39 辻馬車乗り場
ジョンからある程度オレリーの情報を聞き込んだジュストは『なるほど。それでは、あの場所に間違いない』と頷き、私と共に馬車に乗り込んだ。
それを共に聞いていた私は、何をどうしてジュストが結論を出したかがわからずに、頭の中に疑問符が溢れていたけれど、今の切羽詰まった状況を思えばここで問い詰めている時間もない。
オレリーが駆け落ちをして既成事実が出来てしまえば、あの子は貴族令嬢としてはまともな結婚を望めぬ『傷物』となってしまう。
早く……早く見付けないと……過去にいろいろあったとしても、あの子が私の妹で大事な家族であることには変わりないのだから。
「そういえば……ジョンは僕がミシェルを好きで居たことを知っておりましたし、出来れば僕たち二人が結ばれた方が良いと言っておりました」
馬車に乗り込み走り出した時、ジュストは楽しげにそう言った。
「まあ! そうだったの? ジョンも私たちが、結ばれた方が良いと?」
幼い頃からサラクラン伯爵邸に居たシェフのジョンは私の中では気の良い男性だけれど、私的な会話をするようなことはなく使用人としての一線は守っていた。
ジュストとジョンが仲が良いことは知っていたけれど、そういった素振りは一度も見せたことがなかった。
「……ミシェルは寂しがり屋で甘えたい女の子だから、あのラザールとは性格が合わないだろうと以前から心配していましたね。ジョンをはじめサラクラン伯爵家の使用人は……皆、ミシェルの立場を理解していましたから」
「そうなの……」
病弱なオレリーのことで、両親が健康な私のことを構えず、多忙になるのは仕方なかった。
けれど、私はそれを理由に不満なんて言えなかった。命の危険がある妹の前で『私は寂しいのに』と、嘆くことなんて出来なかった。
何を言わなくても周囲の皆は、それをわかってくれていた。
もっとも護衛騎士ジュストが来てから、私は彼の言動に振り回されることも多くなり、怒ったり笑ったりして、寂しさを感じることも少なくなっていた。
「だから、ラザールとの婚約がなくなり僕と結ばれた時は驚いていましたけど、もしかしたらそうなるかもしれないと思って居たと笑っておりました」
「あら。そうなの……?」
「ええ。護衛騎士であるはずの僕の動きが、あまりに本気過ぎたから……と」
そこでジュストは目を合わせてにっこりと微笑んだので、私はドキッと胸が高鳴った。事ある毎に思い知らされるのが、彼が私のことをどれだけ本気で手に入れようとしていたか……だった。
だって、私は何も知らずに、ラザールと結婚するつもりだったのだ。
ジュストのことは好きだとしても、まさか彼が貴族の地位を手に入れるだなんて……そんなことを、想像もしていなかった。
「それで……オレリーは、一体何処に居るというの?」
今はそれどころではないと思い直し、私は咳払いをして言った。ジュストのすることには間違いないとは思うのだけど、オレリーの身が心配で不安で堪らない。
「ええ……おそらくですね。これまでの情報で判断すると、今頃、オレリー嬢はミシェルが家出しようとした時と同様、辻馬車乗り場にいらっしゃると思います」
「え! ど、どういうこと!?」
私は馬車内にも関わらずに立ち上がりかけ、落ち着くようにジュストに促され席に付いた。
「朝早くに、邸を出て行った……と、言っておりましたね。けれど、オレリー嬢はミシェル以上に世間知らず。一人で外に行けたからと、辻馬車乗り場にすぐ首尾良く辿り着いたとは思えません……おそらくは、人に道を聞き迷いながらも、辻馬車乗り場へと向かったはずです」
それはそうだ。だって、オレリーはついこの前まで、ベッドから起き上がれなかった。
「待って。ジュスト。どうして、オレリーが、辻馬車に乗る必要があるの? ……トレヴィル男爵と駆け落ちするのだから、彼と待ち合わせをしていれば良いのではないの?」
