千夏さんの成長
千夏さんの成長
樹
お正月に初めて千夏さんのお父さんに会った。あれですよ。お嬢さんを僕にくださいってやつ。
「初めまして。上条樹です」
頭を上げて顔を見て、思わず隣にいる千夏さんを見てしまった。それを見てお父さんの隣に座っていたお母さんがふふふと笑った。
「よく似てるでしょ。そっくりなの」
「ああ、はい」
「上条と中條だって、なんだ、じゃあ千夏は上条千夏になるのか。名前あんま変わんないな」
「お父さん」
「ん?」
千夏さんが困ってる。
「なんでそんなこと言うのよ」
「え?ああ、でも、そういうことなんだよね。違うの?」
「普通は、でも、挨拶が済んでから言うでしょ?そういうことは」
「ああ、そうか。じゃあ、どうぞ」
しーん
いやだって、どうぞって言われてもさ。みんな見てるし。僕のこと。
「もう」
お母さんが話し出した。
「親が話の腰折ってどうすんのよ。こういう大切なときに」
「いや、別にわざとじゃないし」
「うちの親はあなたが挨拶に行ったとき、こんな意地悪はしませんでしたよ」
「え?別に意地悪じゃないし。それに、俺のときは君の親そういう挨拶だって気づいてなかったじゃん」
こういう人なんだ。お父さん。なんか、間が抜けているって言ってたよね。千夏さん。
「お茶入れなおして来ます」
立ち上がって行っちゃった。
「怒らしちゃって」
「最近、ちょっとしたことですぐ怒るんだよ」
後ろ姿見ながら言ってる。
「ねぇ、お父さん。結婚の挨拶もそうなんだけど」
「うん」
「もう一つ、大事な相談があって」
「なに?」
「わたしたちが結婚したら、お父さんとお母さんと一緒に住んでもらえないかな?」
お父さん、きょとんとした。
「だめ?」
「いや、だめじゃないけど」
「仕事を続けながら子供も産んでってなると、2人ではとてもちゃんと育てられないと思うの。すみません。お願いします。力を貸してください」
そう言って、頭を下げた。
「僕からもお願いします」
僕も合わせて頭を下げた。
「なになに?何の話?」
お母さんが戻ってくる。
「普通はさ。親ばっか頼ってってなるよね。大人になったくせに、成長しろってさ」
お父さんがゆっくりとそう話す。
「でも、千夏の場合はさ、反対に助けてくれって言えるようになったのは、成長だよね」
そう言って、お母さんの方をみて優しく笑った。ああ、そうだね。穏やかな人だって言ってたよね。千夏さん。
「だから、何の話?」
「千夏から聞きなさい。樹君、ちょっといいかな?」
そう言って、お父さん立ち上がった。
「2人で話しませんか?千夏、彼氏借りるぞ」
そう言って玄関へ行く。僕は慌ててついてった。
***
「千夏がそばにいるとさ。あの子が全部話しちゃって、君の気持ちが分からないから」
歩きながら話し出す。
「コーヒーでも飲みに行こうか?ごはんって時間じゃないからさ」
「はい」
「千夏に家庭に入ってもらいたいって気はないの?」
「いや。それは全然ないです」
「本当に?」
「僕は母子家庭で、ずっと母が働いているのを見ながら大きくなったので」
「そう」
ちょっと黙る。寒いな。寒いけど、歩いていくと少し体が温まってくる。
「千夏はさ、実の親だからいいけど、君は義理の親と暮らすと気を遣うでしょ?そういう生活になってしまってもいいの?」
「僕は大丈夫です。子供が寂しくないほうがいいです。ただ、お父さんとお母さんに迷惑になりませんか?」
「僕はね」
息が白い。
「妻が幸せならいいんです。僕は面倒くさい男なんでね。彼女には随分支えてもらったんです。娘が帰ってきて、孫の世話ができたら、妻はとても幸せです。ただね」
「はい」
