【第三話 スパイ活動】
【第三話 スパイ活動】
ドイツでは、私が居たのは『第──大隊』能力者が三分の一以上居た実験的部隊。
私の能力階級は『V(五)』Ⅴ以上の実力があれば二十歳でも少尉になることができた。けれど私はポーランド出身で、想定よりあえて低い能力階級を与えられたのだと将校時代に察していた。
ここはイギリスのとある兵舎。
広々とした枯れ草には使用後の大砲。私が手をかざしてからギュッと握れば、金属が悲鳴をあげながら折り畳まれていった。
──バキッ! ギッ! ガキッ!
次に私は背後から銃口を向ける小銃へ意識を向けた。金属部分をぐるぐるとねじ曲げてから引き寄せ、ぴょいっと飛び乗る。小銃を浮かせば魔女のように足元を見下ろす。私は試験官を見ながらひょいっと万年筆を取り上げて見せ、着地しながら受け身。
パチパチ、試験官から拍手の音。
近づきながら万年筆をお返しすると、彼は私の能力階級を決める。
「あの《アイギス》の姪御さんとはいえ、実力不足なら前線には出せないと思っていましたが……『七』にしましょう、もしかしたら実戦では『八』以上の能力かもしれません。その時は改めてバッチを送呈します」
「はッ! ありがとうございます」
敬礼。私は背筋を伸ばしながら胸を膨らませ、内心嬉しくて今にも頬を上げてしまいそうだった。
ほら! ほら! やっぱり私の能力は強かったんだ!
けれど少し悔しいです。ヴェークテルンの能力階級は『VIII(八)』エリートコースまっしぐらの上位階級。それにまだ及ばないのは、まぁ当然かもしれません。
かの方は一撃で的確に敵を殺し、感電させ、通信機の電力となり、時に着火させ炎にすることもできる。火に関する能力者は戦場においては貴重、私の力は盾にしかならない。
試験官は振り向く。その視線の先には壁に寄りかかり紫煙を吐き出すメガネのおっさんが居た。
「テイラー中佐殿ny、失礼致します」
敬礼をした試験官は兵舎へ。
私はアーサー・E・テイラーの元へ近寄り、襟首で輝く『X(十)』のバッチを見た。最上級のアイギスのみ許された数字だ。しかし本当にこの方が伝説のアイギスだとは思えない、失礼であるとわかっているんですがどうしても。
アーサーはタバコを地面に投げると革靴で踏み潰す。
「おいで」
私は犬ですか?
誘われるままついていき兵舎のとある部屋へ通された。石造りの壁が一面に見える小さな倉庫、アーサーは室内の机にあるカバンを人差し指で示す。
「あの中に服入ってるから着て。準備終わったら叩いてくれ二十四時間ぐらいなら余裕で待てるから」
「そんなかかりません」
じゃ、とアーサーは扉の向こうへ。
私は一息ふっと吐き出してからカバンの元へ。着替えてから呼んでねって行ってたし、急いで着替えて身支度を整えよう。
──準備か終わり、私はアーサーと共に瞬間移動を可能にする《鉄の扉》を潜る。
アーサーは当たり前のように言った。
「ようこそフランスのパリへ~」
えー、現在。
一九四三年のパリはドイツ占領下にあります。つまりフランスはドイツに降伏済みで、パリはドイツ軍がうじゃうじゃいる敵地のド真ん中にございます。
ほ~ら見てエッフェル塔がある! ドイツ国旗付きでエッフェル塔が見えますよすごーい!
「私は逃亡者ッッ!!!!」
「声でかいよお嬢さん」
なんで?! どうして『ドイツ占領下の敵首都にドイツ軍の元少尉(逃亡者)を瞬間移動で連れてきやがった』?! 狂気の沙汰!