ジュストの話を聞いて、私はそう思った。
あの子はトレヴィル男爵の発言を盲目的に信じているようだったし、これが彼との駆け落ちだとしたら、家出をした理由もしっくり来ると思ったのだ。
「いえ。ジョンからサラクラン伯爵家の情報を聞いて僕は確信しました。おそらくはトレヴィル男爵との接触を禁じられたオレリー嬢は、姉ミシェルと同じように家出をしたかっただけで、彼と駆け落ちするつもりはありませんね」
「わ、私と同じことを!?」
ジュストが何を以てそんな事を言い出したかわからず、私は驚いた。
同じような情報をジョンから聞いていたというのに、そんな事思いつきもしなかった。
「そうです。ミシェルだって、わかっているでしょう? オレリー嬢がミシェルと同じ物を持ちたがり、同じことをしたがる……つまりは、恋愛に行き詰まって家出することだって、真似したがると思うんです。ジョンは最近、僕との接触を禁じられていた時のようにオレリー嬢もトレヴィル男爵には、接触出来なかった……つまり、駆け落ちについての詳細な打ち合わせは出来ません。僕ならば時期を待つと思いますし、彼だってそうするでしょう」
「……嘘でしょう?」
私はジュストの言葉を聞いて驚いたし、どうしてそんなことをと思った。
そして、過去あったことを思い返したのだ。オレリーはやたらと私の物を欲しがったし、私の近くに居る人物は自分の近くへと置きたがった。
……極めつけは、もちろん、私専属の護衛騎士ジュストを欲しがったことだ。
あの子は確かに、こう言っていたわ。
『お姉さまの中の価値は、ジュストの方が高い……だから、ラザール様よりも欲しくなったんです』
ああ……確かに、そうだったかもしれない。
「僕もあのオレリー嬢が愛するミシェルの妹でなかったらなと思うことがありますが、血が繋がっておりますし、いずれどこかで改心してくれることを祈っておりますけどね……ええ」
そこで馬車が停まったので、ジュストは私に小さな馬車窓の外を見るように促した。
そこには、見覚えのある長距離用の辻馬車乗り場だった。私も家出した際アンレーヌ村に行く時に、使った場所だから良く覚えている。
そこには、旅行鞄を持ったオレリー! 不安そうに周囲を見回し、いかにも貴族令嬢が平民に変装していると言わんばかりの服装。
「オレリー!」
「ああ……ミシェルがあの場所に居た時と、本当に良く似ていますね。流石は姉妹といったところでしょうか。ああ、もう少しで辻馬車が出るところなので、間に合いましたね」
ジュストは胸元から、懐中時計を取り出してそう言った。
私も一度乗ったから知っているけれど、二時間に一度しか出発しないので、オレリーは自分が乗車する予定の辻馬車を待っていたということだろう。
「待って……私も、あんな風だったの!?」
信じられないわ。だって、いかにも家出した貴族令嬢といった感じで、周囲の人たちだって不安そうに見守っているのだ。
おそらくは、だいたいの時間をわかっていて、ジュストは余裕な態度だったんだわ。最初から、言ってくれていたら良いのに!
「ええ。思い出しません……? ミシェルも辻馬車に乗るなんて初めてでしたし、すごく不安そうで……ええ。とっても可愛いらしかったですね」
その時のことを思い出したのか、遠い目をしてからジュストはにっこりと微笑んだ。
「……最後に褒めれば良いって思ってない?」
「いえいえ。まさか。そんな……僕はミシェルがどんな姿をしていても、可愛いと思ってしまうので、特に褒めているつもりはありませんでした」
そう言って微笑んだジュストは、流れるように御者に合図をして、馬車の扉を開けた。
不意打ちをくらった思いの私は、むくれたままで何も言えずに、手を差し出す彼の後に続くしかないのだ。
これまでと同じように。




