【第二話 三人のおっさんから選んでね】
私は数ヶ月ぶりのシャワーを浴びた。
イギリス製の質のいいシャツやスカートにジャケットまで頂き、部下の女性軍人に丁重に髪の毛まで纏めて貰った。私は二十歳でありながら十二歳の姿のまま成長が止まった奇病持ちだと言うのに、どうやらイギリスでは差別対象にはならない様子。
私はかの《フェイビアン・エイムズ》を見た。金色の髪に青い目を持つ紳士な軍人、能力は『未来予知』有名な話だと天気を確実に当て海軍を確実な航路で導くらしい、その能力の強さ故に本土から一歩も出ず大佐まで登り詰めた。
そんな伝説を持つお方から、私は紅茶を差し出された。
コトン、と置かれる赤い液体。ああ、久しぶりすぎてこれが紅茶だと認識するのに時間がかかってしまった。ん? これが紅茶でしたっけ? こんなにもいい香りがしたんですか? 砂糖もミルクもそこにある? な、な、な、なんって贅沢な!!
既に脳が熱をあげそうな私の横で、フェイビアン・エイムズは椅子に腰掛け私を見た。
「突然未来が見えて焦ったね。今日の十二時にある研究者が麻酔なしで君の心臓を抉り取る予定だった」
新手の死刑宣告ですか?
フェイビアンは上品に微笑んで自分のカップを傾ける。
「ただね、問題があってね。君という『敵国の実験体』を、我がイギリス軍の上層部に素直に引き渡すわけにはいかないんだ。間違いなく、君はまた実験動物として解剖台に乗せられることになる」
「そうですよね……死なないなんてありえませんよね……不死の怪物が実在するのなら、というか私だったのですが、そんな怪物を作れるのなら軍だって作りたいし量産したいですよね……」
わかってたわかってた、知ってる知ってる。
フェイビアンは続けた。
「だから君の存在は、軍の上層部には完全に隠蔽してある。戸籍も国籍もない君は今、世界中どこを探しても存在しない『幽霊』というわけだ」
紅茶のいい香りが少しだけ色褪せた気がした。
私は小さく息を吸い込む。
「つまり、私は一生このお屋敷で、貴方たちに軟禁されると?」
「ご名答。……と言いたいところだけど、僕らも忙しくてね」
この部屋には三人の《アイギス》が紅茶のテーブルを囲むように集結している。圧がすごい、空気が重い、誰かここからまた連れ出してほしい。
フェイビアンは青い目を鋭くさせた。
「単刀直入に言おう。君をこのまま『幽霊』にしておくのは僕たちでも庇いきれない。だから特例として『僕ら三人の誰かの個人的な預かり部下』という形で、君の身柄を保護したい」
フェイビアンは優雅に手を広げた。
「さあ、誰の部隊に入る? 好きなおっさんを選んでね」
私は三人のおじさま方を順番に見上げた。
いつもタバコを吹かし隙あらばふざける《アーサー・E・テイラー》彼の能力は『氷』。
イギリスとフランスの間にある海峡を氷漬けにし、陸軍の輸送経路をゼロコストで確保した伝説の男。遊びでとある山に氷の城を作った化け物。新聞でデカデカとした氷の城を見たときは女性兵士達がキャーキャーしていた記憶がある。
その隣にいらっしゃいますは《エドワード・バイロン》能力は『炎』。
辺り一帯を一瞬で青い火の海と化し、炎の火力一つで戦車を次から次へと吹き飛ばす歩く災害。青い炎の中でたった一人で前線をこじ開ける彼の異名は『死神』カラスのような黒髪と鋭い青い目付きに相応しい異名だと思う。彼の伝説と言えばやはり『氷漬けとなった海峡を数時間経たず溶かしきり海の上を燃やした』こと。
氷と炎、相反する力を持つ最強同士は、どうやら性格の相性は悪いらしい。
そして、笑顔で死の未来を語る、何を考えているのか全く読めない『未来予知』の能力者、《フェイビアン・エイムズ》。
「……あの、大変申し上げにくいのですが」
「なにかあればどうぞ自由に話して。君の所属も上司も決まっていないんだから」
「どなたの部下になっても、結局は激戦に巻き込まれますよね?」
「正解」
「正解じゃないです!」
つまりはどこを選んでも結局死ぬだけ。
あ、死ねないのか……そっか……だんだんこの体に恨みを抱き始めたな。どうして私だけ死ねなかったんだろうな。いっそあのまま庇って死ねたら栄誉あることだったのに。
◇
同じ頃。
ドイツ軍の極秘施設、独房の前で。
ヴェークテルン・シュミートは、誰もいない部屋を金の瞳で静かに見下ろしていた。
「軍の極秘施設に侵入し、痕跡もなく連れ去れる技術……イギリスのアイギス《アーサー・E・テイラー》の介入以外にあり得ない」
アーサーの部下には瞬間移動を可能にする能力者が居る、という情報がある。神出鬼没のスパイが何故わざわざシェルピェン・ザウェクを誘拐したんだ?
彼は床の端を見た。黒いマフラーが一枚、丸められて捨てられている。取り上げた後不要と判断したのだろう。ヴェークテルンはそれを無視して拾わなかった。
「……証拠が足りなさすぎる。不確定要素も多すぎる」
彼は冷たい金の目で踵を返す。
──クソッッ!! 俺が目をかけて俺が優しくしてやった運良く得体の知れない化け物だったロリが取られた! 軍からの褒美を楽しみにしていたのにこのッ、無能の無能力者どもがァッ!!
彼は目に映るすべての人間へ冷たい視線を送りながら、次に来るであろう指令を予測する。
シェルピェン・ザウェクについて詳しいのは俺ぐらいだ。俺が捕まえたのだから俺が回収するのは当然のこと、もしも本当に《アイギス》が関係していた場合。……もしかしたらこの任務、『アイギス殺しの名誉』につながるかもしれないな?
ああ、なんたる幸運か! 不幸の始まりだと思い込んでいたが、幸運のチケットかもしれないぞオイどうする!
俺さえ生きて俺が上に立てば数多の部下が、友が、大切な親友が救われるんだ。その贄となり俺に幸福を寄越してくれ、シェルピェン・ザウェク。
◇
【シェルピェン・ザウェク視点】
私は三人のおじ様の中から比較的マシなおっさんを選ばなくてはならない。
相手は《アイギス》お待たせしてはならないと思い、思いきって手のひらでその方を示す。
「アーサー・E・テイラー様で……」
「俺か。そういえば君名前は?」
私は上司となるアイギスへ改めて名乗る。
「シェルピェン・ザウェクと申します」
「じゃあ俺の姪のハーフということで偽装する」
あ、あ、戸籍上の親戚にさせられた。しかし私はもう、彼らに頼るしか無くて。
「よ、よろしく、お願いいたします……」
目を合わせたまま、全てを諦めた。