「親が幸せでも、ね、肝心な君たちが幸せじゃなかったら、結婚はうまくいかないでしょう?千夏のために無理はしていませんか?」
淡々とそう問われた。ああ、ほんとよく似てる。お父さん、顔が千夏さんに。でも、千夏さんとはちょっと違うんだなぁ。もっと穏やかなんだと思う。
「正直、一緒に暮らしてみるまでどんなふうになるのかわからないです。結婚自体したことがありませんから」
「そりゃたしかにね」
そう言って軽く笑った。
「ただ、千夏さんみたいに仕事できる人を家庭に入れさせたら、僕には重いです。それで、ずっと時間が経って、ほんとは働きたかったのにって言われたら、耐えられないです」
「うん」
「でも、2人働きながら、子供育てたら、しわ寄せが子供に来ます。僕の父と母は、僕のために母が仕事をやめて、それをきっかけにおかしくなったって聞きましたから」
「うん」
「そういうのを父から聞いて、僕なりに考えて、それで、千夏さんと相談して考えたんです。お父さんとお母さんと住むのがいいんじゃないのかって。お2人がよければですけど」
「そうですか。わかりました」
「あの……」
「なに?」
「僕みたいな母子家庭で育った人間と結婚するの、反対じゃありませんか?」
お父さんは僕をまっすぐに見て言った。
「自分が結婚するときに、僕を妻の両親は受け入れてくれました。同じことをするだけです。してもらったから、自分もね」
そう言って笑った。
「ありがとうございます」
僕はそう言って軽くお辞儀した。
ずっと、自分は、他の人と違うと思って。父親がいないから。集団の中で違和感を感じながら育ってきた。僕はいつも周りの人に壁を作りながら生きてきたと思う。でも、自分をちゃんと受け入れてくれるところがあるんだと、最近知った。
自分を受け入れてくれる人が、人たちがいると、自分も人を受け入れられるようになると最近知った。いろいろなことを千夏さんと会ってから、僕は知った。知らなかったことがたくさんあったんだ。
***
お店に入ってコーヒーを飲みながら、お父さんが話す。
「千夏はさ、変わった子だったんだよ。なんていうのかな。昔話の中によく出てくるなんちゃら太郎?あれみたいだったな」
「なんちゃら太郎、ですか?」
「ええっと、ほら、桃太郎とか金太郎とか、いろいろあるでしょ?」
「はぁ」
さっぱり話の筋が見えませんが。
「ああいう主人公ってさ、生まれたときから話したとか、立ったとか、ごはん与えなくても大きくなったとかってなってるじゃない。結局、あれは昔の人の貧しい辛い生活の中で生まれた願望の結果なんだろうけどね。あんな感じの子だったよ。自立って言うのかな?すごいしっかりした子でさ。そんで、しっかりしすぎてるんだな。いつの間にか自分で自分を孤独にしてさ。うまく周りに甘えられない子になった」
「はい」
「僕たち夫婦がそう望んだわけでもないのにね。だから、千夏の難しさはそこなんだよね」
「千夏さんの難しさですか?」
「うん。君のことが必要だってうまく君に言えなくても、ちゃんとそばにいてあげてくれる?」
やっぱり親だから、よくわかってるんだな、娘のこと。
「はい。約束します」
「よかった」
笑った。お父さんは無邪気に笑う人ではなかった。あの無邪気な笑顔はお母さんの笑顔なんだと今日分かった。
***
「ねぇ、樹君知ってる?ていうか、そりゃ知ってるか」
山崎さんが話しかけてくる。
「同じ部署だもんね」
「何の話ですか?」
ほんというと聞く前から分かってる。何の話か。今日、会社の中、この噂あっちこっちで聞いてるからさ。
「中條チーフ、あの美人で有名な。東京に異動になるって」
「ああ、そうですね」
