【第十一話 偽装葬式】
国家の最高戦力である《アイギス》の葬儀だというのに、その式は驚くほど慎ましやかなものだった。
重苦しい灰色の空の下。数多の軍人たちが沈痛な面持ちで立ち並ぶ中、アーサー・E・テイラーの入っていない棺桶が、ゆっくりと冷たい土の中へ沈められていく。
一通りの儀式が終わると、エドワードは参列者から少し離れた教会の壁に背を預け、冷ややかな目で群衆を眺めていた。
「ふっ。茶番でしかないな」
鼻で笑う彼の横顔には一欠片の悲哀もない。
それも当然だ。アーサーは生きている。今頃は自分の死後処理のための書類仕事でも押し付けられて、文句を垂れながらペンを動かしているのだから。
そんな私達の元へ、身なりの良い一人の将校が近づいてきた。彼はエドワードの隣に立つと、重い息を吐き出しながらアーサーへの呆れを語りだす。
「バイロン、よかったな。やっとあの厄介なメガネが死んでくれて」
「ええ。これで邪魔されることなく、私の元に優秀な能力者達を思う存分に集められます」
エドワードは微塵も表情を崩さずに同意し、視線を遠くへ向けた。
「ただ……王女のお心だけが心配です」
彼の視線の先には、数多の護衛に囲まれてハンカチで目元を抑える小柄な人物がいた。
あの方こそがイギリスの王女殿下だ。
参列者達の噂話によればアーサーは王女と最も親しい《アイギス》だったらしい。当時十三歳だった彼女を励ますためだけに、巨大な『氷のお城』を丸ごと一つ作り上げたのですって。なんてロマンチックで素敵な話なのだろう。
しかし、隣の将校は側近なのだろうか、彼は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「アーサーの奴が作ったあの氷の城で、王女殿下が『結婚式を挙げる』と駄々をこねられた時は、流石に頭を抱えましたな……」
「ええ。最終的に私が炎で燃やして消し去りましたが。……チッ。思い出すだけで腹が立つ。あまりに巨大すぎて、あれを溶かした後は一週間ほどまともに動けませんでしたよ。私の能力が枯渇したのは後にも先にもあの一度きりです」
なんて素敵な話を台無しにする苦労エピソードだろうか。私は黙って二人の会話を聞き続ける。
「海軍の所属でありながら、定期的に船から姿を消していたのは結局なんだったんだ。バイロン、お前はあいつの正体わかったか?」
「悔しいことに、何一つ情報を掴めないまま、俺からの贖罪を受けぬまま、ヤツは死にやがりました」
生きてます。アーサーは生きています。
しかしエドワードの口調は、次第に『死んだ同僚を悼む者』のそれから外れ、日頃の鬱憤を吐き出す怨嗟の声へと変わっていった。
「あの野郎は私の部下を勝手に引き抜き連れ回し。私の武器を勝手に使って破損し」
エドワードの刻むような低い声には、隠しきれない本気の殺意が混ざり始めていた。
「私の配給の角砂糖を勝手に自分の紅茶に溶かし。私の愛馬を勝手にパブへ行くための足代わりに使い泥酔して馬だけ帰し。私の執務室の綺麗に整理された書類を勝手に仮眠用のベッド代わりにしてヨダレを垂らし」
やってそうで困る。いや、やったあとか。
「私の能力をッ、勝手にタバコの火を点けるためのライター代わりとして要求しッ!」
ボッ! とエドワードが手にしていたタバコが一瞬で灰となる。
ツラツラと並んだ伝説のアイギスらしからぬ傍若無人なやらかし履歴。ギリッ、とエドワードの奥歯が鳴った。
彼は掌の灰を空気に投げ捨てながら続ける。
「結局、あのヤニカスビッ【──自主規制──】野郎を、神がお許しになるのであれば死体だろうと最後に一発食らわせてやりたかった、なんなら俺が息の根を止めてやるつもりでした」
葬儀の場とは思えないほどドス黒い怒気を放つエドワードに、将校はわずかに顔を引き攣らせてから、慌てて私を見下ろした。
「バ、バイロン。隣にいらっしゃるのは……」
「テイラーの姪です。本日から私の部下となるザウェク大尉」
「これは……ご親族の前で、大変失礼致しました!」
将校はひどく気まずそうに敬礼をした。
私も無言で敬礼を返す。大丈夫ですよ、アーサーは生きていますから。それよりも思った以上にエドワードの口が悪くて、そしてアーサーの素行が悪すぎて、心底ビックリしています。
将校が「また後日話そう」と逃げるように立ち去り、その足音が完全に消え去ってから。
エドワードはどんよりとした景色を眺めたまま、ひどく冷たい声で私に告げた。
「全部本心だ」
「……はい」
「いつか殺す」
「……ハイ」
アーサー、貴方はエドワードに一言『ごめんなさい』を言うべきです。それでも絶対に許されないでしょうが、とにかく言うべきです。
私が心の中でそっとお伝えしていると、エドワードはふと表情を和らげた。
「王女と話をしてくる」
「はい」
彼は王女の元へ歩み寄る。
《アイギス》とは盾を意味する。この国において、陛下の盾となるのが彼らアイギス達だ。彼等が守るべきは陛下と、国家と、その民草である。
何を話しているのか一般兵士の私には近づいて聞くことすら許されない。だが、遠目に見るエドワードは間違いなく完璧な紳士だった。濡れた泥に膝をつけて軍服を汚すことも厭わず、王女へ優しい言葉を送り続けている。
なぁんだ。アーサーが死んだら、ちゃんと悲しんでくれるヒトが居るじゃないですか。それも、あんなに幼くて可愛らしい王女様が、貴方のために涙を流してくれているんですよ。
……それでも耐えきれなかったのだろう。
どんなに国に求められ、王女に愛されていても、アーサーの心に空いた穴は決して埋まることはない。
あの地下室には、彼自身がまき散らした残骸が今も転がっているのだから。




