【第三章 第十話 すべてを知る男】
【シェルピェン・ザウェク視点】
優明は案内しながら話す。
「俺一度でいいからシェルピェン様とお話ししてみたかったんだよね! めっちゃ美人だよね~存在がかわいいわ!」
ヴェークは咄嗟に私ではなく後ろのヨハネへ振り向いていた。
とりあえず言葉を返しておこう。
「ありがとうございます」
「近くに温泉宿あってね! シェルピェン様後で行……ッ」
優明は振り向きながら笑顔でピタッと固まる。
私はあえて見ないでおきましたが、ええ、はい。それ以上はやめておいた方がいいかもしれません。
優明はフッと鼻で笑い出す。
「正直に言うね。ヨハネ・ド・ブジョワ!!」
なぜ名前を?!
彼はヨハネをピシッと指差した。
「シェルピェン様はヴェークテルンとセ◯◯ス以上のコトしてたぞお前ッッ!」
ヨハネはガッとヴェークの胸ぐらを掴んでいた。
「違う違う違う違う違う違う聞け頼む聞いてほしい悪魔の戯れ言だ頼む聞けお願いしますどうか先に弁明の時間をください」
私も必死に首を横に振った。
「違います! 違うんです! 死体の偽造工作のためにヴェークは私から心臓を取り出しホテルで復活させてくれたんです!」
あ、まずい、今のセリフ間違えたかもしれない。
ヨハネは手を緩めてくれた。よし、セーフだ。
ヨハネは目線を泳がせながら私を見下ろす。
「え……? そういえばあの死体ってどうやって?」
悪魔が言いやがった。
「ああ、お互い裸になって浴槽で心臓を抉り取ってたよ」
ヨハネは無言で拳銃を取り出しヴェークの額へ。私が能力で弾丸を詰まらせた直後、ヨハネはあろうことかトリガーを引き、カチ、と乾いた音がした。ここまでゼロ点一秒です。
ヴェークはひゅっと息を飲む。しかしヴェークはどう説明しても詰んでいる。裸で男女が風呂場にいた(事実)、私の胸を切り開いた(事実)、そして共にホテルに居た(事実)どう足掻いてもヨハネを納得させられる言葉が存在しません。
私は慌ててヴェークの前にたち両手を広げた。
「違う!! いやっ事実。ああするしかなかったんだ!!」
「私の『心臓』が再生の核だったんですアレは本物の死体でだからこそ私は今無事にここにいるんです!」
ヨハネはヴェークの額に銃口を押し付けたまま、私の視界の真上で、ゆっくりとした動作で小野優明を見た。悪魔は長い尻尾を揺らしながら胸を張って言う。
「ほら、俺は全部の情報握ってるし、絶対に嘘はつかないし、聞かれたことは可能な限り答えるよ。だから信じてさ、俺の首に念力添えるのやめてくれない?」
ヨハネは何も言わず拳銃を下ろし、能力も解除していた。私の後ろでヴェークはずりっと床に落ちた音がする。
「し、死ぬかと思った……」
私も殺されるかと思った……。
悪魔は止まらない。
「お前らエッチはしてないもんね~? すごいよね」
私は、私は、腰にある拳銃を浮かす。
ヴェークも静かに立ち上がり手のひらを構えると。
小野優明の顔面に拳銃本体が突撃、同時に電撃がビリビリと走った。
◇
私達はとある洋室の部屋で対面した。
目の前に座るのは傷の無い小野優明と、大日本帝国のアイギス《奈波岳》奈波という男は黄色のマフラーをしていて、似たような民族衣裳(袴)を着こなす穏やかなお方だった。そんな彼にヴェークは「書生風」と呟いていた。
岳は隣の優明の後頭部をペシッと叩いて一言。
「悪いなこのサイコパスが」
これが本物のサイコパスか。
身内からもそう言われるのなら本物の厄介なヒトなのですね。
