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【第六話 友達の竜】





【第六話 友達の竜】


 ああ、ペネロペちゃんは大丈夫かな。


 ペネロペちゃんはイタリア出身。母親がイタリア人、父親がドイツ人のハーフ。だから彼女はドイツ軍に所属しているけれど、故郷はイタリアの太陽の下ナポリにある。

 彼女が将校時代に教えてくれたのは「いつかナポリに帰ってなんでもいいからお店を開きたい」ということ。私が「じゃあ一緒にやろうね。お花屋さんとか似合いそう。ウェディングの花束をずっと作り続けるの」と言ったら「永遠に独身で居ろって?」鱗の固い手で頬を掴まれたな。

 そんなあの子が私を見逃してくれた。軍人として、それがどれほどの罪になるか。能力階級『IX』の少佐が、たった一人のスパイを取り逃がした。

 どんな言い訳をしたのだろう。いや、ペネロペちゃんは頭がいい。きっと上手くやってくれている。きっと。


 ──きっと、大丈夫。


 そう自分に言い聞かせた翌週のこと。



◇◇◇



【ヴェークテルン・シュミート視点】


 パリ。占領軍司令部。


 ヴェークテルン・シュミートは机の上に並べられた報告書を金の瞳で読み進めていた。   一週間前、パリにおいて最重要機密輸送車両が襲撃を受けた。護衛の兵士二名が意識を失い、将校が昏倒させられ、座席下の書類ケースから機密文書が奪われた。犯行時間は推定四十秒。


「四十秒……」


 華麗なる手口が過ぎる。熟練者で間違いない。

 ヴェークテルンは報告書の一行を指で辿った。


『前輪左タイヤのボルト三本が走行中に脱落。原因は整備不良ではなく、外的な力による意図的な緩め。ボルトの溝に“工具痕なし”』


 気になって読み返す。

 工具痕がない? つまり手で触れずにボルトを回した?

 ヴェークテルンは椅子の背にもたれ天井を見上げた。口元に薄い笑みが浮かぶ。


「……シェルだな」


 金属を念力で操る能力者。能力階級『V(五)』いや、あれは意図的に低く設定されたものだ。実際は『VII(七)』もしくは『VIII(八)』かもしれない。百メートル先のボルトを三本同時に、振動に紛れて外れるように緩める繊細さ。あの小さな手で、あの幼い顔で、こんな精密な仕事をやってのける。


「ふっ、やっぱりお前だろ?」


 次に彼は護衛部隊の編成表を開いた。襲撃地点の周辺に配置されていた部隊。その中に一つ気になる名前がある。

 《ペネロペ・コスタ》少佐。能力階級IX。変身系能力者。襲撃地点から最も近い位置に展開していた装甲巡回部隊の指揮官だ。

 報告書にはこう記されている。


 『コスタ少佐は襲撃発生後、スパイの逃走方向を追跡したが路地裏にて見失ったと報告。追跡中の戦闘行為はなし』


 ヴェークテルンは報告書を閉じた。

 能力階級『IX』が。あのペネロペ・コスタが。路地裏で見失った? 見失うことはありえないが、性格を考えたらありえる話だな。

 コスタの変身能力は鱗による装甲化と身体能力の超強化。壁を蹴り砕いて跳躍し、戦車の上に着地できる女だ。路地裏で一人のスパイを見失う? 冗談にもならない。だがな、ペネロペ・コスタとシェルピェン・ザウェクは同期だ。将校学校で同じ部屋だった記録も記憶もある。あのトカゲ女の性格についてもよぉく知ってるよ。

 ヴェークテルンは立ち上がった。金の瞳が暗い愉悦に光る。


「コスタ少佐を呼べ」


 部下が敬礼して部屋を出ていく。ヴェークは窓辺に立ち、パリの灰色の空を見上げた。


 俺はこう予測してる。といっても確信の予想だ。

 《シェルピェン・ザウェク》はイギリスに居る。そして彼女を拐ったのは《アイギス》の《アーサー・E・テイラー》だ。アイギスに匿われている以上、正面からイギリスに乗り込むことはできない。だがあいつには致命的な弱点がある。あいつは優しすぎるんだ。バカだなと何度も呆れるぐらいとにかく優しい、だから俺に利用されて死ぬことを自ら選べる。

