういうわけではないのですね?」
落ち着いた口調でジュストは問いかけられ、オレリーはほっとして何度も頷いた。
もしかしたら、問答無用でこの場所から連れ帰られ、お父様に引き渡されると思っていたのかもしれない。
ジュストはオレリーのことを、快く思っていないことが本人が一番に知っているはずだもの。
「まさか! 私はあの人の悪事を暴くために、この家出をしたのです。お父様に何度訴えても聞いてもらえなくて……とにかく、被害を受ける前に、ご本人にお伝えするべきかと。それが終われば、すぐに邸へと戻るつもりでした」
不穏な話を耳にしたジュストは周囲を素早く確認し、オレリーの背中をそっと押した。
「お待ちください。誰が聞き耳を立てているかもしれない……とにかく、僕の邸へと向かいましょう。もし、サラクラン伯爵邸に居たくないと仰るなら、当分滞在されても良い。伯爵には僕から説明します……それで、よろしいですね?」
ジュストから確認されて、オレリーは真面目な顔で何度か頷いた。
そして、意外すぎるオレリーの言葉を聞いて、歩いて馬車へと向かう私はなんだか白昼夢を見ているようだった。
私たちはオレリーが家出をしたと聞いた時に、最初に頭に浮かんだのがあの子が夢中になっているアレクセン・トレヴィル男爵との関係を、両親に反対されたからだろうと考えた。
そうよ。そう思うことが、自然なはずだ。
アレクセン様に騙されていたことをわかっているのに、オレリーは家出をしようとした……?
それに、何を聞いたというの。これは、一体どういうことなの?