私は奈波岳の目を見た。その目には『?』の模様が刻まれていて、私やヴェークやヨハネ、その他のどの能力者ともことなる雰囲気を持っていた。
彼は話しながら《金の鍵》を机に置いて見せてくれる。
「俺も隣のサイコパスから鍵を渡された側なんだ、情報がほしいならコイツから聞き出すしかない。……しかし、優明ご本人もまた黒幕に使われている手駒側だ。どこまで信じていいのかも不明だから気を付けろ」
「エッひどくない? 俺結構正直者だよ?」
「最もタチの悪い西洋の伝説通りの悪魔だと俺は思っている」
「ひどくない?」
ああ納得しました。優明は使える人ですが信じてはなりません。絶対に信頼を向けてはなりません。利用するだけ利用できたら捨てるのが一番の方です。
さっそくヴェークが尋問開始。
「では小野優明、一体誰から《鍵》を預かり《鍵》を与えているんだ?」
「《ニャルラトホテプ》っていうヒトから」
ヨハネがハッと息を吸い込む。彼へ目を向けるとヨハネは青い目を開いていて、なにかを確信した顔で優明に問う。
「まさか《ニャルラトホテプ》は褐色肌の男?」
「そう! そうだよなんでわかったの?」
「その男が全ての《鍵》の持ち主?」
「え~違うんじゃね?」
優明は首をかしげながら言った。
「だってあの人、俺に《鍵》くれた時も『はい、お前の鍵』って言ってたし。《鍵》を渡すおつかいも『持ち主に返してきて』って」
その一言で全てがひっくり返ってしまった。
つまり《銀の鍵》は私のもとへ『返された道具』だった。だとしたら余計に謎が増えていく。
どうして私が持ち主なのか。
いつから持ち主だったのか。
ニャルラトホテプという方はなぜ返そうとしたのか。
他の《鍵》にも持ち主が居るのか。
岳は優明を見た。
「じゃあ俺の《金の鍵》も?」
「まぁ似たようなこと言ってたね。『ハスターくんに渡してきて』って言ってたから、てっきりニャルの知り合いかと思った」
「だから俺はそんなやつ知らない」
「わかってるごめんって何度も聞いて」
奈波岳すら巻き込まれた側の人間だった。
ヨハネが優明へ聞く。
「ではニャルラトホテプにお会いすることはできますか」
「ダメだって。岳お兄さんからも聞かれたから確認しに『月』へ行ったけど」
四人全員が同じ言葉で優明を止める。
「待て」
「待て?!」
「ちょっと待って?」
「待ってください」
ヴェ、ヨハ、岳、私の順で止めるしかなかった。
優明は呆れた様子で腕を組んだ。
「ほらこうなる」
そんな優明へ岳が肩を掴み何度も揺さぶる。
「だからどうしてお前は全部話そうとしないんだ?!」
「だって皆混乱しちゃうじゃ~ん。聞かれたこと答えた方がそっちも覚悟あるでしょ?」
「そうだけどそうじゃねぇ!」
ヴェークは額に手を添え目元を隠していた。
「ドイツ軍が開発した弾道ミサイルですら、宇宙の入り口が限界なんだぞ……?」
人類は宇宙空間に出ることすら不可能、完全なSFの話です。しかし《鍵》を使えばあらゆる物理法則を無視して月に行ける、理論上は可能というのが恐ろしい。
ということは、黒幕は宇宙に居る? そんなものが存在する? しかし《鍵》がある時点で否定できない。
ヴェークが顔から手を退かした。
「だが宇宙は無酸素だ。お前はどうして生きていられる?」
「生き物が生きられる建物? があってね、俺の他にも沢山の有翼種の能力者が居るよ」
あーもうわかんなくなってきたわたし。
思考を放棄した私の前で岳がいい感じにまとめてくれた。
「つまり月に本拠地がある、人類とは全くの別の文明を持った宇宙規模の組織がある?」
頭がいい!