そして私が今着ている服はやや使い古したドイツ軍の軍服。というかこれ私のではありませんか? アーサーもドイツ軍の服を着ていて、ま、まさか。
嫌な予感がした直後、アーサーは紫の目で私を見下ろす。
「スパイとして情報を集めよっか」
私は三匹のおっさん選択を間違えたようだ。
「いやね、俺一人でこそこそやりすぎて見た目割れてるんだわ。瞬間移動の扉だした先で将官とバッチリ目があっちゃって~お互い指差しながら『あ?!』『あ?!』しちゃって~ドイツで有名になりすぎちゃった犯行手口」
「自業自得では? というよりこの扉……」
辺りを見渡す。ここはエッフェル塔が見えるとある路地裏、美しい街並みは路地裏だろうと整っていて、まるで映画の中に入ってきたよう。
それで扉は? 私達が潜ったあの扉は? 見渡してもやはり、あの扉は姿を消していた。
「あれ、無い? どういうことですかどういう能力ですか? 普通能力者は一人一つしか能力を持ちませんよね」
「不死身に言われても」
それはそうですね。
アーサーはさっそく革靴を鳴らす。私は疑問ばかりを抱きながらも彼の隣を少し早歩きで並び、上官の指示を聞いた。
「いかにもな将校の車を見つけるまで探す。能力は見せて貰った、タイヤのボルトだけこっそり緩めるなりして止めてくれ」
「はい」
頷いたはいいが複雑だった。
先日までドイツの軍人として居た私が、実験と言う名の拷問を受け、アイギス三人衆と出会い、本日はフランスのパリでスパイ活動? 神様がおられるのであればいささかお遊びがすぎます。
ああ隣をドイツ兵士が過ぎ去っていった。ああ、ああ、どうしよう、もしもヴェークテルンやその他お知り合いと遭遇してしまったら、私は即座に捕まり今度こそ二度と出られない部屋へ閉じ込められる。
全身の震えを強引に押さえつけながら、ふと空を見上げた。──青い空の下で『ドイツ兵士が鷲の翼空を飛んでいる』あれは変身系能力者だ。
私はカフェのテラス席にいるとあるドイツ兵士を見た。──その女性兵士は『両手でカップを包み込みコーヒーを再加熱』あれは炎系能力者だ。
フランスのパリは重要地点。レジスタンス(反ドイツ抵抗運動)の情報もあるため多くの能力者が集められているのだろう。
私達はエッフェル塔を軸に街で軍靴を鳴らす。どこを見渡しても国旗が揺めきどこを見ても軍服の姿がある。そんな絶え間無い緊張の街のなかで、アーサーという最強の化け物は平然と語っていく。
「お嬢ちゃん、どうして《アイギス》同士でさっさと化け物対戦しないか知ってるか?」
はい、と答える前に彼は続けた。
「お国の偉い方がお互い約束しあった。《アイギス》を前線でぶつけ合う場合、一対一のみにしようと」
《アイギス》一人が暴れた場合、敵だけでなく味方すら巻き込んで多大な被害が出すぎてしまう。大砲や戦車以上の強大な力を持つアイギス同士が三対三で戦えば、その土地一帯は更地となるでしょう。だから《アイギス》は後ろで数多の兵士を支える側となりやすい。敵や味方の退路を断ったり、塹壕を数分で作り上げたり、未来を読んだり。
その不戦協定を各国は決めた。
「破ります」
あ。聞いてしまった。これで私はイギリス側のスパイです。
「この世界をさっさと終わらせたいよな?」
「どういう意味ですか?」
アーサーを見上げるとメガネの奥で紫の目が細くなる。
「戦争が終わればいいよな?」
「え、あ、はい。もちろんです」
そんなことは誰もが望んでいます。
国と国が争い続けるなんて永遠に続いてはならない。勝利しなければ、勝ち続けなければ、他国に食い潰されあらゆる尊厳を失う。
少女の姿のまま軍服を着ている私は、既にあらゆる幸福を諦めた。
普通の幸せも、年老いて死ぬことも、私の場合は結婚して子供を持つことも、全てを諦め戦士として死ねたらそれでよかった。もしも戦争が終わるとしても私はその土台の一人として十字架の下で眠りたい、それこそ栄誉ある死なのですから。けれど『栄誉ある死』すら私は与えられなかった。じゃあこれから私はどうしたらいいのか、ただ生き抜くだけでいいのだろうか、戦争が終わった後私はどうやってこの命を終わらせたらいいのか。
考えながら歩いていると、機関銃付きバイクが三大体制で護衛する高級車が一台、道路の向こうから走ってきた。アーサーは目配せで『あれはどうだ?』と聞いてくれましたが、私は首を横に振る。
あれはいかにも将官が乗っていそうな車ですが、重要な機密情報を抱えた車ではありません。
「巡回のダミーです。本物は車の先端に国旗があります」
どうして知っているのか。私はヴェークテルン・シュミート大尉と共にそのダミー作戦に参加し、襲ってきた敵国の……イギリスの兵士と戦ったことで同時中尉だった彼は大尉へ昇格しました。その当時のままであれば、あの車はダミーで間違いありません、去年の話ですし敵国の兵士は無差別に狙ってきただけですので、まだ変える必要はないと思います。
アーサーはじっと車を眺め、過ぎ去ってから私を見下ろす。
「目いいね?」
「ありがとうございます」
私より大尉の方が目がよくて勘も鋭かったですよ。
──それから一時間と少し。
私とアーサーはパリの大通りを外れて、軍用車両が頻繁に行き交う幹線道路沿いの建物の三階に身を潜めていた。窓の隙間から通りを見下ろしながら、私は目を凝らす。
