【第四話 終末の預言】
屋敷に戻るとフェイビアンが暖炉の前で紅茶を飲んでいた。まるで私たちがいつ帰るか正確に知っていたかのように、いや、知っていたのですね、彼は未来予知者なのだから。
「おかえりなさい。“紅茶淹れてあるよ”」
「……ただいま戻りました」
ちら、と机を見る。そこには二人分の紅茶が湯気を立たせ待っていた。私は書類ケースをテーブルに置いたけれど、なんだかまだ手が震えていて、これが現実だとは思えなかった。
フェイビアンはそのケースの中身を確認。その傍らでアーサーはソファに沈み込みながらタバコに火をつける。彼は氷の能力者なのでマッチを使わなければ火を灯せない。
しゅぼっとマッチに火がつくと、アーサーは一口吸ってからフェイビアンに報告。
「お前の言った通り、とある能力者がシェルを見逃してくれた。なにがあっても大丈夫ってこういうことかよ、もっと具体的に言え」
フェイビアンの手が一瞬だけ止まった。それからもう一度静かに書類を捲っていく。無視したんですか?
一枚目。二枚目。三枚目。フェイビアンの青い目が文面を追っていくと、その目はとある一枚で止まった。
「……これは」
私も横から覗き込んだ。ドイツ語で記された研究報告書、機密印が三重に押されている。タイトルは──。
『能力血液移植による後天的能力発現実験、経過報告書(第七次)』
内容を読み進めるほどに血の気が引いていく。
一部の能力者から採取した血液を非能力者に投与することで、人工的に能力を発現させる実験。被験者は志願兵および捕虜。第七次までに成功例が二例確認。ただし投与後の安定性に難があり、四十八時間以内に暴走、自壊。現在、安定した能力の定着を目的とした第八次実験を準備中──。
椅子の軋む音で意識が現実に戻る。
エドワードがいつの間にか部屋に入っていて、私の後ろから書類を覗き込んでいた。
「なんて書いてある?」
私は“英語”で、お答えする。
「能力血液移植による後天的能力発現実験、経過報告書、第七次」
「人工的な能力者の量産か。臭すぎて笑えないな」
フェイビアンは穏やかに、あまりにもあまりにも穏やかに答えた。
「これが僕が見た『終末』の式の一つかもしれない」
終末? なんの話ですか。
「僕が見たのは僕達『能力者が化け物に《覚醒》する未来』だ」
沈黙が落ち暖炉の薪がパチリと弾ける。
それで、私と出会ったときも話していた《覚醒》とはなんなのか。
フェイビアン・エイムズは紙を一枚見せてくれた。そこには六本の枝を生やした丸い頭に三角の胴体……これは人間かな、あっ! わかった子供の落書きだ! どうして子供の落書きを私に見せるんですか。
フェイビアンは穏やかな声で告げる。
「エドワードに描けと言われたので描きました」
『作:フェイビアン・エイムズ』
未来予知者の芸術が壊滅的というなんとも噛み合わない才能。どうして産まれ持った『能力』と技術的な『才能』が噛み合わない方が一定数居られるのでしょう?
私は絵を指差しながら聞いた。
「えーと……この枝は?」
「翼」
「六本の翼ということですね。では枝の上に描いてある丸い円は?」
「目」
……この絵では伝わるものも伝わらない。
そんなフェイビアンにエドワードがイギリスらしい言葉を並べる。
「さすがだ画伯フェイビアン・エイムズ。芸術的すぎて解説して貰わなければ何一つ不明な辺りが本物の作家だな」
あーあー未来予知者が煽られてる。私の後ろから地震のように低い声で煽りの言葉が聞こえてる。
フェイビアンはエドワードを無視して、視えた未来について語りだした。
「君は未来で背中から六つの翼を持ち、金色の目を開いて、真っ白な剣を手に戦場を駆け抜けようとしていた。ここまでしか見えなかったけれど、数キロ先にエドワードも居た」
ここで出てきたのはエドワードの名前。
話を聞く限りだとフェイビアンの未来予知は映画のような映像なのでしょう、それもカメラが複数ある。彼は映像のワンシーンを切り取って絵にするのが苦手なのでしょうね。
フェイビアンはもう何枚か紙を取り出す。その紙には画家が描いたかのような精密で美しい絵があった。
「これはエドワードが清書してくれたもの」
後ろのおじ様、絵ェうっま?!