「そして俺は《暗黒神話》の一柱だとお前は言っていたな?」
「そうだよ」
やっぱりこのお方はハスターという存在? しかし彼はどう見ても人間だし、私達と同じように困惑している。
ヴェークが背筋を伸ばし岳を見た。
「大日本帝国殿、失礼かもしれませんが、生い立ちについてお教えください」
「……あっ。俺か」
彼は最近になったため実感がないらしい。
彼は語ってくださった。
「悪いな、俺は元々は貧しい農家の三男だったし、※予科棟(※海軍飛行予科練習生)でなんとかパイロットになれただけなんだ。能力階級も『二』しかなくて将校にすら行けなかった、少し前まで下士官だった」
つまりは彼は、家柄もなく、能力も私より低く、しかし必死に勉強してパイロットになった。
「特攻隊として選ばれたから『死ぬ覚悟』で突撃したのに、少佐殿と呼ばれたり風神様と呼ばれたりで、悪いが、実感が本当に無い」
彼はごくごく普通の青年だった。
死ぬつもりで戦場へ飛び込んだ。なのに死ねなかった、化け物になった、下士官だったのに少佐と呼ばれ風神様と崇められ、この国を支える柱の一柱となってしまった。
「話を聞き出したければこのサイコパスしか居ないんだ。俺から出てくる話なんて一つもないぞ」
彼はなにかを諦めたような顔をしていた。
そんな彼に、ヴェークは首を横に振る。あ
「お言葉ですが、いいえ、ありました。貴方も一人の人間である、それがわかっただけでも進展します」
「……ならよかったです」
奈波岳は初めて笑った気がした。
もしかしたら誰も彼を人間だと見てくれなかったのかもしれない。新聞の写真を見たとき、私も『化け物だ』と思い震えてしまった。そんな化け物の中に居るのはごくごく普通の青年。頭は私より間違いなくいいのでしょうが、心は人間と変わらない。
ヨハネがぽつりと溢した。
「月に居る組織……そいつらの目的は結局なんなんだ?」
優明は頷きながら「俺も知りたい」と。彼ですら知らないのならお手上げですね。
「でもさぁ、ニャルラトホテプから言われたんだよね。シェルピェン・ザウェクを幸福にしてあげろ、って《鍵》を渡されながらさ」
ここでまた振り出しに戻る。
「だからそこでどうして私に繋がるのですか?」
「残念ながら、ニャルの本当の目的は俺も知らない」
全ての始まりはその一言、私の幸福を望む言葉から始まった。
強盗も、タイムズスクエアでの旅行も、イタリアの海も、みんなの故郷への訪問も、全ての始まりは『私の幸福』だった。
──ここで、襖がカンッ! と勢いよく開かれた。
現れたのは同じ民族衣裳(袴)を着た、黒髪に赤い目の男。
「なんやなんか居るなと思ったら」
彼が何を言っているのかわからない。
優明が一言。
「ちょっと月彦さーん? ノックぐらいしてー?」
すると、ガタッ! とヴェークが立ち上がる。その目は大きく開かれ、慌てた様子で「日向月彦か」と名前を呼んでいた。
月彦はヤベッと顔で語りなにかを叫びながら立ち去る。
優明が変わりに答えてくれた。
「うっわアイツ見るからに偉い人が立ったからって逃げやがったぜ。ああ今のが新任の《アイギス》その二、日向月彦くんです」
アイギスが二人も同じ屋敷に!
「去年イギリス《アイギス》のアーサー・E・テイラーぶっ殺したご本人で、主な能力は『能力解除の炎』なんだけど本気出せば『炎を浴びたら強制的に寝る』しかも炎は空母丸々包めるんだよ? 化け物だって」
化け物だ……強制的に眠らされたら誰も勝てませんよ。無理です。真の最強は先ほど逃げていったあの青年ですね。
ヨハネは廊下の奥へ消えた月彦を視線で追う。
「一人でアメリカの空母を五隻停止させたのが……」
「月彦くんです」
「一人でアメリカのアイギスも倒したのが……」
「月彦くんです」
日本最強の男が! 偉い人が立っただけで逃げた!!
強制睡眠されたらどうなるか? 空母は一隻で二千人から三千人が乗っている『巨大な動く海上都市』です。つまりは一万人から一万五千人を眠らせ、船をただの鉄の塊にしてしまった。空を飛んでいた戦闘機は操縦士が眠ってそのまま海へ墜落。船のエンジンの管理不能。レーダーも対空砲も人がいなければ意味がありません。
ヴェークは立ち上がったまま岳を見ていた。
「すみません、彼を追いかけさせてください」
「どうぞ。その辺歩いてるか寝てるだけなので」
日本最強は自由ですね。
ヴェークは敬礼してから退出。廊下を走る音がやけに響いていて振動まで伝わってくる。
尋問官ヨハネが動き出した。机の上で自分の手を握り、深い青い目で悪魔を睨み付ける。
「では小野優明、俺からの質問に全て答えなさい」
「あっハイ。答えはしますがニャルラトホテプから絶対に言うなと言われたことは言えません。言ったらマジで俺の首がここで飛びます許してください」
「いいでしょう。答えられる範囲で答えなさい」
【尋問開始】
『ヨハネ』が「優明」に問う。
『シェルピェンの幸福とは何を指している?』
「知らね。幸福にしてあげろ、って指示しか受けてない」
そこがいつも引っ掛かるんですよね。どうして私が選ばれているのでしょう?
