【第三章 第九話 武家屋敷の実家】
【シェルピェン・ザウェク視点】
「シェル、お願い、俺を故郷まで連れていって欲しい」
「シェル様お願いします。どうか、もう一度だけ家族に会わせて欲しい」
「頼む。君の《鍵》を使わせてくれないか? どうしても会いたい人がいる」
私は一人一人の故郷を思い《空模様の扉》を繋げた。愛する家族に数年ぶりに会い別れのハグをしあった者。置き去りにしてしまった恋人と再開して一秒、熱いキスを交わした者。私とヴェークに断りをいれこっそり宝石類を息子家族に渡した者まで居る。ああもちろん、宝石を与えたその方は衛生兵、私の書類やヨハネの書類を医学的に上手く整えてくれたお方なので秘密の特別です。
皆大切な人がいた。当たり前のことなのに戦場だと忘れそうになってしまう、それぐらい命が軽すぎた。
私はイタリアのナポリで、ペネロペのご実家前で待機していた。しばらくの間冬の空を眺めているとガチャ、と扉が開く。
「シェル、ママがせめてごはん食べていけって言うんだけど」
あぁ、なら私はその辺を歩いて。
「シェルも食べてほしい! 最高に美味しいナポリのパスタとピザを! ワインは安物だけど開けてくれるって!」
ほらおいでと、ペネロペは私の腕を掴んでご自宅へ招いてくれた。廊下の先には母親らしき女性が居て。
ペネロペちゃんは私を抱き締め見せつける。
「ママ! この子が私の子の命名権持ってるから!」
「はいはい、ババァは大人しくしてますよ」
ペネロペ・コスタ家で、私ははじめてナポリの美味しいピザとパスタと家族の食事を堪能させてもらった。
三日か四日に一度、こうして私は誰かしらを故郷に送り届けていた。神の奇跡が無ければ叶うわけがないんです、数千キロ先の故郷まで一秒で着けるなんて。私はその奇跡を見届けられる立場で本当によかったと思います、事実上私は死んでいるので自由に動けますから。
◇
私はヴェークの執務室に扉を繋ぐ。
開くとそこにはヨハネとヴェークの二人が居て、なにやら重苦しい空気を感じた。
ヴェークは私を見て、視線でソファへ促す。
「来たか、座れ」
私は敬礼もなにもせず部屋に入りソファに腰掛けた。目先の机には大量の新聞、新聞、新聞。ヴェークか、ヨハネか、ペネロペか、この三人と共に定期的にアメリカへ行っては新聞をかき集めていたのだけど、ついになにかが判明したのかな。
二人は私の対面席に座る。先に口を動かしたのはヴェーク、その次がヨハネ。
「エドワード・バイロンがアメリカに定期的に現れている」
「君と同じ《鍵》持ちの可能性が高い」
ヴェークはとある新聞を見せてくれる。毎日同じ箇所で撮影されるアメリカのとある写真、そこには。
「あ……居るっ」
エドワード・バイロンがいらっしゃった。それもガッツリと映っていらっしゃる。
ん? あれ、なんで。その空には『蝙蝠の翼』がちまっと写っていて、私は「ア?!」と声をだし写真を指差した。
「悪魔の男!!」
「え?」
「悪魔?」
ああそうだった言ってなかった。
「ごめんなさい実はあえて隠した情報があるんです」
私は蝙蝠の翼を指差しながら答える。
「私に《銀の鍵》を与えた東洋の男は能力者でした、それも、背中から蝙蝠の翼を生やし、目はまるで山羊のような目で、私がいた部屋から逃げ出しました」
「なんでそれを先に言わなかった?!」
「悪魔から与えられた《鍵》だと知ったらヴェークは間違いなく捨てます!」
ヴェークは口を閉ざした。ほらね、ほらねっ! 今のところなんの災いも起きていませんが、貴方なら災いを呼ぶ道具だと思って封印するでしょう。私は逆らいませんよその判断に。しかし封印してたら、私達は未だに国家のために動く道具となっていた。
ヨハネも頷いてくれる。
「ヴェークなら折って土に埋める」
「でしょう?!」
蝙蝠の翼に山羊の目を持つ東洋の男。そんなのまさに悪魔だ、私からしたら能力者の一人ですが他の方は根源的な恐怖を抱くでしょう。
私は流れで疑問を口にした。
「でもアイギスが《鍵》持ちならどうして暗殺してこないのでしょう?」
ヴェークは言っていた。《鍵》があれば経済を牛耳れると。
ペネロペは言っていた。《鍵》があれば戦争をする意味がないと。
じゃあ《鍵》って一体なんなんですか? なんのために私に与えたのですか? それも悪魔は答えていましたね『戦争を終わらせるため』だと。
ヨハネが言った。
「これは俺の予想だけど、《鍵》はどこの国にも属していない《第三勢力》ではないかと」
ヨハネはある新聞を見せてくれる。
それを見た瞬間、私はぶわりと体を震わせてしまう。
「エッ、これは、あのっ……」