「なんか、結婚のためなんだって、噂があって」
「ああ、そうなんですか」
本当の意味のどつぼに今、俺、はまってます。
「もう、男性社員ががっかりしちゃってさ。だけど、信ぴょう性高いよね。だって、あんなにずっとアメリカにいたのに、東京戻ってくるなんてさ。で、代わりに八田君だっけ?アメリカ行くの」
「そうですね」
「でも、なんで上条君じゃないの?研修まで行ってたのに」
「いや、実力が足りないのかな。ははは」
山崎さん、しまったって顔してすまなそうにしている。うん、こういうことして、僕また、自分で自分をにっちもさっちもいかないどつぼにはめている。
***
「上条さん」
八田君が困った顔して話しかけてくる。
「一体、いつまで秘密にしとくんですか?僕もさすがに嘘ついてる感半端なくって、気が咎めるんですけど」
「ごめん。なんか、タイミング失っちゃって。それに、なんか、こんなみんなの話題になるなんて思ってなかったから」
「最初に話題になったときに、ぱっと言っちゃえばよかったのに」
「いや、八田君や部長がちょろって言って、そっから噂になって、僕が噂を認めればそれで公表したってことになるのかなと……」
「そんな、僕や部長はお2人がどうするつもりなのかわからないのに、ばらすわけないじゃないですか。当人たちの問題なんだから」
「うん。そうだね」
「まぁ、他部署の人はまだいいとして、自部署はどうすんですか?秘密にしてるなんて、やっぱ感じ悪いですよ」
「うん。それこそ、戻ってくるって話題が出たら、実はって言おうと思ってたんだけど」
「はい」
「なんか、僕じゃなくて八田君がアメリカへ行くことでね。本来僕が行くべきを外されたんだってみんな考えたみたいで、気を使ってさ、千夏さんがこっちに来るってこと含めて全然振ってこないの。僕に」
八田君、残念な人を見る目で見たよね。僕のこと。
「うわー。完全にどつぼにはまってますね」
「どうしよう」
そんで、僕のことを心配しつつも引き継ぎのために八田君は去って行った。アメリカへ。
部長は、上とかけあって、販売部の構成まで変えて、千夏さんの異動を叶えてくれた。簡単に言うと、海外と国内で分かれていた販売部を1つにした。そして、担当作品で課を作った。つまり、担当している作品を国内も海外も1つの課で売ることになる。そして、僕と千夏さんは別の課になった。
「とは言っても、今販売部で英語ある程度話せるのはトレーシーとスティーブ以外は千夏とお前しかいないからな。課に分けたと言っても、最初は結局千夏中心だけどな。トレーシーとスティーブは全課と仕事するし。だから、アメリカは千夏。んで、お前は俺のサポートでヨーロッパ」
「はぁ」
「んで、ついでに中国」
あんだって?
「なんすか、それ。中国なんて、今、全然やってないでしょ」
「これからやるんだよ」
「誰が?」
「お前」
「どうやって?」
「中国語を死ぬ気で勉強して、売ってこい」
「……」
「返事は?」
「なんで?なんでそんな無茶ぶりするんすか?」
「ばかやろう」
部長怒った。
「お前らのむちゃぶり棚に上げてよくも言えるな。千夏日本に帰すのに、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ。体重減ったんだぞ!この俺が」
はいはい。すみません。すみませんでしたよ。
「じゃあ、せめてヨーロッパとか入れないでくださいよ」
「ばかやろう。中国で売りなんか立ってないんだ。お前はもちろん兼務なの。大体、アメリカ研修出して、あれはさ、お前の英語をあげるためだろ?嫁さん探しに行けなんて言ってないって」
はいはい。
「大体、千夏もさ。お前の面倒みろって言ったけど、それは部下としてなのに」
