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【第三章 第四話 準備期間】



【ヨハネ・ド・ブジョワ視点】


 あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が死んだ。あの子が。


 え?


 なんで?


 どこに死ぬ要素があったあの子に。どうしてなにもしていない彼女が死ぬ必要があった。軍人として人を何人も殺したかもしれない、だからなんだ? そんなことを言ったら俺も同じだ戦争に出た全員が同じだ。あいつもそいつもその辺を歩く同じ隊の女性だって全員が人殺しだ。誰があの子を殺した? ああこの国だ。この国が殺したんだよ、祖国フランスなんてどうだっていい。この国が、上が、明らかに若返っていたあのクソな寄生虫どもが、アイツらがシェルピェン・ザウェクを殺したッ!!!


 殺す。殺す。あの子を利用したヤツ全員を殺す。あの子を見殺しにしたヤツも殺す。なにもかもを知っておいて結局死なせたヴェークテルン・シュミートもいつか殺す。最後に殺すのはお前だわかったか。


 ああ、そのためには今のうちに鍛えておかないとね? 引きこもりの体で戦えるわけがないからね? 俺の能力はどこまでいけるのか試さないと。少なくとも《アイギス》と一騎討ちで数分以上は持ちこたえたんだ、もっといけるよ使い方を体に刻み込めば。



 俺は自室に竜を呼んだ。


「ペネロペ・コスタ少佐殿、お願いがあります」


 彼女は今日も黒軍服を着崩して、竜の角を見せつけるように出しながら鱗の尻尾を揺らしていた。


「俺と戦ってくれませんか。この狭い室内で」

「なんのために私と戦う必要があるの?」


 ごもっともだ。俺も貴女も戦う必要がないし、鍛える意味もない。何故戦うのか、その理由を答えるとするならば俺は下手すれば冷たい牢屋に閉じ込められるだろう。でも、きっと、彼女も俺と同じハズだ。

 俺は彼女を信じて口にする。


「シェルピェン・ザウェクの神聖な器に寄生した虫どもを潰すため」


 彼女はフッと頬をあげた。


「じゃあ、私のことをペネロペって呼んでくれるのなら協力してあげる」

「よろしくお願いします。ペネロペ・こす……ッ。ペネロペ」

「んふふっ、よろしく」


 何故だろう。ペネロペは不思議なぐらい、いつもどおりだった。俺の勝手な予想では一週間ほど目を腫らし続けるのだろうと思ったけど、あの子が死んでしまってわずか初日で既に立ち直っている。いや違うな。今はあの子への追悼よりも、復讐の炎を燃やしているのかもしれない。



◇



【ヴェークテルン視点】


 カルロは俺の部屋をバンッ! とノックもなしに開ける。いつも注意しているのにな? いつになったら直るんだろうな?


「シュミート少佐殿! 俺ッ上層部を殴りに行ってもよろしいでしょうか!」


 バカだなぁ。


「落ち着け」

「許可をお願い致します!!」

「その場合俺が処刑されるが」

「少佐殿が処刑されずに殴れる方法はありますか!」

「ある」


 俺は周囲の気配を確認。上層部らしき影は今ここにはいない、今頃シェルピェン・ザウェクの血肉全てを解体しているのだろう。もしかしたら……俺の犯行がバレるかもな。心臓が無いのだから。

 カルロは扉を急いで閉めてくれた。


「エッ。それって」


 さすがにバカでもわかるか。ああそうだよ、お前の予感通り俺は今『反逆』の意思を口にした。


「ああ、予想通り『反逆』を行う」

「やります」

「ダンケ」


 俺は正直なところバカは嫌いだ。特にカルロのような能天気バカは大ッ嫌いだ、身だしなみが定期的に乱れているし書類仕事なんて一般兵士の五分の一しかやっていない、というよりかは任せられない。じゃあ普段何をしているのかって? お絵描きだよ……。お前何歳だよ本当にそれで二十四歳って正気か? ペネロペと同い歳だと知った時の衝撃は今でも忘れられない。


 だが、バカはいざというとき役に立つ。


 素直に指示通りに動いてくれる。それだけでいいんだ兵士なんて、今回は一人でも多くの共犯者が必要なんだお前にも役割を与えてやる。


 ──コンコン。ノックの音。


 この気配はルカだな。どうしたグリフォン。


「入れ」

「失礼します」


 扉を開けたルカは敬礼してから入室。その後ろから慌ててアランも飛び出してきた。

 ルカ、アラン、二人は同時に発言。


「中佐殿にお願いがあります俺を除隊してください」

「申し訳ありませんバカを回収しに来ました!」


 うん。何言ってたか何一つわかんねぇわ。顔で何となく何を言いたいかはわかるけども。

 俺は手のひらを差し出すように示した。


「先にルカから要件をどうぞ」

「はっ! 中佐殿、俺を除隊してくれませんか」

「なぜ? 一人でクーデターでもおこすつもりか?」


 カルロが笑顔で俺を指差してきた。ああ言いたいことはわかるぞ『中佐殿は反逆するつもりだよ!』ってことだろ?