「あるなら最初から出してください」
フェイビアンは私に紙を差し出してくれる。そこには『六つの翼を開く天使』の姿があった。彼の話の通り剣を持つ軍服を着た少女が居て、荒れ果てた戦場に光を灯しているような、まるで絵画のような絵だった。
「君と同じ顔が見えたんだ」
つまり、これが未来の私。
フェイビアンはもう一枚差し出す。その絵はまるで。
「なんですか、この、首無しの悪魔みたいなものは」
首の断面から炎が燃え盛る二足歩行の鳥の化け物。鳥特有の長い首には六つの目、胸に嘴、前腕はヒトの形をして後ろ足は鳥の足、翼はあるけど短くて、尾羽はニワトリのようにふっくらとしている。
「その首無しニワトリはエドワードの未来」
後ろの黒髪の方の未来が、これ? あんな真面目そうな方がこんな悪魔のような姿になってしまう?
次の絵を差し出された。
「そのフクロウはアーサーの未来」
アーサーはそこのソファでタバコを慌てて灰皿へ押し当て、代わりに紅茶を飲み始めた。せっかく火を点けたのに消すだなんて一体どうなされて……視線をフェイビアンへ戻せば、アーサーへ銃口を向け懐に戻すフェイビアン・エイムズ中将閣下のお姿。ここは禁煙室という訳ですね。
そんなアーサーの未来が神々しい四足歩行のフクロウ? まるで絵画にもある聖なる獣のようなお姿に?
「まさにその姿が見えたよ。ほとんどこの通りの姿だった」
エドワードがフェイビアンの言葉をそのまま再現していらっしゃった。エドワードはイメージを再現するのが得意なのですね、能力だけでなく技術も持ち合わせているなんて羨ましい。
……絵の技術を持つべきはやはりフェイビアンでは。
フェイビアンは自分の手を組み合わせ青い目を私へ向ける。
「君がその絵の姿になった直後、僕達は海の上に浮かぶコンクリートの島にたどり着く。そこで僕自身が言ったんだ『ここが天国か』と」
「お待ちください、それは夢の話では」
「いいや違う。僕の未来予知は一度も間違えたことがない」
未来の私はまるで天使の姿をして、未来のエドワードはまるで悪魔のような姿をしていて、未来のアーサーはまるで聖なる獣のような姿をしていた。それが確定しているって? 私達は能力はあれど人間なのに、あんな化け物になってしまうの?
私は絵を眺めながらフェイビアンへ問う。
「私達は死んだら確実に天国に行けるのですか」
「死んでみたらいい、死ねるのなら」
「私がこの姿になれば天国に行けるのですか」
「そこまではわからないが確信がある、君がその姿になった、その次の映像では」
私は顔を上げ未来予知の能力者と目を合わせる。その目には、確信の色しか映っていなかった。
「『全ての能力者が化け物の姿』になっていた」
つまりは私は何らかのトリガーである。私達は人間なのに、本物の化け物となる未来が存在する。
そうかそういうことですか。『能力血液移植による後天的能力発現実験』これもトリガーの一つなのかもしれない。けれどここまで姿が変わるなんてありえるのだろうか。骨格が人間とかけはなれすぎているし、そういえば大きさは?