ごめんなさい。ごめんなさいってば。部長、これ、話し出すと長いんだよ。最近。
***
そして、千夏さんがやってきた。日本の会社に彼女がいるのが、すっごい新鮮だった。初日の挨拶。聞いてるみんな、結構うきうきしてたんだよね。人気あるんだ。千夏さん。
「初めまして。中條千夏です。入社してからずっとアメリカで働いていて、みなさんとはメールやテレビ会議とかでご一緒させていただいていましたけど、今回、日本で一緒に働かせていただくことになりました。自分は、親の仕事の都合で小学高学年からずっと海外を転々としていて、実は日本に住むのは20年ぶりです」
おお~と声があがる。
「日本での仕事の仕方やマナーを知らずにご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、いろいろと教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いいたします」
と言って頭をさげる。いや、我が恋人ながら、なかなかの挨拶じゃないですか。ぱちぱちと拍手する。
「それと、もうご存知かと思いますが、近く結婚を控えておりまして、その前後にはお休みいただいたりすることになるかと思います。すみません。よろしくお願いいたします」
わ~、やっぱりそうなんだ~って、騒ぐ女子社員のみなさん。
「あの~」
誰か声をかける子がいる。
「お相手ってどんな方なんですか?もしかして、海外の方とか?」
千夏さん、びっくりしたよね。
「え?秘密なの?」
僕に言った。そして、みんなが僕を見た。
そんで、千夏さん、今度は横にいた部長に聞いた。
「部長、会社で言っちゃダメなの?まだ?」
「いや、別に」
「じゃ、なんで、みなさん知らないの?」
「お前の彼氏がさ、タイミングはずしちゃって。そんで、別に俺の仕事でもないし。2人そろった日に挨拶でもすりゃいいんじゃないのって思ってた。おい、上条」
呼ばれた。
「ちゃんと前来て、挨拶しろよ。千夏に恥かかすな」
呼ばれて前に出る僕をみんなが見ている。
「あの、この度、結婚することになりまして」
みんなぽかんとした。総ぽかん、って言うのかな、結構ポカンとした顔ってみんな似てるじゃん。その後、ハチの巣をつついたように大騒ぎになった。
そんで、その日のうちにすごい勢いで噂が会社中に回って、みんな顔寄せればその話してて、そんで、僕のことと千夏さんのことをいろんなとこからいろんな人が見学に来るんだよ。ちらちらと。
「芸能人みたいだな。お前ら」
部長に言われた。
「僕は一般人です」
そう、芸能人は千夏さんだ。この日から僕は社内で隠れ千夏ファンから執拗な嫌がらせを受けるようになったんだから。
***
「ねぇ、中條さん」
「もう、上条なんですけど」
「え?婚姻届けもう出しちゃったの?」
「はい。一緒に住み始めたときに」
「なんで~」
「ちょっと、もうちょっと離れてくださいよ」
彼女を引き寄せて、横にべったりくっついていた酔っ払った千夏ファンの社員から離す。
「なんだよ。偉そうだな」
「すみませんね。僕のなんで。この人」
「なんで、こんなやつにしたんですか~。折角会えたのに、僕たち」
はははと笑ってる。ほんと、こんなのつきあって笑う必要ないのに。もう。
「そういえば」
はたと口調が変わる。千夏ファン。
「中條さんって、どうしてあんな偉い人呼んでたんですか?」
「だから、上条だって。偉い人って?」
「澤田先生。出版の元取締役じゃないですか。次期社長って言われてたけど、経営より評論のほうに専念したいって辞めちゃった」
え?そんな偉い人来てたの?