 ルカが続ける。


「正直にお伝えします。解剖したという遺体だけでも回収して、せめて、故郷の土に眠らせます。俺は……俺はそういうのだけは人としてマジで、まじ、許せねぇ……」


 ルカらしいな。やはり戦いも痛みも嫌いで、いつだって逃げられるうちに逃げようとする男だ。今回は遺体を持ち去りついでに亡命か。ぼろ布(ルンベン)らしい美学と覚悟だな。

 ルカの覚悟は既に決まっているようで、ドイツ人である俺に向かって言いやがった。


「あとドイツ人が嫌いすぎてうんざりしてます」

「これだけは言わせて欲しい。ドイツ人が悪いのではなくドイツ人のごく一部が最悪だっただけだからな?」

「そこはわかっていますが!」

「事実と感情は分けろ。お前の悪い癖だ」


 ルカはぎりりと奥歯を噛み締め、背筋を正しながら「はい」と俺から目をそらす。


「次、アラン」

「バカを回収しに来ました」

「それだけか?」


 アランは視線を上げ「あー……」考えをまとめるため口を閉ざした。


「俺もドイツ人全員嫌いなんですよね全員死ね」

「俺の話聞いてたかフランス人」

「亡命するならペネロペ様と一緒がいいのでちょっと聞いてきますわ」


 諦めてなかったのかよ。

 アランは扉へ踵を返すと、自問自答で答えを口にし片手で顔を塞ぐ。


「あー! ダメだ! 死んだ相手が悪かった! 死を覚悟して反逆起こしちゃうよあの子!」

「お前さぁ……その話を聞いているの俺(特務機関の管理責任者)だぞ? 下手すればお前もペネロペも尋問が始まる」


 鋭いアホは振り返りながら、わざとらしく首をかしげる。


「えぇどうしてぇ? 中佐殿は部下を『自分の所有物』として保管管理して適材適所に配置するのが好きな、独特な独占欲をお持ちな方なのにぃ?」


 は?


 あ゛?


 殺していい?


「というか俺のよく当たる予想をお伝えしますが、多分三十人ぐらいは既に反逆心抱いてますよ? いっそ百二十一人……百二十人全員を集めて今後の方針をお話しするのはいかがでしょう、大佐殿」


 アラン・ルフェーブルという男は妙に鋭い男だった。俺個人の勝手な偏見だが、“この人”は俺の部隊の裏の指揮官だと思っている。空気と感情を読む情報収集能力に長けた、この隊で二番目に歳を重ねた男。もしかしたら既に何人かの兵士と話をして、不満を聞き出し、空気を作り上げてきたのかもしれない。その途中でカルロが我慢ならず俺の元へ走ってきた……ああ、このシナリオだな間違いない。

