【第九話 不死身の能力者】
なにこれ、なに、私は今は何を見ている?
私は部屋に居たフェイビアンへ視線を向けた。エドワードはアーサーの氷の台座に腰掛け足を組む。
フェイビアンの柔らかな声が氷の空間を揺らす。
「アーサーは二年前に自殺を何度も試みた。僕とエドも協力して何度も体を壊してみた」
つまりこの部屋にある体の一部は、お二人が何度も試行した結果の残骸。
普通なら自殺しようとした友人を止めるでしょう。しかしお二人はアーサーの願いを叶えようとして、いや、し、しかし、これは、アーサーが余計に苦しむだけだったのでは。
エドワードが続ける。
「このヤニカスは血だらけの姿で俺の部屋に来て『死ねなかったから見てろ』と目の前で頭を撃っていた。こんなヤツを生かしておいても資源の無駄だ、俺は喜んで死ぬ手伝いをしてやったが……今回もダメだったな。心臓が動いてる」
自分で自殺をして、生き返って、死ねないことを友人に伝え、その友人も死ぬ手伝いをした?
狂っている。エドワードもフェイビアンも狂っている。
フェイビアンはエドワードを見ながらニヤニヤと彼を指差す。
「そこのエドおじもアサおじが自殺決行する三日前に頭を撃った自殺失敗フレンズ」
「殺す」
「やってみろ」
思考が固まる私の目の前でエドワードは残酷な事実を言っていた。
「またキャンプファイアしてやろうか? お望み通りに今度こそ骨すら残らず」
「ごめんねこんな病んでるおじさんが“二人”も居て」
「お前しれっと自分を……ッ!」
つまり、つまり。
ここにいる四人全員、死にたくても死ぬことを許されない正真正銘の不死身の化け物である、と。
フェイビアンは部屋を紹介。
「ああこの部屋にある右側の残骸はエドの、左側の残骸はアサの。といっても八割アサだ」
これは私の勝手な推測ですが。
エドワードは自ら頭を撃った、死ねなかった。どうして死ねないのかと考えていると三日後に血だらけのアーサーが部屋に訪ねてきた。アーサーはエドワードの前で頭を撃ち不死であることを証明。二人はお互いに殺し合い残骸をこの部屋に保管。その後フェイビアンも自分が不死であることを知ったのかエドワードの炎で燃やしてもらい、結果、今も生き延びていると。
あ、よく見ると右側の残骸には頭が一個しか落ちてな……エドワードと同じ黒髪の頭がある、それも一個だけ。一回試したんですか、なのにアーサーは何個も何個も。
もしかして。
エドワードは言っていた『《覚醒》するとして、いつ、どこで、何をしたらいい』と。妙に焦っていて私を簡単に受け入れてくれたのは、天国への切符を早く寄越せと思っていたから?
その時、台座の上から声がした。
「ん……」
ゆっくりと紫の目が開く。
目覚めた彼は上半身を起こし、癖のある茶髪をかき乱すと眉間にシワを寄せて辺りを見渡す。
「ぁ、あー……メガネはどうしましたエドおじたん」
「無かった。首から上がドイツにある、これでお前は真の意味で自由なスパイとして動けるぞおめでとう」
「やったー」
アーサーは眉間にシワを寄せながら、ジッと私を見る。ぼやけすぎてわかりにくいかもしれませんが、はい、私はここにいます。数歩前に進むと彼は目元から力を抜いた。
「シェルピェン、悪かった。お前を利用して死を偽造して」
「いえ……いえ。いいんです、またお会いできて嬉しいです」
フェイビアンは体を震わせながら廊下の奥を手のひらで示す。
「そろそろ上へ戻りませんか?」
氷の能力者と炎の能力者が煽りだした。
「寒がりめ」
「この程度で震えてどうする」
いえ……あの……。
私も片手を上げる。
「お二人はわからないでしょうが、大変、とても、この部屋は十分も居られません……」
氷と炎のお二人は互いにちらと目を合わせ、急いで動いてくれた。
「お嬢様が寒がってる早く戻るぞ」
「すまない。一般的な適温を考慮するべきでした」
二人の後ろでフェイビアンは彼らを交互に指差す。その顔は優しかったが『ほら見ろ!』と一人で私を見ながら訴えていた。
もしかしなくても、この三人は古くからの知り合いかつ仲が良いのでは?
