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【第三章 第十一話 収穫】




【ヴェークテルン・シュミート視点】


 武家屋敷の木製の廊下を走る。

 広すぎる室内、開けた庭園、紅葉が揺れる十月の風。ドイツの風とはまるで違う、少し湿度のある心地よい風だ。

 走っていると人の気配がして、俺は階段の上を見上げた。向こうから誰かが来る、足音がする。咄嗟に物陰に隠れて様子を伺うと……。


 ──俺の首から胴体にかけ、刀が添えられていた。


 階段手すりの隙間から刀が伸び、男は俺を見下ろしていた。顔をあげると月彦によく似た黒髪赤目の男が俺を睨んでいる。


「誰だ貴様は」


 口を黒い布で隠した男が何かを言っていた。残念ながら言葉が分からないが、なんとなく何を言っていたのかは分かる。


「アメリカ人か? アメリカ人なら殺……え? なんか服がドイツっぽいね?」


 何を言ってるのかさっぱりすぎるな。とりあえず両手をあげるしかない。


「主(あるじ)! 主! 不審者~ッッ!!」


 誰かを呼んだな? まぁその方がいいか、ここはあの小野優明のご実家だと聞いた。

 すると廊下の奥から声がした。


「なんやぁぁーッ!」

「不審者どうしよー!」

「なんやーッ?!」


 声でけぇなどっちも。やはり軍人かな。

 廊下の奥から足音がすると、ついに現れた。


「なんやもう、なんなん?」


 《日向月彦》と目があった。


「なんや?!」


 彼目線今の状況はこうだ。両手挙げてるデカいドイツ人が階段の壁を背にし、階段の上では知り合いが刀をドイツ人に振り下ろして身動きを封じている異様な景色。

 彼は驚きながら『訛りのあるドイツ語』で話す。


「お前もしかしてドイツ人か?」

「貴方も《鍵》をお持ちで?」

「ちゃうで」


 大日本帝国最強のアイギス《日向月彦》は腕を袖に通しながら木製の廊下をぎ、ぎ、と進み、俺の目前でしゃがむ。その赤い目はまるで炎のように明るく、薄暗い室内でも燃えたぎっていた。


「……なぁ、俺らどっかで会ったことあるんとちゃうか?」

「いいえ。まさか同盟国の《アイギス》殿から刀を首に添えられた状態で旧知の仲と言われるとは、なかなか詩的な再会ですね」


 だが。内心俺も似たようなことを思ってしまった。現れた瞬間から『お前は!』と心が騒ぎ、だからこそ追いかけてしまった。どこのラブロマンス映画なんだか、男同士の時点で興業収入ワースト一位確定だな。

 月彦はフハッと笑いながら一瞬顔を下げた。


「せやな! くっそ人居らん映画のセリフやったな今のは」


 同じ現象を想像したようだが出力の形は違った。俺は数字から、彼は体感から。この時点で性格の差が露になっている。

 月彦は視線を俺の頭上へ上げ、日本語で指示。


「烏光丸(うこうまる)下ろしてええ」


 刀が離れた。俺は両手を下ろす。

 すると月彦は立ち上がり後ろの人物を指差した。なにやら怒っている? 叱っている?


「アッ! お前手すりキズつけおって!」

「ごめんなさい!」

「ここ優明ん家やぞ! あんま暴れんといて──」


 その時、外からドガッ!! と木が倒れる音がした。

 何故だろう、外からヨハネの気配を感じた。

 何故だろう、庭の立派な木がへし折れたようなそんな物音がした。


 俺達三人は同時に中庭の方角を見ると、ガラスの向こうから一瞬青い炎が見えた。直後に黒山羊が過ぎ去さり、屋根を走る蹄の音と振動と共に俺達三人はお互い顔を合わせる。


 これ、家主が暴れてるのでは?