そこに写るのは『全長五メートル以上にも及ぶ巨大な軟体生物』布切れの中から覗くのは無数の目玉、無数に生えた触手、上半身はヒトの形をしているのに下半身はタコのような触手。ヒトならざるモノがアメリカの艦隊にそびえ立ち、おぞましい姿で破壊し黒い煙に包まれていた。
ヨハネはそっと写真を指差す。怪物の足元には《鉄の扉》が不自然にポツンと立っていた。
「もしかしたら……この巨大な怪物も《第三勢力》の一人かもしれない」
「これも能力者ですか?! どこの伝承や神話でも聞いたことありません」
「それが、あったんだ」
ヨハネは机の端に置かれていたある分厚い本を私へ差し出す。
「《クトゥルフの呼び声》」
解説が始まった。
「アメリカの作家が書いた小説なんだけど、友人の作家たちが自分の作品に出して共有した空想上の物語。それが何故だか実現していると、アメリカのSF好きの間では大盛り上がりだった」
ヨハネは別の一冊を手に取り、とあるページを私に見せてくれた。
「調べたところ、この写真に写るのは《ハスター》っていうらしい。記述通りの見た目だよね」
本と新聞を見比べる。
《黄布の王ハスター》についての描写と、新聞の写真。読めば読むほど比べれば比べるほど似すぎている。というかもはや、ご本人なのでは?
ヴェークが私に書類を差し出す。
「そしてこれが大日本帝国での情報」
「うわ……なんですかこの文字」
ローマ字が一切使われていない未知の言語だ。数字しか読める箇所がない、こんなの言語そのものが暗号ですね。
ヴェークは書類の中身を教えてくれた。
「ハスターらしき男の名は《奈波岳》空軍の能力者だそうで、風を操り嵐を起こすらしい」
「《アイギス》ですか?」
「先月となった」
ですよねー……嵐を起こすなんて歩く災害ではありませんか。
「もしかしたら各国の《アイギス》全員が第三勢力の可能性が出てきたが、不自然な点がまだまだある。ならばファフニール中将はなんなんだ? 俺達に隠して《鍵》を持っていたのか? いいや違うと断言する。あの方がもしも《鍵》持ちならアメリカに到着した途端に酒屋へ吸い寄せられたり、イタリアの海に感激して酒を丁寧に飲むこともなかっただろう。演技だとしたら……敗けだが」
ヴェークはソファに深く腰掛け、私にお願いをした。
「なぁ、シェル、一か八か《奈波岳》に接触してみないか?」
私は手元の本を見た。
「第三勢力が何を求めているのか、突き止めたいのですね」
「そうだ。もしも《クトゥルフ神話》が実在しその通りに動く場合、最悪な事実が判明するからな」
実在……してるのでは。
現に新聞にもあるし、アイギスになってるし、これで実在してない別の存在です、なんてのも確かに不自然ではありますね。
ヴェークは続ける。
「《ニャルラトホテプ》という神は《銀の鍵》を持つそうだ。本には、時空を渡ってどんな場所にも行くことができる、とある」
私は与えられた《銀の鍵》を思い返す。
「また、その神は、人間を弄ぶために箱庭を用意する、ことも可能らしい」
まさかあの悪魔は、本当に神の使いだった?
考えれば考えるほど辻褄が合ってしまう。
ヴェークの金色の目が鋭くなった。
「《第三勢力》が何をしたいのか、念には念を入れて調べる必要がある。シェルピェンを狙っていることは確かだからな」
「わかりました」
そこには頷きますが。
「けど、ヴェーク、日本語で話せるんですか?」
「無理だ」
えぇ……ヨハネを見た。首を横に振っている。さすがに誰も日本語なんてマイナーな言葉覚えていませんよね。
ヴェークは腕を組んだ。
「読めはするんだけどな……」
「え?」
「え?」
ヴェークは当然のように続ける。
「意味はわかるんだが発音ができない」
私は聞いた。
「読めるですかコレ?!」
「なんか読めた」
ヨハネは問う。
「なら、書ける?」
「ああ、なぜか書ける。堅苦しい敬語から日常的な会話まで」
私とヨハネは順番に聞いた。
「なんで?」
「どうして?」
「それが俺にもわからなくて……俺自身怖い。学んだ記憶すらないのに異国の国の言葉がわかるなんて、恐怖でしかないだろ」
私も怖い。ヨーロッパ圏内ならまぁまだ恐怖は薄れるかもしれませんが、極東の島国の言葉がわかるのは得たいの知れなさがありますね。
私は本を、ヴェークを、右手に出した《鍵》を見る。
「えぇ……? 謎がなぞを呼んでませんか?」
《鍵》を持つアイギスの第三勢力。
日本語の読み書きができる生粋のドイツ人であるヴェーク。
先月アイギスとなったばかりのクトゥルフ神話の《ハスター》。
突然始まってしまった謎解き推理ゲーム。しかしこれがなにかに繋がるのだと妙な確信を私は抱いていた。
そもそも《鍵》って一体誰が作ったのでしょうね?