「ああ、澤田のおじちゃん」
「おじちゃん?親戚ですか?もしかして」
「いや。お母さんの親友がね、野中このはさんって知ってる?」
「ああ、火野創生の奥さんで、書評家ですよね」
「その、野中さんなの」
「ええ?そうなの?」
「ああ、樹君にも話してなかったっけ?」
知らなかった。
「だから、家族で行き来があって、火野先生とも知り合いで」
「ああ、そうなんだ」
「それで、澤田さんは火野先生の編集者だから、それで知っていて、わたしが就職の時期にね、火野先生が澤田さん経由で仕事紹介してくれたの。アニメ好きなわたしにぴったりじゃない?って」
「千夏さんってコネ入社なの?」
むっとした。千夏さん。
「実力です」
「なんだ、上条、お前挨拶しなかったの?」
「しなかった」
「失礼なやつだな。みんなちゃんと席まで言って一言は声かけてたぞ。うちは出版が一番グループの中で上じゃん」
「千夏さん、なんで教えてくれなかったの?」
「顔ちゃんとしらない、お前が悪いって」
叱られた。結婚式の二次会で。
「じゃあ、今度おうちに挨拶に行く?」
「え、まじすか。いいですか?」
じっと見る。千夏さん。やつのこと。
「そんなの、ダメに決まってんじゃん。もう。わたしが誘ってるのは樹君だって」
「ちえ~」
千夏
「中條」
呼ばれて振り向いた。
「ああ、違うのか。上条さん。ていうか、間違えられて振り返るなよ」
「まだ、慣れないんだよ」
笑ってる。
「三井君、ありがとうね。わざわざ」
「いや。ほんとよかったな。幸せそうじゃん」
へへへと笑った。
「結局、来なかったな。一樹」
「ああ、なんか急な出張入っちゃったって。一旦出席で返事もらってたんだけど」
にやにやしてる。三井君。
「それ、嘘だよ」
「ええっ?」
何て大人げない。
「だって、自分で言ったんだよ。結婚式には呼んでって」
「男なんてさ。初恋の人の結婚式なんか出たくないって」
「そうなの?」
「そういうもんだ」
「だって、自分だってさっさと結婚してんのに?」
「それでもさ」
「変なの。じゃあ、なんで結婚式に呼んでなんて言うのよ」
「ほんとだな」
はははと笑う。
「一樹よりかっこいいじゃん。ご主人。でも、なんの冗談?」
「何が?」
「名前だよ。名前」
「ああ……」
笑った。
「それは、冗談じゃないって。偶然なのよ。偶然」
「ふうん」
それから、ちょっと下を見てからまた続けた。
「あいつも、ご主人の名前見たときは複雑だったかもね」
「まっさかぁ」
はははと笑う。
「大昔の話じゃん」
「そうだね。大昔の話だね」
じゃあ、と手をあげて帰ろうとする。ふと立ち止まって付け加える。
「きれいだったって伝えとくよ。あいつに」
「うん。ありがとう」
三井君を見送ると、また、呼ばれた。
「千夏」
「あ~。トモ、つうか四谷大先生」
「大をつけるな」
「四谷先生」
「おめでとう。千夏」
「ありがとう」
この人にはほんとに世話になったなぁ。
「ねぇ、トモ」
「なんだ?」
「トモは忘れちゃったかもだけど。二年前くらいにさ、わたし電話かけたことあったじゃん。朝、まだトモが寝てる時間に」
トモはじっとわたしを見た。
「うん。覚えてるよ。千夏が急に電話をかけてきたのは、変な時間に。あのときが最初で最後だったよね」
「あの時にお告げみたいの言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「あれ、あの後もときどき思い出してたよ。思い出して、ね。そんで、頑張ったかも。わたし」
「そうか」
そう言った後に、ゆっくり笑った。トモ。
「それはよかった」
「ありがとう。ほんとに」
「うん。おめでとう。千夏。幸せになってね」
そう言って、トモも帰っていった。
自分が必要だから
「千夏さん?」
振り向くと樹君がいた。
「あれ?そんなに飲まされてないじゃん」
「逃げ回りました。もう、しつこいんだ。あの人たち」
自分が必要だからじゃないといけないんだよ。そんで、それを言わないといけないんだよ。ここぞというときにはね。
ふふふと笑う。
「疲れちゃった。もうそろそろ引き上げたいね」
「こっそりいなくなっても気づかないんじゃない?」
「え~。それはやっぱり大人げないんじゃない?」
彼が笑ってる。その顔はわたしがよく知っているいい人の笑顔。これからもこのままこの笑顔で生きていってほしい。この人には。