 庇う。守る。身を挺す。俺の前に立ちはだかって、あの小さな体で銃弾を受けて死んだ。

 そしたらあの目だ。あの揺れる金色の目。他人の痛みを自分の痛みにしてしまう、兵器としては致命的な欠陥かつ弱点。

 だから、親友が危ないと知ればあのロリは必ず来るんだ。



 ──その時、扉が開いた。



 黒い角と鱗を持つ女が入ってくる。軍服の袖を肘まで捲った、堂々とした体躯の少佐。ペネロペ・コスタは表情を崩さず俺の前に立った。相変わらずなんで女なのに俺並みに背が高いんだ腹立つな死ね。

 コスタは一人の兵士としてそこにいた。


「お呼びでしょうか、シュミート大尉」


 彼女の黒と白のオッドアイが俺を冷静に見つめている。階級はコスタの方が上だ。少佐が大尉に呼び出されること自体、異例中の異例。だが俺なら特務大隊の権限でそれを可能にできる。


「コスタ少佐。先週の襲撃事件について、一つだけお聞きしたい」


 俺は椅子に腰掛けたまま目を上げた。


「スパイをなぜ見逃した?」


 一瞬の間。

 ペネロペの表情は変わらなかった。尾の先すら揺れなかった。さすがにこの程度じゃゆさぶりにもならないよな。

 彼女は紅のついた唇を動かす。 


「見逃したのではなく、見失いました。路地が複雑で」

「嘘だな」


 俺は言葉を遮る。


「コスタ少佐。あなたの能力でスパイ一人を見失うことは物理的に不可能だ。あなたは壁を蹴って三階に跳べる。鱗で銃弾を弾ける。百メートルを五秒で走れる。そんな怪物が路地裏で人間一人を見失うだろうか?」


 ペネロペは黙っていた。


「もう一つ」


 俺は机の上の書類を指で叩く。


「車両のボルトが工具痕なしで外されていた、これができる人間は限られる。金属を操る能力者だろう……貴女の同期に一人、心当たりがあるはずだ」


 ペネロペの目がほんの僅かだけ細くなった。それだけだった。それだけで、俺にとっては十分だった。


「シェルピェン・ザウェクは生きている。そして貴女は彼女をパリで見かけ、見逃した」


 沈黙。暖炉の薪がパチリと鳴る。

 ペネロペが口を開いた。


「……シュミート大尉」


 声は低く、静かで、しかし底に熱を持っていた。


「仮にその推測が正しかったとして。あなたは何がしたいのですか」


 ふ、ふふは。

 お前を突き落とすよりもっと簡単に上に昇る方法があるんだよ。

 俺はお伝えしてあげた。


「コスタ少佐。あなたを告発する気はありません」

「……そう」

「むしろ感謝しています。おかげで“実験体”の居場所が確定した。イギリス《アイギス》おそらくアーサー・E・テイラーの庇護下にあると、あなたのおかげで確証が得られました」


 ペネロペの尾の先が微かに震えた。


「ただし条件があります」


 俺は立ち上がり、窓辺からペネロペへ向き直る。


「あなたはこれまで通り任務を続けてくれればいい、ただ一つだけ。実験体であるシェルピェン・ザウェクと接触があった場合、私に報告すること。それだけでいい」


 ペネロペは無言で俺を見つめていた。  黒い角の影が彼女の顔に落ちている。


「報告しなかった場合は?」

「イタリアのご家族に迷惑がかかるかもしれませんね」


 空気が凍りついた。ペネロペの鱗が一瞬だけ逆立ち、両手の爪が伸びかけたわずかな動きを俺は見逃さなかった。

 能力階級『IX』の殺意が部屋を満たすと俺の部下たちが無意識に銃に手をかけた。

 しかしペネロペは三秒で己を収め、鱗が元に戻り爪が引っ込む。


「了解しました、シュミート大尉」


 彼女は敬礼し踵を返した。


 パタン、と扉が閉まる。

 俺は窓辺で腕を組み満足そうに息を吐いた。


 これで完璧だ。盤面は揃った。


 コスタは裏切れない。家族を人質に取られれば、あの手の人間は必ず従う。そしてシェルは必ずコスタに接触する。あいつはそういう女だ。

 その時が来たら俺が直接出向く。アイギスの庇護を剥がしシェルピェン・ザウェクを回収する。不死の実験体を連れ帰りアイギスの首を

手に入れたら、少佐、いや、大佐への道が一気に開ける。


 ガラス越しに俺は自分の目を見た。その金の目は、誰がどう見ても楽しそうだった。

 待っていろシェルピェン・ザウェク。お前の優しさがお前を殺し《アイギス》の命が終わるんだ。




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