『月に行けば必ずニャルラトホテプに会える?』
「ほぼ必ず会えるよ。たまに出掛けてるけど」
『施設には他の能力者も居た、と話していましたがそれは能力者で間違いありませんか?』
「間違いないね。人間として産まれて人間として生きてきた能力者達だよ」
優明も能力者だ。他にも能力者で第三陣営として動いている方が居られると。
『では、その能力者の能力は?』
「知らね。けどほとんどが天使型だよ、ヴェークテルンと同じように翼を持つ能力者たち」
『スカウトして集めている?』
「俺もそう思う。俺も誘われたからね運営側に」
『運営? なんの運営?』
「この世界の《均衡》を保つ運営だってさ。詳しくは知らない」
なるほど。第三陣営は『人類の滅亡』とか『世界の崩壊』とかは目指していないのですね。我々人類よりも遥かに超越した文明を持ちながら《均衡》を目指している。敵というよりは中立側、と考えていいのかもしれません。優明が真実を言っているのであればね。
『運営は世界の均衡維持のために動いているなら、なぜ戦争を終わらせないのかご存じですか?』
「知らない。でもニャルラトホテプから言われたよ『戦争を終わらせるために君を利用させてもらおう』なんてことをね」
やはり小野優明も手駒の一人。優明すら利用されている。
『俺たちの情報を、個人的すぎることまで、全て知っているのはなぜ?』
私も知りたい! どうして知っているんですか私とヴェークのことも、裸になっても行為まではしなかったこともあまりにも赤裸々に!
「ニャルが用意した『能力者のリスト』があるんだよ。そこにいつ何をして、どんなことをしたのか事細かに書いてある。たまにニャルからこれ見ろって見せつけられるんだよね、そこにヴェークテルンとシェルピェン様の事件がびっちりと記されてあってさぁマジでびびったもんね男女の愛じゃねぇよどういうこと?」
「私を見られても困ります」
「俺感動したもん、ヴェークテルンに敬意を向けてるもん俺。すげぇ慈悲だった、男が肉欲に走らないってすごくない?」
「それはわかりますが」
「シェルピェン様もすっげぇ慈悲だよ、無条件の愛ってこれか~したね!」
「ありがとうございます?」
なんで急に褒められているんだろう。ヨハネも黙って聞いてるだけだし。……ヨハネ? 急に黙ったまま動かなくなりましたね。
ああ、だから優明は『お前らエッチはしてないもんね~? すごいよね』と言っていたのか。アレはセクハラではなく彼なりの称賛と敬意を込めた言葉だったのですね、タイミングと語彙が最悪だっただけで。
「だからねヨハネくんよ」
私はヨハネを見た。まだ固まってる。
そんなヨハネへ優明はニヤニヤと悪魔の尻尾を揺らしながら煽り散らかした。
「頑張ってねぇ!」
ヨハネはガタッ! と立ち上がり机越しに優明の胸ぐらを掴んで乱闘開始。
私もそこの岳さんも見守るだけだった。優明が殴られようと、腹も蹴られようと、優明が反撃して脇腹を蹴りあげようと、誰も間に入らずただ壁際に逃げて見守るしかなかった。
岳は私のとなりで聞いてくれる。
「君、何歳?」
「二十一です」
「お誕生日は?」
「七月二十日です」
「聞いていいのかわからないが、彼、明らかに」
「はい知ってます」
私は岳を見上げた。
「はい……全てを知っている上で、告白される前にフリました」
「強かですね」
「ありがとうございます」
私達は止めなかった。ヨハネが優明に炎で顔を焼いた瞬間、お互いに何かがプツッと切れ場外乱闘突入。窓から飛び出した黒山羊の悪魔と真っ黒な翼を持つ堕天使がなんの意味のない戦いを始めてしまった。
……まぁ、いっか。放置しとこ。
「レベルひっくいなぁ。八つ当たりでキレた男と理不尽に燃やされキレた男の戦い? レベル低すぎるなぁ」
「大変申し訳ありません少佐殿。同盟国でありながらあのような恥ずかしいお姿をお見せして」
「ん? ……ああ」
納得するまで時間があったな。自分が少佐であること、また同盟国のアイギスという立場がどういうものなのかも完全には分からなくて、処理に時間がかかっていらっしゃった。
そんなアイギスは私に言ってくださる。
「お茶でも飲むか?」
「頂きます」