来た。先頭のバイクに機関銃、続いて装甲車が一台、その後ろに黒塗りの高級車──車体の先端に小さなドイツ国旗がはためいている。あれが本物だ。
「アーサー、あれです」
「おっ、よく見つけたな。いける?」
「タイヤのボルトだけなら、少し時間ください」
私は窓枠に手をかけ意識を集中させた。百メートル先だ、遠いな。戦場では瓦礫や銃身といった手近な金属を扱うことが多かったから、この距離で小さなボルトだけを狙うのは正直ギリギリだった。けれど見えている。金属の位置は手に取るようにわかる。ボルト一本一本の重さも、締まり具合も、指先から伝わるように感じ取れる。
私は人差し指をくるっと回した。
──キィ、と小さな金属の悲鳴。
前輪左タイヤ、ボルトを三本同時に緩める。
一気に外すのではなく、走行の振動で自然に外れるように。百メートル先を走る車がそのまま五十メートル、三十メートルと近づいてきて。
──ガクン! と車体が傾いた。
タイヤが外れホイールが火花を散らしながら石畳を削る。高級車は大きく横滑りし、護衛のバイクが急停車。怒号、困惑、慌てる軍人の様子。
アーサーはそれを見て紫の目を細める。
「行こう」
アーサーは窓から飛び降りた。
ここ三階! と思う間もなく革靴の底に薄い氷が敷かれ滑るように着地。ああそうだ、彼は《氷のアイギス》足場なんていくらでも作れる能力者だ。
私はナイフを三本足場にして飛び降り、ナイフを交互に入れ替え階段のように空を駆ける。
混乱の最中。護衛がタイヤの破損原因を確認しようと車体の下を覗き込んでいる間に、アーサーは運転席側の兵士の首元に手を当て、一瞬で意識を奪う。体温を急激に下げたのだろう、兵士は白い息を吐いて崩れ落ちた。私は後部座席の扉のロック機構を能力でひねり、こじ開ける。座っていた将校は銃を抜こうとしたが、私の能力で銃弾を詰まらせる。かち、と乾いた音がするとアーサーが冷気で将校を気絶させた。
座席の下、鉄製の書類ケースは鍵がかかっている。私は鍵穴の構造を指先で感じ取り、よかった、単純な構造だ。内部のピンを一本ずつ押し上げれば。
カチン、と開いた。
「取った。行きます!」
「はいよッ」
書類の束を胸に抱え私たちは路地裏へ駆け込んだ。ここまで四十秒。アーサーの手際に驚く暇もなかったが、それ以上に自分の心臓がうるさくて仕方がなかった。
や、やった! やりきった!
直後、罪悪感が顔を出す。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私は売国奴、逃亡者、不死の裏切り者、この国を憎んでいたわけではありませんむしろ皆さんが好きでした。しかしどうやら私は生き延びなければならないらしいんです理由は詳しく知りませんが。
私は路地を二つ曲がり、三つ目の角を──。
足が、止まった。
路地の出口に装甲車が一台。その上に女が、“竜人”が立っていた。
黒い竜の角、黒い鱗に覆われた両腕。軍服の袖を肘まで捲り上げて、長い尾がゆっくりと揺れている。その姿は人間の枠をとうに超えていて、けれど私には見慣れた、あまりにも見慣れた姿がそこにいた。
《ペネロペ・コスタ》だ。
彼女は装甲車の上から黒と白のオッドアイで路地を見下ろしていた。逆光の中でその角が影を落としている。少佐の階級章が胸元に光っていて『ああ、やっぱり昇進したんだ、おめでとうペネロペちゃん』と、場違いなことを思った。
私とペネロペの目が合った。
全身が凍った。氷の能力者が隣にいるからではない、心臓が握りしめられたような恐怖だった。見つかった。終わりだ。ペネロペの力は能力階級『IX(九)』鱗は銃弾を弾きアーサーの氷すらもろともしないでしょう。
アーサーが私の前に半歩出た。指先に白い冷気が集まる。
しかしペネロペは動かなかった。黒と白の目が私の顔を見て、ほんの一瞬だけ、その目が揺れた。
彼女は知っている。私が『死んだ』ことを。私が『脱走した』ことを。そして今ここに立っているということが何を意味するのかも。
ペネロペの口が微かに動いた。声は聞こえなかった。でも、唇の形でわかった。
『逃げて』
それだけだった。
次の瞬間、ペネロペは装甲車の上で踵を返し、路地の反対側へ跳んで消えた。黒い尾が最後にひるがえって気配が途絶える。
アーサーが聞いてくれましたよ。
「いいぞ行っても」
なんて、優しすぎる声で。
彼は冷気を収めながらメガネの奥で紫の目を向ける。その目は私を試している目をしていて、ああ、ここで裏切るかどうか確認しているのですね。
それなら遅いですよ。
「行けません。もう、行けません」
私の声は自分でもビックリするほど震えていた。ペネロペちゃんは私の親友。将校時代にあの子と同じ部屋で眠り、互いの髪を梳かし合って、いつか戦争が終わったらお花屋さんでもやろうかと笑いあったこともある。だからかな、彼女は私を見逃してくれた。軍人としてそれがどれほどの罪になるかわかっているはずなのに。
「アーサー。扉を、お願いします」
「了解」
アーサーは《銀の鍵》を取り出し宙かざした。空間にひびが走ると《鉄の扉》が現れる。
その向こうに見えたのはイギリスの屋敷の廊下。何度見ても信じられない景色だ。私が立っているのはコンクリートの上なのに、扉の向こうは木製の床。
私は扉を潜る直前に一度だけ振り返る。パリの空は青くて、青すぎて、胸がちくりと痛かった。