◇



【シェルピェン・ザウェク視点】


 縁側という場所で、私は『カステラ』というケーキ生地を緑茶と一緒に頂いた。


「おいしい!」

「よかった、ヨーロッパ由来の南蛮菓子だからな」

「どこの国のお菓子なんですか?」

「ポルトガルだった気がする」


 どこからかドガッ!! と激しい物音がしましたが、私は納得した。西洋の食べ物がこんな極東にまで届いているなんて、だからおいしいって感じたのかもしれません。



◇



【ヴェークテルン・シュミート視点】


 俺はヨハネから話を聞き出した。まずは喧嘩の発端である尋問について話を聞き、どんな情報を集め、何故喧嘩することになったのか、全てを聞き出した。


「それで? どちらが先に手を出したのかハッキリしてもらおうか」


 小野優明とヨハネ・ド・ブジョワは、畳の上で正座しお互いを指差していた。俺はそんな二人を見下ろしながら隣の《アイギス》日向月彦を見る。


「同盟国の施設を損壊し誠に申し訳ありません」

「ん? ああ別にええで家主はこのアホサイコパスの父親や。怒られるのもこのアホサイコパスだけや。そもそも《鍵》使った密入国や」


 それはそう。


「どうせ優明が裏でこそこそ動いてて何が目的やって探りに来たんやろ?」


 なんだこの方は。勘がするどいのか、それとも知能がとてつもなく高いのか、あるいは両方か。


「はい。実のところその通りです」

「なるだけ関わらん方がええでコイツに。コイツな、邪魔やからって姉と妹以外全員戦場で殺してんこっそりな」


 え。


 ヨハネも顔を上げ、優明へ目を向けた。

 優明は『それが?』となんでもないような顔で月彦を見ている。


「屋敷に俺と岳お兄さん招くために最後まで残しておいた長男殺してん。これで、優明は父親から大事に大事にされる、父親はアイギスと仲ええからなぁ、唯一残った息子のために動くしかないねん。サイコパスが」


 あ、ぁ、悪魔だコイツは。


 普通の人間が家族を殺すとしたら、それ相応の感情や目的がある。恨み、逃避、もしくは遺産、巨大な感情の果てに及ぶ行為だ。だが小野優明という悪魔は『自由に使えるアジト』がほしい、それだけで身内を完全犯罪で殺していった。

 愛も憎しみもなく、ただ必要なだけだから殺せる本物のサイコパス。揶揄でも比喩でもからかいでもない、事実として存在してしまっているサイコパス。

 ああなるほど、ニャルラトホテプという存在が小野優明を駒にしたのは、この特性故か。


 優明はサイコパスらしく何も気にせず言葉を並べていく。


「そのお陰でお前ら悠々自適に暮らせてるじゃん!」


 あぁ……やっていることの重さをコイツは理解できてないんだな。


「俺も楽だね~! 岳お兄さんは料理好きでしょ? 烏光丸は掃除とかしてくれるでしょ? 月彦はまぁ烏光丸がお前の命令しか聞かないから置いておいてやるよ」


 月彦は呆れながら悪魔を指差す。


「ほらな、関わらん方がええ」

「よくわかりました」


 目的は達成され情報が揃った。


 危惧していた第三勢力は世界の均衡を保つための中立組織、自ら進んで特定の国家を滅ぼすような真似はしない。また、ニャルラトホテプという存在は少なくとも人間と直接接触する素振りはゼロ、他人のプライベートを盗み見て楽しむカス。

 シェルピェンに《鍵》を与えた小野優明は、個人的な快楽のためなら倫理観ゼロで人間を使い潰せる正真正銘のサイコパスで悪魔である。故に手駒としては最高だが味方にすることはできず、敵に回せば最も恐ろしい存在となるだけ。

 月彦が続ける。


「俺も疑ってんコイツを。少なくとも今のところは能力者達に《鍵》を配ったり、気まぐれに旅行するだけや。ただ、ニャルラトホテプ? ってやつの命令次第では躊躇なく殺すやろうな。だからな、ここには二度と来ない方がええ。《鍵》持っとるから来られるけど、敵として来られたらおしまいやコイツはほんまに」


 触らぬ悪魔に祟りなし。

 正面から力業で襲ってくる《アイギス》なら対処できる。だが、この悪魔の場合は『人間社会に溶け込み、言葉巧みに人間関係や精神を破壊し腐らせる』対処不能な感染症の病原かなにかだろう。あのヨハネすら口車に乗せられてしまったからな。

 月彦の言う通り、倒すな、逃げろ、これが最適だな。

 しかしそう考えると。


「そんな悪魔とルームシェアですか?」

「仕方ないねん! 俺の烏光丸が自由に過ごすにはここしかない、無国籍のただの刀なんやアイツは」


 俺は部屋の端で正座待機している《烏光丸》という青年を見た。袴とシャツを上手く着こなした男、月彦と雰囲気が似ているため兄弟かと思ったが違うらしい。『刀』と言っていたから彼が月彦の右腕なのだろう。