ヴェークは立ち上がる。
「今すぐ行こう。確かめたいことが多い」
さっそく私達は動き出す。メンバーは私、ヴェーク、ヨハネ、この三人で動く。二人とも能力階級『Ⅸ(九)』かつヴェークは治癒系能力者。不測の事態を回避しつつ同盟国のアイギスと接触するなら、申し分ない戦力ですね。
◇
執務室の扉を開けた先は、見たことの無い木造建築(日本家屋)でした。
広すぎる室内、草の香り、今は十月ですが、日本の十月は心地よい涼しい風が中庭の紅葉を靡かせていた。これが東の国の家? 窓が大きすぎてすぐそこに中庭が見えている。半分外のようなものでは。
私は何となく後ろを見た。後ろに広がるのはドイツ中央にあるとある地下のとある執務室。見慣れた景色だ。対して扉の奥は異国情緒しか存在していない異国の土地。今までさんざん《銀の鍵》を使ってきましたが、こうしてみると私が手にした道具は世界を書き換える力なのだと痛感する。
ヴェークは眉間にシワを寄せ呟く。
「屋敷だな」
「屋敷? これが個人の家?? なんらかの公共の建物ではなく?」
「個人の家。土足で入るなよぶん殴られても文句言えない。え? なんで知ってるんだ俺」
自問自答されても困る。
ヴェークは一度扉の奥へ顔を出し、他人の屋敷を見渡す。私の《鍵》は『この人のところへ行きたい』と祈れば大抵は自宅のすぐ側か近くの目印となる大きな建物近くの路地に繋がる。今回は珍しく室内だった。
「武家屋敷だ……ようは騎士の家」
「なんで知ってるんですか?」
「俺に教えてくれ」
ヴェークはその場で靴を脱いで室内へ上がる。いいのかな? でもまぁ私達は戦いに行くわけではないのだし、いざとなれば《鍵》を使って逃げられる。ここは穏便にすませるために異国のルールに従いましょう。
すると、扉の枠の後ろからトタトタと全力で走る音がした。
「エッ嘘だろ?!」
誰だ? 私達は一度下がり並んで警戒すると、足音の主はぐるっと回るように扉の前へ。
私は民族衣裳(浴衣)を着た男を指差した。
「《小野優明》?!」
「シェルピェン様?!」
なんでどうして貴方が?! あ、そういえば言ってた気がする『大日本帝国の軍人』だと。なら《アイギス》のご自宅に居るのはどうして? 護衛?
優明は私の母国語で招く。
「ようこそ俺の実家へ!」
「そこ貴方のご実家なんですか?!」
「今は軍に貸して《アイギス》の寝床になってるよ」
《アイギス》の家ではなく、悪魔のご実家だった……。
優明は飄々とした態度で私の両隣を見比べていた。
「なになに~お二人とも銃口向けちゃってさ」
ヴェーク、ヨハネが順番に問う。
「お前、なぜドイツ語がわかる」
「君、どうしてフランス語を話しているのかな?」
ああそういうことですか。優明は私と出会ったときも、今も、ポーランド語で話している。自動で母国語に変換される革新的な技術をお持ちなんですね。
彼は手のひらをかざし《赤の鍵》を私達に見せつける。
小野優明の目が黒から山羊の目へ変わった。
「この《鍵》のおかげだよ。お前らも堪能したハズだよね、便利な便利な空間移動装置を」
小野優明は後ろへ下がり、手を広げて招く。
「とりあえず入りなよ。俺と話がしたいから来たんでしょ?」
違います。《アイギス》の元へ行こうとしたら貴方が居たんです。なんて言葉を飲み込みそういうことにしておいた。
「《アイギス》が二人も居られるけど、護衛は俺だけだから安心してね」
アイギスが二人いる?
情報量が多すぎてついていけない。私達三人は互いに目を合わせると、ヴェークが動き出した。我ら特務機関のボスが動いたのなら私達も動きます。
靴下だけの足で私達は同盟国のとある屋敷に入る。悪魔のご実家は心地よい風と香りで包まれていて、ほのかに薄暗い部屋は神妙さを感じた。