◇
イギリスでのティータイムは聖域です。
そこがどこだろうとなんだろうと例え爆撃が起こっていようと、ティータイムを崩されることだけは絶対に許さない。
前線でも紅茶を飲むために戦車を離れた兵士が標的にされることが多々あり、実際私もイギリス兵が居たらティータイムを狙って殺しました。いやはやまさかここまでとは。
今回はエドワードが淹れてくださいました。
机に置かれた『三つのカップ』私はそのうちの一つを受け取り、砂糖を一ついれてかき混ぜる。
アーサーおじさんは私達三人を見てからエドワードを見上げる。
「え? あれっ? 俺の分は?」
「幽霊へのティータイムなんて用意されるとでも思うのか?」
紅茶も配給制です。アーサーおじさんの紅茶はありません。
アーサーが騒ぐと、エドワード、フェイビアンの順で言葉を返していた。
「一人三パックあるだろ三人それぞれ一個ずつ俺にもお恵みください!」
「砂糖でも齧ってろ」
「君だけ三パックになるね」
私はアーサーを見て、まだ口をつけていない紅茶を差し出す。
「一日一杯でよろしければ」
「お嬢様……ッ! ああシェルピェン様感謝致します」
「いいんですいいんです。私へ向かって十字架を切り感謝を捧げないでください、感謝を向けるべきは神様ですよ」
「はい、シスター」
カチャ、とフェイビアンが話を強引に切り上げる。
「それでシスター」
ここだと私への呼び方がころころ変わる。
フェイビアンが近況について教えてくれた。
「友人は無事、アーサーと戦ったことで疑いは晴れた。数日後にヴェークテルンは中佐へ昇格、アイギス殺しの英雄として動き出す」
これは近況じゃない。少し先の未来の話だった。
「アーサーを殺した能力者の名前は《日向月彦》東洋出身だから日向が苗字、月彦が名前。彼の能力は『能力解除の炎』だ」
能力を解除する炎? どういうことですか。
「え、な、なんてデタラメな。そんなのアイギス相手でも」
「殺せるし殺したよ」
そうだ、私は目の前で見た。
黒髪に赤い目を持つ東洋の人間が、長い剣でアーサーの首をスッと一筋入れた景色を。
つまりは能力がデタラメな以上に、あの能力者本人の身体能力もかなり高い。そもそもどうして東の能力者がドイツに?
フェイビアンの未来予知は続く。
「これから何が起こるかをざっと並べるね」
語り出したのは今年の一九四三年の予定表。
「九月にイタリアは連合国に降伏。ドイツはイタリア北部、中部を占領。ナポリでは九月二十七日から三十日、四日間で一般市民がドイツ軍に対し反乱、ドイツ軍を追い出す」
頭にペネロペちゃんが浮かんだ。
「その時、ペネロペ・コスタは軍規を破り仲間を率いてナポリ市民と共にドイツ軍と衝突。十月一日、勝利したのはナポリ側だから安心して英雄となる彼女を見守ろう」
「加勢は」
「しなくても彼女がやれる」
さすがペネロペちゃん。強すぎる。
「イタリア南部はイギリスとアメリカが支配することになる、ペネロペのご家族は我々イギリスが保護するよう動くから、そこは安心してほしい」
よかった、フェイビアンがそう言うのなら確実に大丈夫だ。
「シェルピェン・ザウェク、君はエドワードの部隊に入りドイツの『人工能力者の量産』を阻止してほしい」
「それが『終末』のトリガーになるかもしれないのに、阻止するんですか?」
フェイビアンは紅茶を一口。
「『国内の一般人が大勢実験に使われて死ぬ』だけだよ。能力者の覚醒がトリガーになるんだ、一般人がいくら死んだところで……悲劇が生まれるだけだろう?」
彼はまさしく選ばれし《アイギス》だった。未来が見えるからこそ誰よりも多くの悲劇を知っているのだろう、もしかしたら大切なヒトの死すら見ていたのかもしれない。
フェイビアンはアーサーを見る。
「アーサー、君はしばらく旅行でも行って時間を潰してて」
「遊んでいいですかね」
「どうぞ。今年の十一月、イギリスはドイツを燃やす。エドワードと一緒にアイギスとして攻めてあげて」
「わかった、死者は条約違反にならないもんな?」
「強引なへりくつだけどね」
予定表が埋まっていく。
他国ならフェイビアンを拉致してでも手に入れたい情報がティータイム中に流れていく。これは確かに伝説の能力者だ、なにもかもが彼の頭のなかに詰まっている。
「ああ、予め伝えておこう。僕の能力には条件があって『未来に起こる出来事に関係する文章、映像、人物』を見ないと出てこない」
関連する情報がないと未来が見えない。ということは。
フェイビアンはアーサーを見た。
「だからアーサーにスパイ活動してもらって各国の情報を集めてもらってる」
そのために私はアーサーと一緒に日帰りスパイ旅行をしていたのか!
どんどん辻褄があっていく。なぜ最初から不死身の私を見つけ出せなかったのか、なぜフェイビアンは回収した資料を真っ先に確認していたのか。情報がないと未来が見えてこないからだった。
フェイビアンは教えてくれた。どうして私をドイツのあの牢屋から見つけ出したのかを。
「不死身の能力者の情報をアーサーが僕にくれたからこそ、君を見つけ出せた」
アーサーは、この方は、私を救いだしてくれたヒトだった。
よかった、私は貴方の部下として共に行動できたことを心の底から感謝致します。貴方が今ここに居て本当によかった。
しかし、ここに居る全員が求めるのは私が《覚醒》して『天国』へ行くこと。戦争の続く世界を終わらせ被害者は可能な限り減らすこと。
フェイビアンは夜のティータイムを畳む。
「もう夜も遅い。明日からアーサーには自分の死後処理をして貰わないとだし」
「えっ聞いてな」
「エドワードとシェルピェンは明日の朝ロンドン中央へ発ち葬式や処理をお願い」
「かしこまりました」
「かしこまりました」
私達は立ち上がりこの場は解散。
「なぁフェイ聞いてないよおじさん。フェイ? 待ってほしいフェイ」
明日から私はエドワードと共に行動を始める。気を引き締めよう。
「自分の処理ってどこからどのあたりの話? そういうのって他の誰かに」
私はエドワードと共に部屋を出て扉を閉ざし、敬礼をしてから自室へ戻る。
アーサーは適当なヒトだったけれど、エドワードは間違いなく厳格で厳粛なお方だ。雰囲気でなんとなくわかりますよね、その方がどれだけ仕事に対して真剣かどうかが。