「岳お兄さんも疲弊してんねん精神が。……新聞の写真見たか? 自分の姿にショック受けまくってんねん。危険でも悪魔を利用するしかない」


 トラウマ(PTSD)を抱えた《アイギス》か。月彦もまた仲間を守るために国家に抗い、悪魔と取引をし、自ら監視役となってこの場を維持していると。


「せや、優明の『血清』居るか? アメリカに勝つには必要とちゃうん?」


 まさかと俺は聞いた。


「そこの小野優明の『血清』も人工能力者の原液?」

「せや。日本でも研究進めとるで。優明本人も他の能力者との違いが知りたいらしいねん、噂じゃどっかに『欠損した腕を直す能力者の血清』もあるらしいねんな、それ作ってはよ戦争終わらせたい」


 その『欠損した腕を直す能力者の血清』の原液がシェルピェン・ザウェクだが、これは極秘情報であるため日本のアイギスも知らないらしい。

 俺はその情報を隠した。ヨハネも何も言わずジッと正座したままだった。優明は……なんだ? 何故お前は笑っている? まさかシェルピェンについて言うつもりか? その場合この場でお前を殺して急いでシェルを回収する。


 月彦は続けた。


「ドイツの方が研究進んどるから持っていってくれ。ちょうど無いから今すぐ優明の“腕一本飛ばす”わ」


 ん?


 優明はビクッと肩を震わせ立ち上がるが。月彦を中心にぶわっと力が漏れだし、赤黒い炎が優明の背中に矢のように放たれた瞬間。


 ──バタン、と悪魔は意識を飛ばした。ずささ、と畳の上で皮膚やら服やらが擦れる音がした。


 悪魔はすやすやと心地よさそうな寝息を立てる。ここまでわずか二秒、こんな化け物に勝てるわけがない。


「烏光丸」


 月彦は右腕を呼んだ。従順な部下は立ち上がり、優明の側へ寄ると彼をかついで別の部屋へ向かう。


「そういや名乗って無かったな、日向月彦や。お前は?」


 敬礼と共に改めて自己紹介をした。


「ドイツ帝国特務機関警護部、ヴェークテルン・シュミート中佐、能力階級『Ⅸ(九)』」

「そんな畏まらんでも……まぁええわ、覚えとく。待ってて」



 ──しばらくヨハネとこの後どうするか決めていると。


 月彦から傷口を炎で焼き塞いだ成人男性の右腕を差し出された。こんな明らかなヒトの体の一部を、ものすっごく明るい笑顔で差し出されるとは思わなくて、さすがに一瞬固まってしまった。


「持っていき! あとそろそろあの銀色の子来るで、妹か?」

「赤の他人の部下かつ成人女性です」

「は?! マジ?! 未成年かと思ったわすまん! 子供扱いしてもうたわ……」


 仕方ない。見た目が完全に少女だからな、初見では成人してるとは思えないからこそ奇病持ちと言われてしまう。

 成人男性の腕を受け取ると、ちょうどシェルピェンと奈波岳が部屋に訪れてきた。

 シェルピェンは敬礼してから入ると、真っ先にヨハネの元へ近づき楽しそうな声で問う。


「ヨハネ、お叱り受けましたか?」

「しっかりと受けました……」

「ンヒヒッ射殺されなくてよかったです」


 本当にな。下手したら外交問題では済まないぞ。

 シェルピェンは《銀の鍵》を取り出し《空模様の扉》を畳の上に出す。引き上げよう、大変騒がしくしてしまったがお陰で安心したし、貴重なサンプルまで手に入った。問題はこのサンプルをどう誤魔化して伝えるかだな。

 丁寧に丁寧に挨拶してから扉へ向かうと、俺の背後でシェルピェンが話していた。


「奈波岳、貴方はどんな姿であろうと《魂》は貴方ですからね」

「ありがとう、頑張ってみる」


 また我が隊の天使様が他人の心を救ってる。一体お前は何人の《魂》を揺さぶって癒せば気が済むんだ? もはやアイギスよりも強いのはお前だシェルピェン・ザウェク。

 俺達三人は二人のアイギスへ敬礼。


「大変お騒がせ致しました。失礼致します」


 若きアイギスのお二人も敬礼を返してくださった。

 扉がしまりきってから、俺は腕を下ろして二人へ告げる。


「小野優明とは二度と関わるな。もし接触してきたら報告しろ」

「了解」

「了解」


 第三勢力は中立。日本は同盟国、日本のアイギス二人とは少なくとも多少は友好関係ができた。土産に右腕まで貰ったからな。

 ……悪魔の屋敷の庭が少し燃えたことは忘れよう。



番外編でさらにキャラクター深堀りが大量にあります。ぜひ読んでください。ぜひ読んでください。ヨハネさんの天才で傲慢で気まぐれさがわかるし、シェルがひたすら強いし、いやアランという男も本当にいいのでよhんでください。お願いします読んでください。

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