私は聞いた。
「あの、フェイビアン、このアーサーって大きさは普通のフクロウの」
「数百倍。人間を足で鷲掴みできる大きさ」
「エドワードは」
「三メートルぐらいかな?」
骨格も質量もなにもかもが変化している。
私はもう一度エドワードの未来を手に取った。
「ニワトリ……?」
「だよね、そうにしか見えないよね?」
「天使、フクロウ、首無しニワトリ?」
一人だけ異物ではありませんか? 怪物になるにしても傾向が見えない、神話に出てくる神々しい存在への変身だけかと思えば全く系統の異なる存在もいる。
私は背後のエドワードを見た。未来ではニワトリになってしまうらしい彼は無言で退出。
私はフェイビアンに向き直る。
「他には何が見えましたか?」
「うーん、色々居たけど一番多いのは天使みたいな白い翼を生やした能力者。ああ、黒山羊の、まさに悪魔も見えた、絵はこれね」
差し出された紙を見る。
そこにはいかにもな『黒山羊の悪魔』の絵だった。頭は山羊、胴体はヒト型、手は肉球のついた獣の手、下半身は山羊、尻尾はとッても長くて翼は蝙蝠。
私はその絵を見て指先が震えた。
「あ、あ、悪魔では……本物の悪魔」
そんな……悪魔すら誕生してしまうのですか、未来では。
怯える私にフェイビアンは空気を変えるため別の存在を挙げた。
「ドラゴンも居たね」
「ドラゴン」
「あれは間違いないドラゴンだ」
「夢の話ですか?」
「エッフェル塔を破壊していてね」
「夢の話ですか?」
「君はあのドラゴンを『ペネロペ』と呼んでいたよ」
え。
「ペネロペ……?! ペネロペって《ペネロペ・コスタ》?!」
将校時代に同じ部屋で暮らした彼女の能力は『変身』その身一つで戦車を殴り飛ばすまさに装甲車。そして私を見逃してくれた親友。あの子がドラゴンに変身したって?
私はゆっくりと頷く。
「ああ……ドラゴンになっても不思議ではありませんね」
「納得してくれたようで何より」
うん、私驚かないよペネロペちゃんがドラゴンになっても。既に存在がドラゴンだから。
しかし余計に推理ができなくなってしまった。能力者が天使になる、それだけならわかりやすいのに、未来では無秩序なほど数多の姿へ変身してしまう。
フェイビアンは私へ忠告してくれた。
「君はヴェークテルン・シュミートから逃げなさい。僕の未来予知に間違いはないが、突然ビジョンが急速に書き変わることがある。天気は確実に当たるが戦争は不確定要素が多い」
そういって彼は万年筆を手に『今後一週間の各領土の天気予報』を記していく。彼の未来予知は天気にしか百パーセントが存在しないのだろう。
「ああ、誰がいつタバコを吸いに行くかは確実に当てられるけどね」
フェイビアンは私に指示を出す。
「窓見てて、五秒後にエドワードが中庭に来る」
私は指示通り窓へ行き縁に手を添えた。軽く踵を上げて中庭を眺めていると……五秒後、エドワードが一階の扉から現れ炎の能力でタバコに火を灯す。
フェイビアンはまさに預言者、時代が時代であれば神の生まれ変わりとして人々を導いていたのかもしれない。
私は考えた。
人工能力者の量産。もしそれが完成し全ての兵士に能力が与えられたら。能力が暴走し制御を失った数千、数万の兵士が化け物に変わったら? フェイビアンが見た未来『全ての能力者が化け物の姿』になる未来が、あれは自然な《覚醒》ではなく人工的な暴走の果てだとしたら?
「フェイビアン・エイムズ中将閣下」
私は聞かずにはいられなかった。
「ペネロペがドラゴンになる未来も、私が天使みたいな姿になるのも、悪魔が居たという話も、この実験の結果なのですか」
フェイビアンは答えなかった。代わりに窓の外を見つめ、未来でも見ているかのような顔をした。
「わからない。ただ一つ言えるのは」
彼は私へ向き直る。
「君のお友達は君を見逃した。軍人として最も愚かで、人間として最もまともな判断をした。その人は大丈夫だよ」
大丈夫、の意味がわからなかった。けれどフェイビアンの青い目には嘘の色がどこにもなかった。