 俺の予想は的中していく。

 俺の部屋へ徐々に徐々に集まるヒトの気配。誰からの指示もなく、自分の意思でここに集まろうとしている。

 まずは、廊下の奥から五人の足音。その音を聞いたアランは扉を開けて顔を確かめ、俺へニヤリと胡散臭い笑みを見せつけた。


「大佐殿、我々あなたの『所有物』は既に腹を括る準備ができております」


 ああ、どいつもこいつも俺の予想を遥かに超えるバカだったんだな。

 俺はせっかくなのでアランに託すことにした。そのために二人へ指示を出す。


「ルカ、除隊の話については、すまないが少し時間をくれ」

「わかりました」

「ルカ、カルロ、外出ろ。この部屋に近づこうとする者全員を追い払え」

「了解」

「了解」


 残されたアランは二人を見送り、柔らかな動作で手を振っていた。

 二人の足音が遠ざかると、アランはいつもの空気で椅子に座る俺を見下ろす。立場は俺の方が上だが、たまに何故だかアランの方が精神的に優位に立つことがあった。


「おじさんに何かご用ですか?」

「反逆を始める前に、全員の意思について把握する必要がある」


 アランはすぐに俺の意図を汲み取った。


「俺に耳打ち伝言ゲームをお任せしたいと?」


 この人はどうしてこんな頭の回転が速いんだ? たまに怖くなる。


「そうだ。百二十人全員を一つの部屋に入れるのはリスクが高すぎる。全員に渡るよう仲良しグループの一人を選んで広めてくれ」

「了解」

「三日後に偽装の追悼式を行う。そこで全員集まり、国への反逆意思を問う。ついでに作戦についてもそこで話す」

「それについて、個人的なお話しがあります」


 俺は目線で続けろと言えば、アランは背中で腕を組み言った。


「いや、個人的じゃないのかも? 作戦に関してですが、一年とか二年後あたりにしませんか?」

「理由を」

「今この時点でコソコソ動いてたら絶対にボロが出ます、ルカやカルロだけじゃない、他の一部のバカが絶対にやらかします」


 それは、ああ、そうだな。


「バカは予測不可能だからな……」

「予測はできるんですけど回避ができません……」


 お前からしたら予測できるのか。だが回避はできないと。しかしどうして俺の隊には一定数本物のバカやらアホやらが居るんだ、黒制服に見合わないことを定期的にしでかすんだあのバカども。この前なんて酔った勢いのままビンとビンをぶつけ合いガッシャーン! したからな。恥をかいたのは俺だったんだからな。

 アランが続ける。


「俺のおすすめは二年後、四十四年。それまではじーっくり、ゆーっくり、丁寧に作りましょうよ」


 ああ、そうだなじっくり作戦を。


「死ぬための思い出を」


 俺は息を飲んだ。

 そうだ、そうだった。アランは無能力者、作戦が失敗しても逃げる術は無く、拷問を受けながら死にゆくだけ。


「俺は無能力者です。フランスの捕虜として東部戦線へ連れてこられただけの一般人、偶然にも産まれがドイツとの国境でドイツ語が話せただけの、ふっつーの男です。ここ一年で色々ありすぎましたが、まだペネロペ様と海にも行けてない」


 彼は俺の前で床に膝をつけ、胸に手を添えた。それは軍人としての礼儀には反した、芝居じみた騎士としての作法だった。


「お願いします。命を捧げるために、命を謳歌するための時間を、ただの無能力者にください」


 俺の隊にいる能力者はシェルピェン含めて二十一人。無能力者は百人ちょうど。アランのようなフランス人捕虜、イタリア人、ポーランド人、中にはスイス人までいる。それぞれに家族が居て、仲間が居て、友が居て、誰かは誰かに好意を寄せている。


 二年、か。


 長いようで短すぎる二年間か。ああ、悪くないな。俺だって上等なビールを飲みたいし、軍用犬でもいいからとにかく犬を飼ってみたかった、イタリアにも行ってみたい、なんだかんだ行ったことすらないんだ、温暖な気候ってのがどんな空気でどんな感触なのかも知らない。

 生き急ぎすぎたのかもな、俺は。


「……そうだな。ああ、わかった。俺も上等なビールを飲んでデカイ犬と同じベッドで寝てみたい」

「あらやだ意外と普通の青年」

「一度でいいからイタリアの夏を経験したい」

「エッ無いんですか?!」

「ねぇよ一度もずっと前線に居たわ」


 将校行って、いきなり前線に立たされ、そのまま気づけば二十八。こんなので一体いつ旅行に行けと? 無理だろうが。

 フッ。ふふは。俺は椅子に深く腰掛けながら立ち上がるアランを見た。


「何故だろうな? 寿命宣告された方があれやりたいこれやりたいが出てくるのは」

「そういうもんだよね~人間って」

「二年間お前は何をし」

「ペネロペと結婚する」

「それは本気で言ってるんですか? あのトカゲ女と? なにがいいんだ?」


 俺なら御免だな、ッんな突然歌い出しては感情的になり手が出る女。何度笑いながら背中を叩かれ傷ができたと思ってる、服が裂けたことすらあったぞ。

 だが人それぞれ好みは違うようで、アランは声を一段下げて俺を睨み付けてくる。


「いやぁそれについてはいくらでもポエムとして語れるんですけども、なんッかねぇ、噂聞こえたんだよねぇ大佐殿と少佐殿がデキてるっていう噂が」

「断言する。トカゲ女と結婚するぐらいなら頭を撃って死んでやる」

「ならよかったですぅ~」


 しかし、アランから漂う空気は笑っていなかった。



◇



 ──アランは言葉を伝えた。食堂で、廊下で、トイレで、決まったグループの中心人物と短い会話をしては去り、百二十人全員に情報を行き渡らせた。

 アランが伝えた言葉はこれ。


『追悼式を行う。そこで重要な話がある、察しているかもしれないが、どうか覚悟してのぞんでくれ』


 これだけだった。これだけで全員が意味を理解し、そして当日となる。




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